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日本列島をなぞった桜前線は最後の花びらを散らし、その色を皐月に移した。

仕事を終えて、まだ混み合っていない電車に乗り30分。
東京郊外の文教地区で降りる。
すっかり特色を失った駅舎を出た。
通勤客の帰宅時間にはまだ早いため、駅から吐き出されたまばらな人々は左右に散っていく。
うまく機能しているとは言い難いラウンドアバウトには、タクシーが通るたびに土埃が舞っていた。

時刻は午後4時。
駅から家までは徒歩15分のはずだが、実際は20分以上はかかる。
途中のスーパーに寄って帰ったらちょうど晩御飯の用意を始める時間だ。
今日は何を作ろうかな?
冷蔵庫にあるものを思い出しつつ、いつものように頭の中でメニューを繰る。


歩道が終わり、路側帯を歩いてるときだった。
私の横を国産の黒い高級車が滑り過ぎ、10メートル先で停車した。
自分とは関係のないその光景は目に入るけど、脳には入らない。
でも、その車から降りてきた人物のシルエットは私の脳の奥底から懐かしくも苦い記憶を引きずり出した。
その人がゆっくりと私に向かってくる。
私もその方向へ動く足を止められない。
向き合う距離になった時、やっとお互いの足は止まった。


「よう」

「……」


私の記憶の中でスクリーンに登場する映画俳優のように実体のないその人が、眼前に立っている。

いつもは夜見る夢の中に登場するんだけど、今日はどうやら白昼夢を見てるらしい。
久しぶりだな。
疲れてんだな。
やけにリアルなのは疲労の深刻さを表しているのか。

この手の幻影は相手にしないのが最善の対処法と身に沁みてるあたしは、通り過ぎようと歩を進めた。
と、その幻影は遮るように立ちはだかった。
足許に落としていた視線を顔ごと上げた。
インナーニットに綿混のジャケットを羽織り、スラックスではなくパンツ姿だ。

リアルだと思ったのはそれもそのはず。
その幻影は生身を伴っていた。
なぜそうとわかったのか。
今日の幻影は歳をとってたから。
かつてピカピカした少年だった彼は、社会に出て齢を重ね、その光に鈍色の艶が加わった大人に変化していた。


「記憶、戻った。」


幻影が喋った。
一瞬、彼の発した言語が分類できない。


「牧野、お前の記憶が戻ったんだ。」


ああ、日本語だったんだ。
理解できたからには返事をしないと。


「それは…わざわざ知らせに来てくれてありがとう。うん、それじゃ。」


日本語だということはわかった。
言葉の意味も理解できた。
私の中ではそれで終わり。
晩御飯、何にしようかなぁ。


「ちょっと待て」


話が終わったと思って、もう一度通り過ぎようとした私の腕が掴まれた。


「え? なに?」


私は掴んだ人物を振り返って見上げた。


「だから、お前のことを思い出した。」

「うん、わかった。ありがとう。それじゃ、元気で。」


話は終わった。
帰りたい。
家事が待ってる。


「だから、待て」


また掴まれた。


「ハァ、なに? どした?」


また振り返る。


「俺が悪かった。」


ん?
どうして謝ってるの?
この人、どんな悪いことしたんだっけ?
思い出せない。


「いや、悪くないよ。と思うよ。謝られるようなことされた覚えがない。もうあんまり覚えてないけど、もしかして類の女と勘違いしたことだったら記憶なかったんだから仕方ないよ。あんた悪くないから、なんならまた忘れてくれていいよ。」


あたしは「この人、何言ってんだろう??」ってキョトンとしてたかも。
戸惑った表情が、返ってきた。


「やっと思い出したのにもう忘れないから。」


そんな言い切らなくても。
先のことはわからないのに。


「それは、ちょっとわかんないけど。とにかく、うん、ありがとう。というわけで、もういい?」


掴まれた腕を引っ張った。


「なんで逃げるんだよ。」


逃げる?
そんな発想はなかった。
だって逃げる必要ないから。


「逃げるんではなくて、家に帰りたいだけだから。」


だって仕事終わったし、晩御飯作らなきゃいけないんだから。


「じゃ、俺も行く。」


この人物の驚く発想にまた見上げた。


「あ、そう。うん。招いてないけど、来たいならどうぞ。」


断る理由もない。





まずはスーパーに寄る。


「買い物するのか?」


それ以外にここに何の用が? というツッコミは飲み込んで、カゴを取り、カートに乗せる。
どれだけ買い物するかわからないけど、とりあえずカートを押すのが私のデフォ。


「うん。晩御飯、何にしようかな。」


家にある野菜は定番ばかりだから、なんにしても大丈夫よね。
うん、あれにしよう。
あれが食べたい気分だし。
いつもの流れで歩き回り、必要なものを入れていく。
私の斜め後ろをピタリと付いてくる人がいる。


「なんか飲む?」


後ろの人に聞く。
初めてする質問だな。
ってか、こんな小さいスーパーで売ってるもので飲めるものあるの?


「ああ、じゃ、ビール。」

「ふーん。6本あればいいか。」


さすがに発泡酒は飲まないだろうな。





スーパーを出て今度は家まで歩く。
10分もないくらい。
なのに横を歩く人が買い物袋を持ってくれた。


「ありがとう。」


チラリと上目遣いで見上げると、心なしか顔が赤くなったように思ったけど、夕映えだったのかな?


「このくらい。」


と、照れたように答えた。
その様子が変わってなくて、なんだか笑いがこみ上げて、私は思わずニッコリとしてた。
横の人はますます顔を赤くした。





家は7年前に購入したオートロックの分譲マンションだ。
ベージュの外壁が周囲に馴染んでいるそのマンションは、入り口に管理人さんが常駐してて夕方5時までの勤務。
とっても温和な人だから、みんなに好かれて頼りにされてる初老の男性。
いつもは微笑んで「おかえりなさい」と言ってくれるおじさんも、今日はあたしの後ろの人に気付いて「おや?」って顔してる。

そんなおじさんの変化にあたしは気付かないフリして「どうも〜」って顔して通り過ぎ、エントランスで鍵をかざして中に入る。
建築規制がある地域だから最上階でも5階までしかない。
エレベーターで最上階に到着すると、2戸の内のひとつのドアの前に立つ。
ドアにまた鍵をかざすとガチャリと解錠する。
重いドアを開けて中に入る。
パッと明かりが点く。
靴を脱いでいると奥から駆けてくる足音が聞こえる。


「ママ〜〜、おかえりぃ」


女の子と男の子の2人の子供が駆け寄ってきた。


「サヤカ、ソウスケ、ただいまぁ〜、遅くなってごめんねぇ。」


私は靴を脱いで上がるとスリッパを履いた。
ずっと着いてきてる後ろの人を振り返ると、さっきまで赤かったのに、今度は白くなった顔色で私たちを見つめてる。


「どうぞ、上がって。それとも帰る?」


ハッとして首を振る。


「いや、上がらせてもらう。」


靴を脱いでいるその人物の足許に来客用のスリッパを差し出して振り返ると、子供たちが怪訝な表情で見つめていた。


「ママ、この人は?」


サヤカが遠慮がちに聞いてきた。


「この方は道明寺さん。ママが高校生の時にお付き合いしてた人。わざわざ会いにきてくれたの。ほら、ご挨拶。」


名を呼ばれた本人も、紹介された子供達も、驚きで目を見開いた。


「こんにちは、清佳です。」

「こんにちは、壮介です。」

「…道明寺です。」


3人はぎこちなく挨拶を交わした。


「こっち、どうぞ。」


みんなでリビングに向かった。





「適当に座ってて。私はちょっと着替えてくるから。」


道明寺を子供達の輪に残して手洗いうがいをしてから自室に引き上げた。
ジャケットを脱いで、楽な服装に着替えて髪を束ね、エプロンをする。
リビングに戻ると、道明寺はソファに座ってゲームをする姉弟を見ている。


「おじさんも、する?」

「おじさんかよ。」


と言いながらコントローラーを握って画面の中のカートを動かして行く。


「すっげー!! うまぁっ」


壮介が感嘆の声を上げた。
清佳がバナナの皮を放った。
道明寺のカートがスリップしてる。


「うげっ! なんだよ、その技!」


和気藹々と楽しんでる。
でも道明寺がチラチラとこちらを見てる。
立ち上がってキッチンに入ってきた。
私はそんな彼を見上げた。


「晩御飯、食べていくよね?」

「あ、ああ、迷惑でなければ。」


この人はそんな気遣いもできるようになったんだ。


「フフ、いいよ、大丈夫。カツカレー、食べられる?」

「日本滞在中は社食の定番だ。」

「道明寺が社食! 時代は変わるね〜」


久しぶりに呼んだ「道明寺」
また呼べる日がくるなんてね。


「なんか手伝うか?」


私は驚きで手が止まった。


「あんた本当に道明寺? 記憶、戻りすぎて別人になっちゃったんじゃない?」

「お前ん家で鍋やった時も手伝ったじゃねぇか。」

「懐かしい話! そうだったっけ? 忘れちゃった。」


記憶喪失じゃなくても、古い記憶は歳とともにどんどん失われていく。


「記憶はいつ戻ったの?」

「1ヶ月前。日本に帰る算段が付いたのが1週間前で、帰ってきたのは昨日。」

「わぁ、そっか。急いで会いにきてくれたんだ。ありがとね。」


私は本心から嬉しかった。








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2019.04.01





ここまで辿り着いたあなたに、感謝申し上げます。

実は私はウラを持っております。
ウラの入り口はこのブログ全体のどこかの記事に潜んでおります。

ヒントは私が愛して止まない男の名前です。
って、無数にあるじゃないか! とお思いでしょう。
探してください。
案外、簡単に見つかる場所にある記事かも。

そしてそのウラに入るためにパスワードが必要です。
パスワードのヒントはウラの入り口に書いてございますので解読してください。
入り口及びパスワードのご質問にはお答えしませんので悪しからずご了承ください。

ウラですので、私の品性が疑われるようなアホな作品が収録されております。
更新は休止中で、次の作品がいつになるのかはわかりません。

なお、更新の際にはこのカテゴリーでお知らせする予定です。

それでもよろしければ自己責任でご閲覧ください。






2019.04.01




キッチンでちょこまかと動き回る牧野は俺の記憶より格段に女っぷりが上がってた。
もうボンビー牧野じゃねぇからか?
男に愛されたからか?
子供を産んだからか?
とにかく、俺にとって更にどストライクな女になってることは確かだ。

トリガラだった身体は華奢なまま、女らしく丸みを帯びて、抱きしめたら柔らかそうだ。
背中まである黒髪は毛先が巻かれてて、美容院に行く金がなくて類にカットしてもらってた同じ女と思えない。
昔のままの大きな瞳は、それでも年齢を重ねて剣が取れ、牧野のくせに色気まで感じさせる。
いま34のはずだが、年より若く見えるのは肌のせいか。
白い肌には年月の痕跡が見えない。
筋の通った小ぶりな鼻、唇は厚みが増したか?
そして子供たちに向ける顔は俺の知らない優しい母親の顔で、時々、深い黒の大きな瞳が俺にも向けられて弧を描く。
それが、まるであの頃に戻ったような気分にさせて鼓動が早くなる。

そうして牧野を観察してる間に晩飯の用意ができた。


「みんな、ご飯よー」


牧野の声かけで子供たちは手を洗いに出て行った。


「ほら、あなたも」


言われて俺はジャケットを脱いで洗面へ。



「「「いただきます!」」」

「・・・いただきます・・」


4人で6人がけのダイニングテーブルを囲んだ。
一瞬、錯覚を起こす。
牧野と自分の家庭だったかもしれない、と。


ピヨピヨピヨン♪

LINEの着信音がして確認した牧野の一言に、今日、2度目に固まった。


「パパが駅を出たって。もうすぐ帰ってくるよ。」

「わー! 今日は早いね!」


パパ…
そりゃそうだよな。
俺、こんなとこにいてもいいのか?
だが、牧野の夫になった男を一目見たかった。


ガチャリ……バタン

10分くらいして廊下の先で音がした。


「だだいまぁ」


男の声。


「あっ、パパだ!」


弟がモグモグと食べながら叫んだ。
牧野が立ち上がり、玄関に向かう。
話し声が聞こえる。


「おかえりぃ〜」

「この靴…」

「ああ、道明寺さん来てんの。」

「道明寺さん!? って、あの?」

「そう、あの。」

「…え、なんで? …まさか、お前を迎えに来たのか?」

「んー、まあ、そういうことかもね。記憶戻ったらしいから。」

「マジか!!?」


俺を知ってる?
足音が近づいてくる。
開け放たれたリビングの入り口からひとりの男が入ってきた。
身長は180くらいか。
スッキリとした体型で、濃紺にストライプのスーツがよく似合ってる。
ウェーブのかかった髪はショートだ。
柔和な顔は整ってる方か。
牧野の好みか?
・・・類っぽくはねぇな。
もっと甘い顔だ。


「パパー! おかえりぃ」

「おかえりなさぁい」


姉弟が口々に父親を出迎えた。


「おー、ただいまぁ」


父親は幸福そうな笑みでまとわりつく子供たちを抱える。
このなんとも言えないアウェー感。
ここは紛れもなくこの男の城で、テリトリーで。
敵陣に乗り込んで四面楚歌な状況にさしもの俺も怯みそうになる。
俺は立ち上がった。


「どうも、あの、道明寺さんですね? はじめまして、高山悠介です。」


高山は右手を差し出した。
俺も右手を出し、握手する。


「道明寺です。」

「お噂はつくし…さんから聞き及んでいます。いろいろと大変でしたね。」

「え、ええ。」

「それにしても、お噂以上の男前だ。お会いできて光栄ですよ!」


高山は屈託無い笑顔で言い放った。


なんだこれ?
妻の昔の恋人が現れて、自分の留守中に晩飯食ってるんだぞ。
さっき俺が牧野を迎えにきたのか聞いてたよな?
そうだよ、俺はこいつを迎えにきたんだ。
お前から奪いにきたんだぞ。
なのにその落ち着きはなんだ?
その余裕ぶった態度はなんなんだよ。
子供もいる、牧野と立派な家庭を築いてるのは自分だって自負か?


「ねー、パパぁ」


弟が高山の腕にしがみついた。


「お父さんは?」


お父さん?
パパのお父さん?
おじいちゃんか?
一緒に暮らしてんのか。


「あー、今日は出張だ。遅くなるって。」

「んだよっつまんないのぉ。どーみょーじさんとカートで対決して欲しかったのにぃ。」

「道明寺さんにまた来てもらえばいいよ。道明寺さん、よかったらちょくちょく遊びにいらしてください。」

「は? あ、はぁ…」


こいつ、頭大丈夫か?
俺は牧野を連れて行くぞ?
いいのかよ・・・


「プッ! あっはははは! もうダメ! おかしいぃぃ〜」


牧野が突然、噴き出して笑い始めた。


「つくし! 失礼だぞ!」


高山がたしなめた。


「ごめん、ごめん。でも道明寺の顔が…み、見たことないくらい困惑してんだもん! ウックックックッ」

「おいっ、つくし! そりゃ困惑もするだろっ」

「道明寺、御飯、食べちゃって。悠介はお風呂でしょ?」

「オレも入る〜〜!」

「あんたも御飯、食べちゃいなさいっ!」

「ええ〜、パパ〜待っててよぉ〜。」

「ああ、わかったから、早く食え!」


弟は高山の言葉を聞いてガツガツと食べはじめた。
俺の頭にはクエスチョンマークが飛び交ったままだった。







風呂から出た高山に牧野が夕食を出し、姉弟を寝かしつける間、俺はなぜか高山の晩酌相手だ。


「道明寺さん、いま役職は?」

「来週から日本支社長です。」


そうだ。
俺はNY本社のNo.3だったが、記憶が戻って無理矢理に日本支社長をもぎ取った。


「そうですか。お忙しいんでしょうね。これまではずっとNYに?」

「ええ。」

「じゃ、今回の帰国はつくしさんを迎えに?」

「・・・・・」


さっきから感じている違和感がどこからきているのか掴めない。
この男が、どこか他人事のように感じさせるからなのか。

牧野が戻ってきた。
高山も食事を終え、俺たち3人はリビングに移った。
牧野が3人分のコーヒーを運んできた。


「壮介ったら興奮しちゃって、なかなか落ち着いて布団に入ってくれなかったわ。」

「そりゃいきなりこんなカッコいいお兄さんが現れて遊んでくれたんだ。楽しかったんだろう。」

「プッ、お兄さんなんて歳じゃないわよね? 道明寺は私たちより一つ上なのよ。」

「それが驚きだよ。」


なんで俺は夫婦の会話を聞かされてんだ?


「道明寺さん、」


高山に呼びかけられハッとして目を上げた。
先ほどの柔和さが消え、真剣な表情と出会う。


「記憶が戻ったそうですね。先ほどもお伺いしましたが、あなたは何のためにつくしさんの前に現れたんですか?」


そうか、さっきは子供達の前だったから取り繕っていたんだな。
では、俺ももう遠慮はしない。


「俺は牧野を取り戻しにきた。あんたと夫婦であろうとも牧野は返してもらう。」

「やはり、そうですか。あなたのことはつくしさんから聞いています。私たちは大学で出会ったんです。」


な? と高山が隣に座る牧野に同意を求めた。
牧野も、そうそうと頷いた。
二人の息の合った様子に、強い疎外感を覚えずにはいられない。


「何から話していいのか、」

「あの子たちは牧野が産んだ子なんだよな?」


俺は高山の言葉を遮った。
牧野と高山の恋物語なんぞ聞きたくもなかった。


「うん、そう。二人とも間違いなくあたしが産んだ子。」


だが、二人とも牧野には全く似ていなかった。
父親の遺伝子が色濃く現れたのだろう。
特に弟の壮介は高山にそっくりだ。
だからもしや高山の連れ子で、ステップファミリーなんじゃないかと勘ぐった。
でもそうか、実子か。


なんか笑えてきた。

そりゃそうだろ。何年経ったと思ってんだよ。
17年だぞ。
17だった牧野が、また17歳年取ったんだぞ。
結婚もするし、子供も産むだろ。
いつ戻るかもしれない記憶を、永遠に待っててくれるとでも思ってたのかよ。
しかもあんな仕打ちをした男を。

こんなところまでノコノコ付いてきた自分があまりにも滑稽で、情けなかった。
好きな女の幸せを、またブチ壊すようなことはしたくなかった。

俺は無意識にうな垂れた。


「でも、私の子じゃないけどね。」


・・・・・


「は?」


俺は思わず顔を上げた。


「私が産んだし、法的には私があの子たちの母親なんだけど、生物学的にはあたしの子じゃない。あの子たちはあたしの遺伝子は受け継いでない。」


・・・・・


「何言ってんだ??」

「つまりですね、」


堪り兼ねた高山が割って入った。


「つくしさんには代理母になってもらったんです。」

「代理母?」


…代理母…
NYではよく聞く単語だった。
でも日本語では聞いたことがない。
それを牧野が?


「僕にはパートナーがいまして、上の子の清佳(さやか)はパートナーの精子と僕の妹の卵子を受精させてつくしさんに産んでもらったんです。そして下の子の壮介は、僕の精子とパートナーの姉の卵子を受精させてつくしさんに産んでもらいました。」

「そういうこと。だから、処女受胎? 懐胎? なんだっけ?」


牧野はケラケラと笑った。


「ショジョジュタイ??」


俺の理解を超えた話に、まだ脳がついていかない。
ショジョ? しょじょ…処女…処女!??


「処女!!?」


ガタッと勢いよく立ち上がって思わず叫んだ。


「ちょっと!! なに、夜中にとんでもない単語を叫んでんのよっ! 座りなさい!」


ついついボーッと牧野を見つめちまった。
だって処女? こいつが? この歳で?
ジワジワと嬉しさがこみ上げた。


「なに想像してんのよ! このエロくるくるパーマ!」

「う、うるせぇ!」

「道明寺さんという方がいるのに、つくしさんに甘えてしまって申し訳なかった。」

「いや、それは、」

「悠介が謝ることないでしょ! こいつに忘れられたあたしを救ってくれたのは悠介と順でしょ。あんたたちと子供達がいなきゃ、あたし今笑ってないよ。」


そう言った牧野は、17年前のオレの記憶と同じ顔で笑った。








*代理母出産が認可されている国では、経産婦しか代理母にはなれません。この物語はフィクションです。ご容赦ください。


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2019.04.02




牧野は結局、牧野のままだった。
清佳は順ってもう一人に認知され、壮介は高山に認知されていて、牧野は同居してるだけ。
寝室も牧野は別室で高山と順が同室だ。
奇妙なファミリー。


「なあ、」

「ん?」


高山は自室に入った。
キッチンの入り口から洗い物をしている牧野の背中に声をかけた。


「俺んとこ、戻ってこいよ。」

「え? あはは。戻るってまた付き合うってこと?」

「ん…まあ、もうそんなのもすっ飛ばしたいけど。」

「は? いきなり結婚とか言うの?」

「それもいいよな。」


牧野は洗い物を終え、手を拭き、「はぁ」とため息をついた。


「座ろっか。」


牧野はエプロンを外し、俺たちはダイニングテーブルに斜め向かいあって座った。


「記憶戻って、すぐに会いに来てくれて嬉しかった。また会えて嬉しかった。でもね、ごめんね。先に謝るね。あたしにはそれは17年前のことなの。道明寺にはつい先月のことかもしれないけどね。」


記憶を失くした時、俺たちの気持ちは最高潮だったと思う。
俺は道明寺を捨てる覚悟をして、こいつはそんな俺と生きていく覚悟をした。
その気持ちのまま、俺の時は止まった。
だから蘇った記憶は、あの最高潮の気持ちも俺に蘇らせた。
でもこいつにとってあの時の気持ちは17年前のものだ。
わかってるけど、わからない。


「あの時には戻れないって言うんだろ。だったらまた始めればいいんじゃないか? またもう一度、あの時みたいに俺を好きになれよ。」

「…あたしたち、もうあの時の子供じゃない。お互いの立場の違いもよく分かってる。生きる世界が違うってことも。気持ちだけでどうにかできると思えた無鉄砲な時代は17年前に終わってるんだよ。受け入れなきゃ。」


今日、ずっと朗らかだった牧野はここへきて初めて困惑の表情を見せた。


「受け入れたとして、それでどうなる? 誰が幸せになる? お前は俺があの時の気持ちを思い出して高揚してるだけだとでも思ってんだろ。おまえにわかるか? 一瞬のうちに17年経ってた俺の気持ちが。一瞬でお前を失った俺の気持ちが。俺はもう一刻も無駄にしたくない。二度と離れずにお前と生きていく。決めたんだ。」


「道明寺…」


俺は牧野から視線を外さずに立ち上がって、ダイニングテーブルを周り、座る牧野に近づいた。
その手を取り、エスコートするように立たせた。
牧野は俺から視線を外せない。
腰を引き寄せ、俺は牧野にキスをした。
17年ぶりに牧野の唇に触れた。
ビリッと電流が流れ、みぞおちに甘い痺れが走る。
昔、こいつが好きだった俺のキスを思い出してもらえるように何度も優しく重ねる。

ガキみたいなキスなのに反応してきた。
ブレーキをかけてても気持ち良くて、もっと深い快感を求めてしまう。
もっともっと、深く深く。
逃げようとする体をさらに強く引き寄せた。


「…ん……んん!」


しばらくは身をよじる牧野の抵抗にも気づかないほど深いキスに夢中になった。
ハッと気づいて、やっと離して抱きしめた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」


牧野は俺の腕の中で荒い息をついている。
その吐く息が俺の胸に当たって、それさえも興奮を煽った。


「うっ、バカァ。」


泣いてるらしい牧野の腕が俺の胸を押し退けようとしているが、力が抜けててくすぐったい。


「キス、嫌だったか?」

「バカァ、あんた、この17年、なにしてたのよぉ。あたし以外の女、何人抱いたの? キスがプロになってて引いてんのよ!! このバカッ!!」


ドンっ!!


力を取り戻した牧野に思いっきり突き飛ばされた。
よろめいて見えた牧野の顔は涙で目が潤んで、酸欠で顔が赤くなってて、唇が少し腫れてさっきよりふっくらしている。
怒らせたってのに、俺は牧野に見惚れてた。

その時、俺の背後で声がした。


「あのぉ、お取り込み中悪いけど、、ただいま。」

「順!!」


牧野が順と呼んだ男に駆け寄り、抱きついた。


「つくし? おい、キスくらいで動揺しすぎだろ?」

「みっ、見てたの?」

「あー、ん、まぁな。ビックリしすぎて眺めちまった。」

「バカっ!! 止めなさいよ!!」

「よしよし、お前にプロのキスは刺激が強すぎたな。俺が素人のキスしてやろうか?」

「ん。して。」


目の前の男女の会話が俺を素通りしていく。
待て待て待て!!


「おいっ! 俺を無視すんな! キスなんてするな!」

「しーー!! 静かにしてよ! 子供たちが起きちゃうでしょ!」

「でさ、これは今、どういう状況?」


順と呼ばれた男は身長は俺と同じくらいか。
鍛えてるのは捲られたシャツの袖から出ている腕でわかった。
黒髪は短髪でスポーツマンといった風情だ。
涼やかな目元にシャープな顎は女にモテそうなのにな。


「俺は道明寺司だ。こいつの男だ。」


えーい、もう面倒は取っ払いだ。
俺はこいつの男で、こいつは俺の女だ。決定。


「自分の目が信じられなかったから聞いたけど、やっぱり道明寺さん? あの??」

「うん…そう…」


牧野がしぶしぶといった様子で認めた。
順は俺をマジマジと見つめている。
おい、惚れるなよ。


「……ここにいるってことは、」

「あー、記憶が戻ったんだって。」

「…マジか…やっと…」


それだけ呟いて順は牧野を放し、大股で近づくといきなり俺に抱きついた。


「道明寺さん、お会いできて光栄です。あなたにずっとお会いしたかった。お会いできたら言おうと思ってました。ありがとう、ありがとうございました!」

「はっ??」


ガタイのいい奴に抱きつかれ、何度も礼を言われる。
なんだ、なにが起こってる?


「あなたの記憶喪失のおかげでつくしに出会えて、子供達を授かった。あなたには感謝しかない! それにしてもすごい美形だ。うちに居るのが合成みたいだ。」


おいコラ、舐めてんのか?
お前のために記憶を失くしたわけじゃねぇ。
人を珍獣扱いしてんじゃねぇぞ。


「順! もういいから放してあげて。」


牧野が間に入った。


「つくし、ってことは道明寺さんはお前を迎えにきたのか?」

「え、と、あの…」

「ああ、そうだ。牧野ともう一度あの時に戻りたくて来たんだ。でも戻れないって言うから、もう一度始めることになった。」


これも決定事項だ。


「なってない! 順、なってないから。あたしはどこにもいかないから。」

「うーん、そうだよなぁ。今、つくしに出ていかれるのは困るなぁ。子供達にはお前は母親だからなぁ。でもさ、恋愛は自由だぞ。お前は未婚なんだから、別に遠慮はいらない。もう一度、盛り上がればいいじゃん。」

「順!」

「何が問題なんだ? キスしてみて感じてたろ? 俺とした時よりいい顔してるぞ。」


順は牧野の顎を持って顔を上げさせた。
ちょっと待て、お前ら、一体どういう関係なんだ?


「おい、お前らって、」

「ああ、すみません。俺たち大学時代に付き合ってたんですよ。」

「はぁ??」


だってこいつは高山のパートナーだろ??


「順、今その話すると長くなるから、遅くなったけどおかえり。明日も仕事でしょ? 早くお風呂入っておいでよ。」

「おお、そうだな。あ、道明寺さん、なんか前後しちゃいましたがはじめまして。鳥飼順です。つくしさんにお世話になってます。ゆっくりしてってください。っても、もうすぐ日付変わりますけど。」


順は時計を見上げた。


「俺、風呂入ったら今日はもう寝るわ。つくし、ごゆっくり♡」


そう言うと、順は牧野の頬にチュッとキスをして、ダイニングを出て行った。


「もう、順は!」

「・・・おい、」


牧野は肩をギクっと揺らしたが、そんなもん知ったこっちゃねぇ。


「鳥飼が元カレ? お前、ゲイに惚れてたのか?」

「はぁぁぁ〜、あのさ道明寺、今日はもう帰ってくれないかな? こんな時間だし、いろいろあってあたしも疲れちゃった。」

「はぁ…ま、だな。俺も疲れた。お前の17年の濃さに脳の処理が追い付かねぇわ。」

「じゃ、今日はこれで。」


と、牧野はリビングのドアを開けて俺に出ていくように促した。
俺は素直にリビングを出た。
が、玄関とは逆方向に向かう。


「ちょ、ちょっとちょっと、そっちはみんなの部屋がある方だから、玄関はこっち!」


牧野が声を潜めて俺の腕をを引っ張った。


「ゲストルームとかねぇの? 疲れて帰る元気もねぇわ。今日は泊まる。」

「はぁぁ??? 泊まるぅ???」

「お前、声、デケェよ。子供たちが起きるぞ。」

「ゲストルームなんてないわよ。4部屋に5人が分かれて寝てんのよ! 帰れ!」

「じゃ、お前の部屋でいいや。バスルーム貸して。」

「バカッ! あんたのお邸じゃないのよ。お風呂場は家の中にひとつ。今は順が使ってる。」

「ふーん。じゃ、空くまでお前の部屋で休む。」


スタスタと廊下を歩き、適当にドアを開けようとノブに手をかけた。
その手を牧野が掴む。


「そこは清佳の部屋!」

「じゃ、こっちか?」

「そこは悠介たちの!」

「じゃ、ここだな。」


俺は高山たちの部屋の向かい側のドアを開けた。








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2019.04.03
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2019.04.04




な、なんで?
どうしてこうなったんだっけ??


目が覚めてもまだ部屋の中は真っ暗で、寝返りを打って時計を見、、見、、見えない!!
重い!
と、思ったら胸の上に長くて逞しい腕が乗ってる。
え! と横を振り向いたら昨日、17年ぶりに見たクルクルが目の前にあった。

・・・えーと、ヤっちゃった??
ヤっちゃったよね?

あーあ、展開早すぎ。
あたし、何してんのよ。

腕を押し退け起き上がる。

はぁぁぁ〜、腰にスカートだけ巻きつけて、ヤラしいカッコ。
寝息を立ててるこいつは普通に服着てんのに。

なんか、ムカムカしてきた。
あたしばっかり翻弄されて、あたしばっかり動揺して。

・・・ま、ヨかったけど。

あたしも17の小娘じゃない。
はずみで寝たからって右往左往するほどもうウブでもない。

改めて時計を見たら午前2時だった。
今日は水曜日。
仕事は休みだ。

シャワー浴びよう。
散らばった服をとりあえず着ようと起き上がった。
と、何かが流れ出てきた。
マジかい!?
出したの?
このアホ!!
妊娠したらどうすんのよ!
・・・って、それこそ、結婚するって言うんだろうな。

いつのまにか達観することを覚えた。
考えても仕方ないと着替えを持ってバスルームへ。



熱いシャワーが心地いい。
はぁ、これからどうしよ。

一応、再会した初日に流されたくなくて抵抗したけど、でも結局はあたしもシたかったんだろうな。
「あの日の続きをしよう」って言われて抵抗することに迷いが生まれた。

” チャンスは一度しかない ”

この17年であたしが学んだのはその一点だ。
” 次 ” はない。
だから本気で抵抗できなかったし、その瞬間はそれだけでイキそうになるぐらい、今までの経験で一番ヨかった。

でも、カラダは盛り上がったけど、気持ちはどうだろう??
あの頃に戻るとか戻らないとか、やり直すとか直さないとか、どーでもいい。
今のあたしに一番大切なのは子供達だから、その他のことに食指が動かない。

あー、面倒くさいな。
いいや、また寝よ。



真っ暗な部屋に戻ると道明寺は起きる気配がなく熟睡してる。
7畳ほどの広さのあたしの部屋にあるのは、子供達と寝てた名残のダブルベット。
今も壮介が熱を出したり、清佳が寂しがったりしたら一緒に寝てる。

仕方ないからベッドに入る。
横の大男から熱が伝わる。
懐かしいあの香りもしてる。

こいつは仰向けになって寝てるから腕があって胸には寄れない。
腕でもいいか。
肩にコツンと額を寄せて、手をそっと握ってみた。
眠くなってきてそのまま目を閉じた。








……ん…
やめて…ダメ…
あ…はぁん…


パチッ


ガバッ!!


????


え、なに?
なんか変な夢見ちゃった。
やだ、あたしったら。

ん? んん!
見ると、パジャマのシャツの裾から長い腕が伸びて・・・


「ちょっと! なにしてんのよ!」

「チッ、起きたか。何って乳揉んでんだよ。」

「ち、乳!?」


ビジュアルを裏切るそのボキャブラリーのチョイス!!
そっちにたじろぐわ!


「やめなさい!」


まだ胸にある手をぐっと掴んで下ろそうとしたら、スルッと自分から下ろした。
と、思ったら今度はパジャマのズボンの中に入ってあたしの腿を撫でた。


「やめーい!!」


動き回ろうとする手を抑える。


「なんだよ。触るぐらいいいじゃん。」

「触るだけで終わらないでしょ!」

「お前が終われなくなるんだろ?」


道明寺がニヤリとした。


「昨夜はヨかったよなー。お前も相当、乱れてたし。」

「・・・」


反論はできない。

隣の男をチラリと見ると、ベッドに片肘をついて、起き上がったあたしを見上げてニヤニヤしてる。
悔しいから道明寺の耳元に唇を寄せて囁いた。


「そんなにヨかった? あたしも道明寺の、すっごくヨかったよ。」


上体を起こして道明寺を見たら赤くなって固まってた。
あんたの方がウブじゃん。
こいつの中で、あたしはまだ17のままなんだろうな。
あの頃のあたしからしたらこんな発言、あり得ないもんね。

道明寺が動き出す前にベッドを飛び起きた。


部屋を出てキッチンに入る。
本当は着替えたいんだけど、あの部屋に長居は無用。
悠介が起きてきた。


「はよ。道明寺さん、あの後どうした?」

「あー・・・」

「フッ、もしかして・・・」

「いいから、それ以上言わないで。」

「いいじゃん。大人なんだから。」

「勢いよ、勢い。」

「俺は嬉しいよ。つくしがずっと好きだった人でしょ。」

「ずっとっていつの話よ。7年前にはケリつけたわよ。」

「つまり10年も好きだったんだよね。執念深いね。」

「うっさい!」


朝食の用意をしてると、清佳が起きてきた。
清佳は小学5年生。
しっかり者のお姉さん。
小3の壮介はあたしが起こさなきゃ起きない。
ギャング世代とか言うけどまだまだ手がかかる。


「壮〜、朝だよー。」

「・・・」

「壮介は今日も可愛いなぁ。チューしちゃおうかなぁ」


ゴソゴソ…


「やだ…」

「じゃ、起きなさい。本当にしちゃうわよ。」


男の子はもうベタベタしてくれない。
こんなもんかな。寂しいなぁ。


ピンポ〜ン


ん?
朝の6時半に誰??
インターフォンに出ると、スーツを着込んだ男性。
こんな朝っぱらから勧誘??

と思ったらあたしの部屋から道明寺が出てきた。


「わっ! おじちゃん、ママの部屋に泊まったの??」


マズイッ! 見られた!


「お客様だからね、ママの部屋のベッドを貸してあげただけ!」


これ、取り繕えてる??

道明寺は無言でマンションを出て行った。
なんか一言、言いなさいよ。
挨拶するとか、礼を言うとか。
それでも大人か!

と、思ったら手に紙袋を持って帰ってきた。
は?
何してんの?


「あんた、なんで戻ってきたの?」

「着替え受け取ったから。」

「着替え!?」

「あれ、俺の秘書。」


開いた口が塞がらない。
秘書に着替えを持って来させた??
え、待って。
帰らないの??


「あのさ、帰らないの? 帰るよね? ってか、帰れ!!」

「高山さん、バスルーム借りていいですか?」


聞け!


「ああ、どうぞ。リビング出て左です。」

「どうも。」


スタスタと道明寺はバスルームに向かった。


「道明寺さん、ここに住む気かな。」


悠介の言葉に、思いっきり振り向いた。


「ははは、まさか…ありえない…無理…」

「はよー」


順が起きてきた。


「昨夜、プロキス師はどうした?」


なんちゅー代名詞よ。


「バスルーム。ちなみにキスは手始めだったみたいだぞ。」


あたしの代わりに悠介が答えた。
余計なこと言わなくていいから。


「へー、それはそれは。さすが仕事が早い男は違うねぇ。」


順のニヤつきがムカつく。
無視して2人に朝食を出す。

そこにシャワーを終えた道明寺が入ってきた。


「シャワー、サンキュ。」


!!!


あたしを含めた男子2人も固まった。


「ちょ、ちょ、ちょ!」


あたしは腰にバスタオルを巻いただけの姿で頭をガシガシ拭いている道明寺をリビングから廊下に押し出し、脱衣所に連行してドアを閉めた。


「なんだ? ここでシたいのか?」

「バカなこと言ってんじゃないわよ! あんた、服着なさいよ! 秘書さんが持ってきてくれたんでしょ。」

「あちぃ。冷めてから。」


壁ドン!


「道明寺、もしあたしがバスタオル1枚巻いただけの姿で、他の男の前に出てきたらどうする?」


あたしは鬼気迫る形相で道明寺を見上げた。


「は? んなの許すわけねーだろ! お前を見た男の目を潰す。って、お前、まさか…」

「あたしじゃないわよ! いま、あんたがしてることはそういうことなの! あんたを「そういう目」で見る男子と住んでるんだからね。気をつけてよ!」


悠介なんかきっと道明寺は好みだ。
パートナーがいてもときめくのは自由だし。


「マジかよ。」

「マジよ。あの2人にあたしの裸は犬猫と変わりないけど、あんたは話が違う。まったく。無防備なのよ。」


あたしは腕組みしてプンスカしてたと思う。
何にそんなにイラついてたのか、自分でも気づいてなかった。
そしたらいきなり道明寺が背後から抱きついてきた。


「なに? 放せー!」

「それって嫉妬か? 独占欲だろ。」

「は?」

「俺を他の男に見せたくなかったんだろ? 独占欲だよな?」

「いや、え? 独占て…」

「自覚なしか。でもそれは正真正銘、独占欲だ。お前は俺が好きだぞ。」

「そりゃ、好きだけどさ…」


そう。あたしはこいつが好きだ。
ただ、17年前とは熱量が違うだけ。


「…おい、もう一回言え。」

「ん? 好きだよ。」


あたし的には甘い雰囲気なんてない。
淡々と事実を述べただけ。
なのに…こいつはいきなりキスしてきた。
プロキス師
順の言葉が脳裏をかすめた。


「…ん…」


やばい。これはやばいやつだわ。
離れなきゃ。
身をよじり、腕をつっぱり、頭をのげぞらせてようとするけど放してくれない。
マズイ、クラクラしてきた。
その時、


コンコン


ノックが響いた。

力一杯離れる。


「お取り込み中だろうけど、そこ、使いたいんだよね。」


順だ。


「ご、ごめん。今出るから!」


あたしは横にあった紙袋から服を出して道明寺に押し付けた。


「服着て!」


しぶしぶ服を着た道明寺と脱衣所を出た。



*******



みんなを送り出し、ホッと一息。
・・・のはずが、なぜお前は未だにここにいる!

ダイニングテーブルであたしの向かいに座りコーヒーを飲んでいるクルクルの人。


「朝食食べたら? あんたの分、あるよ?」

「朝はいらねー」

「仕事は?」

「日曜までオフ。17年分だ。」

「ふーん…」


そう言えば、あたしはこの人の17年を何も知らない。
結婚とかしてたっけ?
子供は?

あの後、あたしは都立に転校した。
経済的にもう本当に限界だったから。
そこから奨学金を得て国立の大学に進み、悠介たちと出会い、子供を産んだ。
就職はせず、数年は子育てに専念し、一昨年からやっとパートタイムで働き始めた。


「ねぇ、道明寺の17年てどんなだった? 幸せだった?」


あたしは昨日、再会してから初めてこの人に興味を持った。
あたしの知らない17年をこの人がどんな風に過ごして、何を考えてたのか。
知りたいと思った。










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2019.04.05




皆様、こんにちは!


平素は当ブログをご愛顧くださり、誠にありがとうございます!

最近、パスワードに関する問い合わせが増えてきましたので記事をアップさせていただきます。

パスワードについては、該当記事の『パスワード入力』という文字を押下していただければヒントが書かれたページに飛びます。
ブロともにならなくても読めますので、ご安心ください。
パスワードは至極単純なものなので大丈夫です。

それでは、今後も「Lips that Overlaps」をよろしくお願い致します。


                       nona










2019.04.06




牧野が小首を傾げて「幸せだった?」と聞いてきた。
お前がいないのに幸せなわけねーだろ。
と、言ってやりたいが、こいつを忘れた俺は、それなりに幸せを感じてると思ってた。
今思えば、それは幸せなんかじゃなかったけど、牧野を知らない俺には本物の幸せなんてわかるはずもなく、現状に満足するってか、“ そんなもん ” だと思ってた。


「結婚とかしてたっけ?」


実はしてた。
25の時だ。
御多分に洩れず政略結婚てやつ。


「ああ。25の時な。」

「ん? じゃ、別れたの?」

「ああ。」

「恋愛?」

「いや、政略。」

「じゃ、別れたのもそういう利害の一致?」

「んー、まあ、あのババアだし。でも表向きの理由は子供ができないことだったな。」

「・・・何年間のこと?」

「5年。」

「5年か、そっか、長いね。」


牧野は目を伏せてコーヒーに口をつけた。
こういう話題は気を遣うよな。


「でも理由があったんだ。」

「理由って、できない理由?」

「あっちがずっとピル飲んでた。」

「えっ! 子供欲しかったんじゃないの?」

「家同士は欲しかっただろうけど、本人は欲しくなかったんだろ。」


俺は知ってた。
知ってて何も言わなかった。
互いに嫌いじゃなかったけど、愛情もなかった。
夫婦だけどセフレみたいな関係に子供はいらないと思ったんだろ。
後継が生まれないことに業を煮やしたババアがあっちを切った。
それも俺にはどうでもよく、別れもあっさりしてた。
そうだ、あいつは俺とよく似てた。
本当の幸せを知らない女だった。
最後の言葉は「5年も同じ男とヤってると飽きるからちょうどよかった。バイバイ。」だった。
負け惜しみでもなんでもなく、あいつの本心だとわかったのは俺も同じことを思ってたから。


「道明寺? 奥さんのこと、思い出しちゃった?」


また小首を傾げて牧野が聞いてきた。
その仕草、可愛いけどお前、34だぞ。


「また妬いてくれんの?」

「フフッ、妬かないよ。道明寺に幸せな思い出があるならよかったと思っただけ。」


幸せな思い出・・・
その言葉で俺が思い出すのは17年間のことじゃない。
17年前のことだ。
こいつと過ごした数ヶ月。
俺の人生を通して、幸せだったと言い切れるのはその期間だけだ。


「なぁ、なぁなぁなぁ、」

「な、何よ?」

「昨夜さ、順とのこと、話が長くなるって言ってただろ? 今、聞かせろよ。」

「はぁ? やだよ。これから午前中は家のことしなきゃ。忙しいもん。」

「今日は休みか?」

「うん。」

「じゃ、もう一回、」

「バカッ!」


牧野は立ち上がって食器を片付けた。
まだ何も言ってねぇじゃん。
もう一回、風呂かもしれねーじゃん。

俺はそのままダイニングに座って、牧野が忙しく立ち働く姿を眺めてた。
洗濯をして掃除をして。
牧野たちが住んでるこの部屋は俺からしたら狭いけど、あの頃の牧野からしたら相当に広い。
100平米以上はあるだろう。


「あいつらって何してんの?」


台所で洗い物をしてる牧野に尋ねた。


「んー? 悠介は商社の法務部、順は大学職員で主に野球部のスカウトマン。」


それでこんなマンションを買えるんだな。
いくら東京郊外といっても、この立地でこの広さなら7000万は下らないだろう。
俺がこいつを忘れてた17年間、あの2人がこいつを守って、食わせて、幸福を与えてくれてた。
あいつらは俺に礼を言ってたけど、俺の方こそあいつらに感謝しなきゃいけねぇんじゃねーの?


「お前さ、処女なのによく子供産もうとか思ったよな。」


牧野は目をまん丸にして驚いて、すぐに優しく笑った。
手に布巾を持って来て、テーブルを拭いて腰掛けた。


「あたしさ、10年は待とうと思ってた。あんたの記憶が戻るのを。」


今度は俺が驚く番だった。
10年?
17からの10年を俺を待つために費やそうとしたのか?


「でもさ、寂しかった。苦しかった。心に溢れる愛が、出口を求めてた。」


牧野は開け放たれたテラスから吹き込む風が揺らす薄いカーテンを見ながら呟いた。


「だから子供を産んだの。思い切り愛していい存在を自分で産んだの。もちろん、清佳も壮介も順と悠介の子だよ。でもたとえ離れることになっても、心の中では無償の愛を注げる存在だから。」


そう言って微笑んだ顔は今までで一番綺麗だった。
俺は牧野の手を取ってその指にキスをした。


「今度は俺を思い切り愛してくれ。」


それは懇願だった。
こいつにもう一度、愛を注がれたい。
こいつの愛をもう一度、浴びたい。


「3番目だけど、いい?」


今日何度目かの小首を傾げる仕草で、俺の顔を覗き込んだ。
3番目?


「1番は清佳と壮介が同列で入るから、あんたは3番目。」


いや、むしろ上位で驚いてんだが。
5番じゃなくてよかった。


「何番でもいい。お前が愛してくれるなら。」


すると牧野は立ち上がり、自分の部屋に消えていき、またパタパタと戻ってきた。
そして俺の傍に立った。


「じゃあ、はい。」


牧野が差し出したのは、懐かしいジュエリーケース。
俺はそのあまりにも意表を突いた再会に声も出ず、目を見開いてマジマジと牧野の手の中にあるそれを眺めた。


「あたしはあんたがあたしを想ってくれる10分の1くらいしか、あんたのこと好きじゃないかもしれないよ?」


俺はいろんな感情が込み上げてきて、少し手が震えていたかもしれない。
牧野の手からジュエリーケースを受け取り開いた。
そこには17年間、輝きを失わなかった土星のネックレスがあった。


「…じゃ、残りの9を足していこうぜ。」


俺は牧野を引き寄せ膝に座らせて、そのネックレスを今ふたたび彼女の首にかけた。


「クスッ、10分の9ね。」


牧野のキスが落ちてきた。
あの時は強引に俺からしたキス。
でも今度は牧野が俺にしてくれた。

優しいキス
あの頃の、まだ何も知らなかったガキの、それでも全身でこいつを求めてた時代の心が震えるキスだった。








「な、これ、確か俺が川に投げたよな? 中身入ってなかったとか? でもケースもこれだよな?」


牧野は真っ赤になって俺の膝に乗ったままプイッと顔を背けた。


「あの頃、すでにあんたを好きだったから川に入って探したの。」


・・・絶句。


「…あ、あの頃って漁村から帰ってすぐだよな? お前、いつから俺のことが好きだったんだ?」


そういや聞いたことなかったな。
牧野は顔を背けたままだ。


「あの雨の日に、あんたに別れを告げた時に自覚した。」


“ あの雨の日 ”

俺にとって記憶を失くしたことの次に思い出したくない日だ。
何度、あの日が無かったらと思ったか。
でもこいつはあそこまで極限に追い詰められなきゃ俺への気持ちを自覚しなかったってことか?
だとしたら超絶鈍感女だな。


俺は心の底から牧野への愛しさがこみ上げた。
両腕を牧野の体に巻き付けるように抱きしめた。
牧野の体重が俺にかかり、その温かさが沁み込んでくる。


「あの時、冬だったよな。水も冷たかっただろ? 夜だったし。それなのに川に入ったのか?」


首筋の甘い香りを嗅ぎながら、こいつの話をもっと聞きたい。
どれだけ俺を好きだったのかもっと知りたい。


「だって、絶対に失くしたくなかったから。あんたとあたしを繋ぐ、唯一の物だったから。」


もっと聞きたいのにもう我慢できない。
媚薬のごとき牧野の香りと耳に聞こえる愛の告白に、理性なんてとっくにブチ切れた俺は目の前の白い首に唇を寄せた。






Let's be a Family! 〜 Regeneration 〜 再生【完】









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2019.04.06




牧野の部屋で暮らし始めて1カ月。

再会したあの日から、俺は一度も邸には帰っていない。
ずっと牧野の部屋で暮らしてる。
牧野の部屋で寝起きして、牧野の部屋から仕事に通ってる。
高山も鳥飼も歓迎してくれたし、子供達も「ママの恋人」として普通に受け入れてくれた。


日本支社長に就任した俺の帰宅は毎日、日付を跨いでいる。
時たま悠介や順が起きてることもあるが、基本的に牧野は寝てる。

リビングに入らずそのまま牧野の部屋へ入る。
ベッドサイドの灯りだけが点いていて、部屋にオレンジ色の影ができている。

着替えを持ってバスルームへ。
こんな生活もここに来てからだ。
バスから上がってすぐに服を着ることにまだ慣れない。
特に夏の今は引かない汗に衣類が纏わり付く。
誰も起きてないのに着る必要ないだろ、と上半身はフリーでバスルームを出た。

牧野と暮らす前は、ここで酒の一杯って気分だったが、今は違う。
お楽しみはこれからだ。
牧野は寝てる。
なのにお楽しみ?
最近の俺の趣味は寝てる牧野の肌を触りながら眠ること。

ん?
変態って言ったか?
いや、大丈夫だ。
俺は変態ではない。

髪を拭き、ベッドに入り、ライトを消す。
これで牧野の眠りはさらに深くなる。
起こさないように抱き込み、パジャマのシャツをまくり、絹のような肌を撫でる。
最初はこれだけで我慢して眠ってたんだ。
でも寝てる牧野は文句を言わず、逃げもしないから少しずつ撫でる範囲が広くなり、手が胸に到達するのにそう時間はかからなかった。
胸は撫でるものじゃなく、揉むものだ。
柔らかいそれを手の中で弄んでいると、ある変化が起きた。
いや、それは俺の体にじゃない。
牧野にだ。


「ん…はぁ…ん…」


体を捩って艶かしい声を発する。
でもまだ眠っている。
その声をもっと聞きたい。
俺のララバイだ。
だから手は止めない。

すると牧野はもっと変化する。
こちらに寝返りを打ち、俺の胸に擦り寄り、首に腕を回し、脚を絡めてくる。
でもまだ寝ている。
・・・しかし、これはもう誘ってるよな? だよな?

記憶を戻した時、これからは牧野の願いは何だろうが絶対に叶えてやると心に誓った。
そうかそうか、俺は疲れているがお前の頼みなら仕方ないな。
お前の記憶を失って、17年も放置した罪滅ぼしだ。
お前が求めるものは何でも与えてやる。
たとえそれが俺自身でも。


「ん、あ…はぁん…あん… !!! ど、道明寺!? 何してんのよ!」

「何って、お前が俺にねだったんだよ。俺を。」

「絶っ対、違うっ!! あっ! ああん!」


こうして牧野に請われた夜は罪滅ぼしをしている。
牧野が許してくれるまで、俺の贖罪は続く。



********



「ほんっとに、バカでしょ?」

「お前が覚えてないだけだ。俺に自分から身体を押し付けてくるのはお前だ。」

「絶対に、そんなことない!」


キッチンでコーヒーをサーブする。
ここに住むようになって、自分のことは自分ですることを覚えた。
ダイニングに座って朝食代わりのコーヒーを飲む。

朝の7時半には子供達は登校する。
牧野が出るのは8時半。
俺も牧野に合わせて出勤する。
その1時間がこいつとゆっくり顔を合わせる貴重な時間だ。


「なあ、つくし!」


順がキッチンに入ってきた。


「今月の『パパ達の日』は今週末でもいいか?」

「え! 急だね?」

「ああ、夏はスカウトの忙しい時期だからさ、予定してた再来週は近畿地方の府県に優勝候補の高校を視察に行くんだよ。今週末なら悠介と予定合うから。」

「わかった、いいよ。土日でいい?」

「ああ、いつもごめん。」

「だーかーらぁ、謝るなって! 父子水入らずでしょ?」

「サンキュ。で、えーと、つかっさんはどうする?」


当初、俺のことを「道明寺さん」と呼んでいたが、一緒に暮らすならもう家族だ、と、もっと砕けた呼び方を検討した結果「司さん」になり、順が呼びにくい、と言い出し今では「つかっさん」だ。
「おやっさん」みたいで俺は気に入らない。


「ああ、あとで話しとく。そもそもあの人、家あるから。」

「すまん、頼むわ。じゃ、行ってくる。」

「ん、いってらっしゃい!」


さっきからこいつらの会話についていけない。
『パパ達の日』?


「何の話だったんだ?」


ダイニングから声をかけた俺のところに、牧野はキッチンから自分の朝食を持ってきて座った。


「ああ、んーとね、悠介と順と子供達だけで過ごす日を月に一泊二日で設けてるの。それが『パパ達の日』。ここ最近、忙しくて日程が合わなかったんだけど、それを今週末にって話。その間、あたしは実家に帰るから、あんたも邸に帰って。完全に父子水入らずにしてあげなきゃいけないから。」


概要はわかった。


「お前が実家で俺が邸なら一緒にメープルでも問題ないな。部屋取っとくから。」

「はぁ? やだよ。いつも実家でゆっくりしてんだから、邪魔しないでよ。」

「邪魔なんてしてない。今回は初めて俺がいるんだから、俺とゆっくりすればいいだろ? まだ2人だけで過ごしたことないぞ。」

「ええっと、そうだね、うん、そうなんだけどね、あの、母がね、最近、腰が痛いって言っててさ。家の中のこととか溜まっちゃって私を待ってるんだよね〜。今週末は進も帰ってくるし、久しぶりに牧野家勢揃い! なんつってさ、父も歳だしね〜、あたしが行ってあげて話し相手にでもなってあげないとね!」

「・・・・・・」


こいつが動揺するとよく喋るってことに最初に気づいたのは類だったか。
そしてやましいことがあると目が泳ぐってことに最初に気づいたのは俺だ。

目の前のこいつは、目が泳いでよく喋ってる。
つまり、やましいことが露見しそうで動揺してるってことだ。
ふーん、へー、ほぉ、俺に隠れてやましいことしようとしてんのか。


「そうか、わかった。そりゃお前が帰ってやんなきゃいけないな。ま、俺も急に言われても土曜は休めねぇし。」

「そうだよねぇ。来月の予定は早めに決めてもらうようにするから。ね?」

「ああ、じゃ、来月は2人で出かけようぜ。」

「うん、楽しみにしてる!」


牧野、俺はお前を宇宙一愛してる男、道明寺司だぞ。
牧野つくしの企みが見抜けねぇほど、俺の愛は浅くねぇ。
男と会うつもりだろ。
二股か?
上等じゃねぇか。
どっちが本物か、俺がケリをつけてやるよ。

お前には今日からSPをつける。
土曜を楽しみにしてろよ。






コーヒーを飲み終えカップをキッチンに下げ、迎えに来た秘書と車に乗り込み出勤した。

俺は牧野の部屋に最低限の着替えしか置いていない。
仕事用のスーツはオフィスの仮眠室を改装して収納し、カジュアルで出勤したらそこで着替えている。
今時、CEOでもデニムにタートルの時代だ。ちゃんと着替えるんだから可愛いもんだろ。


「茂木、」


俺はNYから連れてきた、長く俺に仕える秘書に声をかけた。


「はい。」

「土曜の夜の予定はキャンセルだ。」

「会食が一件、入っておりますが、かしこまりました。」


現場に乗り込んでやる。



********



金曜日。
俺はいつものように日付けが変わってからの帰宅だ。
牧野の部屋に入ると、小さめのボストンバッグが目に入る。
外泊の用意だな。
実家じゃねぇだろ。
男とか?
俺じゃない男に抱かれるのか?
・・・いや、そんなことは許さない。

いつものように入浴し、いつものようにベッドに入る。
今夜は肌を撫でるなんて遠回りはしない。


「牧野、牧野起きろ。」


声をかけて起こす。
なかなか起きないことは承知だが、今夜はしっかりと意識のあるこいつを抱きたかった。
肩を揺さぶっていると牧野が半目を開けた。
と、


「道明寺〜、おかえりぃ〜」


寝返りを打ってこちらに向いた牧野は、俺の胸に身を寄せ、顔を上げて喉仏にキスをしてきた。
・・・これは完全にお前から誘ってるよな。


「どうした、甘えてんのかよ。」


もしかして酒でも飲んだとか?
こいつは結構酒に強い。
昔、滋に付き合ってワインをがぶ飲みしてた時もすぐに素面に戻って俺に告白してきたからな。
だからちょっと飲んだくらいじゃ酔わないはずだが。
ま、そんなことはいいか。
俺は牧野にキスしようと顔を覗き込んだ。


「だって明日は別々じゃん」


それって、寂しいってことか?
お前は別の男に会うんだろ?


「だからいっしょにメープルにすればいいんだよ。」

「ん……それは…こんど……さい…ごだか…ら………zzz」

「おい、寝るな!」


なんか引っかかったが、いまはお前をもう一度起こして明日のための「土産」を刻んでやるよ。









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2019.04.07




「ギャーーーー!!! な、なによ、これ!!」

「つくし、後ろもすごいぞ。なんか、怒らせたのか?」


顔を洗おうと洗面に入り、ブラトップ姿になって髪を束ねて鏡に写った自分を見て悲鳴をあげた。
首! デコルテ! 胸元!
あちこちにキスマークが散ってる。
夏場だから虫刺され? なんつって、だとしたらあたしはどんな藪に首を突っ込んだのよ!

そこに悠介が入ってきてからかわれた。
あんのエロくるくる野郎!!


「やっぱさ、こんな時が来るかもって部屋の壁を厚くしておいて良かったよな。お前の声、うるさそうだもんな。」

「ちょっ! なんの話よ!」

「17年ぶりに会えた恋人同士か。しかも相手があの男前ならそりゃ毎晩、激しくもなるよな。」


朝の話題じゃないでしょ!

あたしはもう一度パジャマをきっちりと着込んで襟を立て部屋に戻った。
とてもじゃないけど、子供達に見せられない。

部屋に入ってあたしはまだ寝てる男を叩き起こした。


「道明寺! 起きて、起きなさい!」


手が伸びてきてベッドにひきずりこまれる。
あたしに抱きついて胸を枕がわりにまた寝てる。
・・・そりゃね、あたしもこういうとこ可愛いと思ってしまうわけよ。
母親となり、男性経験も経た今は17年前より母性が強くなって、こうして甘えられるのも嬉しかったりする。

クルクルの巻き毛を撫でる。
正直、この人がこの胸に還ってきたことがまだ信じられない。
現実味がない。
朝、送り出して、そのままあたしのもとには帰ってこないんじゃないかと思ってしまう。
だから起きて待っていたりしたくない。
これまでの生活を変えたくない。

何度も夢を見た。
帰ってきてくれて、「もうずっと一緒だ」って言ってくれて、抱きしめてくれる。
でも夢は覚める。
覚めた時の虚しさ。
最初の数年はかなりキツかった。
子供を産んで可愛くて、育児が大変で、何年か見なかったけど、待つ期限と決めた10年目が近づいてまた頻繁に見るようになった。
10年が早く過ぎてほしい気持ちと、まだ来ないでほしい気持ち。
そして10年目を迎えた日、解放されたと感じた。
自分の人生が自分の手の中に戻ってきた。
そんな感慨があった。


「何を考えてる?」


クルクルが喋った!


「…なにも。何も考えてない。」

「俺のことを考えろよ。」

「それは7年前にやめた。」

「・・・やめて、別の男のことを考えるようになったか?」


さあ、起きないと。
クルクルを引きはがし、ベッドから出た。


「仕事でしょ? あたしも10時にはここを出るから。明日は17時以降なら帰ってきて大丈夫。」


着替えを持って部屋を出た。



********



土曜日、オフィスで牧野に付けたSPからの報告を受ける。

10時にマンションを出て実家に帰った。
15時に一度出て近くのスーパーへ。
そして19時にまた出た。


「服装は?」

『スタンドカラーの黒のノースリーブタイトシルエットのワンピースです。髪はアップにしています。』


待ち合わせはバーか。


「どこに向かってる?」

『新宿御苑です。』

「店に入ったらまた報告しろ。」

『かしこまりました。』


牧野、俺にそんな資格がないのはわかってる。
だがな、お前はどこまでも俺のもんだ。


「茂木、俺はオフだ。」


今夜はスーツのままオフィスを後にし、新宿御苑に向かう。
SPからまた連絡が来た。


『店の前で待ち合わせていた男とバーに入りました。』


グッと拳に力が入る。


「わかった。」


店の前に到着し、頃合いを見て店に入ろうと入り口が見える場所に車を停め、出入り口を注視する。
と、入ったと連絡を受けてから程なくして出てきた。
店を変えるのか?
それともこのまま・・・

車を降りようとドアに手をかけた。
が、牧野と男は手を振り、左右に分かれた。
牧野はそのまま大通りに向かって歩き出した。
どういうことだ。

SPが牧野を追う。
報告を待つ。


『タクシーで飯田橋です。またバーに入り、男と話しています。』


なんだと!?
2人目?

報告のあった店に向かう。
様子を伺っているとまた1時間足らずで出てきた。
そして男が牧野を抱きしめ、牧野が男から離れ歩き出す。
男はその後ろ姿を見つめていた。


『次は麻布です。』


まさか、まだいるのか!?

牧野はまたバーに入り、3人目の男とカクテルを1杯飲み、そして男を置いてまた店を出た。


『駅に向かっています。』


このまま帰るか?
俺は駅に先回りして牧野を待った。

信号を渡り、牧野が現れた。
と、そこに一台のポルシェが滑り込んできた。

牧野をエスコートするために降りてきた男に、俺はこいつが本命だと確信した。









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2019.04.08
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