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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あけまして おめでとうございます
「マンハッタン・ラプソディ – 絆 –」連載開始です
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆












私は目覚めた。


——— 牧野つくしとして ———







世界が赤い。
瞼の向こうに光が射しているから。
病室?
忙しく立ち働く人の足音や、電子機器の音がそこかしこからしてる。
ここはEmergency Room?
私は吹雪の中に飛び出して、また遭難したんだ。
でも助かった。

目を開ける。

『エマ!』

道明寺!!

声は出せない。
管?
そっか、挿管されてるんだ。
あのよくドラマとかで見るヤツ。

そしてエマだっけ。今の私は。
でも、「あなたは誰か?」と問われたら、私のアイデンティティは、


牧野つくし


全ての記憶は戻った。
エマの記憶も失くしてない。
私の人生は完全に繋がった。

エマは私の一部になった。
道明寺が愛したエマはもういない。

私は2度、人生を失くした。
1度目は10年前、エマになった時。
2度目は今日。
エマがいなくなって牧野つくしに戻った。

私はまた目を閉じた。

医者が呼ばれる。
ライトが眩しい。

『ふーん、あと2時間後には目覚めるかな。ね?』

バレてる。
2時間後ね。了解。

「はぁぁ〜〜〜っ」

道明寺のため息が聞こえる。
心配かけてごめん。

『エマ、俺が悪かった。早く目を覚ましてくれ。』

もうちょっと待って。
どうするか考えるから。




*****




2時間後、考えはまとまらないけど、とりあえず私は目を覚ました。


『エマ、このペンの光を目で追って。』

英語がわかるのが変な感じ。

右、左、上、下

『オーケイ、次は反射を見よう。』

シーツが捲られ、スッとした空気が身体をなぞる。
足の裏に冷たい石の感覚

『オーケイ、反射も大丈夫!挿管を抜こう。』

看護師が来て、one ,two ,on three!で抜管。

「うえっ、ごほっごほっ」

『エマ』

道明寺が手をさすってる。
声はまだ出せない。
医師が言う。

『声が出せるようになるのは明日くらいかな。不便だけどすぐ慣れるよ。』
『Thanks』

これは道明寺の言葉。


ベットが電動で起こされて背中にクッションが差し込まれ、私は上体を起こして座る。

『エマ、俺が悪かった。生きててよかった。』

道明寺が本当に安堵した顔をしている。
直視できない。

牧野つくしが戻ったことがわかれば落胆するよね。
だってあんた、あたしの記憶、戻って欲しくなかったんでしょ?
エマのままでいてほしかったんでしょ?

いつ言おう。

チラ、と男を見る

道明寺、寝てないのかな?
疲れた顔をしてる。

紙とペンを要求する。

『ん?なんだ?ああ、紙とペンか』

"心配かけてごめん。あなたも休んで。"

英語で書く。

『ん? 大丈夫だ。この後お前は上の特別室に移るから。』

そう言った道明寺は私の頬を撫でた。

ゾクリと背筋が粟立つ。
私はスッと顔を反らせた。
道明寺がハッとして手を引いた。
なんでかわからないけど、罪悪感。

徐々にエマだった時の記憶が鮮明になってくる。

ジェフに助けられた。
何もわからない私を親身に世話してくれて、本当にジェフはクリスチャンの鑑だよ。
学校に入った。
15歳って言われたっけ。
学校ではフランス語。
そうだ、私はもうフランス語もできるんだ。
なんか、得した?
だって今なら3ヶ国語できるんだよ?
それから、あー、思い出したくない。
カレッジ課程1年生の時の彼氏と初体験。
おーい、エマ、そんな男に処女を捧げないでよ。
あたしだったら絶対にヤッてない。
それからNYに出て大学に入った。
ジェフと同じカメラマンになりたかったから。
ここでも彼氏ができたな。
そしてウィルと出会った。
考えてみれば一番マトモな人だったよね、ウィルって。
・・・いま、隣にいるこいつも含めた中で。

ハァ、あたし、どーすんだ?




*****




遭難した次の日に目覚めて、目覚めた日の午後に特別室に移され、精密検査を受け、その次の日、声が出るようになった。
ベッドに座って医師の診察を受けている。

『あなたの名前は?』

どっちを答えよう。
迷ってるうちはエマにする。

『エマ・ホワイト』

道明寺が何度目かの安堵。
それは何の安堵なの?
エマが記憶を失ってない安堵?
それとも、牧野つくしが戻ってない安堵?

『今日は何日かわかる?』
『えーと、12月27日?』
『正解! いい調子よ〜』 チラッ

特別室に移されて主治医は女医になった。
道明寺への色目を忘れない医師だから、道明寺がイラついてるのがわかる。

『じゃ、あなたの誕生日は?』
『12月2・・・、あ、えっと、30日』

危なーい!28日って言いそうになった。
エマの誕生日はジェフに助けられた30日なんだった。

『オーケイ、いいわ〜。精密検査の結果も良好だし、これならもう退院できそうね。彼氏さんに会えなくなるのは寂しいけど!』 チラッ

女医は言葉のセンテンスのたびに道明寺に視線を投げてる。

『おい!終わったんなら早く出て行け!』
『あん、じゃ、書類はナースセンターに預けておくから。お大事に〜。』

「フンッ」

道明寺がドアが閉まったのを見計らってベッドに腰かけた。

『本当にもう退院して大丈夫そうか?』
『あ、うん。そうだね。心配かけてごめん。もう大丈夫。』

何故だか目が見られない。
ベッドのシーツの皺を見つめながら話す。

『じゃ、帰るか。このままNYに戻るぞ。』
『別荘じゃなくて?』
『あんな縁起の悪い別荘にはもう寄りたくねぇ。このままペントハウスに帰る。』
『そっか。ごめん。』
『悪いのはオレだ。お前に本当のことを話さないでここまで来た。すまなかった。NYに戻ったら話をしよう。』
『あー、あの、そのことだけど、もういいから。』
『よくねぇだろ?知りたいんだろ?』
『・・・もういいよ。大丈夫。こんなに心配ばっかりかけたんだし、きっとあの時も私が悪かったんだよ。ごめん。』
『…おい、俺の目を見ろ。』

ギクッ

それは無理です。


私が顔を上げないでいると道明寺の手が伸びてきて顎を持って顔を上げさせられた。



至近距離まで道明寺の顔が近づく。

『本心じゃねぇだろ?』
『ち、近いよ!』

私は思わず手を振り払ってシーツに潜り込んだ。

ドクン ドクン ドクン…

『??お前、本当に大丈夫か?』

私もそう思う。
私、大丈夫か?
どうしたの?

『だ、大丈夫!大丈夫だから!』
『ふーん・・・』


それから3時間後、私は退院してバンクーバーの空港からNY行きのファーストクラスに乗っていた。








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2019.01.01
★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★
【注釈】キャラの書き分け上、エマからつくしになって口調を変えていますが、つくしが話す英語はエマから変化していません。よって、実際は口調は変わっておりませんので(司が聞く英語に変化なし)、その前提でお読みください。
★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★







道明寺のペントハウスに帰ってきた。
ホッと、、、しない。

まずい。
今の私はエマ・ホワイトで、道明寺の恋人なんだっけ。

思い出したら急に暑くなってきた。
パタパタ 手で顔を扇ぐ。

あぁーー、どうしよう。

『はぁ、疲れたな。エマ、ちょっと休め。退院したばかりなんだから、バスにでも浸かって、』
『う、うん。そうする! じゃ、そういうわけで、おやすみっ』

私は逃げるように自分の部屋に駆け込んだ。
鍵をかける。

これでやっとホッとした。
雲の上のようなベッドにダイブする。
あー、疲れたぁ。
ってか、これもう10年分の疲れだよね。
記憶って不思議。
忘れてた時は私は確かにエマ・ホワイトだったのに、牧野つくしの記憶が戻った途端にもう私は牧野つくし以外の何者でもない。

そうだ、ジェフに連絡しなきゃ。
きっと心配してる。


RRRR. RRRR. RRRR. …


《エマ!》
『ジェフ、心配かけてごめんなさい。』
《もう大丈夫なのか?何があったんだ!?》
『・・・また遭難したの。』
《・・なんだって・・・?》
『10年前にジェフに助けてもらった時のように。』
《なんてことだ・・どうしてそんな・・・》
『ごめんなさい。』
《Mr.道明寺が原因か? 彼とは付き合ってるのか?》
『付き合ってるのは本当。でも彼のせいじゃない。』
《鉄の女の息子だぞ。5番街のアンドロイドだろ?》
『私のことは大切にしてくれてる。彼の愛に疑いはないわ。』
《エマ、心配なんだ。・・・記憶は? まさか、戻ったのか?》
『・・・・・・・・・・・ジェフ、これまでのこと、本当に心から感謝してる。助けられたのがジェフでよかった。きっと神が私に遣わしてくださった天使ね。』
《!!》
『私はこれからもジェフの娘でしょ? 』
《も、もちろんだ。僕の娘はエマだけだよ。永遠に。いつでも帰っておいで。》
『ありがとう。ジェフ、ひとつだけお願いがあるの。私の記憶のこと、Mr.道明寺には言わないで。彼が愛してるのはエマよ。』
《・・・・君が望むなら。》
『ありがとう。』
《ひとつだけ聞かせてくれないか? 》
『なに? 』
《君はMr.道明寺を愛しているのか? 》
『エマは確かに愛してたわ。でも私は・・・まだわからない。』
《そうか。いつでも神がそばにいてくださる。祈るんだよ。》
『わかったわ。』


ジェフとの通話を終えて、もう一度ベッドに寝転んで天井を見上げる。

高い天井。
道明寺、すごいとこに住んでるなぁ。
あいつ、こんな世界的な本物の金持ちだったんだ。
ここ数ヶ月いっしょに暮らして知ってるはずなのに、あの頃のことを思い出して、そのフィルターを通して見ると全然別人のように感じる。
エマが愛して、エマを愛した道明寺とは違う人。

私はあの3人に騙されたんだ。
優紀は無事だった。
ずっと別荘にいたんだね。
それはそれでよかったけど、そのせいで私がこんなことになってきっとすっごく辛かったよね。
優紀、ごめんね。

それにパパとママと進。
アパート、綺麗になってた。
まだあそこに住んでるんだ。
…もしかして私の帰りを待ってる?
進、大きくなってたな。大人になってた。
きっと立派になったんだね。


その時、つくしの目には涙が浮かんだ。
それは目尻から一本の筋となり、雲のようなベッドに落ちた。


失った10年。
私だけじゃない。
いろんな人がこの10年を失った。
得たものは、カメラマンという職業と3ヶ国語が操れるという能力。

そして道明寺。

道明寺がずっと私を好きだった?
あの時から?
信じられない。

エマは確かに道明寺を愛してた。
でもエマはもういない。
私の一部になった。
・・・じゃ、私は?
私は道明寺が好きなの?
あいつのせいで、こんな目にあってるのに?

わからない。
考えなきゃ。
そして答えを出さなきゃ。


つくしはそのまま目を閉じ、午睡に入った。




*****




コンコン!


ノックの音でつくしは目覚めた。

『はい?』
 『エマ、食事はどうする?何か食べられそうか?』
『あ、そうだね。お腹空いたかも。』
 『外に出るか?それともデリバリーさせるか?』
『疲れたから、デリバリーでお願いします。』
 『わかった。』

起きるか。

時刻は18時。外はもう真っ暗だった。

荷物はすでに運び込まれ、あの夜にエマが別荘のリビングに残したクラッチバッグはデスクに置かれていた。
婚約指輪もまだちゃんと入っている。

バスルームでシャワーを浴びる。

そう言えば、ピアスどうしたっけ?
ハリー・ウィンストンのダイヤのピアスだった。
失くしてないよね?

つくしは鏡でピアスがあったはずの耳を見た。

ゲッ!なにこれ!?

ピアスによって凍傷を負った耳たぶはまだ赤く腫れており、穴の周辺は特にただれていた。

そっか金属だから特に凍傷がひどかったんだ。

つくしは初めてシミジミと、よく2度も助かったと思った。
しかも指も耳たぶも失われてはいない。


いろんな人にいっぱい迷惑かけて、いっぱい心配かけて、私って何やってんの!?
道明寺に10年前のことも謝らないと。


バスルームから出てカットソーとデニムに着替えたつくしはデスクの上のクラッチバッグを眺めた。
その中から革張りのリングケースを取り出し開くと婚約指輪が顔を出した。
取り出してよく眺めてみた。

はぁぁ、すごいなぁ。
これ何カラットあるの?
5? 6?
その時、リングに刻印された文字を見つけた。
永遠の愛を誓う言葉と共に「 T to E 」と彫ってあった。
“ 司からエマへ ” 婚約指輪にはそう刻印してある。
サーっとつくしの中で何かが引いて行く。

私のものじゃない。
私がプロポーズされたんじゃない。

そう思ったら急激に現実に引き戻された。

私が道明寺をどう思っていようが関係ない。
道明寺が好きなのはエマだ。

そんな思いが湧き上がった。








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2019.01.02




つくしは部屋を出てリビングに入った。
そこでは同じくバスルームから出た司がボトルからミネラルウォーターを飲んでいた。

『あの、』
『エマ!休めたか?』
『あ、うん。ありがとう。』
『料理はもう届いてる。食うか?』
『うん。そうだね。』

エマは相変わらず目を合わせようとしない。
司はエマが病院で目覚めてから、様子が違うことが気になっていた。
試してみようと、司は立ち上がりエマのそばに行き、その手を引いて抱きしめた。



ふと、エマの耳が目に入る。
エマの命を救ったピアスのせいで、赤くただれていた。
司はその耳にそっと手を添えた。

『これ、痛くないか?』
『だ、大丈夫…』
『エマ、お前が無事で本当に良かった。2度も雪山で死にかけたんだぞ。もうこれ以上俺を心配させるのはやめてくれよ。心臓がもたねぇよ。』
『うん、ごめんなさい。もうしないよ。』
『なぁ、』
『ん?』
『キスしていいか?』
『え!?』

司は少し体を離して探るようにエマの目を覗き込んだ。
もしもつくしの記憶が戻っているなら嫌がるはずだと思った。

『ダメか?』

司に至近距離で覗き込まれ、つくしはなぜだか猛烈に恥ずかしくなり、顔を背けて目を泳がせた。

『あ、あの、えっと、、』
『・・・どうした?』

ひえぇぇ
ど、どうしよう。
エマだった頃は平気だったのに、つくしに戻ったら恥ずかしすぎる!
でもきっと道明寺は疑ってるんだよね?
私が戻ったんじゃないかって。
どうしよう、言う?言わない?

・・・・・言ったらどうなる・・?

「お前・・・もしかして、」
『い、いいよ!キスぐらいなら、大丈夫。それは体調とは関係ないし。』
『…本当にいいんだな?』
『いいよ。』

つくしは覚悟を決めた。
キスぐらいならきっと耐えられる。
そう思って目を閉じた。

その言葉を聞いて司はエマの顎に指を添え上を向かせると、エマの好きな唇を食むキスをした。
その瞬間、つくしは膝の力が抜け、ガクッと崩折れそうになり、咄嗟に司の腕にしがみついた。

『っおい!どうした!?』

この程度のキスでこんな反応をするなんて絶対におかしい、と司の勘は警告している。

『大丈夫か?』

改めて支え直し、エマの顔を覗き込んだ。
そこには顔を真っ赤にしているエマがいた。

なんだ?
猛烈に可愛いぞ。

司はもう一度試してみようとエマの頬を包み、今度は舌を差し込むキスをした。

!!

今までエマとしてしてきたことなのに、記憶が戻り心身が完全体となった今は、その刺激がこれまで以上にダイレクトに脳に伝わり、つくしは早くも立っていられない。
エマのフリをするなら、自分も今までのように応えなければいけないのに、司の舌に翻弄されて、まさかそれどころではなかった。

やっと離された時にはすでに息も絶え絶えだった。
これ以上はまずいとつくしは顔を上げて司に訴えた。

『も、もう、やめて・・』

司に支えられ、ほとんど潤んでしまった瞳で上目遣いに懇願した。


ドクンッ!


なぜか司の鼓動が高鳴る。

やべぇ、めっちゃソソる。
なんだこれ。
やめられねぇ。

エマの様子を探るために始めたキスだったのに、ハマってしまったのは司だった。
退院した当日で、休ませてやらなければいけないという理性を本能が追撃し始めた。

司はエマを抱き上げ、ソファに横たえた。
エマの横に座ると、被さってまた深いキスをした。

「んっ!」

つくしは司を押しのけようとしているがビクともしない。
キスをしながら司はカットソーの裾から手を入れ、その肌を撫でた。
その瞬間、

「んんーー!!」

と強い反応を示してエマがその背を反らせた。
エマはソファの背もたれに体を向け、真っ赤になった顔を腕で隠し、ハァハァと荒い息を繰り返している。

『・・・まさか、イったのか?』

信じられない。
今までこんなことは一度もなかった。
キスをして、肌に手が触れただけでイくなんて。

エマの様子を見て、司は大きな興奮を覚えていた。
理性は完全に撃墜された。


つくしも混乱していた。

な、何これ?何これ?
どうなってんの?
触れられただけで、ビリビリと電流が駆け上がった。
いままでと全然違う。
今と比べたら、エマだった時は一枚服を着ていたような感覚。
記憶が戻っただけで、感じ方ってこんなに違うの?


つくしの混乱をよそに、司はまだ息を整えているエマをまた抱き上げると、今度は自分の部屋に入っていった。




*****




司はエマをベッドに横たえた。

『なぁ、お前を抱きたい。いいか? ってかもう待てねぇ。』

司はエマの首筋に吸い付いた。
それがつくしだとも思わずに。

『ちょ、ちょっと待って!ダメ!やめて!』
『なんでだよ?お前だって俺が欲しいだろ?』
『だって、退院したばかりだよ?』
『わかってる。だからゆっくりやる。優しくやるから、頼む!』

今度は司が懇願する番だ。


つくしは迷っていた。
迷うこと自体に困惑していた。
なぜ即座に拒否することができないのか。

彼女の中にはエマがいた。
エマは司を恋しがっている。
つくしは自分の心を探った。

10年前の出会いから、カナダの別れ
NYでの再会
エマを愛した司

司との今日までのすべてを思い起こした。
その心は不思議と凪いでいた。


いま、私が求めるものは…


『…わかった。でもお願いがあるの。』
『なんだよ? 』
『灯りを消して。』
『全部か? 』
『そう、全部。』
『今まで消したことないだろ? 』
『今までは今まで! 今日は消して。じゃないとしない。』
『わかったよ! 』

司は灯りを消し、服を脱いだ。
月が雲に隠れているため、室内は目が慣れるまでは真っ暗闇だ。

『ちょっと、何やってんのよ!』

エマは目を手で覆っている。

『何って脱いだんだよ。暗くて見えねーだろ? 』
『見えなくても一言断ってよ。』
『今更なに言ってんだ? 変なやつ。お前も脱げよ。俺が脱がしてやる。』

司は慣れた手つきでエマの服を脱がせにかかった。

『ちょ、やめて! 自分で脱ぐから! 』

つくしは素早く脱ぐと、さっとシーツに潜った。

『明かりは消したんだ。出てこいよ。』

つくしはおずおずと顔を出し、身体を隠したままベッドに座ると、ゆっくりとシーツを下ろした。
その時、サーっと雲が晴れ、薄いカーテンを透かして月光が差し込んだ。
つくしの白い裸体が月光に照らされ、まるで発光しているように浮かび上がった。
そのあまりの美しさに、司は息を呑んだ。
何度も見てきたのに、今夜は何もかもが違っていた。
クリスマスのあの日のエマも美しかったが、今夜はあの時以上だった。

司は、恥ずかしさに頬を染めながら背けているつくしの顔に手を伸ばすと、自分に向けさせた。

『綺麗だ。今までで一番綺麗だ。』
『・・・・・ねぇ、もう一つお願いがあるの。』

つくしの瞳にも月光が映って、その漆黒の瞳は綺羅星のごとく輝いた。

『言ってみろ。』
『・・・初めてだと思って。』
『!?』
『今夜の私は初めてだと思って……抱いて…』

その瞳に吸い寄せられる。

『…わかった。』


つくしは気づいた。

エマだけじゃない。
自分も司を愛してしまっていることに。

エマだけじゃない。
自分も司を求めていることに。

いま私が求めるものは、この人の愛
愛されたい
エマじゃなく、つくしとして


月光に照らされた2人の身体は重なり合った。









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2019.01.03
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2019.01.04




つくしは少し眠り、髪を梳かれている感覚で目を開けた

『目が覚めたか?』
『ん、』
『今夜はどうしたんだ? 別人みたいだったぞ。』

ギクッ

『そう? やっぱりまだ完全じゃなかったからかな。』

言いながらつくしはシーツに隠れた。

つくしは気恥ずかしかった。
牧野つくしとしては初体験だったし、その相手がまさかの司だったから。
そしてその司への愛が、エマだけでなく自分の中にもあることを認めなければならなかった。

『なんで隠れるんだよ。』
『え、なんでかな。』

すると司もシーツに潜ってきた。
シーツの中で目が合う。
つくしは真っ赤だ。

『ちょ、ちょっと、見ないでよ!』
『マジでどうしたんだ? めちゃくちゃ可愛いぞ。』

司はたまらなくなってエマを抱き寄せた。

『なぁ、もう一回は無理か? 』
『あ、あんたは鬼か!今日、退院したんだって。死にかけてまだ2日だよ? お腹も空いたし。』
『そうか、そうだよな。無理だよな。』
『ちょっと、当たってる、なんか当たってるって。』
『このままちょっと入れていいか? 』
『バカ! ダメ、あ、んんん、はぁ、ああん、ダメェ… 』





結局、2回目も終わってシャワーを浴び、つくしがダイニングルームにたどり着けた時には23時を回っていた。
数時間前に運ばれてきたマンション専用ルームサービスのデリバリーを食べている。

『悪かったって。』
『絶対、本気じゃないでしょ。』
『本気だって。ちょっと理性が飛んじまった。』
『もともとそんなの持ち合わせてないじゃん。』
『んだよ。お前も悪いんだぞ。俺を誘うから。』
『あたしがいつ誘ったのよ! 』
『俺が触っただけでイッたくせに。』
『うるっさいわね! 早く食べなさいよ。』

エマとの会話が変化した。
エマはいつもどこか冷静で、斜に構えたようなところがあった。
でも今夜のエマは感情豊かで素直なのに意地っ張りで、そこがまた可愛い。

『今夜は自分の部屋で寝るから。』
『は? なんでだよ? 』
『わかるでしょ? あたしは疲れてんの。まだ病み上がりなの。ひとりでゆっくり眠りたいのよ。』
『俺がいたってぐっすり寝てんだろ。』

つくしはフォークを置いて司を正面に見た。

『疲れてるの。わかってよ。心配かけて悪かったと思ってる。今回も、10年前も。ごめんなさい。もう2度とこんなことは絶対にしないから。』
『・・・わかった。ゆっくり休め。』

司は立ち上がってエマの頭をクシャッと撫でると、ダイニングを出て行った。


「はぁぁぁ〜〜」

つくしは両手を組んで額に当て、テーブルに肘をついて精神的疲労のため息をついた。

これからどうしたらいいんだろう。
道明寺を好きだって自覚した。
したけど、道明寺が求めてるのはエマで、私じゃない。

とりあえず、この生活を続けてみよう。
言い出せるタイミングがあるかもしれない。
・・・エマを消したこと、許してもらえないかもしれないけど。



互いに求めるものは一つなのに、その思惑が重なり合うことはない。
つくしにとって苦しい時間の始まりだった。








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2019.01.05




朝が来て、カーテン越しの日差しで目覚めた。
時刻は7時過ぎだ。
洗面で身支度をして、そのままリビングへ向かった。

『よう、起きたか?』

スーツを着た司はリビングのソファに座り、PCでメールチェックをしている。

『・・・おはよう。』

つくしはダイニングに向かいながら話しかけた。

『今日から仕事?』
『ああ、休暇は終わりだ。だが、お前の誕生日にはまたオフをとるから。』
『無理しないで。』
『俺が取りたいんだ。』

つくしの誕生日は今日だ。
でもエマの誕生日はあさって、30日だった。
ダイニングでコーヒーを入れたつくしは、司の向かい側のソファに座った。

『でもさ、私の本当の誕生日はいつなの?』
『本当の?』

司はPCから目を上げて答える。

『そう。牧野つくしの誕生日はいつなの?』

つくしはわざと問いかけた。

『そういえば、知らねぇな。』

ガクッ

ま、そんなもんだよね。
私も道明寺の誕生日なんて知らないし。

『ふーん。じゃ、まいっか。あさって、楽しみにしてる。』
『ああ。』



『行ってらっしゃい。』
『行ってくる。』

司はエマにキスをして出社した。




*****




司は出勤してもさっきのエマの言葉が気になっていた。

牧野の誕生日って知らねぇな。
いつなんだ?
誰なら知ってる?

司は時差の少ないパリにいる類をコールした。


RRRR RRRR RRRR ……

〈はい〉
「よお」
〈司、あれから元気?エマはどうしてる?〉
「元気だ。」

余計な詮索はされたくない。

〈ふーん…で、今日は何?〉
「お前さ、牧野の誕生日って知ってるか?」
〈牧野の?またなんで?〉
「エマが自分の本当の誕生日はいつだって。」
〈エマが?そっか。確か牧野の誕生日は12月28日だ。ああ、そう言えば今日だな。〉
「今日!?」
〈葬式の時に牧野の親父さんが、「17歳になったばかりだったのに」って泣いてた。てっきり俺たちに誕生日を祝ってもらってるんだと思ってたって・・・〉

類の胸の内に当時の苦々しい思いが蘇る。

俺たちの誰一人、牧野の誕生日さえ知らなかった。

「・・・・」
〈司は葬式には出なかったから知らないんだな。〉
「ああ…」

牧野の葬式なんて出たくなかった。
あの時はまだあいつが死んだなんて信じてなかった。
きっとどっかで生きてるって、俺に怒って出てこないんだって思ってた。いや、そう信じようとしてた。
そして実際、生きてたじゃないか。

〈エマの誕生日はいつになってんの?〉
「ジェフリー・ホワイトに助けられた日、つまり遭難した日だ。」
〈30日か。〉
「ああ」
〈そんな忌々しい日じゃなく、今日、祝ってやれよ。〉
「そうだな。」



牧野つくしの誕生日は12月28日。
つまり今日だった。
今まで好きな女の誕生日も知らずに生きてきた自分の愚かさが恨めしかった。

「おい、真島!俺は今日も17時にはオフだ!」
「ええーー!!副社長、それで明後日もオフなんですよね?仕事してくださいよ〜。」

真島の泣き言など完全に無視して、司は今日も大事をとって休んでいるエマをコールした。


《はい?》
『エマ、俺だ』
《うん。どうしたの?》
『お前の本当の誕生日がわかった。今日だ!』
《・・・え!? あ、そうなんだ!へ、へー。》
『こんな大事なことを今まで知らなくて悪かった。今日は17時にはオフだから、どっかでディナーでもするか?それともまだ体調は完全じゃないか?』

昨夜、無理をさせた張本人である自覚はある。

《大丈夫だよ。外で。》
『じゃ、何が食べたい?』

つくしは今、猛烈に食べたいものがあった。
それは「お味噌汁」だった。
贅沢を言えば、納豆定食が食べたかった。
でもさすがに司には言えない。

《えーと、そうだなぁ、日本料理かな。》
『じゃ、初日に行ったミッドタウンの店でどうだ?』

あー、あそこねぇ。あんな高級料亭じゃなくていいんだけどなぁ。

《わかった。じゃ、そこで。》
『17時に仕事を終わらせて一度、戻るからいっしょに出よう。』
《はい。待ってます。》




*****




17時にオフになった(勝手にオフにした)司は、すぐに道明寺本社ビルを出ると、注文してあった花束を受け取り、17時20分にはもうペントハウスのエントランスにいた。

『エマ!』
『あ、おかえりー』

エマは準備をした状態でリビングで待っていた。
濃紺で衿回りがアシンメトリーになった膝丈のストレートシルエットワンピースを着て、ブラックタイツにブラックのパンプスを履いている。
ストレートの黒髪はひとつに束ね、髪を髪で結ぶノットヘアーだ。
司を見るとソファから立ち上がった。
そこへ司が近寄る。

『エマ、27歳の誕生日おめでとう。』

司はピンクのバラの花束を差し出した。

『わあ!ありがとう!』

エマはニコニコとして受け取った。

誕生日は当日に価値がある。
つくしもやっぱり嬉しかった。

『よくわかったね。調べたの?』
『ああ、類に聞いたんだ。そしたら今日だった。危なかったぜ。』

花沢類に?
よく知ってたな。

『1年で3歳も歳とっちゃった。そう言えば同じ歳になったね。』
『俺の誕生日は1月31日だから1ヶ月ほど同じ歳か。』

へー、道明寺って早生まれなんだ。
そりゃそっか。

『じゃ、明後日はオフを取らなくていいからね。』
『それはもう決定事項だからいいんだよ。お前もオフだろ?』
『そうだけど・・・でも誕生日じゃないことがわかったんだから、私も仕事をしようかな。』
『何?いや、ダメだ。今年までは対外的に30日ってことにしておけばいい。来年から訂正すりゃいいだろ。』

エマは困った顔をして上目遣いに司を見やった。

『わかった、じゃ、今年まで』
『いい子だ』

司はエマから花束を取り上げて、ソファの前のローテーブルに置くと、エマの肩を掴んでその首元に軽くチュッとキスを落とした。

『んっ、やめてよ。』

エマが肩をすくめて司を押しのけた。

『こんなもんで感じるのか?』

それは司の素直な感想だったのだが、エマは真っ赤になって怒り出した。

『からかわないで!さあ、もう行きましょう。』


司はこれまでにない高揚を感じていた。


なんだ、この感覚。
くるくると変わる表情の豊かさは牧野特有のものだった
エマは牧野なんだから、おかしいことじゃない。
なのになぜ今になってこんな。

彼女をもっと好きになってる。
可愛くて、愛しくて、大好きで。
今夜も早く彼女を味わいたい。



ペントハウスを出たリムジンはミッドタウンへ向かった








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2019.01.06




再会した日に連れて行ってもらった日本料理店に来ていた。
あの日のように個室に案内され、向かい合って座った。

『もう箸は慣れたか?』
『あ、ああ、ええ。』

そっか、エマは箸が使えなかったんだっけ。
どうしよう。下手な演技とかしたほうがいいかな。

まず運ばれてきたのは前菜だ。

うう、どれも高級な感じ。
庶民の日本食が食べたいなぁ。

『へー、ほんとに上手くなったな。』
『え、あ、そうなの。日本に行ったでしょ? いろいろ食べたから慣れちゃった。』

その後は、吸い物、造り、煮物、強肴と続いた。
締めはご飯と赤だしのお味噌汁、香の物だ。

『お味噌汁! 美味しーい!』

エマは今日一番の笑顔を見せた。

『他にも美味いものがあっただろ? 味噌汁がそんなに美味いか?』
『うん、これ飲みたかったのよねー。』
『どこで飲んだ? 日本か?』

はっ、しまった。
つくしの目が泳ぐ。

『あ、えーと、どこだっけ? あ、うんそう日本で。リコとランチした時だったかな。美味しかったからまた飲みたかったんだよね。でも最初にここで食事した時にも出たじゃない。こっちでもミソスープってヘルシーで有名だよ。』

つくしはだんだんと罪悪感を抱くようになってきた。

ひとつの嘘を隠すのに、嘘の上塗りをしなければならない。
そもそも、自分はどうして嘘をついているんだっけ?
どうして牧野だよって言えないんだっけ?
ああ、そうだ。
道明寺が愛してるのはエマだからだ。
私がもうエマじゃないとわかった時のガッカリした顔を見たくないからだ。

つくしは、まだ自分の正体を伝える気にはなれなかった




*****




日本料理店でのディナーを終え、2人は少し歩いている。
繋いだ手は司のコートのポケットの中だ。

『そのマフラー、使ってくれてるんだね。』
『ああ、暖かいぞ。』
『ふふ、ありがとう。』

白いマフラーがチャコールグレーのチェストコートの襟元に沿って巻かれている。
カシミア素材の細番手の糸で編まれているため、一見すると手編みとはわからない。
白は「真実」の意味を込めてエマが選んだ色だった。


10年前は道明寺をカッコイイとか思ったことなかったけど、こうしてみるとこいつって本当にキレイな顔してるのよね。
大人になって、ガキっぽさが消えて、いかにも仕事ができるビジネスマンって風格が出てきたから余計にそう思うのかな?


自分をじっと見上げるエマに気づいて、司はからかうように言った。

『どうした?見とれてんのか?』
『だ、誰が!自惚れないでよ!』

エマは顔を赤くさせながらムキになって司に突っかかった。


この反応、まるで牧野だな。



何を考えてる。
まるでって、エマは牧野だ。
不思議なことじゃない…


『なあ、』
『ん?』
『あの夜お前が言ってたこと、本当に真実を知らなくていいのか?』
『・・・・』
『真実が知りたくて、あのカナダの別荘に来たって言ったよな?』
『もういいよ。やめよう。昔のことだよ。何があったか知らないけど、大切なのは今でしょ? 今、私たちが向き合ってるってことが大切でしょ? それでいいよ。』

2人の思惑が交差する。


牧野はお人好しだったが、エマもそうか。

…俺はさっきから何を考えてる?
エマと牧野は同一人物だ。
なのに、俺の中でエマと牧野が乖離し始めている?
まさか、そんな…
だとしたら俺は牧野とは違う女を愛しているとでも言うのか?


道明寺は、赤札が原因で私が10年を失ったと思って、だからエマに隠したかったんだよね?
知られたら嫌われると思って?
確かに、最初に聞かされてたらどうなってただろう。
でも一度好きになっちゃったら、もう覆せないものだよ
それはあんたが一番よくわかってるでしょ?


2人はいつの間にかロックフェラーセンターまでやってきた。
冬はアイススケート場になっている。

『ねぇ、スケートしようよ!』
『今か?』
『そうそう、今しかない! 今を大切に生きなきゃ。2度も死にかけた人間が言うんだから間違いない!』

つくしは司の手を引いて走った。
怒りとか憎しみとか、そんな感情に費やす暇は人生にはない。


つくしの気持ちは今初めて、司へと真っ直ぐに伸びていた。








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2019.01.07




朝、目覚めたつくしはすでにグッタリしていた。

ここのところ毎晩、求められる。
それも1回じゃない。
30日のオフの前夜なんて酷かった。
だから折角のオフなのに、午前中いっぱいは寝ていた。
今日もオフ。
元旦だから。
だから昨夜はまた『いいだろ?』とか言いながら求めてきた。
疲れるんだよ。
声も枯れるし、股関節は痛いし。
こいつだって疲れるはず。
前はここまでじゃなかったのに、なにがどうしたの?

私の本当のオフはどこに行った〜

言ってる間に隣の男の手が伸びてくる。

『ちょっと、もういい加減にして!』
『なんでだよ? 今日はオフだろ? 』
『あなたはオフかもしれないけど、あたしはあなたといっしょにいる限りオフにならないから。あたしは疲れ切ってんのよ。ねぇ、カナダから戻ってから毎晩じゃない。なんかあったの?』
『なんかあったのはお前だろ? 前より感度が良くなって、いくらでもできるんだよ。まだ足りねぇ。』
『信じられない。あたしを殺す気? 』

つくしは起き上がってローブを着た。

『今日はNew Year's Dayよ? 日本人はどうやって過ごすの?』

司はベットの上で肘をついてつくしを見ている。

『あー、恋人とベッドで過ごすんだよ。』

嘘をつけ、嘘を!
んなわけあるか!!

『へー、あなたはこれまで毎年、"違う"恋人と過ごしてたの。へぇー。』

わざとらしく白い目を向けてやる。

『んなわけねーだろ!』

あんたがいま自分で言ったんでしょ!

『道明寺本社は営業してんでしょ? あなたも仕事に行けば?』
『うちは多人種多宗教の人材がいるから、宗教的休暇制度を取り入れてる。日本人にとってNew Year's Dayは元旦と言って宗教的に重要な日だから日本国籍を有すれば休暇にしていいんだ。他にもラマダンとか、ハヌカとかクリスマスもそうだな。文化的、宗教的に重要な日があれば国籍や信仰に応じて年に5日まで休める。もちろんこれはバケーションや有給休暇とは別にして、だ。俺は日本国籍を有してるから今日は休んでいい日だ。』

つくしの眉が吊り上がる。

『ほら! 恋人とベッドで過ごす日じゃないじゃない。あたしが知らないからって適当なことを言わないで! 』

こいつ本当に懲りない男!

『…ごめん。』
『もういい。あたしは出かけるから、あなたはベッドにいれば。』

つくしは自分の部屋に戻って鍵をかけた。




ドンドン!


『エマ!悪かった!開けてくれ!エマ!』

…嘘をつきなのは私も同じ。
エマじゃないのに、エマのフリをしてる。
自分を守るために。

『マスターキーはあなたが持ってる。開けられるでしょ?』
『エマに自分で開けて欲しいんだ。』


カチャリ


つくしは鍵を開けた。

司がドアを開ける。
つくしに近づき抱きしめる。

『エマ、悪かった。もう嘘はつかない。許してくれ。』
『うん、わかった。』

今はまだ、この温もりを離したくない。


つくしも司を抱きしめた。




*****




つくしがやってきたのは日本の食材が揃っている日系のスーパー。
調味料から野菜まで、日本でお馴染みのものが品揃えされている。

うわー、懐かしいものがいっぱいある!
あっ!たけのこの里。
あたしはたけのこ派なんだよね。
進はきのこ派だったなぁ。
ポン酢!ハンバーグにかけて食べたくなるんだよね。
蕎麦売ってる!
今度、「10年食べてないものリスト」作って片っ端から制覇してやろう。


『なぁ、こんなとこに来て何するんだよ?』

隣にはなぜかついてきた道明寺。

『何ってNew Year's Dayの料理を作るのよ。』
『料理?したことないだろ?』

そうだった。エマは料理しなかったんだよね。

『あの部屋ではしたことないけど、別にできないってわけじゃないわよ。日本人はNew Year's Dayに何を食べるの? 』

「お雑煮」って言って!
それが食べたいの。

『なんだろうな。うちは普段と変わりなかったぞ。』

ガクッ

道明寺家はどうなってんの?

『え、パパやママと過ごしたんでしょ? 何を食べてた? 』

正解ワードは「お雑煮 」よ!

『両親はNYで仕事。年越しは姉ちゃんとあいつらと別荘だった。日本で過ごしたことはねぇーな。』

も、もしかしてお雑煮食べたことないとか?
こいつに日本文化を教わろうとしたあたしがバカだった。
もういい。
店内のどこかにないかな? 「 お雑煮 」ってワード。

キョロキョロ

あった!

『ね、ね、” Ozoni “って書いてある!“ 新年に食べる日本の伝統的なスープです ”だって。知ってる?』
『“ おぞうに ”? 知らねぇな。』

マジかい!?
道明寺家は子供の教育を考え直すべきよ。
日本の文化をもっと大切にさせなきゃ。

『ふーん。に、、ソウジロウなら知ってるでしょうね。だって日本文化を継承する美しき次の家元ですもんね。』

嫌味の一つも言いたくなる。

『てめぇ、そうやって自分で煽ってるのわかってんのか? 今夜、覚えてろよ。』

ヒッ! や、やだ。

『ごめん、ごめん!なんでもないから。さ、買い物しよ!』

もうなんでもいいや。
お雑煮の材料を買おう。
昆布に鰹節、高ーーい!!こんなにするの?
お醤油、人参、鶏肉、ほうれん草、ネギはこれでいいや。
あとは一番大事なお餅。
うちは角もちだったけど、丸餅しかないか。
ま、同じだよ。

『おい、日本食が作れんのか?』
『あー、ネットのレシピ見ながら作るから、大丈夫でしょ。』
『…ふーん。』

道明寺、不安そう。
そりゃそうか。
昨日まで料理の「り」の字も感じさせなかった女がいきなりお雑煮を作ろうとしてんだもんね。
でも大丈夫!
ママといっしょに作ったことあるから。

他にもあれや、これやを買って。
よし、これで今日は元旦らしくなるぞ。








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2019.01.08




ランチは外でとり、つくしはペントハウスに戻るなりクローゼットの奥からエプロンを探し出しキッチンに立った。

『本当にできるのか? メイドを呼ぶか?』
『大丈夫だから! あなたは座ってて。ってか、どっか行ってて!』

つくしは司をキッチンから追い出した。



まずは、ローストビーフを作ろう!
塊の赤身肉をフライパンでローストしてからオーブンでじっくりと低温で熱を通していく。
焼けてるけど焼けてない見極めが難しいのよね。
ソースは醤油とワサビを使って和風に。

次に、エビをすり身にして伊達巻を作ろう。
道明寺は甘いのがダメだから、塩味で。

ケベックのクランベリーでマフィンも作ろうかな。
冷凍のが売ってたんだよね。
毎年、ジェフとクリスマスにパイを作ってたけど、今年はできなかったから。

お雑煮は鶏肉の茹で汁と鰹節と昆布で出汁をとるからそんなに時間はかからないし。
人参はお花の形にしよう。
ほうれん草も茹でておこう。

きっと道明寺家のお雑煮があるよね。
すっごい豪華そうだな…
でも本人も食べたことないんだから、今年は牧野家流でいっか。

問題はお餅。
焼きたいけど、ここのキッチンはIHなのよね。
焼き目がつかない。
そうか!オーブンで焼けばいいんだ。
焼く前にちょっとレンジでチンすれば、中までしっかり火が通るし。

あとは、道明寺の好きなものってなんだろう?
あいつって食べることに興味がないからなぁ。



コンコン


つくしは司の書斎をノックした。
ドアを開けて覗き込む。

『どうした?』
『あのさ、その、好きな食べ物って何かな? って。』
『俺の?』
『そう。』
『特にねぇな。』
『え!? 好きな食べ物だよ? あるでしょ? 』
『別に、これといってない。』
『ええー、じゃあさ、嫌いなものは甘いものだよね? 他には? 』
『貧乏くせぇもの』
『・・・それって庶民の食べ物ってこと? 』
『まあ、そうなるな。』

つくしはなんだか腹が立ってきた。
庶民の食べ物をどれだけ食べたことがあるというのだろう。
食べもしないで嫌いとか、あーあ、道明寺は人生損してるな! とつくしは心の中で吐き出した。

『…お前、腕組みして俺を睨みつけてるぞ。』

はっ、いけない。
つくしは我に返って取り繕った。

『あはは、何でもない何でもない。じゃあ、私の食べたいものを作ろうっと。』
『晩飯は何時になるんだ?』
『えっと、今4時だから、、6時には用意できるよ。』
『ふーん…エプロン姿も新鮮でいいな。』

つくしは長い黒髪をまとめて緩い編み込みにしている。
エプロンはウエストを紐で縛ってあり、つくしの細いウエストが強調されている。


司は立ち上がり、つくしに近づいた。

『な、何よ。』

つくしは後ずさった。

『腹減ったから食わせろ。』
『じゃ、なんか簡単なものを作ってこようか?』
『お前でいい。』

司はつくしのウエストを引き寄せ、顎を持って上を向かせると、その唇に食いついた。

「んっん!」

司の舌がつくしの舌に絡んで本当に食べられてしまいそうだ。
まだ料理が残っているのに、こんなところで潤んでいる場合じゃない
なのに、もう力が抜けてくる。

「ッン、ハァハァ…」

唇を離されたつくしは司にしがみついて立っている。
その姿が可愛くて、ついつい遊んでしまう。

『もう限界か?』
『や、やめてよ。まだすることあるのに。』
『お前が可愛いからつい、な。』

つくしが顔を上げて、自然と上目遣いになり司を睨みつけた。

この顔だ。俺に火をつける。

司はもう一度キスをしようと顔を近づけた。

『これ以上したら、今夜は自分の部屋で寝るからね!』

ピクッ

そう言われてはやめないわけにはいかない。が、

『わかった…つまり今夜もいいってことだな?』

司はニヤリと勝ち誇った。

しまった…時すでに遅し。
明日から本格的に仕事だからゆっくり休みたかったのに

『もう!知らない!』

つくしは書斎を出て急いでキッチンに逃げ込んだ。




*****




つくしは冷蔵庫にあったロメインレタスを中心にしてシーザーサラダを作り、帆立とサーモンのパイ包み焼きも作った。
本当は黒豆や数の子、煮しめなどが食べたかったが、時間も材料もない。
司が食べるかもわからなかった。


テーブルをセッティングし、料理を並べて司を呼んだ。

『へー、頑張ったな。』
『でしょ!』

テーブルには2人では食べきれないほどの料理が並んだ
お雑煮は食べる時にすぐ作れるように準備した。

そして日本で買ってきた夫婦箸を出した。

『本当に料理できたんだな。』
『そうよー、いままでは機会がなかっただけよ。さ、座って食べよ。』
『この箸、日本で買ってきたやつか?』
『あ、そうそう。いつか使いたかったの。新年にはちょどいいね。』
『フッ、使えてよかったな。いつのことになるのかと思ってた。ちょっと待ってろ。』

司はキッチン奥のパントリーから日本酒を出してきた。
専用のセラーで温度管理され、いつでも最高の状態で飲めるようになっている。

『正月はこれだろ?』
『あ、SAKE?』
『ああ、もらいもんだけど、大吟醸だ』

それは日本にいても入手が難しい名酒だった。

『どうやって飲むの? 冷たいまま? 温める? 』
『熱燗なんて知ってんのか? 』

しまった!
パパが熱燗好きだったから。

『あ、う、うん。前にご馳走になったでしょ? ちょっと興味湧いて調べたんだ。』

また嘘を重ねなきゃいけない。

『俺は冷やが好きなんだ。このままでいい。』

つくしは江戸切子の酒器揃えを出した。
日本酒を注ぐ。
さすがの大吟醸はお酒とは思えぬフルーティな香りが漂う。

『じゃ、おひとつどうぞ。』

司にお酌する。
まるで夫婦のようだ。

『ああ、お前も。』
『はい。』
『じゃ、今年もよろしく。』
『うん、よろしくお願いします。』

それはまるで水を飲んでいるような口当たりだった。
スッキリとした後味で、いくらでも飲めそうだ。

『おっいしーい!!』
『飲みすぎんなよ。』

はっとした。
もし酔っ払って無意識に日本語でも話してしまったら、つくしが戻ったことがバレてしまう。

『うん、大丈夫。この後、まだまだすることあるから、控えとく。』
『そうだな。すること、あるもんな。』

司がふとした瞬間に見せる艶やかな視線は、つくしのみぞおち辺りをギュッと収縮させたが、それを気取られまいとすぐに言葉を繋いだ。

『あ! いま何を考えた? そうじゃなくて、お雑煮出したり、片付けたりそういうことよ! まったく油断も隙もないんだから。』
『俺は何にも言ってないぞ。何考えたんだ? ヤラシーな。』
『ちょ、ちょっと! あなたでしょ! 』

それはまるで10年前に戻ったような2人だった。
悲劇が訪れる前の、まだ屈託のなかった2人。

『まあまあ、いけるな。』
『やったー!じゃ、こっちも食べてみて。』
『ん…ああ、いいんじゃないか。』
『じゃ、そろそろお雑煮の準備してくるね。』

エマはパタパタとキッチンに入った。

司はふと、目の前の夫婦箸を見つめた。

あいつ、マジで料理できたんだな。
いままでするともしたいとも言ったことなかったのに。
あの夜、本来なら婚約してたはずだ。
返事が棚上げされたままだが、そろそろ聞かせてもらうか。

カナダから戻って以来、愛しさの増したエマを司はこのまま永遠に離したくなかった。


エマが2つの椀をトレーに乗せて戻ってきた。
司には朱塗りの椀、エマは黒塗りの椀だ。

『俺が赤か?』
『うん、漆はね、朱の方が貴重なんだって。昔は高貴な人しか使えなかったって。だからあなたが赤で私は黒。これでいいの。さ、あったかいうちに食べて。』
『ああ。』

小さなことが嬉しい。
まるで本物の夫婦のようで、司にはこの小さな幸せがくすぐったかった。

『へー、ちゃんと出汁が取れてる。美味い。』
『うん、ほんと。美味しーー』

つくしは11年ぶりに食べる雑煮に感動していた。
あの時もカナダから帰ればお正月で、この雑煮を食べられるはずだった。
ああ、やっぱり自分は日本人だ。
懐かしい、日本に帰りたい。
つくしは祖国にいる家族を想った。

『どれも美味かった。ごちそうさん。』
『よかった。作った甲斐があったよ。ちなみにクランベリーマフィンは?』
『それはいい。お前、食え。』
『あ、だよねー。でも今夜は私もお腹いっぱい。明日にしよっと。』

つくしは立ち上がり、マフィンをキッチンに運び、保存容器に収めて冷蔵庫へ入れた。
次はダイニングを片付けようと振り向いた。








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2019.01.09




つくしはいつの間にか、司に抱きしめられていた。

『あの、どうしたの?』
『エマ、』
『え?』
『あの夜、プロポーズの返事を聞かせてくれるはずだった。覚えてるか?』

そうだった。
道明寺から真実を聞いてから返事をしようと決心してたんだ。
話してくれたら“ Yes ”、話してくれなかったり、また嘘をついたら“ No ” と返事するつもりだった。
でもその前にあたしは吹雪に飛び出した。
なぜだかそうすれば記憶が戻るような気がしたから。

そして本当に記憶は戻った。
すべてを知ってる。
今の私はもうエマでさえない。
どうしよう。


司はエマの瞳を真っ直ぐに見た。

『新年初日だ、ちょどいい。今夜、聞かせてほしい。エマ、俺と結婚してくれ。』

愛する男からのプロポーズ。
本当なら人生最高の幸福に包まれるはずだった。
でも彼が呼んだ名は自分の名ではない。
かつては自分の名前だった。
でもいまや別人だ。

その時、つくしの脳裏に「 T to E 」と刻印された婚約指輪が浮かんだ

このプロポーズはエマにされているもので、私にされているものじゃない。
いつかエマのフリも終わる時が来る。
そしてそれは、そう遠い未来ではない。
だって、もうすでにこんなに苦しい。
つくしとして目覚めて以来、エマの感覚がどんどん遠のいている。
あと少しで完全につくしに戻ってしまう。
そうなれば、別の女の名で呼ばれることに耐えられなくなる。
その時、きっと私は別れを選ぶ。
だから、結婚はできない。


つくしが選んだ返事は“ No ”だった。

『結婚はできない。』
『!!・・・どうして?』

司は予想外の返事に息を呑んだが、努めて冷静でいようとしている。
しかしエマを抱きしめる腕に力が入った。

『それは・・・』

理由、理由がいる。なんて言おう。

『エマ、俺を見ろ。』
『・・・・』
『エマ!』

つくしはゆっくりと司を見上げた。
その瞳にはもう涙が溜まっている。

『俺が好きだろ?』
『・・・好きだよ。』

大好きだよ。
いつのまにか、こんなにも。

『だったら、迷う必要はないだろ。“ Yes ”と言ってくれ。』
『できない・・・』
『エマ!!』

再びうつむいたエマの顔を司が両手で包み、上を向かせる。
大きな瞳から涙がポロポロとこぼれ落ちた。

『なぜ泣く? 俺を愛してないなら泣く必要ないだろ? 愛してるから涙が出るんだろ?』
『・・・私が記憶を戻したら? つくしになっても愛せる?』

エマに言われて司の脳裏に浮かんだのは、記憶を戻したつくしの瞳に溢れる自分への憎悪だった。
彼女を失うくらいなら、永遠に忘却の彼方に留まって欲しかった。

『もちろん、牧野に戻っても愛せるさ。でも記憶は戻らないと医者は言った。そんな心配はいらねぇよ。エマはいつまでもエマだ。俺はお前だけを愛してる。』


——かつて、まだエマだった頃、彼が与えるすべては身代わりだと、牧野つくしの身代わりに授けられているのだと思ったことがあった。
でもこの瞬間、つくしははっきりと悟った。
今この時、自分こそがエマの身代わりだと。
彼の中にもう牧野つくしはいない。

天啓のように与えられた感情に、つくしは目を伏せた。

『わかった。もう少し考える。来週には必ず返事をするから。あと少しだけ待って。ごめんなさい。』
『エマ…わかった。あと1週間だ。それ以上は待てない。返事を待たずに勝手に婚約を発表するぞ。』
『クスッ・・・そうだね。』

つくしは今度はしっかりと司を抱きしめ、その胸に体を預けた。

『片付けるから、休んでて。』
『明日の朝、メイドにさせればいいだろ。』
『料理は片付けるところまで含まれてんの。このまま放っておくなんて恥ずかしいよ。』
『じゃ、書斎にいる。片付けが終わったらいっしょにバスだぞ。これは” No ”とは言わせないからな。』
『もう…はいはい。』

書斎へと入る司を見届けて、つくしはダイニングを片付け、洗い物をし、食器を拭いて棚にしまった。
時刻は21時をまわったところ。
つくしは自分の部屋に戻り、携帯を手に取るとリリーをコールした。




*****




コンコン

『入れ』

カチャ

ドアが開いてエマが入ってきた。

『終わったよ。』
『随分かかったな。もうすぐ22時だ。』

PCを閉じ、デスクを離れながらエマに問いかけた。

『お鍋も丁寧に洗って拭いてたから。次にいつお料理できるかわからないし。』
『だからメイドにさせりゃいいのに。』
『いいから!で、バスだっけ?』
『ああ、カナダから戻ってからはお前が嫌がるからお預けだったろ? 今夜は付き合ってもらうぞ。』
『明日から私も仕事なの。加減してよね。』
『努力はする。』

エマの頬を指で撫でながら、優しい眼差しを向けた。

『ねぇ、』
『ん?』
『今夜は香りを変えてくれない?』
『香り?』
『最初に出会った頃のあなたの香りが好きなの。今夜はバスから上がったらあの香りを纏って欲しいの。』

エマが言っているのは司が封印したオリジナルのパルファンだ。
つくしの記憶を呼び覚ますきっかけになり得る一番危険なものだった

不安そうな司の様子を見て取って、エマはクスリと笑いを漏らすと、

『ね? お願い。それとも、あの香りに何か問題があるの?』
『いや…わかった。』




*****




『ッハァ、ハァ、さっき、言ったこと、覚えてる?ハァ、ハァ、』
『ッハァ、ハァ、さっき?』
『明日から仕事だから、加減してって。』
『ああ。』
『まだバスルームなのに、もうヘトヘトよ。』

司はまだ迷っていた。
このところのエマの変化は記憶が戻ることへの布石なのではないか。
だからあの香りを纏うことにも躊躇していた。
今夜はバスルームだけで終わりにできれば。

『約束でしょ?あの香りを纏ってくれるって。それとも怖気付いた?』

つくしは向かい合ってバスに浸かる司の頬を包んだ。

『あなたは道明寺司でしょ? 怖いものなんてないはずよ。堂々としててよ。怖がるあなたなんて見たくないよ? 』

言い終えると、司を挑発するようなキスをした。

『…誰が怖気付くだと?』

ザバッ

バスから上がり、バスローブを羽織る。
つくしにも投げてよこした。

『ベッドで待ってろ。』



髪から水滴を滴らせたまま、司はクローゼットに入ると腕時計の並んだ引き出しからオリジナルのパルファンを取り出した。
15歳の誕生日に姉に贈られて以来、エマに出会うまで自分の香りとして身につけていたものだ。
この世で一つしかないその香りは、牧野つくしと出会った時にも身につけていた。

彼女はこの香りを覚えているだろうか。

なぜかそんなことを思った。


司はオリジナルパルファンを身につけ、ベッドルームへ向かった。




*****




つくしはバスローブを着てベッドの端に腰掛けていた。
そこへ司が入ってきた。
途端に、部屋中にあの香りが満ちた。

道明寺!

つくしは過去に引き戻された。

学園でリンチを受け、道明寺が走って助けに来てくれたあの日。
初めて道明寺の香りを知った。
邸で手当てを受けて、告白をされた。
そしてキスをした。

あれから10年以上。
なんて遠くまで来たのだろう。

怒って、憎んで、嫌って。
なのに愛してしまった。
もっと普通に出会っていたら、私たちはどうなっていただろう。
それでも私を好きになってくれた?
私はあんたを好きになった?
そもそも出会わなかったかもしれないね。

あれしかなかったんだよ、私たちの出会いは。
だからこうなるのも運命なんだよ、道明寺。


司はエマのとなりに腰掛けた。

『纏ってくれたんだね。ありがとう。うん、この香りの方があなたに似合ってるよ。この世にひとつしかないあなただけのとっても高貴な香り。戻せばいいよ。』
『俺だけの香りだと知ってたか?』
『…知ってたよ。だってあなたクラスの人間が他人と同じものを使うはずないでしょ。これでも「VOGA」のカメラマンよ。』
『そうか。』

つくしは司の胸にもたれかかった。

『この香り、大好き。』

司はつくしの髪を耳にかけ、顔を自分に向けさせた。

『エマ、愛してる。』
『クスッ、うん、私も』



互いが互いに溺れていった。
10年前と同じ司に抱かれ、つくしは自分を解放し、愛される悦びに全身を委ねた。
司もまた10年前のつくしを思い出し、10年愛した恋人を隅々まで、そして何度も味わった。




道明寺の香りに包まれて、私は幸せだった。
17歳だった道明寺が、今は27歳の大人になって今度は優しく私を愛してくれた。
もう何も望まない。
ただ今夜だけ、エマの知らない私だけの道明寺になって欲しかったの

たとえ、何度も呼ばれる名が私の名前じゃなくても。




*****




『エマ、エマ』
『んー、なぁに?』

スーツに着替えた司がまだベッドで眠るつくしを起こした。

『俺は仕事に行く。お前は何時だ?』
『え!いま何時?』
『8時だ。』
『ああ、まだ大丈夫。10時にリリーのオフィスだから。』
『わかった。今夜は遅くなる。先に寝ててくれ。』
『わかった。…見送るわ。』
『いい。寝てろ。』
『いいから、そうしたいの。』

つくしは起き上がってローブを着ると、バスルームでさっと身支度をした。

ペントハウスのエントランスまでついていく。

『じゃ、行ってくる。』
『ん、いってらっしゃい!』

出かける前のキス。

『 ! 香りを戻してくれたの?』
『ああ、お前はこれが好きなんだろ?』
『うん、嬉しい!』
『じゃ、な。』
『気をつけて。』

バタン


ドアが閉まり、香りだけが残された。


 ポタ
     ポタ …


つくしは司の香りが残るその場から動けずにいた。

あと少し、あと少しだけこの場に。
この香りに包まれていたい。
もう、今だけだから…


その頬には涙が伝っていた。








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2019.01.10
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