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本日は、予定を変更いたしまして、episode zero「手紙であなたにさよならを」を更新します。
どこに挿し込もうか迷ってるうちにここになってしましました。
本当ならプロローグにすべきでした。
申し訳ありません。
つくしが引っ越した時の話です。
それでは、どうぞ!
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あれだけ波乱万丈だった英徳での高校生活。
幕切れは呆気なかったな。
昨日まで道明寺のことであれだけ悩んでたのに、それももう終わり。

バイバイ、道明寺

あんたのこと、きっと忘れないよ



ハウスキーパー episode zero
 
 「手紙であなたにさよならを」



あたしは牧野つくし、17歳
いま、あたしは家族4人で引っ越し先に向かっている。
パパの仕事がもう東京じゃ見つからないって、遠い親戚のツテを頼って地方に引っ越すことになった。

滋さんの別荘に行って、滋さんが道明寺に乗っかってる場面を見たのが2日前のこと。
あたしの怒涛の人生は、その速度を緩める間もなく突然停止した。
あたしの気持ちはつんのめった。
進むべき道を失った気持ちはどっかに置き去りにしたまま、あたしは英徳を後にした。



********



ガチャ!

「おいっ!類!!」

牧野を待ついつもの非常階段。
やっと日が射してきてポカポカして眠れると思ったのに。

「んん…うるさいなぁ。あきら、どうしたの?」

「…お前は知ってたのか?」

「何が?」

いきなり入ってきていきなり本題って、あきららしくない慌てぶり。
また司が何かした?

「これだよ!!」

バサッ

ん? 紙?

「なんなの?」

「手紙だよ!牧野の!」



俺は一気に目が覚めた。
あきらから手紙を受け取ってその文字を目で追った。

「・・・・知らない・・」

「ハァ、お前もか。いま、総二郎が司に連絡とってる。」

「これ、本当に牧野の手紙なの? あいつの字だってなんでわかるの?」

「青池だよ。おれもイタズラかと思ってあいつに見せたら顔面蒼白にして牧野の字だって。間違いないって。」

バッ

「あっおい! 類、どこ行くんだ!?」

俺は勢いよく立ち上がって非常階段を駆け下りた。

「牧野の家! 確かめる!」


走って走って走りながら携帯で車を呼ぶ。
いや、待てない。
大通りまで走ってタクシーを止めた。







RRRR. RRRR. RRRR. RRRR. RRRR……

「出ねぇ。司のやつ、どこ行ったんだよ!」

「この前まで学校に来てたのに、あいつにまで何があったんだ?」

「ってか、マジなんかよ。」

「ああ、類から連絡があった。家は空っぽだったって。」

「くそっ! 牧野のウィークポイントの貧乏がこんな形で英徳を終わらせるなんて。どこに転校したとかわかんねぇのか!?」

「青池が事務に聞いたけど、転校先は決まってないとかで必要書類だけを渡したそうだ。」


RRRR. RRRR. …

「司!!」

『んだよ、しつけーな! 何度もかけてんじゃねぇーよ。』

「バカっ、お前今どこだよ?」

『あ? 北軽井沢。』

「すぐに帰ってこい! 牧野がいなくなった。」

『…牧野が?』

「ああ、英徳をやめて引っ越しやがった。」

総二郎の電話をあきらが奪った。

「司、俺だ。今日、俺が専用ラウンジに来たらテーブルに一通の手紙が置いてあって、牧野からだった。俺たちひとりひとりへのメッセージが書いてあるが、お前に関係するとこだけとにかく読むぞ!」



“ 道明寺、西門さん、美作さん、花沢類、
 突然、手紙とかあたしらしくなくて驚いた?

 いきなりなんだけど、父の仕事がもう東京では見つからないので、
 家族で親戚を頼って地方に引っ越すことになりました。
 ボンビー牧野の極め付けってヤツよ。
 直接、挨拶する時間もないから手紙でごめん。


 道明寺、あんたとは色々あったけど、
 でも本当のあたしを見つけてくれたのはあんただったのかもしれない。
 道明寺にお礼なんて変な感じだけど、でもありがとうね。
 どうか、滋さんと幸せになって。
 さよなら
                   牧野つくし ”




「司、聞こえたか!? 類が見に行ったけど、家はもぬけの殻だ。…おい? おい!? 司!・・・切れてる。」

あきらは通話の切れた総二郎の携帯を見つめ、親友の心情を想った。









メープル東京 社長室


部屋の外の騒がしさに楓は顔を上げた。

「ババアに会わせろ!! いるのはわかってんだ!! どけっ!!」


バターーン!!


「何事なの?」

「テメェか!?」

「なんのことです?」

「牧野をどこへやった?」

「また牧野さんのことなの?それよりも、」


ガシャーーン!!


司がデスクをなぎ払った。

「・・・・」

「・・どこへやったんだ?」

「知りません。」


ガタン!


司はデスクに飛び乗ると、楓のジャケットの襟を掴み上げた。

「司様!お止めください!!」

「言わねぇと殺すぞ・・・」

激怒の司は地響きのような低い声で脅す

「私も探しているのよ。私こそあなたに聞きたいわ。牧野さんをどこに連れ込んでいるのか。」

「クソババア、てめぇ…」

その時、3人の屈強なSP精鋭部隊が司を楓から引き離し、羽交い締めにして抑えつけた。

「はなせぇ!!」

「どうやら、牧野さんは姿を消したのね。ちょうどよかったわ、消えてくれて。あなたも早く目を覚ますことね。所詮、生きてる世界が違うんだから。」

着衣を整えながら、楓は我が子を蔑んだ目で眺めて答えた。

ワナワナと震える司は、目の前の女が血の通った自分の母親だとは到底信じられなかった。






つくしは本当に家の事情で姿を消したのだ。
そのことを信じるまでにそれからまだ数日を要した。
つくしの親友、松岡優紀にも会ったが、F4に残した手紙以上のことはわからなかった。

それならば、と4人はつくしを探そうとしたが、自分で動かせる組織があるわけではなかった。
唯一、家族関係が良好なあきらが父親に調査部隊を貸して欲しいと頼んだが、無碍に断られた。

「あきら、勘違いするな。お前に何不自由ない暮らしをさせてやることが私の務めだが、組織を動かせるのはこの私だけだ。お前はまだ子供なんだ。子供は子供らしく、親の庇護の下で楽しくやってればいい。」

無言の4人の脳裏をかすめたのは、つくしに出会った初日に言われた言葉だった。

“ えらっそーにねりあるいてるけど、結局、父親の庇護のもとじゃない!
自分で金も稼いだことないくせに、たいそうなこと言うんじゃないっ ”






卒業を間近に控えた今日も、類は非常階段で空を見上げている。
その横には司がいた。

「なんで司までここに来てんの?」

「あいつが好きだった場所だから。お前こそ、どっか行けよ。」

「もともとは俺の場所。牧野を懐かしむ場所、他にないの?」

非常階段の踊り場で、冷たいコンクリートの床に胡座をかいて座っていた司は、後ろに手をついた。

「…ねぇんだよな、これが。あのオンボロビルは解体されたしよ。」

「??? オンボロビルが思い出の場所?」

「・・・・・空が、青いなー」

桜咲く春はもうすぐそこまで来ている。
日増しに高くなる空の青さを見上げて、眩しそうに司は目を細めた。


この空の下のどこかに牧野はいる。
あいつのことだから、きっと元気でやってるだろう。
俺もあと2週間でNYだ。
お互いにどこにいても、空は繋がってるさ。


いつかまた、会いてぇな・・・







ハウスキーパー episode zero
「手紙であなたにさよならを」 【完】



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2019.03.01




2日目。
昨夜、西田さんから「9時から18時」とメールが来た。
その間は完全にいないってことだ。

あら、今日はカップとグラスがリビングのテーブルに残ってる。
昨日、下げてあったのはたまたまかな?


寝室とバスルームから洗濯物を回収する。
仕分けしてクリーニングのワゴンはエントランスに出す。
残りは洗濯。

その間にバスルームの掃除をする。
使ってないバスルームも掃除。

そのあとキッチン、リビング、各部屋、バルコニーとやってもやっても終わらない広さのペントハウス内を清掃していく。
その間、洗濯物を洗い、乾燥、たたみ、収納。

終わったらもう16時だった。
9時過ぎに来て実働6時間強。
広すぎ〜〜〜!
こんなとこに一人暮らしって返って不便じゃない??
小じんま〜りしてる方が導線が短くて生活しやすいのに。

って、何の心配してるのよ。
さ、終わったら帰ろう!
じゃ、また明日ね、道明寺。



********



今日は日曜日。
ハウスキーパーは平日だけの契約だから土日は来ない。
しかし2日も来ないと家ん中がけっこう荒れてくる。
脱いだ服の山はうず高くなってくし、リビングのテーブルにはグラスとカップが並んでる。
タマは毎日来てたから気づかなかった。

その時、珍しくインターフォンが鳴った。
と、画面を確認しても誰も映ってない。
あー、あいつだろうな、と思いながら応答した。

「誰だ?」

「あたしですよ。」

「だよな。タマ、入れ。」


ちっこい婆さんが長い廊下を歩き、リビングに入ってきた。

「やれやれ、こんなこったろうと思って来ましたよ。」

土日はハウスキーパーが入らねぇことを知って来たんだろう。
早速、タマはリビングから片付けていく。
俺は座ってその様子を眺めてた。

「なぁ、専属になったハウスキーパーに会ったか?」

「いえ、あたしはまだ。」

「土日も来させればいいじゃねぇか。じゃないとお前が引退した意味がないだろ。」

「そうですねぇ。こんな状態じゃぁねぇ。土日は無理だろうけど、どちらか1日は西田さんに打診してもらおうかねぇ。でもそうなったら坊ちゃんの在宅時間にハウスキーパーがいることになりますよ?」

「俺は構わない。でもあっちは嫌かもな。」

「なんです?」

「初日によ、そいつ、俺を知ってるから辞めたいってゴネたらしくてよ。」

「知ってるからやりたい、じゃなくて辞めたい、ですか。」

「ああ。西田が説得したんだ。」

「ふーん。それにしちゃ、仕事ぶりは問題ないようですがね。」

キッチンから戻ったタマが呟いた。

「坊ちゃんはその人に心当たりはあるんですか?」

「あ?名前なんつった?」

「確か、橘さんだったかね。」

「タチバナ? 知らねぇな。既婚のババアだろ? 雑誌か何かで俺を見たんだろ。」

「いや、阿島さんの話だと若い子らしいですよ。確か25だとか。」

「25? 俺より下か。それで結婚してて働いてるって、見切り発車な結婚だったか、目的があって稼ぎたいかだな。」

「坊ちゃんも古風だね。夫婦共働きなんて今じゃ普通だよ。家でも買う資金じゃないですか。」

「フン、金が目的ならよく働くだろうな。」

「今度、あたしも会ってみようかね。坊ちゃんのことよく頼んでおかないと。理由はどうあれ、25でNo. 1になる子だ。根性だけはあるんだろうからね。」

タマは一通り仕事をすませると帰って行った。

俺はまたひとりで残された。


さっきのタマとの会話をたどる。

25?
随分、若いな。
俺の1こ下か。

フッと久しぶりの顔が脳裏に蘇った。

牧野…
あいつも今、25か。
どこでどうしているのか、今なら簡単に調べられるだろう。
でももういい。
終わった青春ってやつだ。
今思えば、お袋の言う通りだな。
生きてる世界が違ったんだ。
どこでどうしていても、あいつが幸せならそれでいい。









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2019.03.02




道明寺のペントハウスに通うようになった翌週、西田さんから今日の午後に「タマさん」という道明寺家の使用人頭さんがあたしに会いに来ると連絡があった。
待てよ、使用人頭って偉い人よね?
辞められる最後の砦かもしれない!
タマさんに頼んでみよう!



カシャン

エントランスが解錠する音がした。
タマさんだろう。

入ってきたのはヨボヨボとしたおばあさん。
この人があの広大なお屋敷の使用人頭さん??

「あんたが専属になったハウスキーパーかい?あたしはタマ。道明寺本宅の使用人頭をやらせてもらってるよ。よろしく。」

ヨボヨボとか思ったのは思い違いだった。
カクシャクとしたおばあさんで、威厳のようなものがにじみ出てる。

「はい、はじめまして、橘つくしです。お世話になっております。」

あたしは頭を下げた。

「つくしさんかい。可愛い名前だね。あんたが来るまではあたしがここの世話もしてたんだけどね、なんせ年でね。辛くなっちまって引退さ。これからはあんたに坊ちゃんの世話をよろしく頼むよ。」

あたしは意を決した。

「あの、そのことなんですが、辞めさせていただけないでしょうか?」

タマさんは表情を変えずに答えた。

「坊ちゃんから聞いてるよ。初日に辞めたがったんだろ?坊ちゃんを知ってるって?」

「あ〜、あの、知ってるって言うか・・・」

「ファンかい?」

「い、いえいえいえ!!あり得ない!!」

みんな、なんでそういう発想になるわけ!?

「ふーん。じゃ、なんで辞めたいんだい?」

なんでって、それは言えないけど・・・
あたしが理由を探して黙っているとタマさんはフフンと笑んだ。

「あんたはさすがNo. 1だよ。あたしゃ、あんたなら坊ちゃんを預けられると思ってる。」

う、嬉しくなぁ〜い!
預かりたくなぁ〜〜い!

「あんたみたいに坊ちゃんに靡かない女は珍しい。それこそ坊ちゃんのお世話をするのには大事な条件さ。あたしはあんたが気に入ったよ。辞めるのは諦めな。」

嘘でしょ!?
最後の頼みの綱だったのに。

「ところで、相談があるんだよ。ちょっと座ろうか。」

タマさんに連れられてダイニングに移動する。
L字に座った。

「今は平日5日間だろ?でもそれじゃ土日の2日間の坊ちゃんは放ったらかしだ。そこで、土日のどちらかも来てくれないかねぇ。」

「えっ!無理です!無理、無理!」

「旦那さんが許さないかい?」

「えっ、あ、あー、ええと、あたし、夜間大学に通ってまして。土日は勉強に充ててるんです。」

「学生さんかい!?そりゃ忙しいねぇ。主婦で勤労者で学生とはね。随分、頑張るねぇ。」

それに土日なんて道明寺と鉢合わせしちゃうじゃん。絶対に嫌!

「働いてるのは学費のためかい?」

「はい、そうです。」

「ふーん。自分の学費は旦那に頼らずに自分でとは、見上げた根性だね。ますます気に入った!」

「へっ?」

「じゃ、週休2日ならいいんだろ?日曜日と水曜日を休みにして、土曜日に来ておくれよ。」

「いやいやいや!無理です!平日だけでお願いします!」

あたしは両手を思いっきり振った。

「…そんなに坊ちゃんに会いたくないかい?」

ギクッ

「坊ちゃんとどうしても顔を合わせたくないってんなら心配いらないよ。坊ちゃんは土曜日も仕事さ。勤務時間はいつものように西田さんから連絡するから、土曜日もよろしく頼むよ。」

タマさんは目が笑ってなかったけどニッコリと微笑んだ。

「いや、だから、、」

「あ、それと土曜日は料理も頼むよ。日曜日の食事をね。」

「えええーー!」

「なんだい?料理は無理かい?No. 1じゃないのかい?」

「できますよ!でも私の料理でそのお坊ちゃんのお口に合うか。」

「…そうだね、今、ちょっと作っておくれよ。」

「い、今ですか!?」

「卵焼きを頼むよ。」

「卵焼き!?」

「卵焼きで大体の料理の腕はわかるもんさ。」



使ってないキッチンだけど、最低限の調味料とか出汁の材料は揃ってる。
そしてなぜかあたしはキッチンに立って卵焼きを焼いている。

「どうぞ。」

タマさんが試食する。

「うん、美味しいよ。これなら料理の腕も大したもんだろう。合格だね。じゃ、土曜日、よろしく頼むよ。給仕はあたしが来るから作りたいように作ってくれりゃいいから。」

はぁ、仕方ない。道明寺に会わないなら、ま、いいか。

「わかりました。でも絶対に道明寺さんのいらっしゃる時間は勘弁してくださいね。」

タマさんの顔がニヤリとした。

「わかったよ。あんたみたいな良い子が坊ちゃんのお嫁さんになってくれたらよかったんだけどねぇ。結婚してて残念だよ。」

冗談じゃないっ!!

「もう、やめてください!」

ここにも通じない人間がいた。
道明寺を筆頭に、この一族に関わる人は誰も人の話を聞かない。


こうしてあたしは水曜日に休み、土曜日に出勤することになってしまった。








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2019.03.03
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 司坊ちゃんファンの皆様、ごめんなさい 🙇
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タマから連絡が来たのは火曜日の夕刻だった。
ハウスキーパーと話がついて、週休2日は変わらず、水曜日に休んで土曜日に来ることになった。


『夜間大学の学生もやってるとかで勉強のために週休2日は譲れないらしいです。その代わり、土曜日には日曜日の食事を作ってもらうことにしましたので、ちゃんと食べてくださいね。』


夜間大学?
そんなもんがあるのか。
学生で、働いてて、主婦?
スーパーマンか。
まさに貧乏暇なしだな。


またあいつの顔が浮かぶ。
どうしたんだよ、俺は。
もう8年も昔の女なのに、今頃になって懐かしくなったか?

…あいつもきっと未だに貧乏暇なしってやつをやってんだろうな。
男できたか?
もしかしてお前ももう結婚してるか?
あいつ鈍感だから、まだ無理だろ。



コンコン

「入れ」

入ってきたのは西田だ。
西田は秘書室長にして俺の秘書だ。
まだ常務だから秘書は一人しかいない。
でも西田なら数人分に匹敵るすけどな。

「常務、明日のオランダ大使公邸でのディナーイベントですが、その前に大使の秘書官がお会いしたいとアポを求めています。」

「わかった、入れてくれ。」

「かしこまりました。」

「西田、」

「はい」

「ハウスキーパーの名前は…タチバナっつったか」

「…はい。木偏のほうの橘です。」

「ああ、その橘は夜間大学に通ってるらしいな。」

「はい、法学部にて司法書士を目指しておいでとか。」

「ふーん。今度、水曜を休んで土曜に来ることになった。タマが話をつけた。連絡頼む。」

「かしこまりました。」


なんだ?
いま心なしか西田が笑った?
まさか、この8年、そんな表情は見たことがない。



********



今日、18時から催されるオランダ大使公邸ディナーイベントの準備のために15時に一時帰宅した。
そうか、今日は水曜日。
ハウスキーパーは休みか。

ここ1週間で橘の優秀さはクローゼットの管理でわかった。
すぐに俺の好みを理解して、使用頻度の高いものから手前に収納している。
それぞれのドレスコードで必要なアイテムもまとめられていて、やっぱ若い奴は使えるな。

クローゼットでブラックタイのタキシードに着替えて部屋を出た
イベント前に秘書官と会合だ。

オランダは農業国として有名だが、実は交通インフラが非常に整った国だ。
そしてヨーロッパ5億人へのアクセスにアドバンテージのある立地でもある。
ここにロジスティクスビジネスを立ち上げる計画がある。
物流はビジネスの要だ。
絶対にうちで獲る。








「お邪魔しまぁ〜す」

「適当に座ってろ」

「すっごぉ〜い、このお部屋。家賃いくら?」

チッ
もう金の話かよ。

今夜は女を連れて帰った。
ディナーイベントで知り合った女だ。
名前は…知らねぇ。
んなもんは気に入ってからでいい。

「おい、受け取れ。」

ミネラルウォーターを投げてよこす。

「キャッ、投げないでよぉ。」

はいはい。
猫なで声も策略の内ってか。

「バスルーム行こうぜ。」
「え〜、もう?」

こいつは一晩だけの女だな。
さっさと終わらせてゆっくり眠りたい。
腕を掴んで立たせた。

「ちょっとぉ、気が早いんだからぁ。」

この手の女には1階のゲストルームで十分だ。







1回ヤればそれで終わり。

俺は普段はタバコを吸わないが、行為の後は無性に吸いたくなる。
スッキリしたはずなのに、すぐにイライラがこみ上げてきて、タバコで鎮めてるようなもんだ。
今もベッドに座り、ヘッドボードにもたれて紫煙を燻らせている。

俺の腕に女の手が伸びてきた。

「ねぇ、すっごくよかった。今夜はこのまま抱きしめてくれない?」

バカか?
カンチガイ女が。
俺は自分のベッドで眠りてぇんだ。

「帰れ。さっさとバスルーム使ってこい。じゃないとこのままSP呼ぶぞ。」

「んもう!」

女が出て行った。
俺も裸のまま部屋を出る。
自室に戻り、SPを呼ぶ。

「追い出しといてくれ」





自室のバスルームで今度は念入りに浮世の垢を洗い流し、湯に浸かってフゥーーと疲労の息を吐く。

女抱くのも疲れるよな。
確かに気持ちいいけどな。
でも結局はそれ以上の疲労に襲われる。

これでも一応は恋を探してんだぞ。
俺が惚れる女がいねーかなと。
健気なもんだ。

試す、ダメ、試す、無理、を繰り返してもう何年になるんだ。
結局、まともなダンジョコウサイってものに発展したことはない。

あーあ、どこにいるんだろうな、俺の女は。


・・・あいつなら、あいつとだったらこんな疲れも感じなかったのか?
一回、ヤってみたかったよなぁ。









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2019.03.04
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司坊ちゃんファンの皆様、連日ごめんなさい 🙇
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木曜日。
昨日は休みだったから今日はきっと忙しくなるぞぉ。
腕まくりして各部屋の状況を確認する。

ん?
んん?
んんん?

1階のゲストルームに散乱するタキシードのパーツたち。
ここを使ったの?
2階に上がるのが面倒だったとか?

・・・・

ベッドも使ったみたいだからベッドカバーやシーツを一枚ずつ剥がしてたら、んん?
ふと見つけたあるものに近づく。
そっと摘み上げるとそれは茶髪に染められ、カールした長い髪。
これは女性!?
か、彼女!??
いるんだ・・・

道明寺が滋さんとの婚約を解消したことは知ってる。
滋さんにはもう新しい婚約者がいるはず。
数年前に報道されてた。
楽しそうに婚約者さんと写真に写ってた。

道明寺だって26?
彼女の一人や二人いたっておかしくない。

それにしてもなんでゲストルーム?
自室じゃないの?
しかも一階?
部屋のランクからしたら・・・



な、なんであたしがそんなことを詮索しなきゃならないのよ!
道明寺が自分の家のどこで彼女と何しようが関係ないでしょ!
きっと盛り上がって2階まで待てなかったのよ。

・・・・・・・ちょっと、待て。
ということは、ダストボックスには・・・

私はゆっくりとそこを振り返った。

「ギャーーーーーーー!!!!」

ゴミ箱に、ゴミ箱に、なんか包んで捨ててある!
マジでキツイキツイキツイ!!
道明寺の使用済みピーーーーって、ウゲェッ!

バタンッ

とりあえず部屋を出た。
廊下にヘナヘナと座り込んでしまった。

あ、あいつもう童貞じゃないんだ・・・じゃなくてっ
いくらお金のためとはいえ、やっぱり知ってる人間のああいう生々しいのは気持ち悪い〜!

「っはぁぁぁぁ〜〜〜〜っ」

こんなに深いため息、ママとパパが離婚して以来だ。
でも困ってても仕方ない。
仕事なんだからちゃんとやらなきゃ。


・・・はぁ
やりましたよ。
片付けましたよ。

つまり、彼女がいるってことは今後もちょくちょくこういうことがあるってことよね。
もちろん今までも普通にあったけど、全部、他人だったり、ご夫婦だったり。
微妙に知ってる人間の恋人との営みを処理しなければいけないって、何がどう間違ってこうなったの?
あー、学費のことがなかったら辞めてやるのにぃ!!




********




明日は土曜日
土曜日の勤務は初めてだ。
さっき、西田さんから連絡が来た。

” 9時から17時 “

時間ギリギリだな。
土曜日は料理もしなきゃならないのに。
道明寺って何食べるかなぁ。

とりあえず朝食はコーヒーだけで、昼食は不要ってタマさんに教えられたからいいとして、問題は夕食。

食べるのが作った翌日だから本当は和食の方がいいんだけど、相手は道明寺だからなぁ。




********




週休2日は譲れねぇってことで水曜日を休む代わりに土曜日が出勤になったハウスキーパー。
今日は土曜か。
完全に俺のいない時間の勤務を希望とかで、面倒がなくていいけどな。

木曜日に帰宅したら全部清掃済みな上に、タマだった時にはいちいち嫌味のメモがあったのに今回はなし。
当たり前か。
雇い主に意見するなんてタマくらいのもんだな。
なんか自由度上がったな。

今日から料理もすんのか。
25の貧乏人が何を作るのか楽しみだな。








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2019.03.05




するべきことは全て終わってあとは料理だけ。
マンション近くの高級スーパーに来てる。
メニューが決まらないから、店内をグルグル回ってる。


アッパー専門の今の紹介所に入ってから、庶民じゃない食事に関しても勉強と経験を積み、ある程度は作れるようになった。
でも、上流社会を垣間見たからこそ、あたしの道明寺に対する苦手意識は深まったと思う。
だって、上流階級の中でも道明寺家は頭抜けて特殊だって事が改めてわかったから。
大人になって、社会に出たからこそ実感した。
ほんと、生きてる世界が違うんだよね。


そんな相手に作る食事。
あー、まだ迷ってる。
なんにしようかな〜
しかも一人分なのよね。
う〜、面倒く〜さ〜い〜

彼女いるんでしょ?
だったら週末くらい彼女に来てもらって作ってもらえばいいじゃん。
・・・あ、そっか。
道明寺が付き合うような令嬢は料理なんてしないか。

しかも、彼女が来るってことは、またアレするわけで。
はぁ、もうマジでさ、辞めたい。



クビになればいいじゃん!
あっちから辞めさせるように仕向ければいいんだよ!
よぉっし、思いっきり庶民料理にしてやろ。
ウクククッ
そうと決めたら楽しくなってきた。

記念すべき第一食目はオムライス!
サラダはエビを使って、スープはオニオンコンソメにしよう。

道明寺がオムライスを食べるところを想像したら笑いが止まらない。
あ〜、楽しいなぁ。
これでどのくらいでクビになるかなぁ。



********



日曜日
朝はコーヒーだけ。

今日はハウスキーパーの来ない日だ。
俺もオフだしな。
しかし特にすることもない。
結局、タマが来るまで書斎で仕事をして過ごす。
休みなんていらないが、今のご時世、ブラックだなんだとうるせぇから役員も模範としての休みを取らなきゃならない。

今、俺が所属してるのは道明寺HD日本支社。
日本支社長はお袋の腹心だった男だ。
俺は後継者だが、23でNYから戻って日本支社に配属になってからは経営企画部のヒラから始まって、主任、係長、課長までを1年、部長、部門長までをさらに1年、そして今は役員常務だ。
この先は専務、副支社長、支社長と上がっていく予定だが、名前だけでエスカレーターな訳はない。
あのババァはそんな甘い人間じゃねぇ。
結果を出さなきゃ俺にも墓場が待ってる。
ただの左遷なんてもんじゃねぇぞ。
地球規模の窓際族だ。
アマゾンの奥地で部族を説得して土地を明け渡させるとか、南極の調査隊に年単位で参加して体を張って資源調査とか。
いつでも気が抜けねぇ。

駒として使い物にならなきゃ、待ってるのは種馬としての人生だけだ。
これはババアから直接言われたからな。

「あなたが役に立たなきゃ次の世代に譲るだけです。私はあなたの子供が成長するまで現役でいるつもりですから心配いらないわ。」

だーれが心配するんだよ!
あんたは隕石が直撃しても死なねぇーよ!


コンコン

「なんだ」

「坊ちゃん、タマでございますよ。お夕食のご用意ができました。」

「今行く。」







「・・・・・」

「どうしたんですか?食べないんですか?」

「タマ、これは何だ?」

「どうやらオムライスみたいですねぇ。」

目の前には俺の人生に初登場したオムライスがその黄色いボディを惜しげもなく晒している。
わずかにトマトソースのシーツを纏っているだけだ。
オムライスの皿の横には温められたスープとエビの乗ったサラダが澄まし顔で寄り添っていた。

「俺にこれを食えって?」

「橘さんはそういう考えみたいだね。」

「・・・何考えてんだ。No. 1の家政婦じゃねぇのかよ。」

「“ 坊ちゃん ”ってのを小学生か何かと思ったのかねぇ。」

んなわけねーだろ!
小学生が使用済みのコン○○○捨てねぇだろ。

「クビだ!」

「ほぉ、そりゃ喜ばれちまうねぇ」

「なに!?」

「嫌がってたからねぇ。クビなんて言ったら飛び上がって喜んじまうね。」

「・・・この料理が俺への挑戦状だってのか。」

「さぁて、どうでしょう。」


橘、いい根性してんじゃねぇーか。
クビになりたくて俺に宣戦布告か?
受けて立ってやろうじゃん。
俺は絶対にお前をクビにしてやらねぇからな。


「美味しそうじゃないか。坊ちゃん、召し上がってくださいな。」

「スープだけでいい。」

「まったくもう。」

スープは美味かった。
腕はあるんだな。
しかし来週もオムライスだったら顔を見てやるぞ。






次の週は豚の生姜焼き定食。
その次の週は鯖の味噌煮定食。
そのまた次の週はカツとじ定食。
全部、タマに教えてもらわなきゃ知らねぇ料理だ。

だから当然、俺の食ったことのねぇものばかり。
しかし食えば美味い。
味見したタマによると味付けは料亭並みらしい。
知るか!
定食ってここは食堂じゃねぇんだよ!
そして毎回、卵焼き付きだ。
馬鹿の一つ覚えなのか!?
ま、出汁の味がしっかりしてて気に入ったけどな。

「坊ちゃん、どうしますか? クビにしますか?」

「しねーよ。」

「ほう、諦めましたか?」

「クビにしたら俺の負けだろ。絶対にクビにしてやらねぇ。」

「やれやれ」

俺は赤だしの味噌汁っつーもんを食いながら、来週はどんなメニューで挑戦してくるのか実はだんだん楽しみになっていた。








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2019.03.06



・・・・・おかしい。
まだクビにされない。
もう1ヶ月経つのに。
食べたかどうだかはタマさんが片付けてくれるのでわからない。
でも今のところ、苦情は入ってない。

どうした、道明寺。
あんた、そんなものを平気で食べる人間じゃなかったでしょ。
“ 庶民のメシが美味いわけねーだろ! ”
とか言って早くあたしをクビにしてよ。

あれ以来、彼女は遊びに来てないみたいだけど、だからこそ、そろそろ時間の問題よね。
次にいつアレの片付けをさせられるのか、毎回、ヒヤヒヤして訪問してるって知らないでしょ。
あたしじゃなくても優秀なハウスキーパーがいるから、そっちにしときなって。



昨夜は西田さんから「8時から15時」と連絡が来た。
今夜からNYに出張とかで、早く帰って準備するんだって。
おお、くわばらくわばら。
今、14時。
あたしも早いとこ退散しよう。


ピヨヨン!

ん?メール?

“ 司様がこれから急遽、帰宅されます。 ”

メール本文を読んで目が点になったあたしは、しばし固まった。

・・・・・・

ハッ

ギエェェェェ――――!!!!

か、帰ってくる!!
どうしよう、どうしよう
えっと、あと残ってる仕事は、服の片付け!

急いでクローゼットに入り、洗濯したものを片付けていく。

終わった!
早く帰らなきゃ!
エプロンを外し、道具箱をひっ摑んでエントランスに駆け込んだ。

その時、


カシャン


セキュリティーが解除される音がした。

ギャァァァ――――!!!
か、帰って来たぁぁ!!!
ど、どっか隠れなきゃ!!

慌てふためいたあたしは目の前にあったエントランス横の備品庫に隠れた。



********



今夜からNYへ出張だ。
かったりぃ。

「西田、ちょっと早いが部屋に帰る。迎えは17時だったな。」

「はい。お帰りになるのでしたら橘さんに連絡します。」

「そいつはそんなに俺に会いたくないのか。まあいい。そうしてくれ。」

ここまで避けられると逆に会ってみてぇーな。






マンションのエレベーターホールに到着し、セキュリティを解除する。
ドアを開け、中に入る。

・・・

人がいた気配がする。
もしかして、まだいるのか?

「橘? いるのか?」

・・・

気のせいか。
リビングまでの長い廊下を進んでいた。


カチャ


エントランスの物音に振り向いた。
一瞬、閉まりかけたドアの光の中に長い黒髪が吸い込まれていくのが見えた。
橘だ!
やっぱりまだいたのか。
もしかして備品庫に隠れていたのか?
そこまでして俺と鉢合わせしたくないヤツって誰だ?

まあいい。
今度ゆっくり正体を暴いてやる。






俺は出張の準備のためクローゼットに入った。
窓のないクローゼットの灯りがついている。
消し忘れたな。
慌てすぎだろ。

クローゼットの奥まで入り、トランクを取り出し、詰めていく。
NYではホテル暮らしだ。
あの屋敷はマンハッタンから遠いために効率が悪い。
現地調達する時間はないし、今は拠点が日本だからあっちに俺のワードローブのストックはない。
世田谷に住んでた時はタマが荷造りしてくれてたが、あそこを出たのはいい加減、いい歳した男が勝手気ままに暮らしたかったからだ。

NYの大学で出会ったヤツらはアッパークラスでもそうでなくても自立してた。
“ ツカサはそんなことも自分でできないのか。お子様だ。 ” と、何度揶揄されたことか。
自分がいかに狭い世界で生きてたか実感した時は、ブン殴られたくらいの衝撃だった。

・・・あいつが言ってた“ カエルの大将 ” って言葉をよく思い出してた。

結局、俺の中であいつのことは中途半端なままだ。
滋んとこの別荘を出て、婚約解消をババアに伝えて、やっぱり俺にはあいつしかいねぇって行動に移そうとした矢先に、あいつは姿を消した。
当時の俺には何の力もなくて、あいつの行方を探すこともできなかった。
“ 父親の庇護のもと、えらそうに練り歩いてるだけ ” ってことだったんだよな。

でももう8年だ。
俺もいい加減、あいつのことは「青春の1ページ」ってもんにできたと思う。
だから次の恋を探してんだけど、見つからねぇよな。
体の関係から入るのが間違ってんのか?
でも、ヤれば一発でわかる。
この女がそうなのか、そうでないのか。
そして今までこいつだって女にはまだ出会ってない。
終われば早く独りになりたくて、離れたくてじっとしていられない。
だから結果的には一晩だけの女ってことになる。

俺は運命の女ってやつにいつ出会うんだろう。
昔はあいつだと思ってた。
でもあっけなく縁は切れた。
初恋は実らないって言うもんな。

あーあ、あんなに惚れられる女にまた出会えるんだろうか。









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2019.03.07




備品庫に隠れてすぐにあいつがエントランスに入ってきた。
そして聞こえたあいつの声

“ 橘? いるのか? ”

8年ぶりに聞いた。
久しぶりにあいつの存在を間近に感じた。
あたしの人生を良くも悪くも彩ってくれた道明寺。
好きだと告白されたこともあった。
キスしたこともあった。
その男がすぐ近くにいることがこんなにもあたしの心を揺さぶるとは予想してなかった


あいつがエントランスを離れた隙に部屋を出た。
間一髪、会わなくて済んだ。

その日の夜、西田さんからあいつのスケジュールが送られてきた。
今夜から10日間のNY出張。
出張の間は自由にしていいって。
その間の報酬はこれまで通り保障される。

あいつが帰国するのは日曜日。
仕方ない。
食事を作っておきますか。



********



日曜日の早朝、飛行機が成田に着き、昼前に帰宅した。
ドサっとソファに体を預ける。

はぁぁ〜〜
疲れたな。
会議、商談、パーティー、会議。
NYではいろんな顔を使い分けなきゃいけない。
親父たちに紹介されるパーティーは後継者で、商談はいちビジネスマン。
会議では日本支社の常務の顔だ。

仕事は面白い。
企画が波に乗れば寝食を忘れて打ち込める。
これも道明寺の血のなせる技かもしれねぇな。

でも人付き合いは面倒だ。
特にパーティーはマジでウゼェ。
いろんな思惑が渦巻くから神経を使う。
相手の言葉の裏の裏を読んで、こっちもカードを切ってかなきゃならねぇ。
特に、俺の縁談系の話は注意深く聞いてなきゃ、明日には婚姻届を出されかねない。
俺はまだ種馬になるつもりはねぇぞ。



何か飲もうとキッチンに入って冷蔵庫を開ける。
ん?
ボトルに付箋?

“ おかえりなさい。出張、お疲れ様でした。スムージーを作っておきました。疲労回復にどうぞ。 橘 ”

へー、気が利くじゃん。

橘からの労いの言葉に、先ほどまで尖っていた神経が和らいでいくのを感じる。

俺はスムージーボトルを取り出し、リビングに戻ってソファに座ると、ボトルを軽くシェイクした。
見た目は完全に草の色。
しかし蓋を取り匂いを嗅ぐと香りは悪くねぇ。
冷えたそれを一口飲むと、ビジュアルとは裏腹にフルーティーで美味い。
と、同時に何か不思議な感覚を味う。

何かが細胞に染み込んでいくような、何かが呼び覚まされていくような、そんな感覚。
単にスムージーが疲労した体に効いてんのか?
それとも橘の存在がミステリアスで俺の探究心を刺激してんのか?

だってそうだろ。
俺に絶対に会いたくないくせに、クビを狙ってるくせに、こうして俺を気遣うっておかしくねぇか?

もしかして、食事も用意されてんのか?

またキッチンに入って冷蔵庫を開ける。
今日も定食か? と思ったら、フィレステーキが用意してある。
焼くのはタマか?
スープはヴィシソワーズ?
他にも数品ある。
そしてまたメモが付いてる。

“ 時差ボケ対策はタンパク質とデンプン、そして睡眠です。今夜は早めに休んでください。 橘 ”

・・・何考えてんだ?
辞めたいのか、気に入られたいのか、どっちなんだよ。



********



月曜日、出勤すると冷蔵庫に私がボトルに貼った付箋が貼ってあった。

“ Thank you ”

気づいたんだ。
飲んでくれたんだ。
なんか嬉しいな。

あたしは顔が勝手に笑ってたと思う。

さあ!今日も頑張るぞ!

各部屋をチェックして洗濯物を集める。
正直、ゲストルームへは緊張して入った。
だって、出張から帰ったんだから恋人を呼んだかもしれないでしょ。
彼女が来たらまたアレを片付けなきゃならないし。
でも、あらら?
どの部屋もその痕跡はない。
恋人さんは忙しい方なのかな?
あ、そっか。
彼女の家に行ったんだ。
ま、よかった。
あんな気持ち悪いもの、見たくないもんね。

いつもより多い洗濯物を仕分けして、洗うものを洗濯機に投入。
その間、ペントハウス全体の清掃。
できた洗濯物を乾燥機にかけ、いつものように畳んで、クローゼットに収納して終了。
・・・の、はずだったんだけど。

うーん、何か気になる。
あいつって普段はどんな食生活してんのかな?
外食ばっかりなんだろうけど、まともに食べてるのかな?

あたしはこの前とは違うレシピでまたスムージーを作った。



********



今日の司様はお元気だな。
お仕事もテキパキと片付けている。
いつも海外出張から帰った翌日は疲労が出るのに。

牧野様はどうにかハウスキーパーを勤めてくださっているようで、今のところ司様から苦情は出ていない。

むしろ月曜日などは面白そうに日曜日の庶民メシの話しされている。
どうやらクビになりたくてわざと提供しているようだが、そのチャレンジ精神が司様にウケてしまって完全に裏目に出ているところが牧野様らしい。

司様は向かってくる人間が嫌いではない。
部下でも、司様の言うことをはいはいと聞いているだけの人間よりも、自分の意見をしっかりと主張してくる人間を重用する傾向がある。

しかしそれも牧野様との出会いがあったからだろう。
司様とひとりの人間として対決した初めての人。
それは互いの存在を認めるということでもある。
道明寺の名などどうでもいい、とにかく人としてのあなたが気に入らない、と面と向かって司様に言える人間がどれほど存在するだろう。
だからこそ牧野様は未だに司様の心の深くに存在する唯一のお方なのだ。

私も今ならわかる。
当時の司様にとって、牧野様がどれほど大切な存在だったのか。
それを引き裂くことに加担した身としては、次こそどうか成就してほしい。

「常務、今日はいつもの出張明けと違いお元気そうですね。」
「ああ、橘がいろいろ気遣ってくれたからな。」
「橘さんが?」
「疲労回復だの時差ボケ回復だのと食事を用意してくれたんだ。」
「左様でございましたか。効果があったようですね。」
「ああ、お陰で今朝はすっきり目覚めた。」

牧野様、ありがとうございます。
やはり司様には牧野様が必要なようです。








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2019.03.08




業務を終え、部屋に帰る。
今日も家の中は整ってる。
自室に入り、入浴を済ませ、リビングに降り、酒を作る。

期待してるわけじゃない。
昨日は日曜日で、もともと食事が作ってある日だったんだ。

俺は普段はストレートで飲むウイスキーを、今夜は水割りで飲むためだとなぜか自分に言い訳をして、キッチンに入り冷蔵庫を開けた。
視界にボトルが入った。
それでも気づかないふりをしてミネラルウォーターを探す。
ボトルの横にあった。
ん? またボトルがあるぞ、とさっきから見えてるのに今初めて気づいたように心の中で呟いた。
誰に対して照れているのか。
ボトルには今夜も付箋が貼ってあった。

“ おかえりなさい。お疲れ様でした。たまには朝食も摂っては?
今日は腹持ちがいいようにバナナを入れてみました。 橘 ”

それはクリーミーなスムージーだった。
フッと笑みがこぼれる。

誰かに「おかえり」と声をかけられることが、誰かに「お疲れ」と労われることがこんなにも心を穏やかにしてくれるなんて今まで知らなかった。

でも橘だって仕事の一環だろ。
邸に住んでた頃にエントランスに並んで「おかえりなさい」と言ってきたメイドたちと変わらないじゃないか。

そんな思いもこみ上げたが、でも強制された行為じゃない橘の気遣いが単純に嬉しかった。


翌朝、俺は昨夜見つけたスムージーを飲み、付箋にメッセージを加えて出勤した。



********



今日も道明寺の部屋に出勤する。
気づいたかな?
飲んでくれたかな?

部屋に入ってリビングに向かう。
テーブルには空のボトルも置いてあった。

やったー!
飲んでくれた!
冷蔵庫に向かうと、私が貼った附箋がドアに貼ってある。
ん?

“ バナナはまったりしてて苦手だ。 ”

・・・・

プッ

あたしは笑いがこみ上げた。
苦手なのに飲んでくれたんだ。
このボトル、300mlはあるよ。
なんか、可愛いやつ。

仕方ないなぁ。
あいつの好みを探ってみますか。

あたしはそれから毎回、スムージーを作った。
スムージーは作りたてを飲むのが一番美味しいし、栄養価が高いことはあたしも知ってる。
でも道明寺にそれは不可能だから、そこで登場が真空ミキサー。
空気に触れずに攪拌できるから泡も立たないで美味しさが長持ちする。
それに長時間保存した場合、栄養素が失われる時間を遅らせられる。
色も変わりにくいからレモン汁をあまり入れなくていい。

そういうわけで、あたしはこの真空ミキサーを使って仕事の仕上げにスムージーを作ることにした。





だんだんとあいつの好みがわかってきた。
糖質の多い食材は好きじゃない。
バナナ、アボガド、人参
好きなのは葉物とりんご、柑橘類、意外だったのは紫蘇。
青じそを入れたら “ 今日のは香りが良かった ” だって。

もしかしたら、もう付箋は必要ないかもしれないけど、あいつからの返事が読みたくて毎回、“ おかえりなさい。お疲れ様でした。 ” と書いている。
そしたらあいつも毎回、返事を書いてくれる。

なんだか変な会話のキャッチボールをしてる。
なんなの? これ。



********



帰宅したら冷蔵庫を開けるのが習慣になりつつある。
水曜日は橘が来ないから、楽しみを先延ばしにされたようなつまらなさがある。

とんでもないレシピも飲まされたが、どうやら俺の好みを探るためだったらしく、最近は当たりが多くなってきた。

” おかえりなさい。お疲れ様でした。 ”

橘が来た日はボトルに貼られた付箋が俺を労ってくれる。
でもなんだ? この空気感は。

相手はただのハウスキーパーで年下で学生の既婚者。
金のためにここに来て、渋々働いてるやつだぞ。
…でも冷蔵庫に入ってるボトルからは橘の心を感じる。
だから橘の付箋は捨てられない。
捨てられないからメッセージを書く。

付箋でつながる妙な会話。
俺は橘に何を感じてんだ?






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2019.03.09




ある火曜日、仕事が終わり、道明寺の部屋を出た時に隣街に住むパパから連絡が来た。


『つくし〜〜』

「パパ、どうしたの!?」


パパとママは離婚したけど、憎みあってるわけじゃない。
連絡は取り合ってて、互いの近況を報告し合ってる。
そんなパパは盲腸で入院したんだって。

「つくし、ちょっと2、3日、パパに付き添ってくれない? ママはこの時期繁忙期でどうしても休めないから。」

ママは制服の縫製工場で働いてる。
入学式の近いこの時期は絶対に休めない。
ラインに穴は開けられないし、無遅刻無欠勤だったら一寸がつく。

「ええ〜〜、明日は休みだからいいけど、その後は嫌だよ。あたしだって代わりのいない仕事してんだよ。進、あんた学生でしょ!? あんた付き添いなさいよ!」

「無理。明日から一週間のインターンシップ。5時に家出て仕込みから実店舗で研修受けることになってるから。」

「え〜! もう〜、使えないヤツ。はぁ、わかった。ちょっと話してみる。」


あたしは西田さんに連絡を取った。






RRR. R…


『はい』

相変わらず早っ!

「お疲れ様です。橘です。今、よろしいですか?」

『橘さん、構いません。どうなさいました?』

「あの、実は欠勤をお願いしたいんです。」

『どういうことですか?』

「父が入院して、付き添いが必要になりまして、他の家族がどうしてもダメで私が行くことになったんです。つきましては明日と明後日欠勤させていただけませんか? 代わりの人間は榊原に言って用意させます。」

『いえ、その心配には及びません。タマさんにお願いしますから大丈夫です。どうぞ、お大事になさってください。』

「ありがとうございます。…道明寺さんにもご不便をおかけします。申し訳ありません。」

『伝えておきます。』



********



移動の車の中で助手席の西田の携帯が鳴った。
橘?
何かあったのか?

「橘か?」

「はい。明後日と明々後日の欠勤連絡でした。」

「欠勤? 理由は?」

「ご家族が入院されたとかで、付き添いだそうです。司様にご不便をおかけして申し訳ないとおっしゃっていました。」


・・・・・

家族って旦那か。
病気なのか?
もしかして、働いてんのは入院費用とか?
一番大事なのは旦那ってわけか。

なに考えてんだよ。当たり前だろ。
どこの世界に夫より雇い主を大事にする女がいるんだよ。

……結局、橘も金のためか。
稼がせてくれるから俺に取り入ってるだけだ。
今更なことを今更再認識してる俺がどうかしてるんだ。


スモークガラスに隔てられた外界を眺めた。
あいつの顔が浮かぶ。
忘れもしない、俺に宣戦布告した時のギラギラとしたあいつの顔が。

…あいつに会いたい。
どんな時も裏表なく真っ正直に俺に向かってきたあいつに。

もう一度、会いたい。








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2019.03.10
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