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ガーデンルームの真ん中には、その部屋に似つかわしくない無機質な一台のベッドが置かれていて、そのベッドの横にはなにやら大仰な機械が置かれ、何本かの管が横たわるあきらに繋がっていた。

ベッドの頭の方から近づくと、司はあきらに声をかけた。

「よう、あきら。調子はどうだ?」

!!

あきらはビクリと体を震わせると、緩慢に右頭上を振り仰いだ。
あきらを捉えた司の目は、痩せ衰えた親友の姿に信じられない思いで見開いたが、すぐに動揺を抑えた。

「つ、司!?」

「おう!俺だ。今日、NYから帰国したんだ。」

「どうしたんだ!?お前。」

「どうしたって、病気の親友の見舞いじゃねーか。おかしいか?」

「・・・」

「で、何の病気なんだ?」

「・・総二郎か?」

「あ?」

「総二郎に聞いたのか?それとも類か?」

「いや、どっちでもねぇ。なんだよ、俺には内緒かよ。」

「何言ってんだ。6年も音信不通だったのはお前だろ。」

「6年!?」

「なんだよ。そんなことも覚えがねぇか?」

「あ、ああ、いや。それはすまなかったな。」

「・・・どうした?お前こそ病気か?」

「んなわけねーよ。」


6年も親友たちと連絡を取っていないとは、今の俺は何をしてんだ?

司はつい先ほど見た10年後の自分を思い出し、怪しく思った。
でも親友との空気はすぐに昔に戻る。

「ふん!まあいい。俺か?俺は癌だ。」

「癌・・・?」

「ああ。肺癌だ。見つかった時にはステージⅢbだった。まだ間に合うって言われて治療に専念してもう1年だ。でも、どうやら負け戦だな。今はあちこちに転移しちまってる。」

飄々と話すあきらに、司は言葉がなかった。
いま、この親友の様子を目にすれば、負け戦という表現が誇張ではなさそうなことがわかったからだ。

司はベットサイドのアームチェアに腰かけた。

「俺に何かできないか?世界中の名医を連れてきてやる。」

「いらねーよ、そんなもん。間に合ってるよ。俺はな、この家でお袋が育てたバラに囲まれて、大事な友達と過ごせたらあとは何にもいらねーよ。」

そんなわけあるか。と司は言いたかった。

何か、何かないのか?俺がこの世話好きで優しい親友にできることは。

司はそう考えて、閃いた。


あるじゃねーか!


司は突然に立ち上がると、ガーデンルームを出て行った。そしてまた一人で戻ってきた。
だが、その右手は何かを掴んでいるように伸ばされ、何もない空間から声がしている。

「ちょ、ちょっと、ツカサくん!何するんだよぉ。」

「お兄ちゃん、ダメだよ!やめてよ。」

「な、なんだ?司、どうした?」

「水、もらうぞ。」

サイドテーブルの上の水の入ったピッチャーを取ると、司は腕を伸ばし、その水を胸の位置から何もない空間に一気にひっくり返した。
途端に“バシャー!”と水は床に広がった・・・と思った。
が、そこには緑の瞳をした男の子と、青いボディに赤い鼻の「あの」キャラクターが実写で現れた。

「あ!え?えええーーー!!!」

あきらは驚きで、衰えていても体の底から声が出た。
だって、目の前に「不思議なポッケで叶えてくれる」ヤツが現れたのだ。

「ド、ドラえも・・・!!」

あきらの言葉は司の手に遮られた。

「あきら、そこはオトナの事情だ。こいつはドカえもんだ。」

「こんにちは!僕、ドカえもん。」

「!!?」

「んでこいつは俺の子孫のツグムだ。」

「はじめまして。ツグム・ドウミョウジです。」

「はあ!?子孫?」

「話は後だ。おい、タヌキ。これは俺の親友のあきらだ。見ての通りヤベェ状態だ。病気を治す道具を出せ。」

「お兄ちゃん!それは歴史を変えることだよ。ダメだよ。」

「ツグム、大丈夫だ。あきら1人が長生きしたって、んなに歴史は変わんねーから。」

「お、おい、何気に酷いな・・」

「でもツカサくん、そんな究極の道具は・・・」

「あるだろ?いいから直ぐに出せ。」

司の瞳は、有無を言わせぬ鈍い光を放っている。

「・・・わかったよ。あまり使いたくないんだけど。」

「バッタもんはやめとけよ。ちゃんとしたのを出せ。」

「んーと、それなら、シックシックばぁ〜!」

ドカえもんは茶色の小瓶を取り出し、高々と掲げて見せた。

「ツカサくん、これはね、どんな病気でも完全に治す薬だよ。でもね、治るまでは泣き続けるんだよ。それで治ったら「ばぁ!」と言って知らせてくれるよ。」

「「・・・」」

「泣き続ける時間は病気によるんだけど、このお兄さんの場合、相当キてるから5時間は泣き続けるかな。」

「5時間!?」

叫んだのはあきらだった。

「どんな病気も完全に治るんだな?絶対だな?」

「お兄ちゃん、保証するよ。これ、未来デパートでかなり高かったから大丈夫だよ。ドウミョウジの家宝の一つ、中国の明時代の壺を売ってお金作ったもん。」

「おし!それ使え。」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!何が何だかわけわかんねーよ!」

「あきら、いいかよく聞け。こいつはお前が思ってるやつだ。あー、それよりちとダセェけどな。でも道具は本物だ。さあ、この薬を飲んで元気になれ。」

そう言うと、司はあきらに茶色の小瓶を差し出した。

「はは、夢かな。」

あきらはそう言ってコケた頬をつねった。

「ああそうだ。これは夢だ。夢なんだから、あきら、飲むよな?」

司は敵にビジネスの条件を飲ませる時のように目を細めてあきらを見つめた。

「そうか、夢か。司がこんなとこにいるのも、目の前に猫型ロボットがいるのも、全部夢だよな。そうか、だったらなんでもいいか。どうせ残り少ない命だ。お前がいいっつーんなら飲んでやるよ。でも泣くってのはどうにかなんねーのかよ!?」

「ならないよ。お兄ちゃんならわんわん、おいおい泣くんじゃないかな。死にそうだから。」

ツグムがニッコリしながら言った。

「マジかよ。司、見んなよ。」

「見ねーよ。」

あきらは茶色の小瓶からエメラルド色のカプセルを一錠取り出すと、それを飲んだ。
司たち3人はじっとあきらを観察する。
すると30秒もしないうちにあきらはシクシクと泣きだした。

「うぅ、うううぅぅ」

それを見た司は思わず頬を引きつらせた。

「・・・・やべぇ。引くわ。」

「だ、だから見るなって言っただろうーが!あっち行けよぉ〜。うううぅぅ。わーん!」

最後は枕に突っ伏して泣き出してしまった。
司は5時間は放っておくことにして、ガーデンルームから出て行った。



司はリビングに入ると、執事を呼んだ。

「道明寺様、いかがなさいましたでしょうか。」

「ガーデンルームのあきらは5時間ほど眠る。何があっても入るな。近寄るな。わかったな。」

「かしこまりました。・・・それで、あの、この方たちは?」

執事はドカえもんとツグムを見た。

「ああ、こいつらは俺のツレ。そうだ、風呂に入れてやって。」







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2018.10.01





リビングでツグムたちを待つ間、司はこの3時間足らずのことを思い返していた。

俺は牧野じゃない女と結婚し、子供までできて、親友とも6年以上連絡を取っていないってわけだ。
なにがあった?
何か重大なことが起こったのは間違いねぇ。
だとしたら、あきらたちと連絡を絶った6年前に鍵があるんだな。
あきらが回復したら何があったかを聞き出してやるぞ。


そこへ美作家のバラ風呂から出てきたツグムが、お腹をさすりながら困った顔をしてリビングに入ってきた。

「ドカえもん、僕、お腹すいたよ。」

ツグムの訴えに、ドカえもんはお腹のポケットを探った。

「じゃあ、食事にしようか。ゴソゴソ……『もっかい食べテェブルクロス』〜!」

「ツグムくん、これはね、人生でもう一度食べたいものが出てくるテーブルクロスだよ。食べたことのないものは出せないけどね。さあ、食べたいものを念じて。ツカサくんも!」

ドカえもんはリビングのローテブルに赤い縁取りの真っ白なテーブルクロスを掛けた。

「お前の道具はいつも念力頼みだな。」

そう言いながら、司はもう一度食べたいものと言われて迷った。
初等部の頃に姉ちゃんが作ってくれたお好み焼きか、18歳のバースデーにつくしにもらった魚臭いクッキーか。

迷って、ハタと気がついた。
そう言えば、俺はまだ牧野のクッキーは食べてなかったな、と。

類に1枚食べられてしまったが、自分はまだ1枚も食べずに特注の保存庫に大切に仕舞ってある。
それに、牧野のクッキーはまた食べるチャンスがあるだろう。
しかし姉ちゃんのお好み焼きはきっと本当に二度と食べられないのに違いない。

だとすれば選択肢はひとつだ。

「初等部の頃に姉ちゃんが作ってくれたお好み焼きだ。」

途端に「もっかい食べテェブルクロス」の上に、お好み焼きが現れた。
ホカホカと湯気を立て、ソースの上で鰹節が踊っている。
懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。


「わぁー、それ何?」

ツグムが声をあげた。

「知らねぇか?これはお好み焼きだ。」

「200年後にはないよ。」

「食べてみるか?」

司は皿をツグムの方へ押し出した。

「おいしーい!」

ツグムはパクパク食べている。

「ツカサくん、なんでこれにしたの?」

「ああ、これはな、俺の姉貴が昔、作ってくれたんだよ。俺がどうしても食べたいって言ったから。」

微笑みながら思い出す司にツグムが声をかけた。

「おに、、オジイちゃんにはお姉さんがいるの?」

「ん? ああ、そうだ。って、オジイちゃんに戻ってるぞ。」

「やっぱり僕にとってはオジイちゃんだよ。だってご先祖だもん。で、お父さんやお母さんもいっしょに暮らしてたの?」

「ったく。いや、姉貴だけだ。親父とお袋はずっとNYにいて年に1、2度しか会わなかったな。」

「ふーん。それであのマキノさんが恋人?」

「そうだ。」

「マキノさんて優しい人?」

「牧野? 牧野は優しい女だ。ってか超のつくお人好しだな、あれは。」

「オジイちゃんはマキノさんと結婚してたら幸せになれた?」

「だろうな。幸せになれるだろうな。」

「子供にも優しくできた?」

「ああ。俺と牧野の子供なら可愛いだろうし、きっと大切に育てるだろうな。」

司はつくしとの結婚生活の想像をよくしているが、子供は登場しなかった。
初めて子供のことを考えてみる。

あいつに似た男の子か、あいつに似た女の子。
どっちにしてもカワイイな。

女の子なら嫁にはやらないぞ、なんて事まで思考が飛んだ。

「・・・・じゃあさ、歴史を変えようよ。」

ツグムの言葉で現実に戻る。

「は?お前さっきは「変えちゃダメ〜」つってたろーがよ。」

「いや、この歴史は変えなきゃダメだ。オジイちゃん、僕ね、お父さんとお母さんに会ったことがないんだ。」

「なに?一度もか?」

「うん、そう。一度も。ずっとこのドカえもんや使用人ロボットと暮らしてるんだ。家庭教師の先生とは毎日会ってるけどね。」

「親は何してんだ?」

「惑星マーズでの事業拡大のために仕事してる。だから離れて暮らしてる。」

「マーズって火星か?200年後の道明寺は火星で事業をしてるって?」

「そう。80年前にマーズで貴重鉱物が発見されて、その採掘権を複数の企業が共同で獲得して採掘して売ってるんだ。その企業のひとつがドウミョウジだよ。」

「マジか!?ついに宇宙へ参入か。」

「うん。だから僕は地球でお留守番。でも僕、もう嫌なんだ。うちは代々、子供は使用人と家庭教師が育てるんだって、パパもそうやって育ったし、パパのパパもそうだったって。」

「ずっとか!?」

「そう。ずっと。で、その歴史が始まったのがツカサ・ドウミョウジの代なんだ。」


司は絶句した。
俺か?俺が始めたって言うのか?
いや、俺自身がすでにそうやって育てられたわけだが。
まさかそれが200年後の世界でも続いていたのか。
なにやってんだ。

「どうしてそうなった?」

「それを聞くために、200年後の世界からタイムマシンで来たんだよ。でもわかった。オジイちゃんがマキノさんと結婚しなかったせいだ!」

「オジイちゃんがマキノさんと結婚して幸せになってれば、あのリサって子もあんなに悲しい思いをしなくて済んだだろうし、僕だってパパやママと離れて暮らさなくて良かったんだ!」

ツグムは思わず立ち上がって叫んだ。

「オジイちゃんにはお姉ちゃんがいたんだろ?ずるいよ!」

「おい、落ち着け。」

「オジイちゃん!!」

「はっ?」

「オジイちゃんには何が何でもマキノさんと結婚してもらうよ!ドカえもんの道具を使ってオジイちゃんの歴史を変えてやる!!」

ツグムは先祖ツカサから受け継いだ眼光で、当の本人、道明寺司を睨み据えた。


「やってもらおーじゃねーか。」

司はフッと不敵な笑みで応えた。







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2018.10.02



あれからもうすぐ5時間だ。
東京の冬の日は短い。
早くも夜が訪れた美作家の庭は、冬でも咲き誇る品種のバラがライトアップされ、昼間とは違った顔を見せていた。
美作家の面々はみな出かけているということで、運良くまだ誰も帰ってきていなかった。
司たちはガーデンルームに様子を見に行くことにした。

ガーデンルームに入ると、あきらが仰向けになり、目を片腕で隠してしゃくりあげていた。

「ヒック、ヒック・・・」

司はそっと声をかけた。

「どうだよ?」

「あ、ああ、ヒック、かなり、ヒック、こんなに、ヒック、泣いたのは、初めてだ。ヒック」

目を覆っていた腕をあげ、司を見たあきらの顔は酷い有様だった。
瞼は赤く腫れ上がり、眉はハの字を書くような見事な下りっぷりだ。
4人の中でも繊細さがウリのあきらの美貌が見る影もなく崩れていて、司は思わず笑ってしまいそうになる口許を片手で隠して引き締めた。

「・・・みたいだな。」

その時だった。

あきらは両手で顔を覆い、急に黙った。

次の瞬間、

「ばあ!!」

あきらはまるで幼い子供に向けるように手を開いて「いないいないばぁ」をして見せた。

「「…………」」

「やらすなっ///!」

あまりの恥ずかしさに照れるあきらを横目に、ドカえもんが司に告げた。

「はい、完了だよ。この「ばぁ」が合図なんだ。きっと元気になってるはずだよ。」

「そうか!おい、あきら、どうだよ?」

あきらは司の手を借り、ベッドの上に起き上がった。

「・・・・」

自分の顔を触ったり、手を見たり、じっくりと全身を触りながら観察している。

「・・・おい、司。」

「ん?」

「苦しくない。」

「ああ。」

「痛くないぞ。」

「ああ。」

「司!!」

「なんだ。」

「俺は天国に来ちまったのか?体が軽い。」

「あきら、いいんだよ、それで。お前は勝ったんだ。」

「勝った?」

「そうだ。お前はもう自由だ。さあ、ベッドなんか出て着替えてからなんか食おうぜ。早く元どおりになって、またF4で集まろうぜ。」

「ああ。」

あきらの顔はやつれて目も腫れていたが、この上なく美しく微笑んだ。

司は人のこんな満ち足りた微笑みは初めて見たと思った。




「ぼ、坊っちゃん!!」

廊下をスタスタ歩くあきらの姿を見た執事が、飛ぶように近寄ってきた。

「お休みになっていなくては!お体に障ります。」

「清川、もういいんだ。俺は病気に勝ったんだ。」

「は?なんと?」

「あきらはもう病気じゃねぇってことだ。完全に治ったんだ。それより食事だ。あきらに力のつくもの出してやれ。」

「・・・・・かしこまりました。それと、主治医をお呼びしますので。」

疑わしそうな顔でそう言うと執事は下がった。



司たちは美作邸のリビングに入り、ベルサイユ調の猫脚ソファに腰を下ろした。

「お兄ちゃん、よかったね!」

ツグムはあきらに笑顔を向けて言った。

「僕の道具のおかげだよね。」

「なんだよ、俺はオジイであきらはお兄かよ。」

司たちの会話を聞いていたあきらが口を開いた。

「で?司、お前は何なんだ?この子らはなんだ?」

5時間前は消え入りそうだったあきらの光は、いまはもう以前の強さを取り戻していた。

「ああ、その話をしなきゃなんねーな。」

司はどこから話そうか思案し、意を決した。


「あきら、俺な、10年前の俺なんだよ。」








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2018.10.03




「あきら、俺な、10年前の俺なんだよ。」

「・・・・・・・は?」

あきらは鳩が豆鉄砲を食らったような、ポカーンとした顔でこちらを見ている。

だよなー。そうなるよなー。

「だからさ、このドカえもん、こいつのタイムマシンに乗って10年前から来たんだよ。んで、こっちはツグムっていって、俺の200年後の子孫。」

「・・・・あ、あー、俺もっかい寝てきていいか?」

「だーかーらぁ、信じられねーのも無理はない。だがな、これは事実だ。その証拠に、お前はこいつの道具で病気が治ったじゃねぇか。」

「これ、夢だろ?」

「夢じゃねーよ!いい加減に目を覚ませ。」



「あー、わかった、わかった。んで?10年前の司が何しにきたんだよ。」

「真実を知りに。」

「真実?」

「俺に何があった?俺はこの10年後の世界で、どうして牧野と別れてんだ?どうして別の女と結婚して子供までできてんだ?で、牧野は誰と結婚したんだ?」

「そのことか・・・」

あきらは迷った。


教えていいものか。

でも、今の2人が、少なくとも司は不幸だろうと思われた。
6年も連絡一つ寄こさず、こちらからの連絡にも応答はない。
それが何よりの証拠だと思えた。

最後のチャンスかもしれない。
2人が、誰もが望む結末を迎えられる、最後のチャンスを与えられているのかもしれない。
自分はそのために蘇ったのかもしれない。

あきらはそう考え、知っていることを全て話そうと決心した。


「俺が知っていることが全て真実だとは言えない。本当のところはきっと俺も知らない。それでもいいか?」

「頼む。」

「その子たちに聞かせてもいいのか?」

「ああ、こいつらにも関係することだからよ。」

ドカえもんとツグムも神妙にしてうなづいた。

あきらは長い脚を組み替えると、ゆっくりと記憶を辿りながら話し始めた。


「お前たちは遠距離恋愛を物ともせず、順調に交際してた。でもお前はやっぱりなかなか帰国できずにいた。4年の約束は果たせなかったし、その後も帰国の目処は立たなかった。だからお前は牧野が大学卒業したのを機にNYへ呼び寄せたんだ。」

そうか。それはうすうす感じていた。
4年というのはあくまでも18歳の俺から見た区切りだった。
道明寺の中枢に入り込んでみれば、そんな短いスパンで片がつくような世界じゃなかった。

「NYではペントハウスで同棲してて、慣れるまでギクシャクはあったみたいだが、それでも結婚に向けて順調だったと思う。いつ会ってもお前は幸せそうだった。」

だろうな。
毎日、牧野に会えるんだろ?
早くそういう生活がしてーな。

「だが、あれは7年前だったか。道明寺がブラジルの開発に乗り出したんだ。大掛かりなプロジェクトが組まれて、お前が実質のリーダーになった。長期にブラジルに滞在し、ライフラインの整備、資源開発、交通網の整備、教育。あらゆる分野で道明寺グループのブラジルでの基礎固めをしていった。」

ブラジルか。
開発途上国の中でも目覚ましい成長が期待できる国、つまり新興国だ。
すでにそのプロジェクトのたたき台はババアの中で出来上がってる。
それを俺が任されたのか。

「そういう内容なら当然のごとく相手も国ぐるみだ。大統領が出張って来て、ブラジルでの交渉相手は主に大統領経由になっていったみたいだな。大統領の一族郎党が多岐にわたる利権を持ってたから。」

よくある話だ。
権力に群がるハイエナは何も他人ばかりじゃねぇ。
甘い蜜を吸いに、親類どもがまとわりついてくんだ。
こっちにしてみれば頭を抑えねーと、末端が動かないってことか。

「その大統領には娘がいた。それがジュリア、今のお前の嫁だ。」

司はカッと頭に血が上った。
「そいつがなんで俺の嫁になんだよっ」

「今から話すから落ち着け。」

司はその名前を聞くだけでもイラつきが抑えられなかった。

「ジュリアはお前に目をつけた。惚れたのか、それとも利用しようとしたのかはわからない。だがとにかく、お前を気に入り、お前と結婚すると勝手に吹聴し始めたんだ。」

「勝手に、だと?」

「そうだ。ジュリアの狡猾さは情報操作に現れた。ジュリアはまず、日本のマスコミに「自分は道明寺司の婚約者だ」と吹聴したんだ。不確実な情報でも、地球の裏側じゃ真実になる。」

日本の!
そりゃ格好のネタだろう。ちくしょう!

「NYへは日本から情報が伝わった。お前の母国からもたらされた情報に、NYのマスコミも疑うことなく飛びついた。牧野はその報道で知ったんだ。そしてお前も。」

「俺も!?」

「そうだ。ブラジルにいたお前は俺たちでも容易には連絡がつかなかった。日本で報道がされて俺たちは真相を確かめようと何度もコンタクトをとったがダメだった。日本での報道のあとすぐにNYでも報道され、それがお袋さんの耳に入って、そっからお前は知ったんだ。自分がジュリアの婚約者にされてることを。」

なんてことだ。
その時の牧野を思うと、おれは怒りに震えた。

「嘘でも、すでに情報は世界中を駆け巡ってた。最後に知ったのが当事者のお前だったぐらいだ。もう取り消せないところまできていた。」

「んなの関係ねーだろ!世界中が何を信じようが、俺と牧野の絆は切れねーよ!」

「・・・俺たちもそう思ってた。でも、ジュリアが妊娠したんだ。お前の子を。」


俺の子?
あのリサって子か?

「リサってガキか?あれは本物の俺の子なのか?」

「・・・見てきたのか?そうだ。DNA鑑定でも親子関係が証明された、正真正銘のお前の子だ。」

なんてことだ。
なんでそんなことに。

「おい司、大丈夫か?ちょっと休むか?」

真っ青になってうなだれた司を見てそう言うと、あきらは内線でドリンクをオーダーした。


「いい。大丈夫だ続けてくれ。」

「ああ。・・・俺たちはお前が牧野以外の女を抱くわけがないことはわかってたから、きっと嵌められたんだろうと思った。でも赤ん坊は存在し、その命はジュリアの胎内だ。誰にも手出しはできなかった。ただ産まれるのを待つしかなかった。」

「・・・牧野は?」

「そうだな。牧野は、、牧野だ。子供が本物のお前の子だって知って身を引いた。子供に罪はない。幸せにしてあげてほしいって。」

………俺はいま、どんな顔をしてるんだろうな。
今のままだと確実にこれから来る現実に呆然としていた。
牧野を失う日が来る。
考えるだけで恐怖が押し寄せる。

「お前のお袋さんも、相手が一国の大統領の娘で、しかも子供までいる。どうにもできなかったよ。どうにもできないどころか、何も知らない人間にはお前は浮気して女を孕ませた無責任男と映っただろうな。NYでお前は事あるごとに牧野を連れ立ってたから、有名だったんだ。ナイスカップルつって。だからなんとか道明寺の価値を維持するだけでも精一杯だったと思う。」

「・・・・」

「そして、お前と別れた牧野が結婚したのは、4年前だった。」


最後の真実が明かされる。

「相手は・・・・・?」

俺はうつむいたまま、あきらに問うた。















「相手は・・・・西田だ。」

俺は弾かれたように顔を上げ、驚愕の目であきらを見た。







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2018.10.04




美作家の執事がそれぞれにドリンクを運んできた。
ツグムとドカえもんはオレンジジュースを飲んでいる。

「西田・・・・?」

「そうだ。お前の第一秘書のあの西田だ。」

「・・・・・嘘だろ・・」

司の目は見開いたまま、あきらから離れない。

信じられない。
この真実の前では、今日、一日で起こったことなんてカスみたいなもんだ。
牧野があの西田と結婚!?
なにがどうなればそうなるんだ?

司の顔はまたうつむいた。
前屈みで膝の上で組んだ手をじっと見つめる。

「お前と別れた牧野は帰国した。俺たちには気丈に振舞ってた。過去にはさよならして歩くんだって言って。でももちろん容易なことじゃなかった。あいつだってお前を愛してたんだから。」

お前、どんな気持ちでいた?
俺を裏切り者だと恨んだか?憎んだか?

「お前のお袋さんが婚約破棄の慰謝料とか、東京での仕事や住居なんか、とにかく何でも牧野のために与えようとしてたみたいだけど、牧野は全部断ってた。お前との関係を金や物で代えられたくなかったんだろ。純粋な思いのままで仕舞っておきたいって言ってたよ。」

「牧野・・・」

「そういう時、お袋さんとの交渉役や相談役をしてたのが西田だ。どうやらお前が西田に牧野を頼んだようだな。自分の代わりに守ってやってくれって。」

かもしれない。
俺が仕事で一番頼れるのは西田だ。
俺のプライベートも何もかも把握してて、一番デキるやつだからな。

「それからどういう経緯で結婚に至ったのかはわからない。甘い雰囲気なんてものは感じなかったが、ある日突然入籍したんだ。で、西田は道明寺HDを退職し、その退職金で2人で弁当屋を始めたんだ。」

「重役専門ってやつか?」

「知ってたのか?」

「ああ、さっき牧野が来てたろ?入り口で聞いてた。」

「そうか。それも西田のアイデアだ。お前を見てて激務で偏食になりがちで、尚且つ予算なんてない人間相手がニッチなんじゃねーかって。年配者も多いから、牧野の作る庶民のお袋の味はウケたよ。材料にもこだわって、牧野の作りたいものを作らせて、経営と営業は西田が昔取った杵柄でこなしてる。いいコンビだよ。」

「………子供は?」

「まだいない。忙しいからな。牧野なんて毎日4時起きだぜ。」

「貧乏暇なしってか。」

「ああ。」



そのあとはもう、俺もあきらも話すことはなかった。
今聞かされた真実に、俺はすでに打ちのめされていたから。

「あの〜」

それまで黙って聞いていたツグムがあきらに口を開いた。

「それで、どうしたらオジイちゃんとマキノさんは結婚できますか?」

おお!そうだった。
衝撃的すぎて忘れていたが、10年前から来た俺はこれから逆転していくんだよな!
ヤベー、あまりの真実に地の底まで落ち込んでたぜ。

司もやっと顔を上げた。
あきらはツグムに向いて話す。

「そうだな。とにかく子供だな。ジュリアが司の子を妊娠しなければこんなことにならなかったんだ。どんな罠だったか知らないが、それを阻止することだな。」

「そうだ。よし、行くぞ。」

言うと司は立ち上がった。
あきらは司を見上げた。

「どこに行くんだ?」

「まずは、西田だ。」

「お、おい!何しに行くんだよ?殴りに行くのか?やめとけ!」

「バカ、誤解すんな。俺の一番近くにいた人間に話を聞きたいだけだ。西田なら何か知ってるだろう。そして牧野と結婚した経緯も。」

「そういうことか。そりゃ、まあ確かにそうだな。西田でさえお前を守れなかったんだ。かなりのことだろう。」

「おっし!!やってやるぜ!まずはそこんところの真相を知らなきゃな。」

「司、頑張れ。」

「おう、あきら、サンキューな!お前ら、行くぞ。」

司はツグムとドカえもんも立たせると、リビングの空いた広いスペースに移動した。

「俺の方こそ、会えてよかった。幸せになってくれよ。」

「ああ、お前もな。これで時間はたっぷりできたんだ。今度こそ後悔するなよ。」

「ああ、探すさ。俺の『牧野』を。」

「だな。」


「おい、タイムマシンのところに戻るぞ。」

司はドカえもんに言った。

「牧野が配達してる今日の昼間に戻るんだ。あいつがいない間に西田に話を聞く。」

司はツグムとドカえもんを連れて「どっかのドア」と共に消えていった。


「・・・マジだったんか・・」

残されたあきらは、『奇跡の完治』だとしてこのあと世間を大いに騒がせた。







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2018.10.05




『どっかのドア』でNYの道明寺邸に戻り、そこから『タイムマシン』で7時間前に戻った司たちは、あきらに教えてもらったつくしの弁当屋の前にいた。

「ねぇ、オジイちゃん、僕おなかすいたよ〜」

ツグムがお腹を押さえてうずくまった。
たしかに美作邸でランチを食べてから何も口にしていなかった。
司も少し空腹を覚えていた。

「弁当食べるか?」

「さっきからベントウって何?」

「200年後に弁当はないのか?」

「だから、それ何?」

「箱の中にメシが詰まってるんだ。持ち運べるメシだ。」

「ないよ〜。だって食べたい時にドカえもんが出すんだもん。」

「チッ、じゃあいい機会だから、食べてみろ。」



司は西田とつくしの弁当屋に向かった。

「そういえば、この姿のままじゃマズイか…」

「変装の道具だね。ゴソゴソ……『鼻眼鏡』〜〜!ツカサくん、これはね、、」

「知ってるぞ。昔、滋が使ってた。ちょっと聞くが、これの効果は?」

「特にない。」

「こんなもん付けられるか!どうしてダッせぇ道具ばっかなんだよ。」

「じゃあねぇ・・」

「もういい。俺のままでいい。西田に変装が通じるわけないんだ。」

そう言うと、司は弁当屋へ向かった。



そこは住宅街にあった。
看板などは特になく、メニュー表もなかった。知らない人は弁当屋だとはわからないだろう。
民家ほどの真っ白い箱型の建物に、ひさしが付いた受け渡し口らしき穴が開いていて、そこから中の厨房が見えた。

配達専門なのか?

司はそう思ったが、内部に向かって声をかけてみた。

「おい、誰かいないか?弁当を売ってくれ。」

すると厨房の奥から誰かが顔を出した。

「西田・・・」

「つ、司様!?」

西田はポーカーフェイスが崩れ、見たことのない呆けた表情で司を見つめ固まっていた。

「よう。どうした。俺の顔に何かついてるか?」

「あ、いえ。申し訳ございません。」

「いい。それより弁当はあるか?」

「あ、はい。よろしければ中でどうぞ。」

「牧野は?」

「今、配達に。」

「そうか。知ってたが念のために聞いた。」

「そうですか。では今そちらに参ります。案内しますので。」


出てきた西田に案内され、司たちはの裏に回り通用口から弁当屋に入った。
ドカえもんを見た西田は微かに眉を上げたが、すぐに元の西田に戻って、無表情で司を案内した。

そこは弁当屋の事務所らしかった。
司の執務室の半分ほどの広さに、デスクが2台、向かい合わせに置かれていた。
おそらく西田とつくしの机だろう。
机の後ろの壁には弁当の配達ルートや注文票が貼られていて、商売の順調さを物語っていた。
その横はパーテーションで区切られ、2人がけ程度のソファが2台、ローテーブルを挟んで向かい合わせに置かれていた。

そのソファに分かれて座った3人の前に西田は「つくし弁当」をそれぞれに置き、温かい御茶も差し出した。
西田が座ったタイミングを見計らって、司が2人を紹介した。

「紹介する。こっちは俺の子孫のツグムだ。そしてそっちはロボットのドカえもん。」

「こんにちは。200年後の世界から来ました。ツグム・ドウミョウジです。」

「こんにちは。僕、ドカえもん!」

「・・・・」

「2人とも、食べていいぞ。」

ツグムは初めて見る弁当を恐る恐る開いた。
四角い箱の中に食べ物がギッシリと詰まっている。
彩り良く詰められているそれは、ツグムの見たことのないものばかりで、箸をつけるのをためらわれた。
司を見ると、司もジッと弁当を見ている。
なぁんだ、オジイちゃんも見たことないものばかりなんだ、と思って少し安心してツグムはまずは黄色いフワフワしたものに箸を伸ばした。

司はつくしの弁当を見ていた。
自分にとってつくしの弁当は英徳の屋上で食べた個性的な味のもの。
だからか、記憶喪失だった時に身体が覚えていた。
今目の前にあるのは、あの時とは似て非なる豪華な弁当だった。
いや、豪華と言っても世界三大珍味が使われているわけではない。
ご飯一つとってもなにやら色が付いているし、おかずの一つ一つが良い素材と手間をかけてあることがわかり、全体がセンス良く詰められていた。

牧野の弁当なんて久しぶりだな。

そう思いながら箸をつけた司は、あの頃に比べて格段に美味くなった庶民の味につくしのこの10年の月日を想った。



司たちを目の前にして、西田は表情には出さないが、内心では非常な混乱状態だった。

司様はなぜ今ここにいらっしゃるのか?
子孫?ロボット?ご乱心なさったのか?
ああ、やはり私はお傍を離れるべきではなかった。
それにあの青い丸いのは、私も知っているあのキャラクターではないのか?着ぐるみか?

「大丈夫か?西田。」

「あ、はい。ツグム様、ドカえもん様、お会いできて光栄です。」

そう言って西田は会釈をした。


「それで西田」

「はい。」

「俺は10年前、22歳の道明寺司だ。」

「・・・」


これは益々まずいことになったぞ、と、西田は思った。

ご自分のこともわからなくなってしまわれたのか。
なんとお労しい。
代われるものなら代わって差し上げたい。

「西田」

「はい」

「俺なら大丈夫だ。至極マトモだ。」

「・・・」

「今日、来たのは、お前に6年前にあったことを聞くためだ。それと牧野と結婚した経緯も。」

「坊ちゃん・・・」

「俺はこの世界を変えるために過去から来たんだ。こいつらのタイムマシンで。6年前のこと、俺にとったら未来だが、真相を話してくれるな?」

「・・・かしこまりました。」


なんだかわからないが、坊ちゃんがおっしゃるなら信じよう。
この比類なきプリンスに仕えると決めた心は、未だに失ってはいない。
私で力になれるなら、この世界を本当に変えられるなら、できることは何でもしたい。


「お話しするのはやぶさかではありませんが、お子様たちにはお聞かせできる話ではありません。」

「いいんだ。この2人も聞かなきゃならない。こいつらの未来もかかってるからな。」

「そう、大丈夫です。僕はもう10歳だし。オトコとオンナのアレコレなら家庭教師に習いました。オジイちゃん、これ美味しいよ。」

ツグムは初めて食べるお弁当を指してニッコリ微笑んだ。
司はツグムの頭を撫で、ツグムから西田に視線を移しながら言った。

「そうか。よかったな。そういうわけだ。西田、頼む。」

「わかりました。」


西田は体を司の正面に向け、居住まいを正した。







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2018.10.06




「西田、俺たちはここに来る前にあきらのところに寄ったんだ。あきらから7年前のブラジル開発プロジェクトが発端だということは聞いた。それがどうしてこうなったんだ?」

西田はうなずくと、話し始めた。

「プロジェクトリーダーへの抜擢は、楓様なりの牧野様とのご結婚の布石でした。坊ちゃんが誰にも文句を言わせない後継者であるという最後の実績作りで、これが成功して一段落すれば結婚の運びとなるはずでした。」

西田はどうしようもなく乾く喉を自分の入れたお茶で潤した。

「坊ちゃんもそれはわかっておいででしたので、とても張り切ってらっしゃいました。しかしプロジェクトでカバーする分野は多岐にわたり、それでいて個々の利権者は大統領の一族郎党ということで、まだ若い坊ちゃんには難敵ばかりでした。」

「ひとりずつ落としていては時間が足りませんでしたので、坊ちゃんは大統領その人とコンタクトを取ることになさったのです。これは当然のご判断だったと思います。大統領と懇意になり、トップダウンで各利権者を動かそうとなさいました。」

「その中でジュリアに会ったのか?」

「ご存知でしたか。左様でございます。大統領主催のパーティーで紹介されたのが始めでした。」


西田は当時を回想していた。


「ジュリア様は、」

「おい、ジュリアに様なんていらないぞ。」

「…ジュリアは最初、坊ちゃんに全く興味を示していませんでした。パーティーで会った時も、その後の視察に同行された時も、坊ちゃんに媚びたり気をひくような様子は全く示しませんでした。しかし、その時にはもう作戦は始まっていたのです。」

「作戦?」

「はい。ジュリアは道明寺がブラジルのプロジェクトに関わるとわかった時から坊ちゃんに目をつけて、坊ちゃんの身辺を探っていました。」

「身辺ってことは、」

「はい。牧野様についても、です。」

司の目が怒りでカッと見開いた。

「坊ちゃんと牧野様の高校時代の経緯から、現在の関係性やお二人の動向、牧野様のお人柄、坊ちゃんが好まれない女性像や逆に信頼を寄せるご友人様のタイプまで、調べられる限りに調べ尽くしていました。」

「それを使ったんだな。」

「はい。坊ちゃんの警戒心を解いて、懐に入り込むのがまず最初の作戦でした。ですのでジュリアは坊ちゃんよりも牧野様のファンだと明言し、事あるごとに聞き及んでいる牧野様の美点を上げ、坊ちゃんの信頼を得ていったのです。そして坊ちゃんの長期の滞在期間を利用して友人というポジションを確保しました。」

司も常々感じていた自分のウィークポイントを、人生最大の敵に掴まれたことが悔やまれた。

俺の弱点は牧野だ。
牧野を認める人間に心を許す傾向があることは自覚している。
それを巧みに突いたんだな。

「坊ちゃんは生来お優しい方ですので、友人となったジュリアにもお心を開いていかれました。
またジュリアはかねてから「自分にも身分違いの恋人がいて悩んでいる。」と話し、そしてあの日「ぜひ婚約者を紹介したい。」と坊ちゃんをホテルのラウンジに呼び出しました。そこから坊ちゃんの記憶はありません。」

「記憶がない!?」

「はい。坊ちゃんは翌朝、そのホテルのエグゼクティブスイートで目覚められました。目覚めてすぐに私をお呼びになりましたが、私が駆けつけた時でも坊ちゃんはまだ朦朧となさっていました。」

「薬か。」

「はい。私もすぐにそれを疑いましたので、そのまま病院へ行き、坊ちゃんの血液検査をしました。」

「結果は?」

「幻覚作用のある非合法ドラッグでした。」

「幻覚・・・」

「ジュリアは日系のブラジル人で、ブラジルの女性としては小柄でした。その上、髪を黒く染めていて、幻覚剤を盛られた坊ちゃんはあるいは牧野様と思い込まれたか・・・とにかく、あの部屋で、あの夜、何があったのか、実のところは今もってわかりません。
が、2人が関係を持ったことは確かです。ただその時にはそこまで考えが至りませんでした。」

そりゃそうだろう。
まさか女にヤられてるなんて、考えるはずがない。

「SPは何してた?」

「当時、道明寺から連れて行ったSPは2名。あとは大統領のお抱えを代わりに雇っていました。その夜は道明寺側の2名を連れていたのですが、大統領の娘のジュリアの言葉には逆らえず、酔いつぶれたから部屋に泊める、と言われ部屋の前で待機しておりました。」

「チッ」


俺は堪らず立ち上がり、事務所のドアの小窓から厨房を見た。
そこは牧野らしく清潔に磨き上げられていた。


「当然、ジュリアにも事の経緯を問い合わせましたが、自分は知らない、とシラを切られ、ドラッグ入りの酒を出したラウンジのバーテンは失踪。詳細は不明のまま1ヶ月後、本当の悪夢が始まりました。」


ジュリアが日本のマスコミに偽の婚約情報をリークし、それを嗅ぎつけたNYの有名新聞社がスクープで伝え、全米の主要ネットワークがトップで扱い、俺は追い込まれていった。


「NYの社長から問い合わせが入り、ブラジルにいた我々は報道を知りました。すぐに否定の会見を行う予定でしたが、ジュリアが妊娠したことを先に発表したんです。社長からすぐにDNA鑑定を行うよう指示が来て、ジュリアもあっさりと同意しました。そして結果は黒。99.99%父親は坊ちゃんだと。その時になって初めて、我々はあの夜にあったこと、ジュリアの企みを思い知ったのです。」

ギリギリとした痛みが身体を走る。
これからの未来の話なのに、自分の追い込まれていく様が現実として感じられて耐えられなかった。

「NYで坊ちゃんの帰りを待っていた牧野様は、坊ちゃんの婚約、そして相手の女はすでに妊娠していることを報道でお知りになりました。
牧野様はすぐに坊ちゃんに連絡を取りましたが、坊ちゃんは絶望で牧野様とお話ができる状態ではありませんでした。
そこで牧野様は楓様にお会いになり、妊娠が事実であること、子供は坊ちゃんの子であること、道明寺としてはジュリアとの結婚を選ばざるを得ないことを説明されました。
牧野様はその場で坊ちゃんとの別離を選び、翌週には帰国なさいました。」

「俺とは会わなかったのか?」

「はい。坊ちゃんがNYに戻ったのはそれから2ヶ月後、結婚披露宴のためでした。」

なんてことだ。
想像した以上に酷い話だ。
こんなことが許されるのか。


司は自分の未来に恐怖さえ抱いて慄いた。


「披露宴の後、坊ちゃんとジュリアはすぐにNYとサンパウロでの別居生活になりました。子供もサンパウロで産まれ、今現在もお二人は実質的な夫婦での生活はなさっていません。ジュリアは時たまNYに遊びに行く生活です。
道明寺の若き後継者の妻、という安住の地位をほしいままにし、ブラジル国内では父親、エルネスト・ナザレ・ノザキ大統領が退任後に収賄容疑で捜査を受けた時にも、道明寺の威光を傘に免れております。」

司は自分の悲惨な未来についてはもう十分だった。
次に聞きたかったことを、いや、本当は最も聞きたかったことを西田に問いかけた。

「それでお前はどうして牧野と結婚することになったんだ?」








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2018.10.07




西田はひとつ息を吐くと、司に向けていた目をテーブルに落とした。

「坊ちゃんの披露宴後、私は道明寺HD日本支社の秘書課に転属となり、そこで牧野様のサポート役を仰せつかりました。」

「それは誰が命じたんだ?」

「坊ちゃんの要請により、楓様がお命じになりました。」

「ババアが?」

司は厨房を見ていた体を振り返って西田に向けた。

「はい。坊ちゃんは自分の代わりに牧野様を見守って欲しいと私に仰せになり、それを了承した楓様が私を日本に帰国させたのです。そして楓様との交渉役も担うことになりました。」

あきらが言った通りだな。

「最初に牧野様を訪ねた時には私が日本にいることに驚かれました。私はお怒りを覚悟していたのですが静かにお話になり、もう起こってしまったことに何を言っても仕方ない。ただ子供に罪はない、自分のことは忘れて幸せになってほしい。自分も坊ちゃんを忘れて幸せになるからと言付けられました。」

忘れられるわけないだろ。
お前なしでどうやって幸せになんだよ。

「楓様は、公表はしていなかったにせよ、こちらからの一方的な婚約破棄、ならびに精神的損害への慰謝料として20億を提示なさいました。そのほかにも軽井沢の別荘や都内のマンションなどの不動産の譲渡、信頼できる筋の就職先の斡旋と、牧野様を気遣っておいででしたが、牧野様は全てお断りになられました。道明寺財閥に関わるものは塵ひとつもいらない、とおっしゃって。」

牧野の気持ちがわかるような気がした。
お前が手に入らないなら、代わりは何もいらない。
本当にそうだな。

「しかし私は牧野様と接触を持ち続けました。牧野様は憔悴されて、当時は健康状態もかなり悪く、事情を全て知る誰かが支えなければ、と思ったからです。それに坊ちゃんを預かりながら、お守りできなかった贖罪でもありました。私は楓様との交渉というのを名目に牧野様と会い続け、時には公園を散歩したり、ドライブにお連れしたり、とにかくお元気になっていただきたい一心でした。」

「それで惚れたのか?」

「・・・・・ある時、牧野様が弁当屋をしたいという夢を語られました。坊ちゃんとの思い出だから、と。」

「俺との?」

「はい。高校時代の屋上、同棲時代の執務室。牧野様は坊ちゃんの健康のために時々、お弁当を作ってはNYの執務室に持ってきてくださって、時には一緒に召し上がることもありました。一番幸せだった時の思い出だ、その幸せを他の人にお弁当でお裾分けしたい、と語られました。」

まだ来ぬ未来。
陰惨たる未来の前に、燦然たる未来がある。
その思い出を牧野は縁(よすが)としたのか。

「その話を聞いた私は、楓様に報告しました。そして私は道明寺を退職し、牧野様の夢を実現するお手伝いがしたいとお願いしたのです。楓様はご了承くださり、事業への無条件の資金提供も申し出られました。」

「社長がよくお前を手放したな。」

「楓様はこれもビジネスだ、と。でも本音は違います。司様と牧野様がこのようになってしまった責任の一端が、お二人に結婚を待たせていたご自分にもあると感じられているようでした。
私は牧野様に起業を提案しました。当初は結婚は計画にはありませんでした。自分の退職金を出資するから、共同で弁当屋をしようとお話ししたんです。」


司は佳境に入った話を一言一句聞き漏らすまいと、その鋭敏な視線で西田を捉えていた。
弁当を食べ終わっていたツグムとドカえもんはそんな司を見ていた。


「それで、牧野は?」

「牧野様はあの通りのお方ですので、最初は拒絶なさいました。だったら、と私は結婚も提案したのです。世間ではそれをプロポーズと呼ぶかもしれません。私は牧野様に自分と結婚していっしょに弁当屋をやろう。夫婦なら互いの財産は互いのものでフェアだ、と。もちろん牧野様は、私と夫婦になるなど考えられない、と、一笑に伏されましたが、でも私は、これは取引だと持ちかけました。結婚はあくまで便宜上、制度を利用するだけで、本当の意味の夫婦になるのではない。自分は仕事しかない孤独な人間だから、牧野様の夢に乗って、自分も人を幸せにする仕事がしてみたい。私は資金と経営のノウハウを提供する、牧野様は技術とアイデアと展望で私に夢と幸せを提供する。give and takeです。と。」

「フェアが好きな牧野を熟知してるお前こその交渉だな。」

「はい。牧野様は熟考の末、取り引きに乗ってくださり交渉成立となり、私たちは入籍だけを済ませました。」

「じゃ、あいつは今は西田つくしか?」

「はい。入籍後、私は予定通り道明寺HDを退職し、弁当屋を始めました。設備も材料も何もかも、すべて牧野様のお好きなようにしていただいています。」

「もう牧野様じゃねーだろ。なんて呼んでるんだ?」

「……つくしさん、です。しかし私の中では牧野様は今も変わらず牧野様です。坊ちゃんが今でも愛している方ですから。」


ふんっと司は鼻を鳴らした。

「お前は惚れてねーって言うのか?」


西田は司の目を真っ直ぐに見た。

「坊ちゃん、私は今でも坊ちゃんが私に牧野様を託された刹那にお見せになったお顔を忘れることができません。ご自分の半身を引き千切られる痛みが表れていらっしゃいました。そのようなお相手をどうして私がどうこうできますか。ご安心ください。私たちは完全にビジネスパートナーです。それ以上のことはありません。」


司は視線を落として西田の手を見た。
西田の手に指輪はない。

「牧野は結婚指輪をしてる。お前はなぜしない?俺への遠慮か?」

「……あの指輪は、坊ちゃんがご用意されていたものです。」

「なに?」

「坊ちゃんが、牧野様との結婚のためにご用意されていた結婚指輪です。坊ちゃんが捨てたものを私が勝手に拾い、それをお渡ししたんです。せめて坊ちゃんのお心だけはいつも牧野様と共にあるように。牧野様もそれをわかって、肌身離さず身につけています。」

司は西田を見つめて絶句した。
西田がここまで自分を想ってくれる男だったとは。

それと共に、つくしの身も心もまだ誰のものにもなっていないとわかり、司は心底、安堵していた。
どの時代に生きていようとも、つくしは自分だけのつくしでなければならないという思いが、司の信念になっていた。








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2018.10.08




「坊ちゃん、この後どうなさるんですか?」

「そうだな、今すぐジュリアを殴りに行きたいが・・・」

司はソファに座り直し、満腹になってウトウトと船を漕ぎ始めたツグムの体を支えていた。

「ここまで結構な大冒険だったからな。こいつを休ませてやんなきゃなんねぇな。つってもカードは使えねーだろうからホテルには泊まれねぇし。」

「それなら心配ないよ。」

ドカえもんがポケットを探りながら張り切って答えた。

「 はい!『犬小屋テント』〜。ツカサくん、これはね、見た目は犬小屋なんだけど、中はちゃんとしたコテージ風になってるから安心して。設置の場所はとらないし、これでいつでも眠れるよ。」

「犬だと・・・?」

司の額に青筋が立った。
すかさず西田がとりなす。

「コホン、ドカえもん様、そちらはお納めになってください。お休みになるところでしたら私が手配いたしますので。」

「えぇ、そう?使ってみたかったなぁ。」


ドカえもんが『犬小屋テント』を引っ込めたのと同時に、青筋を引っ込めた司がふと西田を見た。

「そういえば、いま世田谷のうちはどうなってる?」

「あそこには今はもうご家族のどなたもお住まいではありませんので、必要最低限の人間しかおりません。確かタマさんとその介助の方がお住まいで、あとの使用人、警備や庭師は通いです。」

「タマ!まだ生きてんのか!」

「タマさんは坊ちゃんのことがあって本当に隠居されました。相当に落胆されてましたから。」

「ああ、タマはずっと応援してくれてたからな。」

司はうつむいてしばし思案したが、すぐに顔を上げた。

「よし!世田谷の邸に行くぞ!」

「はっ?」

「大丈夫だ。タマはちょっとのことじゃ動じねぇ。それに俺が俺の邸に帰って何がおかしい。」

そう言って司は立ち上がって既に眠ってしまったツグムを抱き上げた。その瞬間、



「・・・だだいまぁ〜」


「「 ! ! 」」

つくしが配達を終えて戻ってきた。
通用口の方から声がする。

「まずい!ドカえもん!なんとかしろ!!」

司は声を抑えて命じるとドカえもんを振り向いた。
ドカえもんは既にポケットをまさぐっている。

「えっと、えっと、、あった!『隠れんぼ壁紙』〜。ツカサくん、これは、、」

「説明は後だ!使え!」

「じゃ、壁の前に立って。」

ツグムを抱えた司がソファの後ろの壁の前に立つと、横に立ったドカえもんが司たちの姿を隠すように大きな布を広げた。


ガチャ

間一髪で事務所のドアが開く音が聞こえ、靴音が入ってきた。

「おかえりなさい。お疲れ様です。」

西田が迎える。

「・・・・・・え、あ、はい。ただいま!あ、あの、今日も皆さんに喜んでもらえました。」

つくしの声が司の耳に届く。

「それはよかった。美作様はいかがでした?」

「あ、えーと、あまり良いとは言えなさそうでした。私の卵焼きだけは美味しいなんて言ってくれましたけど。」

「力を付けていただけたら良いのですが。」

「そうなんです。あ、それと西門さんの奥様には妊婦さんやお腹の赤ちゃんの成長にいい食材も届けてきました。とっても喜んでもらえました。」

「つくしさんのお勧めなら太鼓判でしょう。」

つくしの足音が司たちのすぐ前の応接用ソファに近寄り、止まった。


いま、一枚の布を隔てたすぐ先に牧野がいる。
会いたい。
抱きしめたい。


司はこの拷問のような時間が早く過ぎてくれ、と願った。
つくしがソファに座ったのが気配でわかった。

「・・・どなたか来客でした?」

「いえ」

「?ソファがまだ温かいんで。」

「ああ、ルートの配達をお願いしている方がさっきまで事務所に来られてたので。」

「ああ、そうですか。」


西田の額にはじっとりと汗が滲んでいる。

「それでこの後は、自宅に帰りますか?」

「あ、いえ、ちょっとメニューの研究がしたくて。咀嚼しやすいお弁当とか、これから必要になるかもしれないので・・・」

「そうですか。でもすみません。今日はこれから厨房に清掃の業者が来ることになりまして。急遽なんですけど、なんでも都内の弁当屋で食中毒が出たとかでうちも念のためにと思いまして。ですから、研究は明日からでいいですか?」

「え、それは仕方ないですね。わかりました。まだお昼を過ぎたところですが今日は先に帰ります。晩御飯はリクエストありますか?」

「いえ、特には。」

「それが一番困るんですよねー。じゃ、食べたくないものありますか?」

「・・・では、揚げ物はちょっと。」

「わかりました。揚げ物以外で用意しますね。じゃ先に失礼します。」

そう言うと、つくしは立ち上がり、またドアを開け、出て行こうとした、が、足音が止まった。


「利彦さん。」

どうやら振り向いて話を続けているようだ。

「はい?」

「あの、いろいろ本当にありがとうございます。」

「なんでしょうか。」

「いえ、利彦さんは本当なら道明寺社長の下で、今でも経済界の最前線で活躍してたかもしれないのに、こんな街中の弁当屋なんて私の夢に付き合っていただいて、感謝してます。
私、今、人生で一番穏やかに過ごしてるかもしれないです。自分の好きなことだけに専念できて、人の笑顔が見られて。全部、利彦さんのお陰です。」

西田は、それは違う、と言いたかった。
それは全て坊ちゃんのお陰です。と伝えたかった。
この会話を、いまそこにいる坊ちゃんがどんな思いで聞いているのか。考えると居た堪れなかった。

「私が望んでここにいるんです。つくしさんは何も考えず、これからも喜ばれるお弁当を作ってください。つくしさんの幸せが私の願いです。」

「ありがとうございます。それじゃ、帰りますね。あまり遅くならないように帰ってきてくださいね。」


その時、司が抱きかかえていたツグムが体をよじった。

「う、ん・・」


「「「 ! 」」」


「いま、何か聞こえました?」

「あ、う、ううんんん。コホン!すみません、ちょっと喉の調子が悪くて。」

咄嗟に西田が取り繕った。

「え、大丈夫ですか?じゃあ、夕食は喉にいい食材を使ってみますね。」

「あ、はい。よろしくお願いします。」

「じゃ!」

それを最後に、つくしは今度は本当に事務所を出て行った。



『隠れんぼ壁紙』をポケットに仕舞ったドカえもんは、ホッと息をついた。

「ツカサくん、これはね、忍者の隠れ身の術を応用した、、、」

と、ドカえもんは道具の説明をしようとして司を振り向き、言葉を止めた。
ドウミョウジの歴史がすべてインプットされたドカえもんの頭脳だが、その永い歴史のデータの中でも抜きん出て秀麗な美貌を持つ男の、苦しみに満ちた表情と出会ったからだ。



つくしと西田の会話を聞いているうちに、司の内部では嫉妬の焔が地獄の火炎のように燃え盛った。2人は男女の仲ではないと聞かされても夫婦然とした会話に、自分の中に凶暴な悪魔が宿り、いまにもその場に現れて西田を罵倒しそうになった。
しかし、部屋を出る前のつくしの言葉が心に突き刺さって、嫉妬は呆気なく表現のできない苦しみに変わっていた。


『今、人生で一番穏やかに過ごしている』


そりゃそうだよな。
俺から解放され、道明寺って怪物からも解放され、自分の夢を純粋に追えるんだ。
牧野にとっちゃ、今こそが自分自身の人生かもしれないな。
牧野のためにはこれでよかったのかもしれない。

そんな思いが過ぎる。

俺が変えようとしている歴史は、果たして牧野にとって良いことなのか?
かつて「小さな幸せを見つけていきたい」と拒絶されたことがある。
牧野はいつでも平穏を願って、俺との付き合いさえ隠そうとしていたくらいだ。

司は、さっきまで信じていたものが崩れるような感覚を覚えた。




********




その頃、弁当屋の近くに構えた自宅マンションに徒歩で帰宅しながら、つくしもまた動揺していた。

今日はなんだかおかしい日だ。
配達途中のあちこちで道明寺の気配を感じた。
挙げ句の果てに、事務所に戻った時にはあの懐かしい彼の香りまで鼻先に感じられて、本当に今日の自分はどうかしている。

あれから6年。
あいつの出張先のブラジルに遊びに行ったのを最後に、『あれ』からは同じ大陸を踏んだこともないというのに、気配を感じるだなんて。
だからなんだか利彦さんにあんなことを改めて言いたくなった。
道明寺を失った時を思い出してしまって、今の平穏な中に充実している幸せに感謝したくなった。

昔、まだ若い頃、穏やかな暮らしこそを至高としていた自分が、あいつのそばにいられるなら、そんなものは捨ててしまってもいいとさえ思うほどになっていたのに。

・・・疲れているのかもしれない。
最近は、美作さんのこともあり、ちょっと根を詰めすぎていたかもしれない。
今日は利彦さんとゆっくり夕食をとって、早めに休もう。
明日も早いのだから。

つくしは遠い過去のいまだ忘れ得ぬ愛しい人を想いながら、今ある安穏を受け入れようとしていた。








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2018.10.09




つくしを見送ったあと、司はしばらくその場から動けなかった。


「西田」

「はい」

「お前、利彦って名前だったのか。」

「・・・」



「西田」

「はい」

「牧野といっしょに暮らしてんだな?」

「・・・この近くのマンションに暮らしております。もちろん寝室は別にしております。」

「・・・」


司はもう何も言いたくなかったし、聞きたくなかった。
司はドカえもんに声をかけた。

「さて、行くか。タヌキ、『どっかのドア』だ。」

「はーい。」

ドカえもんはもうお馴染みになった『どっかのドア』を出した。


「それじゃあな、西田。牧野のこと、よろしく頼む。」

「かしこまりました。」

「それと、あきらはもう病気じゃねぇから。」

「・・と、おっしゃいますと。」

「さっき、そこのタヌキの道具で俺が治しといたからよ。だからあきらには力のつく弁当を届けてやってくれ。」

「はい。牧野様にお伝えします。」


司はツグムを抱いたまま西田に背を向けると、『どっかのドア』に「俺の邸に」と言ってドアと共に消えていった。


西田はその消えゆく背中を、ひとつの思いで見送った。



********



ドアをくぐった先は道明寺邸、東の角部屋内だった。

司にとってはつい最近、つくしの誕生日に帰国して以来なので懐かしいとも思わなかったが、いま目の前に広がる室内は調度品に白い布がかけられていて、主が長期に不在であることを示していた。

司は寝室まで行きベッドの覆いを外すとそのキングサイズのベッドの中程まで乗り上げ、抱いていたツグムを横たえた。


さすがの司も疲れを覚えていた。

「ツカサくん、僕も休んでいいかな?どこか狭い場所はない?押入れはないよね?」

押入れ?
そう言えば、牧野の部屋にあるあれか。

「押入れ?んなもん、ここには、、、ああ、タマの部屋にあるな。でも今はダメだ。クローゼットならこの部屋にもあるぜ。」

そう言って司は寝室横のクローゼットにドカえもんを案内した。


クローゼットの内部は、10年前から何も変わっていないようだった。増えても減ってもいない。
どうやら今の司は何年も全く帰国していないようだ。

「どこでも好きなところで寝ていいぞ。」

「ありがとう。じゃあ、そこにするよ。」

ドカえもんが指したのは、ハンガーポールの上部に設置されたシェルフだった。

「ふん、好きにしろ。」


ドカえもんをクローゼットに残して司は寝室と続きになっている書斎へ向かった。
そこは全てが収まるべきところに収まり、もう何年も、誰も何も微動だにしていないようだった。
先日、帰国した時にはつくしの写真が飾られていたデスクには何も置かれていなかった。

かつて司がこだわって選んだデスクチェアに座り、今日、と言っていいのか、ドカえもんが現れてからの時間を振り返った。

なんという1日だっただろう。

執務室のデスクの引き出しが突然に開き、中から耳のない猫型ロボットが現れ、200年後の子孫だと名乗る子供が現れ、牧野とは結婚しないと告げられ、未来の自分を見て愕然とし、それならば、と牧野の結婚相手を探し、未来の真実を知らされ、そして無二の親友を1人救った。
長い。1日がとてつもなく長かった。
と言っても、今は午後の1時を回ったところだ。
日はまだ高く、冬の澄んだ陽光がカーテンの隙間から差し込んでいる。

この時間では通いの庭師や警備、メイドがいて、不用意に邸内を歩き回るのは面倒なことになりそうだった。

司は自分もシャワーを浴びて一休みしようと立ち上がった。
その時、視線の先の書棚に、小さな紙袋が置いてあるのが見えた。
この部屋では浮いているその紙袋は、誰かに見つけてもらうのを長い時間待っていたようだった。

司は書棚に歩み寄り、その紙袋を手に取り、またデスクチェアに座り直した。

デスクの上でその紙袋を開けると、そこには何度も見て、手に取ったことのある、司の記憶よりややくたびれた革張りのジュエリーケースが入っていた。
それが何か司はすぐにわかったが、でもそうでないことを祈って、ジュエリーケースを開けた。

土星のネックレス

未だ、つくしの首に初めてかけたときの輝きそのままの思い出の品だった。

紙袋にはメッセージカードが入っていた。



  『 道明寺 これを見つけてくれてありがとう。
    出会ってから今日までの時間をありがとう。
    私を愛してくれてありがとう。
    あなたの幸せをいつも祈っています。

                202X年5月○日

                     牧野  』


司はしばし動きを止めた。

これは俺の牧野のものじゃねぇ。
俺の牧野は10年前にいて、土星のネックレスはその牧野が持ってる。
これは未来の俺に返されたものだ。

言い聞かせながらも、このカードを宛てられたNYの自分を思うと胸に軋む痛みが迫った。
その日付は今いる時代からおよそ6年前、司が生きる時代から4年後だった。

たった4年後に、俺は牧野からこんなメッセージを受け取っちまうのか?

そう思うと、恐怖と焦燥と共に、強いイラ立ちを感じた。

「何、呑気なこと言ってんだよ。遠くで祈ってどうする。お前が幸せにしてくれねーとなれねぇんだよ・・・」

司は呟いてから土星のネックレスを元どおりに収めると、紙袋ごと書棚に戻した。
そのまま書斎を出て、ドカえもんを起こすためにクローゼットに向かった。




「おい、おいっ、起きろ!」

しかしドカえもんは電源でも切っているのか。微動だにしない。

「おっ!ネズミだ!!」

司が試しに叫ぶと、「ぎぃやぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」という雄叫びと共にドカえもんは跳ね起きた。

「・・・そこはオリジナルに忠実なんだな。」

クローゼットを逃げ回るドカえもんを捕まえると、司はあることを命じた。

「バーカ、うちにネズミなんているわけねーだろ。目ぇ覚めたか?おい、ちょっとだけ時間を進めてくれねーか?夜にしてほしい。」

「はぁ、はぁ、はぁ、よ、夜に?」

「ああ、そうだ。このままじゃこの部屋から出られねぇ。夜なら邸内は婆さんしかいなくなるから、動き回れる。できるだろ?」

「できるよ。えっと、、『早送り時計』〜!」

「ツカサくん、これはね時間を早送りにできる道具なんだ。」

「お〜、サンキュー。じゃ、早速夜の9時にしてくれ。」

ドカえもんは懐中時計のような形状の道具の短針を9に合わせた。
するとさっきまで差し込んでいた昼間の日差しは急激に弱まり、すぐに暗くなった。
邸内外の人の気配も急速に失われた。

「はい今、夜の9時だよ。」

「ああ。じゃあまた寝ていーぞ。この邸にはネズミは1匹も入れねぇから安心して寝ろ。」

「んもう!今度脅したら道具は出さないからね!」

それだけ言い残して、ドカえもんはまたシェルフの上に戻った。







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2018.10.10
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