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そこからはまた以前の3人に戻って飲んだ。
飲んで笑って、笑って飲んで。
親友と好きな男。
これ以上のメンツいるか?
つくしと司さんのバトル話なんかで大いに盛り上がったが、俺にはひとつだけ気がかりなことがあった。





俺と悠介でつくしをアパートまで送り届けて、並んで歩く帰り道だった。
俺は堪り兼ねて口を開いた。


「お前さ、諦めんなよ。」

「え?」

「つくしのことだよ。好きなんだろ? あいつがまだ道明寺を想ってるからって諦めんなよ。あいつにはお前みたいに穏やかで包み込んでくれる男が必要だ。俺も応援するからさ。」


つくしならいいと思った。
つくしみたいな女ならきっと悠介は幸せになれる。
そしてつくしを通じて俺もずっと友達として悠介の側にいられる。
そう思った。


「は…ははは…あっははは」


立ち止まった悠介が突然、笑い始めて俺は虚を衝かれた。


「なんだよ、何がおかしいんだよ。」


俺の言葉にこちらに顔を向けた悠介の表情には悔しさと切なさが表れてた。

なんだ?
俺、そんなに変なこと言ったか?


「悠介、」


俺が一歩近づいた時だった。


「どうし……!!!」






…何が起きた?
…どうしてこうなった?
…今、これはどんな状態なんだ?




俺は悠介に上腕を掴まれてキスされてた。


「んん…ん…」


俺は恋はしたことはあったが、恋人がいたことはなかった。
だから好きな相手とのキスは初めてだった。
頭がボーッとしてきて何にも考えられない。
体から徐々に力が抜けていって、立っていられない。

放されたのが先か、力が抜けた俺がヘタり込んだのが先か、気がつけば俺は道の端に尻餅をついたように後ろに手を付いて座り込み、人生最大に驚いた顔をして悠介を見上げてた。


「ハァ、ハァ、ハァ、、、、、俺が、俺が好きなのは、お前だよ!!」

「…へっ…?」

「俺は順が好きなんだよ!! つくしじゃないっ! お前だよ!!」


悠介の顔が苦しそうに歪んだ。

悠介が?
俺を?
好き???


「だっ…て、おま、彼女いたじゃん。」

「ストレートになれるか試したんだよ!」


今度はバツが悪そうに顔を背けた。

なんだよ、俺と同じことしてんじゃん。

俺は立ち上がった。


「じゃ、なんでつくしに興味持ったんだ?」

「・・・報われないのに想い続けるつくしが自分に重なったからだ。見返りのない愛が続くのか知りたかった。つくしなら応えてくれるんじゃないかと思った。」

「つくしが花沢さんと一緒のとこ見たとき、怒ったよな。なんでだ?」

「お前が悲しむと思ったから。つくしにも新しい恋を大切にしてほしかった。」

「俺につくしのことをもっと知れって言ったよな。なんでだ?」

「お前につくしの過去をちゃんと受け止めてやってほしかった。つくしには道明寺さんを忘れる努力をして、お前と幸せになってほしかった。その頃にはもう、変わらない想いの行く末なんてどうでもよくなってて、つくしがお前と幸せになれたら、つくしを通じて俺もお前とずっと繋がっていられると思った。」


俺と同じこと思ってんじゃん。

俺は悠介に近づいて、胸ぐらを掴み上げた。
悠介は殴られるとでも思ったのか、目をギュッとつぶった。

そんな悠介に今度は俺からキスをした。


「!!!」


夜道で、晒色の街路灯が俺たちを照らしてた。
幸い誰も通らなかったけど、でもこんな住宅街の真ん中で男同士でキスしてる。
ストレートの世界から見れば異様な光景だろう。
でも俺たちにしてみたらこれ以上に幸福な光景はなかった。

今度は悠介がヘタり込んだ。
悠介が感じてくれたのが嬉しかった。


「きっと、俺の方が先にお前を好きになったぜ。」


俺はニヤリと口角を上げて、悠介に手を差し出した。
絶句して俺を見上げた悠介が俺の手を取った。
俺はその手を引き上げて悠介を立たせ、抱きしめた。


「俺たち、きっと運命の相手だ。だってこうして巡り会えたんだから。」

「〜〜っ!!」


悠介は驚きすぎて言葉になってなかった。
ただ俺にしがみついてた。

俺たちは互いの意志を確認し合って、またつくしのアパートに戻った。


ドンドン!

ピンポン! ピンポン! ピンポン!!


「ちょっと! 誰よ、こんな時間に! 警察呼ぶわよ!!」

「つくし、俺だ! 順と悠介! 開けてくれ!!」

「順?」


つくしがドアを開けてくれた。


「どうしたのよ、二人とも、こんな夜中に。」

「つくし、聞いてくれ! 俺たち付き合うことになった!」


俺は悠介の肩を抱いて、アパートの玄関先でつくしに堂々と宣言した。


「へっ!?」

「悠介も俺が好きだったんだって!!」

「はぁぁぁ???」


悠介は、まさかつくしが俺がゲイだと知ってるとは思わなかったらしく、かなり戸惑って顔を赤くして背けてた。


「ゆ、悠介も!?」


つくしが悠介に聞いた。


「…あ、ああ。まぁ…」


それを聞いたつくしの瞳からまた涙が溢れ始めた。


「はははっははははっ、よ、よかったねぇ、よかった、よかったぁぁぅぅあーーん、よかったよーー。あははははっ! うぇーーん!」


俺も悠介も笑いながら大泣きしてる人間を初めて見て思わず笑いだした。


ガチャ!
「うるせぇぞっ!!」


隣から怒られた。
つくしが部屋に入れてくれた。
それでも俺たちは笑いが止まらなかった。
こんなに幸せな夜はなかった。
人生で初めて感じた幸福だった。










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2019.04.18




つくしと俺たちの歴史をつかっさんに語り初めた夜中。
俺たちはずっとベランダで話してたから、体がすっかり冷えた。


「冷えてきましたね。中に入りますか。」

「ああ。」


リビングに入ると、時刻はもう午前2時だった。


「明日も仕事でしょ? 寝ますか?」

「………順が構わなければもっと聞きたい。俺の知らないつくしを知りたい。」

「いいですよ。俺も話したい。あなたに知ってほしい。コーヒー淹れますね。」


二人分のコーヒーを淹れてソファにL字に座った。



**



俺と悠介は恋を実らせて付き合い始めた。
でも世間の偏見はよくわかってた。
だから表立ってはいつもつくしを挟んでた。
つくしもそのことをよく分かってくれて、時間があれば俺たちと過ごしてくれてた。


「ちょっと! うちにまで来る必要ないでしょ! イチャイチャは自宅でしてよ!」

「俺たち実家暮らしだもん。ここしかねーよ。」

「だったら働け! 自立しろ! 二人で一緒に住め!!」


つくしの意外な言葉に俺たちは顔を見合わせた。
そっか、一緒に暮らせばいいんだ。
俺たちは3ヶ月後の同棲を目標に掲げ、それぞれバイトを始めた。
俺は野球部の運営組織で雑用係。
悠介は法律事務所の雑用係。
悠介の父親は弁護士だったから口を利いてもらったんだと思う。

勉強と野球部の練習とバイト
俺たちはプライベートで会う暇なんてなくなった。
でも目標があったから苦じゃなかった。
その間、つくしとも会えなかった。

3ヶ月後、目標だった同棲を実現させた。
親に出してもらった資金と、バイト代、それまでの微々たる蓄えをはたいて、俺たちは郊外に2LDKの部屋を借りた。
本当は広めの1LDKで良かったけど、表向きはシェアして住むってことになってたから、個室は2つ必要だった。

自由の城。
誰の目も気にすることなく、いつでもイチャつける。
こんなに幸せでいいのだろうか、なんて思ったっけ。
悠介と話してやっぱり最初のお客様はつくしだろってことになった。
俺たちの運命の女。
俺たちのラッキーガール。
あいつ以上に大切な女なんて、母親を除いては他にいなかった。


久しぶりに学内でつくしを探した。
あいつは着信にも気づかないやつだからな。

経済学部を回ってると、話し声が聞こえてきた。


「牧野さんて、男に捨てられるの好きよね。」

「クスクスッ。野球部の鳥飼くんと高山くんでしょ? 二人して牧野さんを取り合ってたみたいだけど、結局、どっちにもフラレたんじゃないの? いつも高望みなのよね。」

「そうそう、あの人、英徳にいた時から女狐だったもの。男に擦り寄るのが上手かったから。」


俺はあまりの怒りに体の震えが止まらなかった。
俺たちが忙しくてつくしに会いに来られない間に、事実無根な醜聞が広まっていたのだ。


「おいっ!!」


俺と悠介は女たちの前に出た。


「キャッ、鳥飼くん、高山くんも・・・」

「つくしの噂話してただろ?」


いつも温厚な悠介もキレてる。


「あの、噂っていうか、事実でしょ?」

「ああ?」

「二人とも、愛想つかしたんでしょ? あんな地味な子だもんね。面白くないよね。」


ね? ね? と女たちは同意を求めて頷きあってる。


「つくしが面白くない? 地味? 君たち、本気で言ってんの?」

「つくしは最高に面白くて、最高に綺麗で、お前らなんか足元にも及ばないイイ女だ。ただの嫉妬で嘘ばらまいてんじゃねーよ!!」


女たちは逃げていった。

道明寺さんが英徳を離れた後、つくしには新しい肩書きができた。


“ 道明寺司に飽きられて棄てられた女 ”


その肩書きは大学でも英徳出身者から広まってた。
日本一有名な御曹司と噂になった女だ。
どこに行っても逃げられなかった。
だから俺たちは決めた。
つくしを守るって。
俺たちの女神だ。
大切にしようと決めた。



**



つかっさんが怒りの持って行き場がないというようにソファにもたれて目を腕で覆った。
その拳は硬く握られてる。


「司さんにはキツイ話ですよね。自分が愛した女が自分のせいで傷つくなんて。」

「…俺があいつを見つけなきゃ、愛さなきゃこんなことにならなかった。でもそれでも手に入れたかった。」

「ええ、わかります。」


つかっさんは腕を外してそのまま天井を見つめた。


「あのまま、俺があいつを忘れなきゃどうなってたかってよく考える。俺はNYには行かずに英徳大に進学して、隣の高等部の敷地にいるつくしンとこ通って、普通の交際ってもんをして、時が来ればプロポーズして、一族の反対なんて押し切って結婚して。もしかしたら今頃は中学生や高校生になるような子供がいたかもしれねぇって。」

「・・・・・」

「でもあいつは「もし」はないって言ってくれた。今が幸せだからいいんだって。なぁ、順、つくしは最高にイイ女だろ。」


つかっさんは顔を俺に向けて、「はい」しか認めないって言わんばかりのギラついた視線で俺を見た。

そんな目をしなくても、俺もそう思いますよ。


「です。」

「だよな。」


フ、と、つかっさんは切なく笑んだ。








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2019.04.19




俺たちはまた学内では出来る限りつくしと一緒に過ごした。
つくしは気にしなくていい、もう慣れてるって言ってたけど、あんな悪意に慣れるわけない。
しかもつくしみたいな純粋な女が。

そうして1年が過ぎた。
俺たちは大学3年の年末を迎えてた。
つくしは俺たちと過ごすうちに、俺たちがつくしに感じてる安らぎをつくしも感じてくれるようになったみたいで、瞳の闇は一時、和らいでた。




就職活動が始まり、俺も悠介も忙しくしてた。
俺は野球に関わる仕事がしたかった。
教員の資格を取る予定だったから、中学校や高校の教師になって野球部を指導するのもいいな、と思ってた。
悠介は一度、司法試験に挑戦したけど、早々に見切りをつけてた。
俺には無理だ。別に夢だったわけじゃない。自分に向いた仕事を探すって。
つくしはどうするのか聞いた。


「あたしは、どっか商社にでも就職できればいいな。」

「F3や大河原さんからオファーあるんじゃねーのか?」


その頃にはつくしを通してF3や大河原さん、三条さんと知り合いになってた。
見たことのない美男美女に「牧野をよろしく」って微笑まれた。
俺も悠介も目の前がクラクラして、美しいって兵器だったんだなって一緒に納得してた。


「そうだねぇ…実は類や美作さんのとこや、それから滋さんからもうちに来いって言われてる。」

「じゃ、どこか選べば? 今時コネが嫌なんて言わないよね? 重要なのはどうやって入ったかじゃない。入って何をしたか、だからさ。」

「ちょっと、考える。」


この頃、つくしはなんだか疲れてた。
気づけばため息をついてた。
でも自分では気づいてないみたいだった。
心の中にいつの間にか積もった疲労が、もう溢れそうだったんだ。





ある日、野球部の雑用バイト中に悠介から連絡が来た。
つくしが階段で転んで捻挫したから送って行くって。
俺もバイトが終わってつくしの部屋に駆けつけた。
悠介がキッチンで簡単な飯を作ってて、俺はつくしが寝ているベッドの傍にあぐらをかいて座った。
目線がちょうどつくしの顔のあたりだ。
つくしは仰向けで俺がいる方の腕を額に乗せてたから、その表情は見えなかった。


「大丈夫か? 階段を踏み外したのか?」

「・・・・・」

「歩けないほど酷いのか? 大学へはどうやって行くよ?」

「・・・・・」

「おい、つくし? なんとか言えよ。」

「・・・もう、疲れたよ。」


その時、悠介が食事を持って部屋に入ってきた。


「悠介、つくし、様子が変だぞ。なんかあったか?」

「いや、口数が少ないけど特には。」


俺たちは雁首そろえてつくしを覗き込んだ。


「つくし、ご飯作ったよ。起きて食べな。」





つくしの目尻には涙が伝ってた。


「つくし、どうした? 階段で何かされたのか? 押されたとか?」

「つくし…?」

「・・・・・道明寺と出会ったのは階段だった。英徳の階段。」

「英徳?」

「道明寺が見えた。帰ってきてくれたのかと思った。駆け出したら踏み外したの。押されたわけじゃない。」

「・・・・・」

「もう…疲れた。限界かもしれない。最近、また夢を見るようになった。帰ってきてくれる夢。でも覚めて夢だとわかって落ち込んで。それを今日は起きてる時にも見たんだね。はは…頭、おかしくなったのかな。」

「つくしっ!」


俺は叫んだ。
あまりにも痛ましくて、不憫で、壊れてしまいそうで、引き止めたかった。


「つくし、もういいよ。もう4年? 忘れたらいいじゃないか。お前も道明寺さんのことは忘れて、また新しい恋をして幸せになっていい。な?」


言葉にしたのは悠介だったけど、俺も同じ気持ちだった。
俺はこいつに「彼氏のほうが可哀想だ」って言ったことを後悔した。
こいつだって、こんなにも苦しんでるじゃないか。


「…できない。」

「つくし!」

「忘れたいと思えないほど、まだ愛しい。」


つくしは寝返りを打って俺たちに背を向けた。
静かに、ただ静かに泣いていた。
俺たちは微動だにできなかった。

……愛ってのは、時にこんなにも心を束縛するものなのか。
つくしが自由に羽ばたくのを阻むのは、その心にある強い愛だった。



**



「つくしはあなたのことを言ったのか、あなたと過ごした季節のことを言ったのかわからなかったけど、俺たちは衝撃を受けた。」

「つくし・・・」

「こんな話までして、あなたを責めてるんじゃない。ただ、知ってほしかった。彼女がどれほどに苦しんだか。」

「わかってる。知ってよかった。」



**



つくしは、10年待とうと思ってると教えてくれた。
10年待って帰ってこなかったら、もう別の人を愛するように努力すると言った。
その約束の日はつくしが27歳になった2月だ。
俺たちはもう何も言わなかった。
ただつくしの決断を黙って受け入れて、つくしを託せる男が現れてくれと願った。










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2019.04.20




つくしの捻挫はかなり酷い方で、むしろポッキリ折れてたほうが治りが早かったかもしれなかった。
松葉杖を突くつくしに、俺たちは同居を提案した。

もともと、俺たちは一部屋で足りたんだ。
余ってるもう一部屋をつくしに提供することにした。
拒んでいたつくしもしぶしぶ了承してくれて、この時から俺たち3人の暮らしが始まった。


洗濯物は俺、掃除は悠介、炊事はつくしで分担した。
だけど同棲するまで家事なんてしたことがなかった俺たちはかなり適当で、つくしに徹底指導された。
そのおかげで今では手触りで素材を判断し、洗剤、選択コース、干し方まで『順のオートコース』と呼ばれてる。
悠介の掃除も堂に入ったもので、掃除道具も厳選して取り揃え、どこでもすぐに綺麗にできるようになった。
年末の大掃除なんて必要ないくらいだ。

そして、つくしの作る飯は美味かった。
当時、俺の得意料理は卵かけご飯で悠介の得意料理はトーストって有様だったから、つくしが同居してくれるようになって、やっと人間らしい食生活を送ることができた。
野球部の練習の時には特大弁当を作ってくれて、彼女の手作り弁当かって周りにからかわれた。
つくしは俺と悠介の弁当は弁当箱を変え、詰め方を変えて同じ弁当だと思われないようにしてくれたが入ってるおかずは同じもので、それが俺たちには嬉しかった。
周囲に気付かれずに、一緒に同じものを食べてる。
目で“ これ美味いぞ ” って合図して、“ どれどれ、おう、ホントだな ” ってまた目で合図する。
ラッキーガールだったつくしは、いつの間にか俺たちに幸せを運んでくれるハッピーガールになってた。



********



でも事件は突然に起こった。

大学4年になる春の大会が終わり、俺たちは引退した。
就活が本格的になった5月。

悠介の父親が、俺たちの留守中に管理会社に鍵を開けさせたんだ。
いつまでも部屋に招かない悠介に業を煮やした暴挙だった。
男同士の同居だと思ってたのに女が一緒に住んでて、しかも部屋割りは女で一部屋、俺たちで一部屋。
父親は激昂した。

セミナーを終えて携帯を確認したら、つくしから俺と悠介に何度も着信があった。

で、帰ってみたら悠介の父親がリビングで腕組みして座ってて、その向かい側には毅然とした表情のつくしがラグに正座してた。
俺たちはすぐに状況を理解した。

父親は立ち上がって言った。


「悠介、すぐに家に帰るんだ。荷物をまとめなさい。」

「はっ? 何言ってんだよ。ここが俺の家だ。帰らない。」

「お前には治療が必要だ。大丈夫だ。匿名で診てくれる医者がいる。母さんも待ってる。荷物なんかもういい。行くぞ。」


父親は悠介の腕を取って引いたけど、もう父親の背を超えている大男はビクともしなかった。


「お父さん、ガッカリさせてしまったならすみません。でも俺は病気じゃない。これが俺なんだ。俺は女は愛せない。俺は順じゃないとダメなんだ。許せないなら、縁でもなんでも切ってくださって結構です。」

「お…まえ…私に向かって縁を切れだとっ」

「お父さんが本当の僕を受け入れられないなら仕方ありません。」

「わかった。息子の相手が男だなんて、俺には虫唾が走る。治療を受け入れないなら、お前への援助は一切、打ち切る。あと1年で卒業なのに、大学中退か? 野球も大学も、これまで誰のおかげで生きてこられたと思ってんだっ! それなのに、」


その瞬間、父親を上回る怒声が響いた。


「ちょっと待ちなさいよっ!!」


声の出所はつくしだった。
立ち上がって悠介の父親を睨んでた。
いつか見た怒りの10倍の炎がメラメラと瞳で燃え上がっていた。


「さっきから聞いてりゃ治療だとか、援助を打ち切るとか、どんだけケツの穴が小さいのよ!! あんたそれでも弁護士なの!? カネカネって、そのバッジもカネで買ったんじゃないわよね!!?」

「なっ! 失礼だぞ、君! 名誉毀損で訴えることもできるんだぞ!」

「あーら、何かしら、脅迫、かしら? さすがケツの穴の小っさいクソ親父はつまんないこと言うわ!!」

「おい、つくしっ」


つくしの小気味良さは爽快だったけど、こいつを矢面に立たせるわけにはいかない。
これは俺と悠介の問題だ。
なのにつくしは止まらない。


「おっさん、あんた、人を愛したことないでしょ? 奥さんのこと、死ぬほど愛したことないんじゃない?」

「そんなこと、お前になんの関係がある!?」

「あんた何様なの? 親でしょ? 親なら我が子が心から愛せる相手に巡り会えたこと、喜びなさいよっ!」

「なにをぉ、男を愛して喜べるか!!」

「なんで? なんで男じゃダメなの? 理由を述べよ。」


つくしはいきなり冷静になった。
熱を抑えた声で告げると、スッとまたその場に腰を下ろした。


「弁護士でしょ。弁論は慣れてるでしょ? はい、どうぞ。どうして悠介くんの相手が男じゃダメなんですか? あたしを論破してください。順も悠介も座ろ。この方の主張を聞こうじゃないの。」


俺たちはつくしの冷静さが怖くて言われるがままにつくしの横に座り込んだ。
親父さんもつくしに呑まれている。


「うー、ええー、なぜ、悠介が男を愛してはいけないかという問いでありますが、まず第一に結婚ができません。」

「生涯独身の男性は今や3割です。女が好きでも結婚するとは限りません。はい却下。次。」

「うっ、あー、子供を作れません。」

「代理母がいます。あなたは孫の顔を見ることができます。はい却下。次。」

「せっ、世間に顔向けできません! 公表できない!」


悠介の父親は勝ち誇ったように主張した。
それを聞いた悠介は俯いた。


「公表はできるかどうかじゃありません。本人たちがするかどうかだけの問題です。それに、ほら、あなたの息子さんをご覧ください。あなたの主張があまりにも人権を無視しているために、こんなのが弁護士かと恥ずかしくて世間に顔向けできずに俯いてますよ?」

「プッ!」


俺は思わず吹き出した。
つくしに座布団を贈りたい気分だった。


「却下です。他にありますか?」

「うっぐぐぐ…」

「では、あたしから一言。」

「つくし…」


悠介が顔を上げて力なく呟いた。


「大手広告代理店の調べによると、LGBTは人口の8%にも迫ると言われており、今後、性的マイノリティLGBTの市場規模は5.6兆円にまで拡大すると見られています。その名も『レインボー消費』には各産業が熱視線を送っており、その支援のための輪も世界的にどんどん広がっております。つまり、高山先生、先生の事務所の顧客の8%はLGBTであり、彼らを支援することで、莫大な利益の恩恵に浴していくことができるのです。それを拒否しようと言うのですか? お金の好きなあなたらしくありませんね。それに、弁護士なら金満派と言われるより、人権擁護派と呼ばれるほうが箔がつくでしょう。まずは手始めにご自分の息子さんから支援してはいかがですか? ビジネスと考えればよろしいんです。そうすれば感情は無視できますから。」


理路整然としたつくしの話を、悠介の父親は立ったまま黙って聞いていた。
とても悔しそうだったけれど、徐々に項垂れた。


「・・・孫が抱きたい。悠介の子供を楽しみにしてた。」


父親は力なくソファに腰を下ろした。


「抱けますよ。何も女とセックスするだけが子作りの方法じゃありません。それに悠介くんを連れて帰ったところで、女とセックスできませんから、同じことです。」

「ちょっと、つくしっ!」


顔を赤くした悠介がつくしを窘めた。


「ふん! 代理母? そんな都合よくいくわけないだろ! 子供を取った取られたと裁判沙汰になるんだ。それに、大事な子宮を他人のために貸してくれる女なんて日本で見つかるわけないだろ!」

「・・・・あたしがなります。」

「「「 は? 」」」


全員がつくしを見た。


「彼らが子供を望むなら、あたしが代理母になります。」

「つくしっ、何言ってんだ!」

「つくし、やめろ!!」

「・・・ほほぅ、言ったね?」

「お父さんも、もうやめてくれよ! これ以上、俺に恥かかせるな!」

「牧野さん、でしたか。あなたがこの二人の、いや悠介の相手が誰でもいいが、悠介の代理母になるんだね?」

「あたしでよろしければ。」

「よろしい。あんたのその覚悟に免じて、今回のことは目を瞑ろう。学費も生活費もこれまで通りだ。
・・・決して、忘れないからな。どこに逃げても絶対に悠介の子を産んでもらう。」

「はい、結構です。あたしも忘れません。」


その会話を最後に悠介の父親は帰って行った。
俺たちはあまりの展開に、どちらも口を開けずにいたが、悠介が立ち上がってつくしを見下ろした。


「つくし、なんであんなこと言った…代理母だって? 俺がいつ頼んだよ!」

「まだ、頼まれてないね。子供が欲しくなったら言って。」

「ふざけるなっっ!!」


悠介がここまで怒ったのは初めてだった。
俺も立ち上がって悠介を宥めた。


「悠介、落ち着け。お父さんを説得するのに使った方便だ。な? よかったじゃないか。とにかく大学は卒業しないと。」

「順、お前はつくしが、自分を忘れた一人の男を10年待つと決めたほどの女が言い出したことを、方便だなんて本気で思ってんのか?」

「・・・・・」


思ってなかった。
きっとつくしは本気だ。
俺たちが子供が欲しいって言ったら本当に代理母になってくれるだろう。
そしてそれを拒めない俺たちがいる。
つくしが産んでくれるなら最高だから。


「一つ言っとく。」


俺たちはまたつくしを見た。


「条件がある。この条件が呑めるならあたしに頼んで。」

「条件?」

「産んだ後もあたしと一緒に暮らすこと。」

「お前はっ、さっきから何を意味のわかんないこと言ってんだよ!」

「つくし、お前の腹は借りたいが、卵子はいらないぞ。俺には姉がいる。姉の卵子をもらう。」

「順!」

「うん、わかってる。あたしが産むけどあたしの子じゃない。それでも、その子とパパ達2人と4人で暮らしたい。それが条件。」

「呑めない。そんなこと、産まれてみなきゃわからない。独占したくなるかもしれない。お前が邪魔になるかもしれない。」

「わかった。じゃ、その時は身を引く。とにかく、始める前の条件はそれ。順と悠介があたしを邪魔になるまでは一緒に暮らす。それが条件。」

「わかった。」

「やめろって!!」

「悠介はあたしじゃ嫌?」

「そうじゃない! お前を巻き込みたくない。道明寺さんが戻ってきたらどうする? 出産て命がけなんだろ? 道明寺さんが戻ってきたときに、お前がいなかったらあの人、気が狂うぞ。お前を守るのが俺たちの役目だ。道明寺さんなのか、他の男なのか、とにかく、お前を幸せにしてくれる男が現れるまでお前を守りたいんだ。」

「はぁ、男ってどうしてみんな俺が幸せにしてやる的なこと言うのかな? あたしが人にしてもらわなきゃ幸せになれない女だと思わないでよ!」

「そんなんじゃ、」

「あたしは幸せになりたいのよ! 自分の手でなってみせる! あたしはもう限界なの! 誰かを愛したいの! 愛されたいの! だから子供が産みたいの!!」

「「・・・・・」」

「・・・・・・・・・ハァ、あたしのがよっぽどひどい人間だね。あんたたちを利用して子供を道具みたいに・・・ごめん。頭冷やしてくる。」


つくしは出て行った。



なんでこんなことに…?
3人で仲良く幸せにやってたのに…








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2019.04.21




それから俺たちは、もう代理母の話題には触れなかった。
子供なんて、自分たちが親になるなんて、実際はまだまだ考えられなかった。


大学4年の夏が過ぎて秋になり、就職活動はいよいよクライマックスだった。
俺は野球部監督の推薦により、大学職員として就職が決まり、悠介はビジネス法務に関する検定を受けて、次は行政書士の資格試験のために勉強していた。
最終的には企業の法務部門での就職を狙ってた。
つくしも卒論と就活とバイトで東奔西走していた。

そんな忙しいある日、花沢さんから俺たち二人だけに会いたいと連絡が来た。
つくしは月に一度は花沢さんと会ってた。
生存確認されてんだよ。ってつくしは言ってたけど、俺たちには花沢さんがつくしに対してひとかたならぬ想いを持ってることは察しがついた。

俺たちは就活用のスーツを着込み、花沢物産役員フロアに降り立った。
ただの就活生がたどり着ける場所じゃない。
いや、この会社の社員でも滅多な人物じゃ近寄れないだろう。
花沢さんのオフィスは想像も及ばない広さで、白を基調としたインテリアがさらに広く見せてた。
オフィスなのになぜかカウチソファが置かれてた。


「今日はわざわざありがとう。どうぞ座って。」


大きな応接セットに花沢さんと向かい合って座った。

最終の役員面接でもこんなには緊張しないんじゃないかと思うほど、スーツの中は汗がダリダリだった。
何を言われるんだろう。
卒業したらつくしから離れろ、とか?
悠介と一瞬、目を見合わせた。

花沢さんはソファの背にもたれて優雅に長い脚を組み、手も組んで片腿の上に置いている。
同じポーズを俺がしたらただのカッコつけで笑いさえ誘うのに、この人がすると一幅の絵だ。

花沢さんは柔らかな口調だった。


「高山くんは就職決まったの?」

「内定は何社か。どこに行くか、最終決定はまだです。」

「うちにはエントリーしてくれてる?」

「え! 花沢物産ですか…?」


花沢物産は美作商事と並び、日本を代表する総合商社だ。
エントリーだけでも敷居は高い。


「いえ、考えてませんでした。」

「クス、考えてみてよ。エントリーは誰にでも資格があるんだから。」


サッと鳥肌が立った。
この会話は大人の世界の駆け引きだ。
悠介がエントリーすればかなり優遇すると言うのか?
秘書さんが出してくれたカフェオレを一口含んで花沢さんは続けた。


「そう言えば、牧野から聞いたよ。あいつが代理母になるんだって?」


花沢さんはやっぱり大会社のトップを張る人だ。
物腰は柔らかなのに、透き通ったような綺麗な瞳には獲物を狙うような力があった。
構える間も無く発せられた言葉に俺たちはますます体が強張った。
悠介がしどろもどろに答える。


「え、あの、それがですね、うちの父と一悶着あったときに、勢いで彼女…つくしさんが言い出したことで、僕たちはつくしさんにそんな負担をお願いしようとは微塵も思ってなくて…なっ?」


悠介が俺を向いて同意を求めた。ってか、助けを求めた。


「あ、ああ、そうそう。それに俺たちまだ22ですし、家庭を持つとか考えられませんし。なっ?」


えーい、お返しだ!


「ふーん。牧野はすっかりその気だけど、君たちにその気はないんだ。」

「はぁ、」

「二人は養子縁組で親族関係になろうとか考えてないの?」

「それは、」


同性愛者は婚姻が認められていない。
だから法的な家族になりたければ養子縁組しかない。
でもこれは1日でも年長の者が「親」になり、年少の者が「子」になる制度で、年長者の名字を名乗らなければならない。
メリットもある反面、デメリットもある。
だからまだまだ何も考えてない。


「特にまだ何も考えてないです。」

「ふーん、そっか。」


それを聞くだけのために呼び出したのか?


「あの、道明寺さんの記憶はまだ戻ってないんですよね?」


悠介が花沢さんに問いかけた。


「うん、まだだね。」

「つくしさんは10年待つと言ってましたが、ご存知ですか?」

「うん、知ってる。」

「もうすぐ5年だから、あと5年です。」

「そうだね。」

「つまり、つくしさんに代理母をしてもらうリミットも5年てことですか?」


花沢さんは悠介を見てニッコリと兵器のような美しい微笑みを見せた。


「そういうことだね。」


俺は意味がわからなかった。
悠介に向いて問いかけた。


「え? なんで5年?」

「つまり・・・」

「つまり、5年後の牧野には新しい人生が待ってるってことだよ。司を待つのをやめて、女としての人生のスタートだ。順くん、君は彼氏ができた牧野に代理母を頼める?」


そういうことか。


「いいえ。」

「でしょ? だから君たちが人生で子供を持ちたいと思う可能性が少しでもあるなら、そのことを今、よく考えてもらいたい。そして牧野のためにもオファーは早めにして欲しい。」


早めって、5年がリミットなら今すぐオファーしなきゃならないだろ。
すぐに妊娠するとは限らない。
それに赤ん坊は十月十日、腹の中にいるんだろ?


「君たちの人生に土足で踏み入ってることは承知してる。でも、もしも君たちが牧野に産んでもらいたいなら、リミットは5年、いや、妊娠と出産までの過程を考えたら決断までのリミットは3年しかない。そのことをよく理解しておいて欲しいんだ。それを過ぎたら別の代理母を探さなきゃならない。現在の日本では困難を極めるだろう。」


花沢さんの言うことは最もだった。
と同時に、5年後にはつくしを返して欲しいと言われてるような気になった。
そこまでの相手をなぜ?


「あなたはそれでいいんですか?」

「ん? 俺?」

「僕らはあなたがつくしを大切に思ってると感じてる。そのつくしが代理母とは言え他の男の子供を産むんですよ? 人生が大きく変わる。受け入れられるんですか?」


フッと花沢さんの瞳は今日一番優しくなった。


「俺は牧野が笑ってればいいんだ。代理母があいつの望みなら叶えてやりたい。だって俺、あいつの魂の一部だからあいつの気持ち、よくわかるんだよ。」








花沢物産を後にしながら、俺たちは無言だった。

“ 子供が欲しいか ”

仮にストレートだったとしても、まだ22歳で現実的に考えるタイトルじゃない。
でも俺たちに与えられたリミットは3年。
今すぐに考え始めなければならなかった。


部屋に帰ってきたが、つくしはまだ帰っていなかった。
ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩める。
疲れた・・・
俺はベッドにドサリと重い体を投げ出した。
天井を見つめたまま考えた。


「なぁ、悠介、」

「なんだ?」


悠介も着替えている。


「どう思う?」

「子供か?」

「ああ」

「正直、現実味はない。そんな存在を自分が持てると思って生きてこなかった。」

「だよなぁ。俺もだ。」

「でも、それを言えば恋人ができるとも思ってなかったし、こうして一緒に暮らすようになるなんてことも考えてなかった。考えてなかったけどそうなった。だから子供のことも考えてなかったけど、そうなるかもしれない。」


あまりにもヘビーな議題で、考えるのも疲れる。
俺は悠介の腕を引いてベッドに座らせた。
下から顔を覗き込んだ。


「な、」

「ん?」

「俺たち、ずっと一緒にいられるかな?」

「なんだよ、唐突に。」

「お前とずっと一緒にいられるなら、子供も悪くねーかなと思ってさ。」

「お前が言ったんだぞ。俺たちは運命の相手だって。今更撤回するのか?」

「しない。」


一生一緒にいられるなら、悠介の子供が見たいと思った。









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2019.04.22




俺たちは、互いの子供が見てみたいという結論には達したが、代理母は好奇心だけで挑んでいいわけない。
産まれた子の責任を一生負っていく覚悟が必要だ。

こういう時、ストレートはどうしてんのかな? と思う。
あいつらは妊娠の機能を持つ女とヤるわけで、例え避妊していてもその可能性は常に付きまとう。
毎回、覚悟を持ってヤってんのか?
いやいや、きっとそんなわけねー。
できたらできたでなんとかなるっしょ!って軽い気持ちか?
それも違うような。

姉ちゃんに聞いてみるか。


『セックスするときの覚悟?』


姉ちゃんは6歳離れてる。
結婚してて、一児の母だ。


「ああ、したら妊娠するかもしれねーだろ? 毎回、覚悟を決めてヤってんのか?」

『あんた、子供欲しいの?』

「そうじゃなくて、単なる好奇心だよ!」


あぶねー。
姉ちゃんにバレたら張り切っちゃって面倒なことになる。
なんせ姉ちゃんは自他共に認めるブラコンだ。


『んなもん、何にも考えてないわよ。』

「は? マジか?」

『避妊しててもそれでもできちゃったら仕方ないかー。この人の子供なら産んでもいいかー。できてもいいかー。ぐらいじゃないの。そもそも普通に生きてて「こいつの子供はいらねー 」って相手とヤんないから。』


それってすごくねーか?
ストレートは常に子供ができる覚悟を持ってヤってるってことか?
毎回、人生賭けてるのか?


「そっか。ありがと。今度、そういう気持ちでヤってみるわ。」

『悠介くん、元気?』


姉ちゃんにはカミングアウトしてる。
悠介の話もした。


「ああ、元気だよ。」

『順、』

「んあ?」

『好きな人の子供ってさ、そりゃもう可愛くて可愛くて仕方ないよ。何があっても守ってやるって自然と思えるよ。もし、あんたが子供を持てるチャンスがあるなら、絶対に逃しちゃダメよ。私も協力するから。』

「・・・ああ、ありがと。」


姉ちゃん、今まさにそのチャンスが到来してるんだよ。



********



いくら考えても答えは出ない。
その内に諸事に忙殺されて、子供のことなんて頭から吹っ飛んでた。

悠介が行政書士の試験に合格して、花沢さんに言われて冬の初めにエントリーした花沢物産から内定をもらったのは異例の2月も下旬だった。
それまでにも3社から内定をもらってた悠介だったが、就職先は迷わず花沢物産だった。


「正直、コネかな? って思わないでもない。」


バイトに行ったつくしが作っておいてくれた晩飯を食いながら、悠介が呟いた。


「コネも実力だろ。大企業で親父さん喜んだんじゃねーか?」

「ゲイだってバレないようにしろだって。もうバレてる。しかもトップに。」

「はははっ! だな!」

「! だからか。」

「何が?」

「花沢さんが勧めてくれた理由だよ。あの人が守りたいのはつくしだ。つくしを守るために俺たちのことも守ろうとしてくれてんだとしたら?」

「お前が働きやすい環境を花沢なら作れるってことか?」

「そう…例えば育児休暇とか。」

「!!」

「あの人はどこまでもつくしだけの味方だ。つくしのためなら他は切り捨てる人だろう。俺たちの意思もあの人には関係ない。もしもそうなった時のために、万全を期そうとしてんじゃないかな。」

「マジかよ……」


こうして俺たちは花沢類によってだんだんと追い詰められていった。







悠介の就職は決まったが、つくしはまだ迷っていた。
つくしは4社の内定をもらっていたが、どれも中小企業だった。
つくしの実力ならもっと上も目指せたはずだ。


「つくしも花沢にしなよ。いっしょに働こうよ。」


悠介が何度も誘ったが、つくしは首を振るばかりだった。


「花沢はいや。道明寺と取引きがあるから。あいつの話は噂でも聞きたくない。」


つくしは自分で10年待つと決めたのに、逃げたがるようになっていた。
ちょうど事件があった2月で、ナーバスになってたのもあると思う。
5年という折り返しだったのもあるのかもしれない。
ここまでの長い時を、もう一度繰り返す恐怖と戦っているようにも見えた。
つくしの中で、道明寺さんが戻ってくる可能性はもうほとんど消滅していたから。
だんだんと、俺たちの前で笑顔を見せることも減っていった。


3月になる直前だった。
話があるって昼間に喫茶店に呼び出された。
なんで外なんだ? と訝しく思った。

店に入るとすでにつくしは座ってたが、その隣には男がいた。
俺たちは4人でテーブルを囲んだ。
俺と悠介は突然現れた男に戸惑っていた。


「順、悠介、忙しいのにごめんね。」

「いや、いいけど、この人は?」

「この人はうちの大学出身でIT系企業の社長で関口さん。」


関口と紹介された男は名刺を出した。
そこには確かに代表取締役社長と書かれていた。


「あのさ、あたし、この人と日本を出て行く。」


“ ニホンヲデテイク ” … ?


つくしからの唐突な申し出に、俺は言葉が理解できなかった。


「つくしっ! 何言ってんだよ! どういうことだよ!」


こういう時の反射神経は悠介のほうがいい。


「関口さんが社長を務める会社、今度、海外に拠点を移すんだよね。そこに就職してついていこうと思って。」


マジ、何言ってんだ、こいつは。


「付き合ってんの?」


悠介の声は暗かった。


「え! いやいや、そういうんじゃない! 付き合ってなんかない。」


俺たちの話を聞いてた関口が口を開いた。


「混乱させてるみたいで悪かったね。僕は牧野の2コ上で、同じ学部だったんだ。在学中から牧野の優秀さには目を付けててね。今回、ダメ元で誘ったら快諾してくれたんだ。」


男の様子は明らかにつくしに気があるって風だった。
鈍感なつくしは純粋に能力を買われただけだと思ってたみたいだけど。


「海外って、どこ?」

「エストニア」

「エストニア!? って、どこだよ。」

「エストニアは旧ソビエト連邦でね、北欧の南に位置する国だよ。」

「エストニアは世界的なIT大国なんだ。そこに事務所を構えて、EU圏でのビジネスを展開する計画なんだ。」


つくしと関口が、息が合った様子で交互に説明する。
それを無視して悠介が詰め寄る。


「つくし、花沢さんには相談したの?」

「したよ。あたしが決めたことなら応援してくれるって。」


まったく、あの人は・・・
花沢さんはつくしにだけはどこまでも甘い人だった。


「で、いつからだ?」

「3月の中旬には来てもらおうと思ってる。あっちはまだまだ寒いから、装備を整えて来いよ。お前はすぐに熱出すからな。」


つくしの代わりに関口が、つくしを見ながら答えた。
つくしは最近では俺たちに見せなくなっていた晴れやかな笑顔を関口に向けてた。

何だこれ。
日本を出る?
3月中旬て、あと半月もしたらつくしがいなくなるってことか?
この男が、俺たちからつくしを奪うのか?


「順、悠介、今日はありがとうね。これからまた関口さんと打ち合わせがあるから先に行くね。呼び出しといてごめん。」


つくしは立ち上がって伝票に手を伸ばした。
俺は無意識にその手を掴んだ。
つくしが大きな瞳を上げて俺を見た。
その瞳に常にある闇は、いつの間にか深さを増していた。

俺は立ち上がった。


「つくし、帰るぞ。」

「ちょっと、順、離してよ! まだ帰らないって。」


ガタッ


悠介も立ち上がった。


「関口さん、すみません。今日のところはつくしは連れて帰ります。俺たち、親友なんです。突然、日本を出て行くなんて告げられて納得できません。彼女と話しますから。」

「悠介まで何言ってんの!? 相談してるわけじゃない! これは決定なの。」

「関口さん、そういうことなんで。失礼します。」

「えっ! 君たち、」


俺はつくしの手を掴み、悠介はテーブルに代金を置いて店を出た。









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2019.04.23




「離して! 離してよ!! 痛いっ」


俺はつくしの手を掴んだまま、早足で部屋に向かっていた。
俺たちの後ろを悠介がついてくる。
つくしの叫びにハッと我に返って手を離した。


「ごめん。」

「あんたたちなんなのよ、話すって何をよ。」

「つくし、とりあえず家に帰ろう。もっと詳しく聞かせてくれよ。」


直情型の俺と違って、悠介は深慮遠謀型だ。
その悠介がなだめるようにつくしに話しかけた。
つくしは俺たちを見ないで、黙って歩き出した。






部屋に戻るとつくしは2人掛けのソファの端にドサっと腰を下ろし、脚を組んで腕組みをした。


「で? 他に何が知りたいの?」


悠介はつくしの隣に座り、俺はダイニングテーブルの椅子に腰掛けた。
二人でつくしを見ていたが、つくしは相変わらず俺たちを見ないで視線は横のベランダに向けていた。
悠介が話し始めた。


「なんでわざわざ日本を出る必要があるの? つくしならもっといい条件で、もっとやりがいのある仕事が見つかるだろ?」

「ハァ、条件とか、やりがいとかじゃなくて、関口さんの会社に興味を持ったの。そしたら拠点を海外に移すって言うじゃない。だったら付いて行こうって、それだけでしょ? わざわざじゃないわよ。」

「ITなんて専門外じゃねーか。お前が向こうに行って何すんだよ。」

「とりあえずは関口さんの秘書よ。エストニアはビジネスでは英語が使えるから、あたしでも大丈夫だし。EU圏ではフランス語ができればなんとかなるし、ドイツ語もそのうち習得できるだろうし。」


つくしは確かに英語とフランス語ができる。


「秘書? つくしが秘書を目指してたなんて初耳だよ。つくしなら商社に入って経営企画に携わることだってできるのに、勿体無いよ。」

「あたしがあたしの能力をどう使おうが、あたしの勝手でしょ? 悠介たちが口出しすることじゃないわよ。」

「・・・・逃げんのか?」


つくしは初めて俺たちを振り向いた。


「ハッ! 出た。なに? あたしが何から逃げるんだって?」

「待つことから逃げたいんだろ?」

「順、やめろ!」

「道明寺さんの帰りを待つことに耐えられなくなったんだろ? またあと5年、長い年月の孤独に耐える自信がないんだろ?」


俺はわざとつくしを煽った。
しかし、怒るかと思ったつくしは平静を失わなかった。


「順ならそう言うと思ったよ。でもその手には乗らない。道明寺を待つのに、なんで日本にいなきゃいけないの? どこにいても10年目までは待つ。知ってた? あたし処女なんだよ? 世界のどこにいても10年目まで、この貞操は守るよ。もしあいつが記憶を取り戻して日本に戻ったら伝えて。あたしはエストニアにいるって。そして10年が経てばもう1日も待たないよって。」


その時、つくしが自分をあざ笑うように頬を歪めた。


「そもそも、あいつに頼まれたわけでも何でもない。あたしが勝手に待ってるだけ。勝手に待って、帰ってこないって勝手に落ち込んでるだけ。未練がましくて執念深くて。こんな女、ドン引きじゃない? 案外、もう記憶戻ってて、NYでできた彼女と幸せになってるかもしれないよね。はははっ 」


きっと俺たちは、つくしの苦しみの10分の1も理解できてないだろう。
時が彼女を蝕んでいく。
時間が経つにつれて、希望が萎んでいく。
それでもまだ希望を持ち続けるためにはどうしたらいいんだろう。

つくしは立ち上がった。


「ここへはもう帰らない。荷物は後日、類にお願いして運び出してもらう。二人のお陰で楽しい大学生活だった。ほんとに感謝してる。どうか、幸せになってね。落ち着いたらまた連絡するよ。」


俺はもう、つくしを引き止める言葉を持たなかった。
22歳にしてこれだけの人生を送ってきた女だ。
俺には想像することもできない苦悩を耐えてきた女だ。
そんな女が、今また実行しようとしてる決断を覆す力なんて俺にはなかった。

・・・・俺にはなかったが、悠介にはあった。


バッ


悠介が、部屋を出ようと自分の前を通り過ぎるつくしを腕で制した。
そして立ち上がり、つくしの肩を掴んでその瞳を真剣な面持ちで見つめた。


「悠介…なに…?」

「忘れてないよな? あの約束。」

「約束?」

「お前は俺の子供の代理母になるって約束したよな?」


つくしが息を呑んだ。


「・・・・したね。もちろん、覚えてる。」

「その気になったら言えって言ったよな。」

「ゴクンッ・・・言った。」

「だったら、俺はお前に要求する。エストニアに行く前に俺たちの子を産んでくれ。」


つくしの眉根は寄り、瞳はこん限り見開かれた。
悠介が切り札を出してつくしを引き止めている。
俺は固唾を飲んで、二人の会話の行き着く先を見守った。


「本気なの?」

「ああ、本気だ。」

「順の意思は?」


悠介が俺を振り返った。
俺は悠介の目を見てうなずいた。
つくしも俺がうなずくのを見ていた。


「じゃ、悠介も覚えてるよね?」

「ああ、条件のことだろ?」

「そう。」

「わかってる。」

「本当にいいの? 順と悠介と子供の家庭にあたしっていう異物が紛れ込むんだよ? 他人が入り込むんだよ? どんなことになるか、わかってんの? フフ、絶対わかってないよね。」

「つくしこそ、わかってんの? 俺たちがつくしを邪魔だと思わない限り、お前のことを解放しないってことだぞ。つまり、エストニア行きは諦めるってことだ。」


悠介の方が上手だった。
俺たちはどうしてもつくしを引き止めたかった。
つくしに注視して返答を待った。
沈黙が流れた。


「ハァ、確かにそういう条件を出したのはあたしだもんね。わかった。関口さんには断るよ。」

「よっし!!」


俺は立ち上がって悠介とつくしを一緒くたに抱きしめた。


「ちょっと! 離してよ!」

「順、落ち着けって!」

「これからも3人一緒だ! いや、子供と4人だ!!」

「気が早いって!!」


つくしは久し振りに俺たちに向かって笑顔を溢れさせた。



**



「なぜそこまでして、つくしを引き止めたかったんだ?」

「フッ、つくしのため、なんて言ったとしたらそれは詭弁ですよ。つくしは俺たち二人の運命の女でラッキーガールでハッピーガールでした。あいつがいなかったら、俺たちはきっと結ばれてない。俺たちの幸運の女神をむざむざ他の男にやりたくなかった。」

「幸運の女神、か。」

「司さんにとってもそうでしょ? つくしを疲弊させた原因のひとつにあなたの度重なるスキャンダルがあった。俺たちがキスした事件の時だけじゃなく、その後も熱愛だ、婚約だと事あるごとに報道された。つくしは良い事も悪い事もあなたの記事に触れないように生活してたし、俺たちもつくしの目に触れないようにしてた。
でも約束の10年がとっくに過ぎたある日、つくしがあなたの記事をじっと見てた。あなたがどこかのモデルだか女優だかとホテルから出てきたって記事だった。俺は取り上げて「こんなもん、見るな!」って怒鳴った。つくしはフッと笑って「もう大丈夫。ただ幸せそうな道明寺が見たかったんだよ。」って言った。でもこの17年、幸せそうなあなたなんて見たことがなかった。つくしという幸運の女神はここにいるのに、NYにいるあなたが幸せになれるわけなかったんだ。そうでしょ?」


つかっさんは膝に肘をついて、手を組み、その上に額を乗せて俯いていた。
そうしている姿も様になってる。
ここまで美麗な人が俺の家で暮らしてる事実を受け入れるのには結構かかった。
つかっさんは短い息をついて顔を上げた。


「俺にとってこの17年、幸せってものはいつも底の浅いものだった。手を伸ばす必要もなくあっちからやってくる。女を抱いた時の一瞬の快楽だったり、仕事が上手くいった時の一瞬の充足感だったり。でもそれらはすぐに冷めた。あいつを失くした俺の中に残った感情は、苛立ちだけだったから。」


この人の人生もまた、過酷なものだ。
最愛の人を得ていながら、不可抗力でその人を手放さなければならなかったなんて、そしてその愛する人を苦しめていたことを後から思い知らされるなんて。


「それで、いよいよつくしは代理母になるのか。」

「はい。」









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2019.04.24




4月になり、俺も悠介も就職した。
つくしは就職せず、バイトを継続しながら家事担当になった。
と、同時に俺たちの妊活が始まった。

悠介の子を産むことが目的だから、卵子は俺の姉貴に頼むことにした。
だが、問題が起きた。
姉自身は快諾してくれたが、姉の夫、つまり義兄が大反対だったのだ。


「順! お前の “ 事情 ” は知ってる。子供が欲しいという気持ちもよくわかる。だが、恵(けい)の卵子はやれない。」


理由は、好きな女の卵子が他の男の精子と受精することへの嫌悪感と、自分の子と異父兄弟が生まれることによる我が子への影響を心配してのことだった。
姉ちゃんも懸命に説得を試みてくれたが、義兄の気持ちは動かなかった。


「その牧野さん? 初産だよな? 俺も調べたが代理母は経産婦しかなれないんじゃないのか? 俺の女の卵子で実験か? 牧野さんが母子とも無事に経産婦になったら考えてやる!」


俺たちはいきなり壁にぶち当たり、方向転換を余儀なくされた。
悠介が新たな試みを提案した。


「順、先に順の子供を作らないか? 俺には妹がいるんだ。」


悠介の妹は俺たちよりひとつ下の大学4年。
薬学部で薬剤師になる勉強をしてた。
薬学部薬学科は6年制だ。
4年生は研究室で自分の研究をしてるってことだった。


「いいよ。」


悠介の妹の悠依(ゆい)はあっさり承諾してくれた。
あっさりすぎて悠介の方が戸惑ってた。


「あのさ、有り難いけど、もっとよく考えたり調べたりした方がいいんじゃないのか? 後から取り消せないんだぞ?」

「わかってるよ。でも私の他にいないし、お兄には幸せになってもらいたいし、順さんなら子供も可愛がりそうだし。それに医療に携わるひとりとしていい経験になるし。」

「いい経験て・・・。かなり辛い副作用が出るかもしれないぞ? 大学生活にも影響が出るかもしれない。それにお前の卵子はもらうがお前の子として育てられないんだぞ?」

「ははっ、お兄さ、どの立場でしゃべってんの? ほんと優しいよね。お兄ならいいお父さんになるから大丈夫。母親の権利も主張しないよ。叔母さんの立場だけで十分。責任のないところから可愛がるよ。」


悠依は肩をすくめてニッコリと目を細めた。

病院は花沢さんに紹介してもらった。
研究のために政府から代理母出産の特別認可が下っている病院だった。
つくしは厳しい条件をクリアし、例外的に代理母として認められた。
そして妊娠するための生活をするようになった。
規則正しい生活に食生活。
もともと自己管理のいい女だったけど、この頃はかなりストイックな生活をしてた。

悠依が卵子を提供してくれることになったけど、そんな簡単な事じゃない。
詳細は割愛するけど、悠依にも相当な負担だった。
だから1度で成功するように、副作用も多少は出る方法を選択した。

若い悠依からはたくさんの卵子が取り出せた。
その卵子に俺の精子を体外受精させて、つくしの子宮に移した。
これで着床すればたった一度の挑戦で妊娠することになる。

医師から言われた、検査薬が試せる運命の日。
俺たちは仕事を休んで朝からトイレの前で結果を待った。

トイレから出てきたつくしの顔を二人で覗き込んだ。
難しい顔をしていたかと思ったつくしはニィーッと笑顔になり、「陽性だった!!」と叫んだ。


「・・・マ、マジか!?」

「マジ! 大マジ!さ、病院行くよ!」

「よっしゃーー!!!」


俺たちは飛び上がって喜んだが、まだ早い。
検査薬の陽性はとりあえず受精卵がどっかに着床したってことだけを告げていて、それが正常な妊娠かどうかは受診しなきゃわからない。
陰陽どっちがでても受診しようと予約しておいた病院に3人で向かった。
そして結果は無事に子宮内に着床していて胎児は2ヶ月。
順調だった。
なぜかつくしでも俺でもなく、悠介が喜びで涙ぐんでたっけ。

そっからは普通の妊婦として、つくしは着実に腹の中の子を育てていった。
途中でつわりがあってハラハラしたり、悠介の母親が見兼ねて協力してくれるようになったり。
俺たちは毎回の健診や両親教室なんかに必ず一緒に、またはどっちかが付き添うことにした。

5ヶ月の時、性別がわかった。
女だ。
俺たちは女の子の父親になるんだ。
その時の不思議な気持ちを今でも覚えてる。
女って生き物をどこか遠い存在に捉えてた。
俺たちは心が男のままのゲイだから、友情の対象も基本的に男だ。
だから子供の頃から女を必要としたことがなかった。
本当に母親くらいだ。
でもつくしと知り合い、今では親友は女だ。
そして我が子を産んでくれるのも女なら、我が子も女。
女と関わって生きていく。
そういう覚悟を持たなきゃって思った。
それが父親としての自覚が芽生えた最初かもしれない。

つくしの腹はどんどん大きくなっていって、妊娠線っていう肉割れができないようにって俺たちは交代でマッサージもした。



**



「おい、待て。マッサージ? つくしの腹をか?」


うっ、ヤベェ。
また余計なことを言っちまった。


「あの、ええ、妊婦専用のクリームで皮の伸びがよくなるように、」

「直接、腹を触ったのか? 撫で回したのか?」


目の下のクマと相まって、つかっさんの視線からはビームが出てんじゃないかってくらいの睨みだ。
俺の目が泳ぐ。


「えーっと、主に悠介が、」


すまんっ!


「ブッ殺す…!」


ヒエェェ〜〜〜



**



いよいよ臨月になった。
つくしの腹は突けば弾けそうになっていた。
女の体の神秘に俺たちは恐れ入ったっけ。

その頃には、3人でリビングに雑魚寝してた。
夜中の変化に対応できるように。
つくしがこんなに頑張ってくれてんのに、俺たちだけ呑気に愛し合ったりできないって悠介が言い出して、俺はやや不満だったけど、確かにつくしはトイレに起き上がるのも大変そうだった。

その日も3人で川の字になって寝てた。
未明のことだ。
つくしが叫んだ。


「順!! 悠介! 起きて、起きて、起きて!!」


俺たちは飛び起きた。


「どうしたっ」

「き、来た。陣痛、きた〜〜〜っ!! うっ! うぅぅ」


男ってのはこういう時、てんで役に立たない。
慌てた俺たちは救急車を呼んじまったんだ。


「ば、バカ!!」


つくしにめちゃくちゃ怒られた。
結局、救急車には丁重に謝って帰っていただいて、タクシーで病院に向かった。

それから7時間。
6月の末、雨上がりの午前中に清佳が産まれた。
母子ともに健康で、3120gの元気な女の子だった。
清佳と初めて対面した瞬間はきっと生涯忘れない。
喜びとか、愛しさとか、ありとあらゆる暖かい感情が溢れ出した。
俺と悠介の遺伝子が合わさった子。
俺たちがこの世に存在して、確かに愛し合った証の子。
可愛くて可愛くて、絶対に、何があっても、この命に代えても守ってやるって誓った。

そして命を懸けてこの子を俺たちに与えてくれたつくし。
その顔は安堵に満ちていて、本当に女神のようだった。
そんなつくしが言ったんだ。
「ありがとう」って。


「悠介、順、あたしにこの役目を託してくれてありがとう。あんたたちの子だよ。一生守ってあげてね。」


なんでつくしが礼を言ってんだよ。
礼を言うのは俺たちだろ。
そう言いたいのに、言葉にならなかった。
俺も悠介も泣いてた。
つくしが無事で安心したのと、清佳が可愛くて感激したのと、これまでの自分の人生の苦悩と、パートナーがいる幸せと。
生きてきた全ての感情がないまぜになって、涙が止まらなかった。










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2019.04.25




そして、子育てが始まった。

産まれたのが夏前だったから俺はスカウトの仕事が一番忙しい時で、悠介が育児休暇を取った。
上司に申請したら「独身がふざけるな」と無碍に却下された。
そしたら悠介は、自分はゲイでパートナーがいて、代理母を通じて子供が産まれたことをカミングアウトした。
清佳は俺が認知してたから法律上、悠介は他人だ。
でも申請だけでも手続きして欲しいと訴えて受け取ってもらった。
そしたら許可されたんだ。
最大1年間。
それから程なくして花沢の育児休暇取得条件の「配偶者」に「パートナー」と「代理母」が加わった。
もちろん全部、花沢さんの采配だった。
つくしのためかと思ったその緩和は話題を呼び、花沢の株価に少なからず良い影響を与えた。
国際的な評価も上がって一石二鳥だよって花沢さんは笑ってた。
タダじゃ起きない人だ。

そうして悠介とつくしを中心として俺たちは3人で清佳を育てることになった。
つくしは出来る限り俺たちに配慮してくれた。
俺たちができることは口出しも手出しもしなかったし、清佳が泣いてても俺たちが対処するまで我慢強く待ってくれた。
妊娠中からいろいろ勉強してたお陰で一通りのことはできたけど、母乳だけは出ない。
ミルクでも良かったけど、母乳のことを学ぶほど清佳は母乳で育てたいと思うようになった。
つくしがそばにいるんだから、何も無理して意地張ってミルクにする必要もない。
そう決めたら母乳ってのは便利で、回数を気にすることなく、泣けば何度でもやればいいし、外出するときもケープだけ持って出ればいい。
それと、女ってのはすごいと思ったのは夜泣きの時だ。
赤ちゃんがフアと泣き始めただけでつくしはすぐに目を覚ました。
俺も悠介も、隣で寝てても夜中に清佳が泣いたことなんて全く気づかなかったのに。
人体の神秘だった。

清佳が7ヶ月になった時、俺たちは俺の姉夫婦を招いた。
かねてから姉には清佳に会いたいと言われていたし、姉は清佳の伯母なんだ。お披露目会を開いた。
姉と義兄と姪の3人で遊びに来てくれた。
姉ちゃんと姪っ子は清佳にすぐにメロメロになって可愛い可愛いと喜んでくれた。
義兄はつくしと話してた。
妊娠中から分娩、産後の体調面、心理面について事細かに尋ねてた。
その日は夕食をご馳走して、3人は帰っていった。

そのお披露目会から遡ること1ヶ月前、つくしが驚きべきことを言い出した。


「清佳ももう6ヶ月になって離乳食が始まったでしょ。あたし母乳やめるね。」

「えっ! なんで? 離乳食は始まったけど、清佳、まだ母乳中心じゃん。」

「うーん、そうなんだよね。でも次があるから。」

「次?」

「うん。今度は悠介の子を産まなきゃ。」

「「 はっ!? 」」

「あんまり間を開けたくないんだよね。次こそ悠介の子を産みたいから、母乳はやめる。また妊娠の準備しないと。というわけで、順のお姉さん夫婦を呼ぼう!」

「え? え? えええ〜〜??」


つくしは義兄に俺と悠介の仲睦まじい様子を見せれば、嫉妬も和らぐと思ったらしい。
そして清佳が愛されて育ってるところを見せれば、我が子への懸念も薄まると。
そうしてこのお披露目会が実現したんだ。

つくしの読みは当たってた。
義兄が姉ちゃんの卵子提供を承諾した。
悠介と俺が本当に慈しんでる様子を見て、姉ちゃんの卵子提供はあくまでも人道的見地で行われることが理解できたらしい。
それに清佳を可愛がる姪っ子を見て、将来への心配も払拭されたんだろって姉ちゃんが言ってた。
余談だけど、義兄はそれでも最後まで燻った嫉妬のカケラで奮起した。
壮介には同い年の父親の違う兄弟がいる。
姉ちゃんも妊娠したんだ。

こうして姉ちゃんの卵子提供を受けてつくしは二度目の妊娠をした。
つくし25歳の時、壮介が産まれた。
悠介にそっくりな男の子で、そりゃもう可愛かった。

この頃には悠介の父親もすっかり憑き物が落ちて、壮介の誕生を手放しで喜んだ。
そして清佳のことも壮介のことも、そして俺やつくしのことも認めて、息子の家族ってものを受け入れてくれた。

昔の偉い人が詠んだ歌が思い浮かんだ。


「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」


まさにこの時期の俺たちはこんな心境だったに違いない。
ゲイとして生まれた俺が、望みうる最高の人生を送ってた。



**



「司さん、もう4時ですよ。本当に寝なくて大丈夫ですか?」

「ああ。お前こそ大丈夫か?」

「今日は大阪に出張なんです。新幹線で寝ますよ。」

「そっか。」


そしてつかっさんが一番聞きたかっただろうこと。
つくしの10年目が来た。



**



清佳が3歳になり、壮介が1歳になった。
つくしの27歳のバースデーだった。
子供達を寝かせた後、3人でワインを飲んでた。

清佳が断乳してから、俺たちの間には「パパ達の日」が制定された。
俺と悠介と子供達だけで過ごす1泊2日だ。
この時も、次の「パパ達の日」はいつにするかって話になった。
その時、つくしが改まった。


「あのさ、二人に話があるんだよね。」


来た。と思った。
年が明ければ約束の10年目だ。


「うん。」


悠介もわかってたと思う。


「もうすぐ道明寺を待って10年目になる。」

「うん。」

「2月だったの。」

「うん。」

「だから、2月が終わって、3月になったらここを出て行く。」


!!!


つくしが何を言うのか予想してなかったけど、でもその中でも一番予想してない言葉だった。


「え? なんで?」


悠介が困惑して尋ねた。


「あたしが代理母になる条件、覚えてる?」

「ああ。お前が邪魔になるまでいっしょに暮らす。まだ邪魔になってねーぞ。」

「はは。それ、予想外だった。もっと早く邪魔になると思ってた。」

「エストニアに行くの?」

「ううん。都内にマンションでも借りる。」

「自由になりたいのか?」

「あー、そうだねぇ。ここにいたいけど、でも彼氏欲しいし。」

「27で処女だもんな。」

「うるさいわよっ!」

「ここに居ても恋はできるだろ?」

「清佳が3歳。あたしのことを覚えてない内に居なくなった方がいいと思う。」

「それは、結婚、てことを視野に入れてるから?」

「ん、だね。それに、清佳と壮介はあんたたちの子で、あんたたちの家庭だよ。あんたたちがどんなに気を遣ってくれても、ここに居ていいって言ってくれても、あたしはやっぱりお邪魔虫なんだよ。」


つくしが疎外感を抱いてたなんて気付かなかった。
そんなつもりはなかった。
でも血が、血の繋がりが、つくしに孤独を感じさせてたんだと思った。

どう説得したらいいのかわからなかった。
とりあえず、次の「パパ達の日」は2月の第3の土日ってことになった。







年が明け、2月になった。
「パパ達の日」、つくしはいつも実家に帰ってた。
小さなボストンに荷物を詰めて土曜日の朝10時に出て日曜日の17時に帰ってくる。

つくしはオシャレってものをしなかった。
美しくなる素地を持ちながら、ただ一人の男のためだけに本当の自分を隠しているようだった。
でもその日は違った。
10時前に部屋から出てきたつくしを見て、俺も悠介も言葉がなかった。

女らしく髪を巻き、化粧をし、この8年の付き合いで片手で数えるほどしか見たことがないスカート姿で、子供を産んでも変わらない華奢なスタイルによく似合うサーモンピンクのワンピースを着て、手にはオフホワイトのコートを持ってた。
綺麗だった。
俺たちは悟った。
10年の時が既に過ぎ去ったことを。


“ 道明寺が戻ったら伝えて。10年を過ぎたらもう一日も待たないって。 ”


待つのをやめたつくしは女のつくしだった。

俺たちがあんまり凝視してたから、つくしは戸惑ったみたいだ。


「あの、変かな?」


俺たちはハッとして、悠介が微笑みながら答えた。


「変じゃないよ。綺麗だよ。」

「ホッ。よかった。じゃ、行ってくるね。」

「駅まで送るか?」


俺はつくしの行き先を知りたかったのかもしれない。


「ううん…いいの。迎えが来てるから。」

「そっか。」

「じゃ、明日、戻るね。子供たちと楽しんでね!」


つくしは残り香を置いて出て行った。



**



「迎えに来てたのは誰だ? 知ってんだろ?」

「たぶん、あなたが思ってる人物。」

「フン、そんなの一人しかいねぇな。」

「はい。」


つかっさんは頭の後ろで組んだ両手に頭を預け、リビングのシーリングライトに顔を向けてた。
光が横顔の輪郭を強調している。


「・・・・どっちがマシだろうな。」

「え?」

「どこのどいつとも知らないヤツか、ガキの頃からよく知ってるヤツか。つくしの最初の男はどっちがマシだろうな。」

「・・・・・」

「どっちも、誰でも許せねぇな・・・」


自嘲のこもった表情とは裏腹に、それは腹の底から絞り出すような苦しげな声だった。


「でも、言えねぇよな。その頃、俺は結婚してた。つくしは知らなかったみたいだが。」

「あなたが結婚するという情報を俺と悠介だけに知らせてくれたのも花沢さんです。」

「類が?」

「はい。あれは、つくしが清佳を産んだ直後だった。代理母の話の時のように呼び出された。」









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2019.04.26




いつかのように花沢さんに呼び出された。
花沢物産役員フロアに降り立つと、育児休暇中の悠介がスーツを着て待っていた。


「忙しいのに悪いね。清佳ちゃんは元気?」

「はい、お陰様で順調です。あの、専務、この度は育児休暇の件、ありがとうございました。」


以前と同じ応接セットのソファで悠介が座ったまま深々と頭を下げた。


「家族のカタチは多様になってる。子供は男女のカップルだけが持てるものじゃないってことを周知するにはいい機会だったよ。花沢の株も上がってる。」

「はい。」


花沢さんはニッコリと微笑んでから、目の前のミルクティーに口をつけた。
しかしその直後、その表情は引き締まった。


「さて、今日来てもらったのは重要な話なんだ。」

「はい。」


ゴクリ、と俺にも悠介にも緊張が走った。
一瞬、静まり返った空間に花沢さんのシルキーテノールが響いた。


「司が結婚する。」


!!!


あまりの驚きで声が出ない。
言葉もない。
結婚?
そう言った?
道明寺さんが?
つくしを忘れたまま?


「そ、その、それは好きな女性が?」


なんとか絞り出したのは俺だった。


「いいや。政略結婚だ。俺たちの世界では一般的な婚姻だよ。」


平然と言い放った花沢さんに、また言葉を失った。


「これはまだ内定だが、近々正式に婚約が発表される。日本でも報道されるだろう。結婚は1年後だ。」


正直、大迷惑な話だった。
つくしは清佳を産んだばかりで、まだ床上げもしていない。
昼夜を問わず授乳していて、心身ともに疲労していた。
俺たちも授乳以外のことはできうる限り自分たちで世話していて、それが幸せだった。
今、この幸せに水を差されたくなかった。
それにも増して、つくしを追い詰めたくなかった。


「専務はどうするのがベストだとお考えですか?」


悠介が口を開いた。


「俺は牧野には知らせたくない。できるなら遠ざけたい。」


俺たちも同じ意見だ。
10年待つと決めたのに、この時点でその10年が潰える。
道明寺さんに記憶が戻っても、彼が戻らない可能性が出てきたんだから。
つくしの心の支えが崩れ落ちるかもしれなかった。


「遠ざけましょう。つくしから報道を排除していこう。」

「順、簡単に言うけどどうやって?」

「清佳に協力してもらう。」

「清佳ちゃんに?」


花沢さんも身を乗り出した。


「はい。つくしの妊娠中に俺たち、本当にいろいろと勉強したんです。妊娠出産についてはもちろんのこと、子育てについても。乳幼児期の子供の脳の発達だとか、心の発達だとか。その中で、母親とメディアの関係が子供に影響するって本も読んだ。つくしには今後一切、メディアに触れない生活をしてもらう。それは清佳のために。」


つくしはストイックな女だ。
自分が産んだからって清佳の育児・教育方針に口出しすることはなかった。
俺たちが決めた方針を黙って受け入れて、従ってくれてた。
だからこそ、俺たちはつくし以上に勉強しようって頑張ったんだけど。


「テレビ、ラジオ、インターネット、新聞、雑誌。ありとあらゆるメディアを排除して、清佳だけを見る生活をしてもらうように要求する。携帯も通話とメールしかできないものに替えてもらう。メディアに触れるときは俺たちが選んだものだけにしてもらう。」

「ちょっと、順! 厳しすぎない?」

「厳しいよな。でもつくしを守るためにはそれしかない。それに、つくしの精神状態は清佳にも影響するんだぞ。清佳の父親として俺たちにはそれだけの要求をする権利があるんだ。」

「・・・つくしが拒否したら?」

「俺たちの教育方針に従えないなら出て行ってもらうしかない。」

「そんな! それじゃつくしを守れない!」

「大丈夫だ。つくしは拒否しない。絶対に受け入れてくれる。」

「俺もそう思うよ。順くん、悠介くん、それで頼む。」


案の定、つくしは受け入れた。


「することはいっぱいあるんだから、今更、外の情報が入ってこないからってどうってことないわ。」


こうして俺たちはつくしを道明寺さんの報道から遠ざけた。

ただ、メディアを取り上げた以上は、つくしの精神衛生に気を配る必要がある。
いわゆる息抜きってやつだ。
いくら悠介が育児休暇を取って育児は俺たちが中心だって言っても、男の俺たちにはできない部分はつくしが担ってる。
俺たちは産後の女性の心身についても勉強してたから、つくしがブルーな状態にならないようにつくしの家族や友人を招いたり、清佳の首が座ってからは外の空気を吸いに連れ出したりした。



**



「苦労かけたな。」

「いいえ。お陰様で清佳はとても優秀な子に育ちましたよ。なんせ、つくしの付きっ切りの英才教育を受けたんですから。」

「離婚は報道されなかったろ?」

「ええ、はい。」

「あれはうちが報道規制をかけたんだ。離婚理由が “ 子供ができないこと ” だったから。今時、男尊女卑だと批判されるだろ。」

「そういうことですか。」

「真相は「できない」じゃなく「作らない」だった。相手が子供を嫌がったからだが、今では嫌がってくれたことを感謝してる。子供がいたら離婚できなかった。」

「ですね。」



**



俺は話を戻した。


つくしは、10年目を迎えた2月の「パパ達の日」に
高級車に乗って出かけて行った。
そして翌日、帰ってきたつくしは俺たちの目から見ても変化していた。

最後まで纏っていた微かな幼さを完全に払拭してた。
何があったか、察しがついた。

つくしは言った。
「また恋をしようと思う」って。


「昔ね、親友が大切な恋が終わった時に言ったんだ。“ 次はとびきり幸せな恋をするよ ” って。あたしもそうしたい。次はとびっきり、誰にも負けない幸せな恋がしたい。」


そうして、ふふって可愛く笑った。

切なかった。
人を愛し、愛される喜びを知った今となっては、つくしの、そして道明寺さんの恋がひとつの終焉を迎えたことがとても切なかった。
愛し合ってたのに、どうして終わらなければならなかったのか。
俺たちに答えが出せるわけはなかった。








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2019.04.27