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2019.02.01
☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
司坊ちゃんに、遅ればせながらバースデー記念の思いっきり甘いお話を贈ります。
☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆






ピリリン♪

今日はメールの着信音で目覚めた。
何時だよ。
携帯を手に取る。
俺が寝室に持ち込む携帯はプライベート用だ。
万が一にも牧野から連絡が来るかもしれないから。
でもそんなことはこの3年、起きたことがない。
あいつはいつでも時差をしっかり計算して俺の仕事中にメールしてくる。

朝の6時。
はぁぁぁ〜、ふざけんな・・・
今日は7時まで寝てられる日だったのに。
ったく、誰だよ!!

メールを確認し、俺は飛び起きた。




***




RRRR. RRRR. RRRR. RRRR.………

鳴り止め! とベッドの中で念じたが、そんな念力など通じるはずもなく、俺は緩慢に携帯を手に取った。
着信は日本語が通じるかも怪しい相手。

「はぁぁ…」

仕方なく通話をスライドする。

「はい…」
『あきら! おいっ、起きろ!』

寝てんのわかってんなら時間考えろっ!

「んだよ、寝てんのわかってんだろーが。いま午前…3時だぞ…」

携帯を耳から離して寝起きで焦点の合わない目で時間を見るとデジタルが3:08と表示している。

『お前ら、俺になんか隠してるだろ?』
「あ?」

太平洋を隔てたはるか海の向こうの大陸から、突然俺を叩き起こした親友は相変わらず意味不明なヤローだ。

『牧野に何があった?』
「は? 牧野?」
『なんかあったろ!? あいつは無事か!? それとも、浮気でもしてるのか?』

未明に頭を回転させるにはキツすぎる勘違いに、どこから突っ込んでいいのか糸口さえも掴めない。

「はぁ、あのなぁ、夜中に人を起こして寝言聞かせてんじゃねぇーよ! 切るぞ!」
『・・・あいつ、おかしいんだ。今日はもうメールが8通も届いてる・・』



俺の頭が覚醒した。
それは確かにおかしい。
ただ事じゃない。

「おい、詳しく聞かせろ。」

俺はベッドサイドのライトをつけ、起き上がった。






事の始まりは朝の6時に俺に届いたメールだった。

“ 寝てた? 起きてる? 声が聞きたい”

1週間に一度、短い近況報告のメールが届けばいい方の牧野から朝一で甘い言葉を囁かれ、嬉しさと戸惑いを隠せずに俺はとりあえず日本にいる牧野に電話した。

『道明寺?』
「牧野か?」
『寝てた?』
「いや、大丈夫だ。どうした?」
『んー、なんか、声聞きたいなって思って。今、大丈夫なの?』
「ああ、あと1時間ある。お前こそバイトは?」
『今日は授業が一コマ休講になったから時間ある。』

いつもの牧野ならそんな時間ができても忙しいの一言で俺の相手は全くしてくれないのが常だが、今日は違った。
それから俺たちはおよそ1時間も会話した。
遠距離になってからこんなに話したのは初めてだった。
いや、東京にいた時だってこんなに2人で話したことはなかった。
話す内容も甘くて、東京とNYの距離なんて忘れるくらいの濃密な時間だった。

その日の俺は秘書も眼を見張る上機嫌だった。
大学の勉強も、会社の仕事もすこぶる捗った。
が、しかし、それは事の始まりにすぎなかった。


ピリリン♪


ピリリン♪


ピリリン♪


この日は1時間ごとに牧野からメールが届いた。
内容も牧野らしからぬ甘いものばかり。

“ いま何してる? ”
“ 道明寺のこと考えてたよ ”
“ 会いたいね ”

最初こそ有頂天だったが、だんだんと不安になってきた。
もしや、犯罪にでも巻き込まれて、牧野の成りすましが盗んだ携帯を使っているとか、もしくは浮気でもしているカムフラージュではないか、と。

これは誰かに話を聞かなきゃならねぇ。
類は出ない。
総二郎は女といる夜は電源を切ってる。
まともなのはあきらしかいなかった。



『お前、なんか知ってるか?』

そう司に問い詰められ、俺にはある一つの心当たりがあった。

「あー、もしかして・・・」
『知ってんのか? 浮気か? っくっそー! 相手の男、ぶっ殺す!!』
「いや、待て、牧野が浮気なんかするわけねーだろ。そうじゃなくて・・・」
『なんだ? はっきり言え!』
「あいつ、頭打ったんだよ。」
『・・・・・』



牧野はベビーシッターのバイトをしている。
ベビーシッターと言っても相手は小学生が主だ。
高学歴で家事万般ができる牧野は、夕方から夜にかけて、夕食を作って食べさせ、宿題を見てやるシッターだ。
この日も契約している家庭に出勤していた牧野。
その家には小3と年長の兄弟がいた。

「つくしー! 見て見て!これ、パパのお土産! メジャーリーグのボールだぞ! すげぇだろ!」
「すごいねぇ。よかったね!」
「野球しようぜ!」
「レンくん、宿題が先だよ。」
「野球してくれたら宿題してやる。」
「家の中ではできないよ。お休みの日にパパにお願いしてみたら?」
「・・・パパなんて、休みの日もお仕事だもん。」

項垂れるレンの姿が幼少期に寂しい思いをしてた司に重なったらしい。

「よぉっし、一回だけだからね? そしたら宿題ね?」
「やったー! じゃ、オレ、ピッチャーな! アユムがバッター。つくしがキャッチャーだ。いくぞ!」
「レンくん、家の中なんだから優しく投げてよ。」

そしてレンが思い切り放った硬球は見事に牧野の頭にヒットした。



『それじゃ、まるで俺じゃねぇかよ』
「牧野が気を失って、その子が母親に連絡したらしい。救急車で運び込まれた病院から桜子に連絡があったんだよ。それで俺らも駆けつけたんだ。」

牧野はケロッとしていて、コブができただけだった。
派遣先の夫婦から丁重に謝られ、一晩入院しただけでことなきを得た。

「ったく、いちいち心配させやがって。ガキが放ったボールで失神なんて、そんなヤワなタマじゃねぇだろ! お前らカップル、ほんと似た者同士だよなぁ」
「えへへ、ごめん。でも道明寺と一緒にしないでよね。」

なんて心配のあまり憎まれ口をたたく総二郎のことも軽くいなしてみんなで笑ってた。

『なんで俺に知らせなかった?』
「牧野と桜子を加えた5人で話し合った結果、面倒なことになるから黙っておこうってことになったんだよ。たいしたことなかったし、お前がまた「日本に帰る!」ってゴネると思ったから。」
『いつの話だよ?』
「あー、3日前の夜だな。でも次の日から大学来てたし、昨日も昼はいっしょだったけどあいつ、元気そうだったぞ。」
『でもそれが原因で人格が変わったってのか?』
「う、いや、まぁ、あいつに変わったことっつったらそれくらいかな、と。」
『・・・まさか、誰にでも愛想振りまく女になっちまったんじゃねぇだろうな・・・?』
「うーん、俺たちには今までとなんら変わりはないがな・・・」
『帰る。日本に帰るから、お前ら、責任持って牧野を見張ってろ! 他の男に甘い顔させるんじゃねぇぞ!』




***




牧野に異変が起きた。
俺に甘い言葉を囁く女になっちまった。
・・・いや、俺的には大歓迎な状況なんだが、これが俺だけになのか確かめなきゃ居ても立っても居られない。
もし、もしも誰彼構わずこんな態度なら、邸の地下に閉じ込めてやる!

日本に帰ると決めたが、問題はババアだ。
どうやって休みをもぎ取るか。
幸い、大学はちょうどスプリング・ブレイクと呼ばれる1週間の春休みだ。
あとは仕事だな。
日本でもできるものは持ち込んで、ダメなら仕方ない。
牧野には代えられない。


コンコン

「入りなさい」
「失礼します。」
「司さん、手短にお願い。」

いつ会っても最低限の会話しかしない。

「休暇をいただきたい。」

ババアが顔を上げて俺を見た。
驚いたか?

「休暇、ですか。ご希望日数と理由を。」
「日本に帰る。ついては移動を含めて1週間。理由は俺の人生の命運を握ってる女のためだ。」
「・・・我が子だと思いたくないクサイ台詞だこと。大学は?」
「スプリング・ブレイクだ。」
「完休は2日よ。移動中は仕事をなさい。以上よ。」

日本滞在と完休2日をもぎ取ったんだ、上出来だろ。
ババアの気が変わらないうちに退散しよう。

「ありがとうございます。今すぐ発ちますので。」

俺は秘書とSPを伴い、日本に向けて離陸した。




***




秘書にもオフを言い渡し、日本に着いたその足で牧野に会いに行く。
今ならちょうどランチどきか。
牧野をF4ラウンジに引き止めとけとあきらに連絡を取る。
"牧野は変わりないぞ"と返信が来た。
変わりあるんだよ!
ジェットに乗ってからも、ひっきりなしに着信音がしてる。
おそらく起きてる時間は暇さえあれば俺にメールしてるであろう牧野。
こうして英徳に向かってる車内でもまたメールが来た。

"これからランチです。美作さんが専用ラウンジに誘ってくれたけど、道明寺がいないからつまんない。"

・・・なんだ? この複雑な気持ちは。
素直になってくれて面映ゆい反面、これがあの牧野か!? という戸惑いを隠せない。本当に本人か?


大学の敷地内に入ると、俺の登場に騒めきが伝播していく。
カフェテリアに入ると、騒めきが一気に悲鳴に変わった。

「キ、キャーーー!!!ど、道明寺様よぉ!!」

懐かしいな、この感覚。
日本は平和だ。

足を止めずに俺たち専用ラウンジへと階段を駆け上がる。
その前から俺を見下ろすあいつらが視界に入ってた。
その中には愛しい女もいる。

「よう!」
「司!どうしたんだよ、お前!?」

総二郎が興奮気味に肩を組んできた。

「ちょっと休暇が取れてな。」
「司、久しぶり。休暇なんて初めてだろ?」

類もにこやかに迎えてくれる。

「ああ、この3年間で初めてだ。」
「司、早かったな。」

昨日の今日で日本にいる俺にあきらが驚いた顔を見せた。
そして・・・

「ど、道明寺・・・!?」

牧野は1年ぶりに見る大きな瞳を驚きでさらに見開いた。

髪が伸びたな。
ちょっと痩せたか?
見るたびに大人の女に変化していく。
お前、俺に無断でキレイになってんじゃねぇよ。

そんな、やっと会えた俺の女に触れようと、一歩踏み出した時だった。
まるでスローモーションのように牧野から俺に駆け寄り、そのまま抱きつかれた。

「会いたかった!」

「「「「 !!! 」」」」

・・・俺たちは4人とも固まった。





「おい、牧野はどうしたんだ?」
「うーん、俺にもわかんない・・・」

総二郎と類が声を潜めて耳打ちしあってる。
それもそのはず。
俺の横に座った牧野は、さっきからずっと俺を見上げてうっとりしてる。
こんな顔、見たことないぞ。
堪りかねたあきらが牧野に声をかけた。

「牧野、どうした? 司に会えてそんなに嬉しいか?」

牧野はパッと頬を赤らめ、あきらに振り向いた。

「そっ、そんな、別に! 仕事、大丈夫なの?って思っただけ。」

・・・いつもの意地っ張り牧野だ。

「そうかよ。俺に会えて嬉しくねぇのかよ。」

俺の拗ねたような声に、牧野はまた俺を見上げてニッコリと微笑んだ。

「そんなことない。すっごく嬉しいよ!」

・・・・・

「それでさっきから司に見惚れてたんかよ。」

事情を知らない総二郎が牧野をからかった。

「はぁ?? 見惚れるって、そんなわけないじゃん!! こんな疲れた顔した男のどこに見惚れんのよ!」

はい、これはいつもの牧野。

「俺のこと、カッコいいとか思わねーわけ?」

わざと憤慨したように言った俺を振り向いた牧野。

「思ってるよ。どんどん素敵な大人の男になってくなーって。」

「…牧野、マジでどうした…」

総二郎が唖然としている。

「牧野、久しぶりに会った司に惚れ直しちゃった?」

何かに気づいた類が確かめるように牧野を覗き込んだ。

「べ、べっつに! 惚れ直すもなにも、そもそも惚れてたっけ!?」

牧野節、健在。でも、

「そっか。俺はお前に惚れ抜いてんのに、お前はそうじゃねーんだな。」

慌てた様子で俺を見つめる。

「ご、ごめん! 今の嘘! 道明寺のこと、好きだよ!」

これは、もはや、間違いない・・・

「牧野、司限定で素直スイッチ入っちゃったみたいだね。」

はぁぁ?? と総二郎。

「こいつ、ボールぶつけられて失神したろ? それが原因らしいんだ。」

あきらの言葉に類が「ああ、あの時の」とうなずいた。

「みんな、何言ってんの???」

本人には自覚なし。

呆れ顔のあきら、狐につままれたような顔の総二郎、興味津々な類。
そして、俺限定とわかって安堵の俺。
四者四様の表情を何も知らない牧野が見回した。






「あっ、こんな時間!授業、行かないと。」

牧野が時計を見て立ち上がった。

「今日ぐらい休めよ。俺が戻ったんだから。」

いつもなら即座に却下されるこんな提案なのに、今日の牧野は迷ってる。

「んー、そうしたいけど、でも、授業料払ってもらってるスポンサーの手前、無駄にしたくないし。」
「スポンサーって俺だろ? 俺がいいって言ってんだから。」
「じゃあさ、一緒に行こ?」
「は?」
「道明寺もいっしょに講義室行こ?」
「一緒に・・・?」

これには3人が驚いている。
類って驚いた時はそんな顔になるんだな。
それぐらいレアなことが起きている。

「行こ、行こ!」

牧野が俺の手を引いて歩き出した。

キャンパス内を牧野と手を繋いで歩く。
まるで、普通の大学生カップルみたいだ。
なんだこれ、めちゃめちゃイイじゃん。
俺の記憶の牧野との “ 交際 ” は誰にも知られちゃいけない秘密の関係で、記憶が戻った後、すぐに親父が倒れてまともな交際期間なんてないままにNYに旅立った。
こいつにしても俺と付き合ってるなんて知られたら面倒だとか抜かしやがって、校内では俺を避けてたからな。
こんなに堂々と二人で歩いてるのなんて、初めてじゃねーか?
素直モードのこいつが取る行動だ。
もしかして、本心じゃずっとこうしたかったか?
横の牧野を見ると、照れたような、それでいて嬉しさを隠せないような顔でニコニコしてやがる。
あー、めちゃめちゃ可愛い。
よし、この二日間、お前の言うことはなんでも聞いてやる!



講義室について一番後ろの席に座った。
牧野は前に座りたがったが、それじゃいろいろできねぇじゃん。


「牧野さん?」

横から声がかかった。
男?

「あ、樋口くん」
「これ、この前、貸してくれた参考書。すっごく役に立ったよ、ありがとう。」

と、樋口は参考書を牧野に差し出した。
樋口は俺のことは眼中にないという様子で話を続ける。

「それで、お礼と言っちゃなんだけど、今度、お茶でも奢らせてよ。」

おいコラ、俺が見えねぇのか? 彼氏の前で堂々とナンパかよ。

「テメッ」ガタッ

俺が立ち上がろうとしたのを牧野が制止する。
そしてゆっくりと樋口に向き直った。

「樋口くんは外部生だから知らないか。紹介するね。こちら道明寺さん。私の彼氏。」



今、なんつった??
俺のことを「彼氏」って紹介したか?
やべぇ、顔のニヤケを隠せねぇ。

「いつもはNYにいるんだけど、今日は休暇で帰ってきてくれたの。悪いんだけど、そういうお誘いは今度からやめてくれるかな? 彼が心配するし、参考書程度でそんなに気を使わなくていいから。」

と、牧野は口元だけで笑った。
目が怖いぞ。樋口が固まってんじゃん。
さっき立ち上がりかけたところで止まっていた俺は、改めて立ち上がり、樋口の肩に手を置いた。

「“ つくし ”がいつも世話になってるみたいだな。でも今後は声かけんじゃねぇぞ。」

「は、は、はいぃ」

目を細めて樋口を見下ろしながらその肩を思いっきり掴んでやった。


今日はなんていい日なんだ。
ここは日本で、横には牧野。
そして今日のこいつは最高に素直だ。
真面目に授業を受けている牧野の横顔を眺める。
何時間でも飽きない。
時々、手を握って指を絡める。
それだけで顔を赤くした牧野に睨まれる。
その顔も可愛くて、もっとさせたくて手のひらを愛撫する。
今度は真っ赤になって手を引っ込める。
あー、楽しい!
早く二人になりてぇ。

俺は教授に「さっさと終わらせろ」という合図を目で送る。
英徳学園の教授が俺のことを知らないわけがない。
講義室の後方からの凍りついた視線に気づいた教授は30分も早く講義を終わらせた。

「先生、どうしたんだろ?? まだあと30分はあるはずなんだけど」
「体調でも悪かったんだろ。」
「ふーん」




学校を後にして次はバイトだと言い張る。
休めと言ってんのにダメだと返ってきた。
そこは譲らねぇんだな。

今日のバイトは塾講師。
個別指導だとかで一対一でガキと個室に入るらしい。
男じゃねぇだろうな!?
確かめてやる。

塾の前で車を降りた牧野に続いて俺もバイトに付いていこうとしたら、それはNGだと?

「F3からも男子学生は絶対にダメだって言われて女子限定になってるから大丈夫! ついてこないで!」
「なんでだよ! お前との貴重な時間を無駄にしたくねーんだよ。座ってるだけだからいいだろ!」
「ダメ!! 勉強の邪魔になる!」
「勉強すんのはガキだろ! お前は関係ねぇじゃん!」
「生徒の気が散るから!」
「じゃ、部屋には入らねぇ。ロビーで待ってる。」
「ダーメ!!」
「んでだよっ!」
「道明寺を見られたくないから!」
「あ?」

思わず青筋が立った。

「どういう意味だよ。俺と付き合ってることを知られたくない男でもいんのか?」
「そうじゃなくて・・・道明寺を見た女子がワーとかキャーとか言うじゃん。あれが嫌なの!」
「は?」

牧野は顔を赤くしてうつむいた。

「道明寺がモテてるところを見たくないの。あたしの道明寺なのに、他の人に見て欲しくないの。」

・・・・唖然とした。
“ あたしの道明寺 ” ??
俺を他の女に見せたくない?
つまり、俺を独り占めしていたいってことか?
それはいつもは俺がこいつに思ってることで、それをこいつも俺に思ってくれてたってことか?


もう我慢の限界だった。
俺は牧野を横抱きに抱き上げて、また車に戻った。

「ちょ、ちょっと、降ろしてよ! バイトがある! 生徒が待ってる!」

俺は自分のメモリーから牧野のバイト先を出し、コールした。
牧野に関係する情報は漏らすことなく把握してある。

「牧野つくしだ。今日も明日も体調不良で休む。あ? 俺は牧野の婚約者だ! ああ、代わりを探してくれ。」

膝の上で暴れる牧野

「何勝手に欠勤連絡してんのよ!! 降ろしなさいよ!」
「降ろさないし、もう離さない。このまま邸に向かうぞ。」

それでもまだなんだか言い募る牧野の頬に手を添えて、その唇を俺の唇で封じる。
1年ぶりのキス。
チュッと軽く合わせるキスから、徐々に唇を味わうキスに。
そして深く重ねてキスで愛撫を繰り返すと牧野は静かになった。
唇を堪能したら次に味わいたいのは舌だ。
牧野の唇を舌でなぞりながら、開いたすきに俺の舌で牧野の舌を迎えに行く。
ああ、たまらねぇ。
夢中で牧野の舌を味わってると、牧野は不意に離れようとする。
逃げて、追って、追って、逃げる。
しょうがねぇな、一度離してやるか。

「ッハァ、ハァ、も、もうやめてよ・・・」
「もっとさせろ。」
「だ、ダメ…」

これは素直モードの牧野に聞いてみたかった。
こういうダメは本気のダメなのか。

「本気でダメか? 本当はもっとしてほしいんじゃないのか?」
「ほ、本気のダメだよ。」
「なんで?」
「それは・・・スイッチが入っちゃうから。」
「俺のスイッチはキスする時点で最初から入ってる。」
「そうじゃなくて・・・あたしのスイッチ。」

ドキッ

牧野のスイッチ?
そ、それはなんのスイッチなんだ?

「なんのスイッチだ?」

牧野は顔を真っ赤にしてモジモジと言い淀んだ。

「聞かせてくれ。なんのスイッチが入るんだ?」

すると牧野は顔を隠すようにいきなりガバッと俺の首に抱きついた。
そして俺の耳元でとんでもない殺傷能力の爆弾を放りやがった。

「…もっといろいろしてほしくなっちゃうスイッチ…」


・・・俺の理性はわずかなカケラを残して、そのほとんどを爆破された。






後編につづく

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2019.02.02





頭にボールを受けて、牧野は俺限定で素直スイッチが入った状態だ。
しかしこの半日で俺はすでに思い知らされていた。

牧野の意地っ張りは、戦闘能力の暴走をセーブするための装置だったのだ・・・

なぜなら素直モードの牧野は、とんでもない攻撃力で俺をズキュンズキュンと撃ち抜いてくる。
今のところ、的のど真ん中を一発も外さずに撃ち抜いている。
次の一撃で、俺の理性は確実に死ぬ。
その場でこいつをヤッちまう。
だからその前に一刻も早く戦場=ベッドに辿り着かなければ。



邸に帰るとタマが出迎えた。
俺はまだ牧野を抱きかかえたままだ。

「おやおや、坊ちゃん、いつお戻りで?」
「今日の昼間だ。夕食は部屋に持ってきてくれ。」
「かしこまりました。」

牧野はまだ暴れてる。
タマさん、こんばんは、だとか、食事はダイニングに行きますから、とか。
でも俺の耳には届かない。
俺たちはこれからベッドの中で戦闘態勢に入るんだ。
お前を責めて責めて責めまくってやる。
最後に勝利の咆哮をするのは俺だ!


部屋に入り、牧野をソファに下ろす。
車の中のキスのおかげで欠勤の怒りはかなり治ったようだが、それでもまだブツブツ言っている。

「次にいつ会えるかわかんねぇんだから、こんな時くらいいいだろ? 今夜は泊まってけ。」

いつもの牧野なら、こんなことで勢いは衰えない。しかし、今日は・・・

「そっか・・・そうだよね。次はいつかわかんないもんね。もしかしたら1年後かもね。」

今日の時点で、俺たちの遠恋は4年目に突入している。
前に会ったのは1年前のイタリアだ。
類の計らいでピサの斜塔で婚約指輪を渡した。
俺は仕事が詰まってたが、牧野は春休みに入っていて、怪我の影響でバイトも休み。
俺に付き合わせてイタリア中を連れ回した。
秘書に言って俺の臨時秘書ってことにさせて、会議に伴ったり、パーティにも同伴したり。
24時間、ずっと一緒の1週間。
めちゃくちゃ仕事が楽しい1週間だった。
そしてその時に、婚約したんだからって俺たちは結ばれた。
やっとだ。
やっと、牧野の全部を手に入れた。
だから今日は2回目を目論んでいる。
いや、2回目と言わず、3回目も、4回目も。
いかん、ニヤける。

「そうだろ? また1年も会えねぇかもしれないんだぜ。今、一番大事にすべきは二人の時間だろ?」

牧野が俺をみつめてフッと笑んだ。

「そうだね。あたしも道明寺との時間は大切にしたい。」

素直最高!!




部屋でメシを食い、シャワーを浴びた。
一緒に入りたかったが、全力で拒否された。
素直モードの拒否は本気の拒否だ。
だからバスは諦めた。

先に出た俺はベッドのヘッドボードにもたれてタブレットを見ていた。
そこに牧野がバスルームから出てきて俺の横に座った。

完休とは言え、仕事は溜まっていく。
これからの数時間を心置きなく牧野と過ごすため、俺はNYからのメールに返信していた。
その時、牧野が俺にもたれかかってきた。
まさか寝たのか?
慌てて隣の牧野を覗き込んだ。
すると牧野は目をパッチリと開けて俺を見上げて一言。

「まだ?」

まだ?
まだってなにが?
まだってどういう意味だ?
“ 仕事、まだかかる? ”
“ メール、まだするの? ”
それとも、“ まだシないの? ”・・・か?

俺はもうタブレットなんて放り出した。
ベッドに潜り込み、牧野を引きずり込んで抱き寄せた。

「待たせたな。」
「うん、待ってた。」

くっそ可愛い!! 待っててくれたのかよっ!

「2回目だけど、1年も開いてる。また痛いかもしれないぞ。」
「いいよ。大丈夫。」

その言葉を合図に、俺はわずかに残っていた理性を完全に吹き飛ばした。

1年ぶりの2度目はやはりまだ硬く、牧野は痛がっていたが徐々に熱が上がっていき、呻きだった声は途中から喘ぎに変わった。
最初は大切に大切に牧野の様子を伺っていた俺だったが、その甘い声に脳天が痺れ、最後は本能のままに解き放った。




息を整えてから、反対側を向いて横たわる牧野の横に滑り込んだ。
物足りなさを感じながらもこいつのことを考えればこのまま寝るのが最善かと、後ろから抱きしめようとした時、クルンと牧野が体をこちらに向けた。

「満足した?」
「ああ、したよ。」
「これで十分?」
「どういう意味だよ。」
「1回で、足りた?」

・・・・何が言いたいんだ?

「本音言えば、足りねぇけど、」

俺の言葉に牧野はシーツから手を出して、人差し指で俺の唇をなぞり、そのまま指は俺の顎のラインから首筋、肩を通り、鎖骨から胸元を撫でた。
その間、牧野の目は俺の目を見ていて、俺はゾクゾクしながらその瞳に釘付けになっていた。

その時、俺は確かに見た。
牧野の瞳に青い劣情の焔が立ち昇るのを。

それはこれまでにも見たことがあった。
日本で、NYで、俺を取り囲む女たちの中に。
俺を狩ろうと罠を仕掛けて待ち構える女たち。
それは嘔付く臭気に満ちていて、嫌悪がこの身を包む。

でもいま目の前にいるのは俺が求めてやまない俺の女だ。
その女の、俺が映る瞳の奥に、確かにあの女たちと同じ青い炎が見えた。
もっと俺が欲しいと乞う炎が。
そして今の俺に纏わり付くのはあの嫌悪じゃない。
俺は歓びと興奮に総毛立った。

「・・・いいのか?」
「・・・いいよ。」

俺は目の前の幸福が壊れてしまわないように、もう一度牧野をそっと引き寄せた。





***





「牧野、牧野、」
「ん、うーん…」

昨夜は結局、牧野を満足させ、俺が満足するまで抱いた。
俺の夢がまた一つ叶った。
それは心ゆくまでこいつを抱くこと。
互いに求め合う幸福は言葉では表せない。

「もう、朝?」
「ああ、俺は今日の夜にはまたNYだ。時間がもったいねぇ。起きろ。」

重い身体に無理を言ってるのは百も承知だ。
だが、また1年会えないかもしれないと思うと多少の無理は許されるだろう。

「起こして」

牧野が両手を上げて俺に差し出した。
牧野が素直モードに入ってから、こいつの本当の姿が見えてきた。

ヤキモチ焼きで、甘え下手なのに甘えんぼで、俺のことが大好きで。

約束まであと1年。
絶対に1日も遅れずにこいつを迎えに来る。
待っててくれる牧野を、もう待たせない。





「今日は何したい?」

バスルームから出て俺が用意した服に着替え、ダイニングで朝食を食ている牧野に、あと数時間しかない二人の時間をどう過ごしたいか聞いてみた。

「道明寺としたいことねぇ・・・別にない。」
「ない? ないわけないだろ。俺はあるぞ。ベッドで、」
「あ――っ! もういい! それはもう十分です!! ごめんなさいっ!」
「んだよ。昨日はあんなに素直だったのに。」
「立てなくなるほどすると思わなかったわよ。」
「お前が誘ったんだぜ。」
「・・・否定はしない。」

やっぱりまだ素直モードだな。

「何かあるだろ? したいこと、行きたい場所。遠慮しないで言ってみろ。」
「んー・・・・デート」
「デート?」
「普通の、一般的な、大学生らしい、やつ。」

手元のクロワッサンに顔を向けながら、目だけを上げて俺を伺うように見る牧野。
つまりそれは庶民デートってやつか?
それにいい思い出がない俺は渋い顔をしてたんだろう。

「あ、いいの、いいの。じゃ、えーと、ドライブとか?」

俺は昨日、こいつの望みはなんでも聞くと誓ったじゃねぇか。
せっかく素直になってくれて、本当の望みを教えてくれたんだから叶えてやらなきゃ俺はこいつの男失格になっちまう。

「わかった。デートしようぜ。」
「え、でも、嫌でしょ?」
「お前の望みなら、それが俺の望みだ。」

ニヤリと笑って見せたら、牧野もニコリと応えた。





それから俺たちは根津美術館で車を降り、青山から表参道を通り明治通りに沿って渋谷まで歩いた。
途中、牧野が気に入ったショップで買い物をし、甘ったるいパンケーキを食べ、その上こいつはすげぇ色の綿菓子まで平らげた。
俺は見てるだけで胸焼けがしたが、牧野は終始ご機嫌だった。

夕暮れの渋谷で迎えの車に乗りこむ。
タイムリミットはあと2時間。
車はそのまま空港へと向かった。


車の中ではさっきまでのご機嫌は鳴りを潜め、俺の右側でずっと窓の外を見ている牧野の左手をそっと握る。
牧野の肩がピクリと震えたが、その顔はまだ窓を向いていた。
俺はかねてから次に会う時のために用意してあったリングを取り出し、牧野の左手薬指に通した。
ハッと牧野が振り向く。

「なに? 指輪?」
「ああ。」

それは牧野の細い指に似合う華奢なピンクゴールドのリングに小さな赤い石が乗ったた控えめなリングだった。

「プレ婚約指輪ってとこかな。」
「婚約指輪ってもらったよ?」
「あれは俺が早くお前に俺のものだって証を持たせたくてイタリアで適当に買ったもんだ。それに石が大きすぎてお前、普段つけてくれねーだろ。」
「あ、うん。まあね。」
「だからこれは今日から絶対に外さないための指輪だ。」
「ありがとう。すっごく可愛い。この石、ルビー?」
「いいや。レッドダイヤモンドだ。」
「レッドダイヤモンド? そんなのがあるの?」
「ああ。天然のは世界に30個ほどしかない。」
「世界に30個??? ちょっ、じゃ、これ高いんじゃないの??」
「心配すんな。石が小せぇだろ?お前が気にするから安いのにしといた。」

とは言っても天然のレッドダイヤモンドは1カラット1億以上する。
この石はたった0.3カラットだが、クラリティにはこだわったから・・・

「だからこれからは外すなよ。昨日の樋口みたいなのを寄せ付けるな。」
「ん、わかった。それで道明寺が安心するなら外さないよ。」

牧野は指輪を愛しそうに撫でた。

「でもわざわざ赤いダイヤモンドにしたのはなんで?」

俺は牧野の左手を取って、その目を見つめた。

「宝石にはそれぞれ言葉や力が込められてる。レッドダイヤが持つ力が重要なんだ。」
「力?」
「レッドダイヤの言葉は “ 永遠の命 ” 。そしてそれを持つ者に逆境を跳ね除け、不可能を可能にして目標を実現させる力を与えてくれる。牧野、」
「ん…」
「俺の目標はお前とずっと一緒にいることだ。永遠に。だがその実現にはまだまだ困難を乗り越えていかなきゃならねぇ。」
「…そうだね。わかってる。」
「でも俺はこのレッドダイヤに誓う。全部、乗り越えて、お前を手に入れるって目標を実現させてみせる。」

俺を見上げる牧野の目はもう涙で濡れ始めていて、窓から差し込む高速道路の街路灯が規則正しく牧野の瞳を照らして通り過ぎて行く。
それは何色のダイヤモンドよりも輝いていた。

「あたしもこのダイヤに誓うよ。不可能を可能にして、道明寺とずっと一緒にいるって。」
「ああ。」

本当はキスしたかった。
でもしてしまえば離れられない。
俺はただ牧野を抱きしめることしかできなかった。





羽田からNYに飛ぶ。
今日はVIP用ラウンジの個室で牧野とはお別れだ。

牧野は結局、最後まで素直モードのままだった。
だから今も俺の胸で泣いている。
離れるのがこんなに辛いのは初めてだ。
今までは腹が立つくらい、牧野はサバサバとしたもんだった。
プロムの会場、パリの空港、イタリアのホテル。
いつも牧野は笑顔で「バイバイ!またね」と手を振り、さっさと踵を返して行ってしまう。
ちょっとは悲しそうにしろよって俺は怒り半分、寂しさ半分で牧野の背中を見送ってた。

だから俺は知らなかったんだ。
こいつが本当はこんなにも悲しんでくれてたことを。
こいつが意地を張ることで俺を守ってくれてたことを。

「牧野、もう泣くな。辛くなっちまう。」
「ご、ごめん。うぅ…ヒック」

今日は俺が意地を張る番だな。

「さあ、もう時間だ。行くからな。指輪、外すなよ。じゃ、またな!」

俺は牧野を強引に体から離し、作り笑顔で手を振る。
そして踵を返して、もう一度その姿を見たい欲求を押し殺し、ズンズンと歩を進めラウンジを出た。
運転手に牧野を託してから秘書とSPに取り囲まれる。
後ろで「道明寺!」と叫ぶ声が聞こえた。
でも振り向かない。

牧野、ごめんな。
こんな辛かったんだな。
ありがとな。




牧野の本音を知ることができた休暇で鋭気を養い、俺は飛び立った。
それからも牧野の素直モードは継続したまま、毎日、メールが何通も来る甘い生活に俺はすっかり慣れた。





***





RRRR. RRRR. RRRR. RRRR. RRRR ……


だからっ、諦めて鳴り止めよ!!

春から本格的に始めた仕事の激務から解放された深夜2時。
興奮が冷めてやっと寝入ったところで、俺の携帯はまたしても招かれざる着信を高らかに伝えている。

どうせあいつだろ?
わかってんだよ。
要件もあのことだろ?
わかってんだよ。

ハァァ、仕方ねぇ。
楽しい時間の終わりを宣告するか。

「よお…」
『あきら! 俺だ! 起きろ!』
「起きてる。どうした?」
『牧野はどうしてる? 無事か!?』

深夜の2時に牧野か無事かどうかは俺にはわからないが、とりあえず今日のところは無事だろう。
特段の知らせは届いていない。

「無事なんじゃねーの?」
『あいつ、おかしいんだ。』
「なにが?」
『もう昼も過ぎたのに、今日はまだ1通もメールが来てねぇ。』
「・・・・・・・だろうな。」
『〜〜っ!! んだよ! やっぱ何かあったな! 誘拐でもされてんのか!? くっそー! どこのどいつだ!? ぶっ殺してやる!!』
「司、落ち着け。そんなことにはなってない。」
『じゃあ、なんなんだよっ!』
「あー、あいつな、頭打ったんだよ。」
『・・・・・』


牧野は買い物からの帰宅中、公園の横を通った際に飛んできたボールが頭に当たってまた病院に運ばれた。
今回もタンコブだけですぐに退院した。
が・・・

「素直スイッチが切れたんだろ。元の牧野に戻ったってわけだ。」

この数ヶ月、すっかり素直な牧野に慣れてしまった司の落胆は相当なものだった。
当の牧野は自分の送信履歴を見て恥ずかしさに悶絶してた。

「あ、ありえないっ! こっ、こんなことを道明寺に書き送ってたの!? あたし、何考えてたんだろ??」

そりゃ、司のことだけ考えてたんだろう。
司からはこれからも毎日、何度でも素直なメールを送ってこいと要求されたようだが、もちろん却下。

でも牧野はメールの履歴をたどっていたら、そんなものひとつで司のモチベーションが格段に上がることに気づいて考えを変えた。
1日1回は素直に「好き」だって気持ちをメールで伝えることにしたんだと。
牧野にしちゃものすごい進歩だろ。

司、どうやら早くもレッドダイヤがその威力を発揮してるみたいだぞ。
あの牧野が不可能だと思われた “ 素直になる ” ってことを可能にしてんだから。
お前の最終目標が達成される日も近いな。
来年の6月は忙しくなりそうだ。


そんなレッドダイヤは今日も牧野の指で輝いている。








レッドダイヤ 〜 素直なままで 〜【完】


・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
ひととき、坊ちゃんに楽しい時間を過ごしていただきました。
今夜0時に新連載の「まえがき」を更新します。


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2019.02.03




皆様、こんばんは!


「レッドダイヤ 〜素直なままで 〜」いかがでしたか?
つくしらしくなかったかもしれませんが、司坊ちゃんを思い切り甘やかしてあげたかったんです。
というのも、今日から始める新連載が切ないからです。


タイトルは、


「トワイライト・セレナーデ 
   − Twilight Serenade −」



                です。


トワイライトは黄昏時、セレナーデは恋人や女性を称えるために演奏される楽曲、あるいはそのような情景のことを指しています。
人生の黄昏時に愛しい女性を思い出す様を表現しました。

今回のお話は私が遠い昔、子供のころに読んだ昭和の古い少女漫画の短編へのオマージュです。
タイトルも作者もわからないのですが、子供心に強く印象に残りました。
衝撃を受けたと言っても過言じゃないです。

それを「つかつく」で描きます。
月城(つきしろ)というオリジナルキャラの語りによって展開します。
オマージュですが、そのまま書くと暗澹たる気持ちになって救いがないのでかなりデフォルメしてます。
内容としてはアンハッピーですが、エンドはハッピーを目指しています。


司は55歳の設定で、つかつくの「死」を扱います。
悲しいお話が苦手な方、メンタルが弱っている方はご注意ください。
正直、司命!の方や、つくし大好き!の方にはお勧めしません。
私が読者だったら悲しくて読まないかもしれません。
書き手だから耐えられるだけで。


作中、「Hello」という曲が出てきます。
原曲はライオネル・リッチーが歌っていますが、司が初めて聴いたのはNYのバーで、下のような雰囲気だったと思います。
作品を読む前に一度、聴いてみてください。
今回の世界観がよく現れています。
(クリックで別ウインドウが開きます)


Hello - Lionel Richie (Boyce Avenue piano acoustic cover) on Spotify & Apple


参考にした原作のあらすじは「あとがき」で書きます。

それでは、本日、17:00から始めます。
またよろしくおねがいします!


                 nona








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2019.02.04
★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★
 つかつくの「死」を扱う物語です。
 閲覧にはご注意ください。
 本編をお読みになる前に、必ず「まえがき」を
 お読みください。
★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★








今日は私の患者だったある男性について話そう。


カルテNo,1382
その人の名は道明寺司と言った。

彼とは診察室ではなく、あるバーで出会った。

そこは外観からはバーとわからない佇まいだった。
広くはない店内はカウンター7席、奥がやや開けており、そこにボックス席がひとつ設けてある。
一番の特徴はカウンター内にアップライトピアノが置いてあること。
リクエストすればバーテンダーが披露してくれた。

彼はいつも1時間足らずで席を立つ。
その時間の中でスコッチのストレート2フィンガーを2杯、そして必ずピアノをリクエストした。

曲もいつも同じ。
古い曲だった。

常連の彼とは何度か居合わせたことがあった。
何度目かに居合わせたとき、珍しく彼の方から話しかけてきた。

「よくお会いしますね。」
「ええ、ここは心が落ち着きます。」
「私もです。俗世の澱を洗い流しにきてるようなものです。」

彼は僕よりやや年上に見えた。
巻き毛が特徴的な髪にはところどころ白いものが混ざり、目尻には微かに皺が刻まれている。
しかし、その容貌の秀麗さは損なわれていない。
最早、美貌といってもいい。
さぞかし女を泣かせてきたことだろうと思った。

「いつも同じ曲をリクエストされますね。」
「ああ、はは。昔、NYのバーで聴いてから好きなんですよ。」
「確か、ライオネル・リッチーの『 Hello 』ですか?」
「私の世代にとっても古い曲だ。あなたが知っているとは意外だな。」

カウンターの下で組まれた長い脚。
グラスを持つ綺麗な指先。
一目でモノが違うとわかるほどの上質なスーツ。
そして男の僕でも見惚れてしまうほどの色気で、彼は僕を見てクスリと頬を緩めた。

「お仕事は何をなさっているのですか?」

彼が僕に聞いてきた。

「精神科医をしています。」
「精神科医! それは神経を使うでしょうね。」
「はい。それも終末期専門の精神科医なんです。」
「終末期?」
「目の前に死が迫っている人です。人生の最期に向かう心の整理を手伝っているんです。」
「心の整理か。」

彼はグラスを持った手の甲で頬杖をついた。

「忙しいんですか?」
「そうですね。ホスピスに籍を置きながら、往診もあるのでね。ただ、患者さんとは数ヶ月、長くても1年程度の付き合いです。」
「なるほど…」

僕は名刺を取り出し、一つ席を空けて座る彼にカウンターを滑べらせるように差し出した。

「縁起でもないことですが、もし、身近で必要な方がいらっしゃったら連絡をくだされば、どこでも往診しますよ。」

彼はフッと笑むと名刺を胸ポケットに仕舞った。

「わかりました。もしそういう者がいたら、先生を思い出すようにしますよ。」

それきり会話は終わった。
彼が今夜もあの曲をバーテンダーにリクエストしたからだ。

ピアノの調が静かに漂う。



 ♫Hello〈和訳〉

 僕の頭の中は君と僕だけだった
 夢の中で僕は君の唇に数えきれないくらいキスをしていたんだ
 時々ドアのすぐ向こうで君を見るんだ
 ハロー 君が探しているのはこの僕かい?

 君の瞳をみれば分かる
 君の笑顔をみれば分かる
 君こそ僕が今までずっと求めていた女性なんだ
 僕に飛び込んできてほしい
 なぜなら君は何を言えばいいか分かっているから
 なぜなら君は何をすればいいか分かっているから
 そして僕は君に心から伝えたいんだ「愛している」と

 君の髪に輝く日差しを見ている
 そして君に何度も何度も言うんだ
 「僕がどんなに君を大事に思っているか」を
 時々僕の気持ちは行き過ぎてしまうような気がする
 ハロー この想いを君に伝えないといけないんだ

 君はどこにいるんだろう
 何をしているのだろう
 君はどこかで孤独を感じてるのだろうか
 それとも誰かを愛しているのだろうか

 ハロー 君が探しているのは僕なのかい?
 なぜなら君がどこで何をしているのだろう、と考えるのは僕だから。
 君はどこかで孤独を感じてるのだろうか
 それとも誰かを愛しているのだろうか?
 君への想いに打ち勝つすべを教えて欲しい
 きっかけを掴めてないんだ
 でもまずは言わせて「愛している」と



愛を歌う曲なのに、その調は物悲しい。
このバーの雰囲気とマッチして、いつも彼がリクエストすると時々居合わせる数少ない他の客も耳を傾けていた。

曲が終わると彼は立ち上がり、僕の肩をポンと叩いて店を出た。

僕はいつものバーボンのロックを1時間かけて味わうとバーテンダーに会計を告げた。

「先ほどの方からいただいております。」

どこまでもスマートな紳士に僕は憧れさえ抱いた。








和訳引用サイト:「洋楽の歌詞を和訳します(曲も聴けます)」さん

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2019.02.04




それから2週間後だった。
僕の携帯が鳴った。

知らない番号だ。
通話を押す。

「はい、月城です。」
『先生、いつぞやバーで名刺をいただいた者です。』

この低く甘い声。
彼だ。

「その節はご馳走になって、ありがとうございました。」
『いえ、珍しいお話を伺ったお礼ですよ。』
「今日はどうしました?」
『あの時、必要な者がいたら先生を思い出すと申し上げました。』
「・・・いらっしゃるんですか?」
『はい。つきましては往診をお願いしたいのです。』
「わかりました。曜日と時間を固定させたい。いつがいいですか?」
『先生のご都合に合わせます。いつでも大丈夫です。』
「では、金曜日の15時では?」
『結構です。名刺のホスピスに迎えの者をやります。14時に。』
「お気遣いありがとうございます。よろしくお願いします。」



僕はしばらく通話の切れた携帯を見つめた。

終末期のご家族でもいらっしゃるのか?
お父様かお母様だろうか?
彼の風貌からするとご両親は60代?もしや70代だろうか。
それともご友人?

僕は、美しい彼に憂いは似合わないと思った。




***




金曜日、僕が勤務するホスピスの玄関には14時5分前に黒塗りの高級車が停まった。
運転席から運転手さんが降りてきて、すでに玄関で待っていた僕に恭しく礼をした。

「月城先生でいらっしゃいますね。お迎えにあがりました。」

後部座席のドアを開け、僕が乗り込むと静かに閉じた。

人生で乗ったことのないラグジュアリーな車内に、僕の心は仕事のことを忘れてワクワクと踊っていた。
この車といい、彼の身なりといい、かなりの名士だろう。
これからどこに連れて行かれるのだろう。

車は数十分走ったのち、大きな門扉の前で停車した。
運転手さんがヘッドセットで何事か呟いている。
すると門扉が自動で開き、車はまた走り出した。

僕のワクワクとした気分は急速に萎んでいった。
想像を超えたお屋敷に到着したからだ。

「月城先生、お足許にお気をつけ下さい。」

運転手さんはドアを開けるとにこやかに僕に告げた。

車から降りた僕は立ち尽くして、その邸を見上げた。
視界に入りきらないそのお邸の全貌は計り知れない。
自分が連れてこられたのは、私設の美術館か?
もしくは何かの研究施設か?

その時、エントランスの扉が開き、モーニングを着用した紳士が近づいてきた。

「月城先生、お待ち申し上げておりました。当邸の執事を務めております、遠山です。主人が待っておりますので、ご案内します。」
「は、はあ・・・」

口を開けてポカンと見上げている僕はさぞかし間抜けに見えただろうが、遠山さんはピクリとも表情を変えずに先を歩き始めた。


その邸は内部もすごかった。
ここで暮らせる、という広さのエントランスを抜けると、小学生が徒競走ができるだろうという長い廊下に入った。
廊下の窓から見える庭は東京都の迎賓館か?と見まごう造型美で、むしろどこかに瑕疵はないのかと粗探しをしたくなるくらいだった。

ここで暮らせば運動不足にはならないな、と思いながらやっと目的の部屋に到着した。




その部屋は彼の自室だった。
邸の一番奥、東側の角部屋だ。
後日知ったが、通常はまずは応接室に通されるのに、僕は初日から彼の部屋に通された。
部屋といっても一室ではなく、リビング、書斎、寝室、ウォークインクローゼットと、4部屋から成っている。
邸の広さからいえば、ひとりで4部屋を使っても何ら問題はないだろう。
なんなら10部屋使ったってなんの支障も来さないに違いない。

彼はバーで見る時と違い、寛いだ服装だった。
深い紫色のハイゲージクルーネックニットの下は白のボタンダウンシャツで、第1ボタンは開けている。
チャコールグレーのパンツを履き、足元は裸足にローファーだ。
カッコいい人は何を着てもカッコいいことを証明していた。

ソファに座っていた彼が立ち上がり僕に近づいた。

「月城先生、お忙しいところお越しいただいてありがとうございます。改めまして、私は道明寺司です。」

経済には門外漢の僕でもその名は知っている。
背の高い道明寺氏は見下ろすように右手を差し出した。
僕はそれに応えながら問いかけた。

「こちらこそ、こんな平日の午後に設定してしまってお仕事はよかったんですか?」
「ええ、いいんです。この邸で過ごしておりますから、いつでも構いません。」

道明寺氏は僕に座るように示しながら、自身も元の位置に座った。
すぐにメイドさんがワゴンを押して部屋に来て、とびっきり美味しいコーヒーを出してくれた。

「それで、私が呼ばれたということは最期に向けた心の整理をしたい方がいらっしゃるんですね?」
「そうです。」
「その方はどちらに? 失礼ですが、ご両親のどちらかですか?」
「両親はとうに他界しております。」
「じゃあ、」
「私です。」

道明寺氏はソファに背をもたれ、長い脚を組んでその脚の上で両手を組んで言った。

「先生のお世話になりたいのは私です。」

この流れは今まで何度も経験してきた。
なのに言葉が出ない。
目の前の、年を重ねても美しい様が滅びてしまうなどと信じたくないのかもしれない。

「あなた自身が、ですか?」

さっきから何度もそう言っている彼に、もう一度だけ念を押したくなった。

「そうです。私は8月の終わりに余命半年を宣告されました。残りはあと5ヶ月。予定通りならば、ですが。」

ふと、彼は目を細めた。
そこには死への畏怖も嫌悪も見られない。

「癌、ですか?」
「の、ようですね。」
「治療は? 病院へは?」
「ここで受けています。入院はごめんだ。もっと有意義に生きたい。」
「それで、私に求めることは?」
「私の思い出の整理整頓に付き合っていただきたい。」
「…わかりました。あなたは今日から私の患者です。」
「ありがとうございます。」

道明寺氏は軽く目だけを伏せて礼をした。








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2019.02.05




カルテを作成する。

年齢は55歳。
僕より一回り年上!?
嘘だろ!
せいぜい5歳ほど上なだけかと思ってた。
余命宣告を受けた人間の肌艶じゃない。

緊急連絡先は執事の遠山さん。
ご家族はお姉さんがひとりと甥御さんふたりに姪御さんがひとり。
独身。
・・・まさか生涯独身でもあるまい。
としたら離婚したとか?
いやいや、医師たるもの患者のプライバシーを詮索するもんじゃない。

僕はそれから毎週金曜日には道明寺氏を訪ねることになった。





***





(10月12日)


金曜日、午後3時

10月初旬は小春日和で、日向は温かい。
しかし東向きの彼の部屋に日が射し込むのは午前中だけだった。

彼と向かい合わせてソファに座り、僕は問いかけた。

「思い出の整理整頓とおっしゃいました。あなたの人生で良くも悪くも最大の思い出は何ですか?」

初日と同じポーズをとる道明寺氏は、顎を上げて天井の隅に目をやったが、これまでの人生のページを繰るように沈黙し、目を閉じた。

「恋人の死です。」
「…お幾つの時ですか?」
「私は19でした。」
「女性ですか?」
「はい。」

道明寺氏は目を閉じたままだ。

「その女性との出会いを教えてくれませんか?」




彼は長く沈黙していた。
僕の仕事は待つことだ。
それは決して話をさせることが目的ではないからだ。
患者さんの中には眠ってしまう人もいるけど。

「彼女との出会いは、私が高校3年の時でした。」

彼は語り始めた。
きっと久し振りに思い出しているのだろう。
なぜなら、滔々とではなく、訥々とだったから。

話は彼の幼少期にまで遡った。
寂しい子供時代だったこと。
この広い屋敷でお姉さんとの二人暮らし。
3人の親友の存在。
常に心が空虚だったこと。
そのために若い頃は傍若無人の限りを尽くしていたこと。
学校で「赤札」という遊びを始めたこと。


ここまで話して彼はまた沈黙した。


「道明寺さん、今日はここまでにしましょう。急ぐと取りこぼします。ゆっくりでいいんです。」

「ゆっくり」という言葉は時に死が迫った患者を怯えさせる。
彼らは時間がないと思っているから。
でも道明寺氏はフゥと息を吐くと「わかりました。」とだけ答えた。





***





(10月26日)


3度目の面談だった。
話は彼女との出逢い、諍い、そして恋へ。
若き道明寺氏の苦悩までを聞いたところだった。

その日、いつものとびっきり美味しいコーヒーを運んできてくれたのは新人のメイドさんだった。
染められていない髪を一本の三つ編みにし、色白でくりっとした瞳が印象に残る、まだ少女とでも言うべき女の子で、慣れない手つきが初々しい。

「見ない顔だ。」
「彼女は先週、入ったんです。ご挨拶をしなさい。」

主人に促され、少女は緊張した面持ちで頭を下げた。

「は、はじめまして!先週からこちらでお世話になっています。暮崎もみじです!」
「僕は月城静哉です。よろしく。」
「はい!」

少女は人懐っこくニッコリと微笑んだ。
秋が深まり、午後は陽の入らない室内はどこかひんやりとしていたが、彼女が笑顔を見せると心なしか空気が緩んだ気がした。

「下がっていい。」
「はいっ」

彼女の緊張がヒシヒシと伝わってくる。
無理もない。
これだけの大邸宅の主にしてこの美貌、このオーラ。
若いメイドが平静でいられようはずもない。

彼女が出て行って、またいつもの空気が戻った。



僕はあらためて彼に向き直った。

「あれから体調はどうですか?」
「特に変化はないですね。」

と言いながらも彼はもうコーヒーは嗜んでいなかった。
強いカフェインを受け付けなくなってきたのだろう。

「では、続きを話していただけますか?」


その恋人は彼の初恋の相手で、名前は牧野つくしさんといった。
強く、優しく、真っ直ぐで、勝てたことがなかったと彼は言った。
でも時に見せる脆さがどうしようもなく愛しかった、と。

これだけの男に惚れられていながら、牧野さんはなかなか彼に振り向かなかった。
頑固で鈍感。
道明寺氏は時に笑いをこぼしながら丁寧に記憶をなぞっていった。

どうにか試験的な交際に持ち込めたこと。
親御さんの妨害にあい、一度は完全に終わったこと。
彼女を失った心はさらなる荒廃を極めたこと。
再会し、向き合い、そしてやっと手に入れたこと。
その時の喜びを話す彼は、僕が面談を始めてから一番輝いた。

「あいつは肝の座った女だった。なにせ、私に宣戦布告した女ですから。初めてのあいつからの告白は仲間たちの面前で叫ぶようにされたんですよ。もっと他に言う機会があっただろって思いました。」

言いながらも彼はその告白をまるで今しがた聞いたかのように嬉しそうに微笑んだ。

「あの時の喜びはきっと生涯忘れない。いつ思い出しても鮮明で鮮烈です。」

だが、その幸せも長くは続かなかった。
道明寺氏はまた沈黙した。
そこで今日の面談は終わりになった。








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2019.02.06




(11月2日)


翌週の金曜日。
いつもの廊下を彼の部屋へと歩いていた。
庭に目を転じると珍しく彼が出ている。

そこに先週紹介された新人のメイドさんが上着だろうか?手に持ち彼に駆け寄っていた。



「旦那様、外は寒うございます。お体に障ります。」

もみじは手に持っていたカーディガンを司に差し出した。

「いや、寒くない。そろそろ月城先生が来る頃だ。俺は部屋に戻る。」

そう言って司は開け放たれた部屋のテラスへ戻って行った。
もみじはそんな司の後ろ姿を目で追った。



僕はその様子を見ていた。
道明寺氏の背中を心配げに見つめる彼女のその顔に浮かんでいるのは確かに彼への思慕だった。
まだ初々しさの残る若き女性が、父親より年上の男性に恋するなどということがあるのだろうか。
いや、相手は彼だ。
その辺の中年オヤジではない。
あれだけ艶のある男性は若くてもそうそういるものじゃない。

僕は勝手に自分の初恋を思い出し、甘酸っぱい気持ちになりながら彼の部屋に入った。





道明寺氏と牧野さんの恋は佳境に入っていた。

「私は母の妨害によってNYに連れ去られました。そこに彼女が単身で私を迎えに来てくれたんです。嬉しかった。彼女の手を取って共に日本に帰りたかった。しかし、もちろんそんなことは出来ませんでした。母は私に交換条件を突きつけました。ここで彼女を突き放せば2年で私を解放する、彼女の手を取ればどこまでも彼女を追い詰める、と。母は世界の経済地NYにあって"鉄の女"と異名を持つほどの女でした。母の手にかかれば彼女などは痕跡一つ残さずに地球上から消えます。2年の約束が果たされる保証はありませんでしたが、まだ子供だった私は条件を呑むしかなかった。」

弱冠18歳だった彼の苦悩が伝わってくる。
初めて見つけてやっと手に入れた恋を、自分の意思とは関係なく奪われていく様は、もう何十年経った今聞いても怒りを覚えずにはいられない。

道明寺氏は目を窓に向けた。
広い部屋は窓まで距離がある。
ソファに座っている位置から見えるのは、風に翻弄されている庭の木々の頭と午後の弱い陽射しが広がる空だけだ。

「あの時の彼女の顔。きっと私が「いっしょに帰ろう」と言うと思っていただろうに、拒絶されたときの顔。忘れられない。だから私は今でもNYの邸が好きになれないんです。あそこには悲しみが埋まっている。」

彼は視線を窓から足元に移した。

彼女が日本に帰ると知らされて弾かれるように空港へ向かったこと。
彼女との約束を果たすために一時帰国したこと、別れの儀式の途中で友達のSPに拉致されて船に乗せられたこと、無人島に連れて行かれ、もう一度彼女と心が通じたこと。

「愛しかった。守りたかった。彼女と共に生きていきたかった。」

本当に愛おしそうに話す道明寺氏を見ていて、僕は複雑な気持ちになった。
この思い出の結末は彼女の死だ。
ここまで愛していた女性を、程なくして亡くさなければならない。
胸が締め付けられた。

僕は苦しそうな顔をしていたんだろうか。
目を上げて僕を見た彼はフッと笑んだ。

「私と彼女の関係は波乱万丈でしょう?でも波乱万丈はまだ終わらなかったんですよ。」
「まだ何かあったんですか?」
「ええ。最大の危機がありました。」
「え!これ以上の危機ですか?」
「そうおっしゃるのも無理はない。もう十分というところでしょうね。」
「はい。これが物語ならもういい加減に平和になってもらいたいですね。」
「はははは!面白い。私もそう思いますよ。」
「でも、もう今日は長くなりました。最大の危機は来週にしましょう。」
「わかりました。」

彼は立ち上がり、毎週そうしているように内線で僕が帰ることを告げた。
車の用意ができると、いつも執事の遠山さんが部屋まで迎えにきてくれる。
しかし今日、現れたのは暮崎もみじさんだった。

「失礼します。旦那様、遠山さんが手が離せないので私が先生をお連れします。」
「ああ。」
「では、道明寺さん、また来週。」

僕はそう言ってドアを開けてくれたもみじさんの前を歩いて退室しようとした。
廊下に出る瞬間、僕はチラリともみじさんを見た。
その時、もみじさんもチラリとある方向を見ていた。
それはソファに座る道明寺氏だった。
彼は僕が退室するのを見ている。
視線が交差し、もみじさんはうつむいた。



いっしょに廊下を歩きながら、僕は興味を持ったもみじさんに話しかけた。

「もみじさんは何歳なの?」
「18歳です。」
「じゃ、高校を出てここに就職?」
「はい。まずはメープルホテルで研修を受けて、客室係として働いていました。お邸に欠員が出たとかでこちらに配属になったんです。」
「そう。仕事は楽しい?」
「はい!皆さん、お優しい方ばかりですし、賄いも美味しいですし。」

もみじさんは本当に楽しそうに答えた。
僕はちょっと意地悪をしたくなった。
おじさんの悪い癖かな。

「旦那様も優しい?」

もみじさんは途端に顔を赤くした。

「あ、はい。私がミスをしても何もおっしゃいません。でもそれじゃダメだとその次に頑張った時は何気なく褒めてくださいます。いつも静かな方です。」

ハニカミながら話す可愛いらしいもみじさんを僕はさらに追い込んだ。

「旦那様のこと、好き?」

もみじさんはますます顔を赤くした。
これ以上は可哀想になり、僕は慌てて取り繕った。

「自分の仕える人だもんね。嫌いじゃできないよね。」
「は、はい!」

もみじさんは僕を見上げて微笑んだ。








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2019.02.07




(11月9日)


金曜日。
今日も僕は道明寺邸に通う。

エントランスから彼の部屋への案内はもみじさんだった。
遠山さんはかなり忙しいのか。

「あの、先生、」

もみじさんが僕を振り返って話しかけてきた。

「はい?」
「今日のお飲み物なのですが、旦那様と同じものでもよろしいでしょうか。」
「ああ、いいですけどなぜですか?」
「旦那様は以前はコーヒーがお好きだったそうのですが、このところのご体調のせいで受け付けなくなってしまわれて。飲めないのに香りを嗅ぐのもお辛いんじゃないかと思いまして。勝手を申してすみません。」

もみじさんはうつむいて申し訳なさそうに話した。

「そうでしたか。いや、僕の方こそ気づかなくてすみません。もちろんです。道明寺さんと同じものでお願いします。」

僕が答えるともみじさんは顔を上げて安心したようにほっと息をついた。



部屋にはいつも通り彼がソファに座っていた。
心なしか痩せたか。
いよいよ終わりに向い始めたのだと感じた。

一度退室したもみじさんが飲み物の乗ったワゴンを押して入ってきた。
2人に同じものを出す。
今日はカモミールのハーブティー。
カモミールにはリラックス効果や喉や胃の粘膜を守る効果もある。
もみじさんなりの気遣いか。
しかし、道明寺氏は渋い顔をもみじさんに向けた。

「もみじ、先生にはコーヒーじゃないのか。淹れ直してきなさい。」

もみじさんはハッとして道明寺氏を見た。
僕がすかさず間に入る。

「道明寺さん、僕があなたと同じものをとお願いしたんですよ。同じ物を飲む方が互いに信頼感が深まるという心理的効果があるんです。」
「・・・そうですか、わかりました。もみじ、下がっていい。」
「はい。」

もみじさんはワゴンを押して退室していった。

「先生、失礼しました。」
「いえ、先に話しておかなかった僕の手落ちです。」
「どうもコーヒーを受け付けなくなってしまってね。あんなに好きだったのに、いまは香りも辛い。病気というのは嫌なものですね。」
「それはもみじさんも気づいていたようです。若いのによくできたメイドさんだ。」
「・・・・」
「もみじさんはどうやらあなたに特別な感情を抱いているようだ。」
「主人への忠誠心を恋と勘違いしてしまっているんですよ。若いメイドにはよくあることです。」
「でも本当に恋だとしたら、どうしますか?」

道明寺氏はハーブティーをソーサーごと手に取って、彼お得意の笑みを見せた。

「どうもしませんよ。恋に身分も年齢も関係ない。相手の心があるだけだ。その心を手に入れられるか否か、ただそれだけのことです。」
「じゃあ、55歳のあなたが18歳のもみじさんに心をあげる可能性もあるってことですね?」

僕は面白くなって聞いただけだったのに、道明寺氏はさっきまでの笑みを消し去って僕を見た。

「18歳? もみじがですか?」
「はい、そう言ってましたよ。高校を出たばかりだと。」

一瞬、彼の目が見開かれた。
何が彼をそうさせたのか、僕には分からなかった。






彼はハーブティーを一口飲むと話の続きを始めた。

「先週は無人島の顛末まででしたね。」
「はい。」

その後の彼の話は、にわかには信じがたいものだった。

道明寺の御曹司が行方不明になったと世間が大騒ぎになったこと。
接岸された港で道明寺家に恨みを持つ者に刺されたこと。
そして彼女のことだけ忘れてしまったこと。

「彼女のことだけ、ですか?」
「そうです。まったく、綺麗さっぱり彼女のことだけを忘れてしまいました。ありえないことです。」
「それで、どうなりました?」
「ある時、目を覚ますと枕元に弁当が置いてあった。いつもは手作りなんて口にしないのですが、その時だけは何かが私を突き動かして口にしました。懐かしい味がした。この味を自分は知っている。そう思いました。でも彼女のことを思い出すことはなかった。それどころか、私は別の女性を自分が失くした大切な記憶だと勘違いし、側に置くようになりました。」
「彼女はさぞかし悲しんだでしょうね。」
「ええ。怒ってましたよ。でもそれでも何度も見舞いに来てくれた。ある日、退院して邸で休養しているところに来てくれました。私は彼女を見ると湧き上がるイラつきを抑えられませんでした。自分に反抗してくる女なんて記憶の中にないわけですから。その日、何がきっかけだったか彼女は泣きました。」
「泣いた?」
「はい。大きな瞳から涙の粒がポロポロと落ちました。そして言いました。「さよなら、道明寺」と。」

彼はまたハーブティーを口に含んだ。

「私は言い様のない焦りを感じました。さっきまでムカつく女だったのに、次の瞬間には気になって仕方がない女になりました。苦しかった。頭の中にモヤがかかって大切な何かを見せてくれない。でも、それを失ってはまともに生きていけないことだけはわかっていました。私に残されているのは怒りだけ。失くした記憶に与えられていた太陽のような温かさはもうありませんでした。」

僕は精神科医という職業上、大なり小なり記憶に障害が出た患者も何人か診たことがあった。
しかしこれほど重要な記憶を失くした患者には会ったことがなかった。
太陽のような温かさ
それが彼にとって、どれ程までに掛け替えがないものかここまでの話で十分に伝わってきた。

「でも思い出したんですよね?」

僕はたまらず問いかけた。

「はい。それも他ならぬ彼女自身の手で。」

道明寺氏はククッと思い出し笑いをした。

「あいつは本当に常識外れの女ですよ。私の頭にボールを投げたんです。それもメジャーリーグで使われている硬球を。見事にヒットし、私は記憶を取り戻しました。」
「は、はははっ」

僕は笑っていいのか驚くべきなのかわからなかったが、パワフルな彼女が思い浮かんだ。

「じゃ、これでやっと平和になりましたね?」
「・・・私たちは母から1年の猶予を与えられました。彼女の情熱と誠意が勝利をもたらしたんです。」

僕はほっと息を吐いた。

「しかし、私たちにはそんな時間はなかった。その後すぐに父が病に倒れました。私は後継者としての責任を自覚し、NYに旅立ちました。」
「彼女は?」
「彼女は男に縋る女じゃない。私はついてきてほしくてプロポーズしました。が、彼女は自分の道を歩むため、日本に残りました。」

なんと強い女性だろう。
この世の全ての美徳を持っている男に請われても我が道を選べるなんて。
僕は彼女が生きていたら、是非会ってみたかったと思った。

「遠距離恋愛が始まりました。そもそも交際自体、始まったばかりだったのに、関係を深める間も無く東京とNYの距離も時間も言語さえ違う環境に身を置くことになりました。」

日々の連絡はメールやテレビ電話。
彼と彼女の慎ましい交際は4年の約束だった。

「私は大学生活と実務の二足のわらじを履き、多忙を極めました。しかしそれも必ず彼女を迎えに行くためだと自分を鼓舞し、そのためならどんな困難にも耐える覚悟でした。」

でもそれも彼女の死で終わりを迎えるのだな。
僕は彼らの関係に一筋の光も見出せない思いだった。

「遠距離を始めて1年ほど経った時、友人の結婚式がパリでありました。親友を含めて私たち共通の友人だったので、あいつもパリに来ていました。」

僕はいよいよ核心部分なのかと思わずうつむいて身構えた。

「そこで私たちは初めて、肉体的にも結ばれました。」

僕はパッと顔を上げて彼を見た。
彼は深い微笑みをたたえていた。

「人間とは欲深いものです。彼女の瞳に映りたいだけだったのに心が欲しくなり、やっと心を手に入れたら今度はその肉体ごと自分のものにしなければ気が済まない。彼女のすべて、髪の一筋から血の一滴まで余すことなく我がものだと実感したくなるものです。」

彼は初日に見せたように、ソファに頭を預けて目を閉じた。
きっとその日の情景を思い出しているのだろう。
美しい人が美しい思い出を回想している様は、やはり美しかった。

「パリを発つときは、これまで以上に離れ難かった。一つに溶け合いたいくらい愛しているのに、私たちはあらゆるものに隔てられる。それが耐えられなかった。でもあと3年。そう自分に言い聞かせパリの空港で私たちは逆方向に分かれました。」

その後、もう一度彼女に会えたのだろうか?
僕は続きが気になったが、彼はしばらく沈黙したのち、頭をもたげておもむろに口を開いた。

「先生、次はいよいよ核心部分です。これ以上は来週にしたい。来週はこの後の予定をキャンセルして来てくださいますか?」

彼の目は暗く沈んでいた。
2人に訪れる最大の悲劇を思い出しているかのようだった。

「わかりました。そのようにします。」
「ありがとうございます。」

道明寺氏は立ち上がり、いつものように僕の退室を内線で告げた。

来てくれたのはまたもみじさんだった。
僕は先週と同じようにもみじさんを観察した。
もみじさんはやっぱり彼を見ている。
そして今日は、彼ももみじさんを見ていた。








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2019.02.08




(11月15日)


木曜日。
明日は道明寺氏との面談の日。
いよいよ彼の最大の思い出を聞く日だった。
携帯が鳴る。

「はい、月城です。」
『先生、道明寺の執事、遠山です。お忙しいところ申し訳ありません。』
「いえ、どうしました?」
『それが主人が倒れまして、緊急手術になりました。』
「え!それで容体は?」
『安定しています。つきましては面談をキャンセルさせていただきたいと申しております。注文をつけておいて申し訳ないと伝えて欲しいと。』
「それはもちろんです。どうかお気になさらないようにお伝えください。それで、ご入院先はどちらで?」
『半蔵門の英徳大学付属病院です。お見舞いでしたらご一報くだされば、ご案内します。』
「ありがとうございます。週末はいかがですか?」
『わかりました。日曜日の午後の面会時間にお迎えに参ります。13時でよろしいですか?』
「はい、お願いします。」

僕は本当は居ても立ってもいられなかった。
すっかり彼の魅力に取り込まれて、彼の思い出の整理整頓が終わらないうちに彼の人生が終わるなんて耐えられなかった。

次の面談で彼女の死が語られる予定だった。
彼に訪れた最悪の事態。
きっと彼もそれを吐き出さないままには死に切れないだろう。





***





(11月18日)


彼の部屋は上階の特別室だった。
遠山さんに先導されて向かった先には、病院とは思えない設の部屋が鎮座していた。

そこは5部屋の特別室のみがあるフロアで、彼の部屋は一番奥の一番広い部屋だ。
廊下から見えるドアはどの部屋も変わりない。
しかし一歩中に入ると、まず目に飛び込んできたのは大きな窓から見える皇居の緑だった。
そして目を右に転じると広々とした室内に置かれた大きな応接セットがあり、左に転じるとベッドがあった。

「やあ、先生。」

先に気づいたのは彼だった。
医者の僕でも見たことのない部屋に、ポカンとしていると声をかけてくれた。

僕はハッとして左を振り向いた。
道明寺氏はベッドを起こして座っている。
彼のベッドの側にはもみじさんが立っていた。

「道明寺さん、驚きましたよ。お加減はどうですか?」
「ご心配をおかけして申し訳ない。ここのところ食事を受け付けなくなってきてましてね。それで減量手術を受けたんですよ。」

減量手術とは腫瘍を減らす手術のことだ。
腫瘍による症状の出現を遅らせることや延命を目的として行われる。
治癒を目的とした手術ではない。

「そうでしたか。お顔の色も良さそうで安心しました。」

彼は確実に死に向かっている。
しかしその瞬間まで苦痛は取り除いてあげたい。

「退院まではまだかかりそうだ。今週の面談も叶いそうにない。だが、来週には退院できているでしょうから、先生、また来てください。」
「わかりました。来週の金曜日、お屋敷の方へお伺いします。」

“ 無理をしないで ”とは言わない。
無理をしようがしまいが、終わりは確実に来る。
ならば、悔いなくその時を迎えることが重要だ。
彼にとって大切なことは思い出の整理なのだから。

「もみじさんは旦那様のお世話係かい?」

僕は、この場にあって唯一、命の輝きを放っている若きメイドに声をかけた。

「はい。旦那様専属を仰せつかりました。」
「専属?」
「はい。この隣の控え室に寝泊まりして、いつでも旦那様の御用を伺えるようにしております。」

僕は少なからず意表を突かれた。
18歳の女性が男性主人の専属ということもさりながら、それよりも驚かされたのは彼女の表情だった。

母のような、姉のような慈悲をたたえながらも、彼専属というプライドを持った顔だった。
それは決して下卑た女の顔ではない。
むしろ高潔とも言える顔だ。

「それは責任重大だね。僕からも道明寺さんを頼むよ。」
「はい!」

もみじさんの張り切った声が病室に響いた。








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2019.02.09
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