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10月 下旬 パリ


JAPAN EXPO in Paris に茶道のブースを出展している西門流パリ支部の視察のため、総二郎はパリを訪れていた。
合わせて、美作商事フランス支店で家具の商談があったあきらもパリに入っていた。

本当の目的は類に会うため。
類からもたらされた情報は、いくら20数年来の親友の言葉といえど、おいそれと信じられるものではなかったからだ。


《牧野がみつかった。》


待て。
見つかったってなんだ?
そもそも死んでる人間が見つかった?
遺体が、か?
まさか、生きてた?

総二郎もあきらも類から連絡を受けた時には声さえ出なかった。



*****



花沢家はパリ郊外に広大な敷地を含む館を所有していたが、類は利便上、パリ16区のアパートメントに暮らしていた。
午後9時を過ぎて集まった3人は、ブランデーを手にしている。


「で?」
「なに?」
「何じゃねーよ!牧野だよ。」

総二郎が身を乗り出して類に詰め寄っている。

「うん。生きてた。」
「……何から質問していいかわからない。そのくらい俺たちは信じられないんだが。」

類に劣らず王子様然としたあきらは訝しげな視線を投げた。

「だろうね。俺も会った時には数分固まったし。」
「そうだろーよ。」
「で、なんでいままで見つからなかった?どうして家族の元へ戻らなかったんだ?」
「記憶喪失。」
「「 記憶喪失!? 」」
「うん、そう。牧野つくしとしての自分、日本人であること、日本語、あの日までの何もかも全て忘れてる。」
「・・・何もかも?」
「そう。箸の持ち方も知らなかったって。」
「たって。って、誰がだよ?誰情報なんだよ?」
「司」
「「 つかさぁ?? 」」
「司が見つけたんだ。あのVOGAの撮影で。牧野、いまカメラマンなんだ。」
「カ、カメラマン!? 牧野が、か? もう情報についていけねー。」

総二郎が前髪をかき上げながらソファの背もたれに体を預ける。

「じゃあ、いま牧野は誰なんだ?」
「エマ・ホワイト」
「って、あの司を撮影した?」
「そう。」
「それで司はまたそのエマ・ホワイトを追いかけてるってか?」
「そう。」
「フン!司もしつこい男だなー。勘弁してくれよ。」
「ちょっと待て、言ってないのか?エマ・ホワイトに牧野のこと。」
「司が隠したがってるんだ。記憶が戻ることを恐れてる。牧野が戻れば自分はまた嫌われるって。」
「おいおい、司ってそんな女々しい奴だったのか?隠しておけねーだろ?」
「お前たちはどうする?会いに行く?」
「「・・・・・」」

「俺はやめとくわ。」
「総二郎・・・」
「会うなら牧野の話をすべきだろ。家族も待ってる。遺体が出なかったんだ、信じたくないのが親心だろーが。それにもしも記憶が戻った時の牧野の気持ちを考えろよ。話して欲しいだろ。」
「確かにな。俺も同感だ。俺たちはもうすでに牧野に顔向けできないことをしたんだ。これ以上、罪を重ねたくはないな。」
「・・・」
「それで、そのエマ・ホワイトは司をどう思ってんだよ。」
「・・・・愛し始めてる。」
「「 マジ!? 」」
「ああ、司が出会いをやり直したんだ。今度は最初から大切にしてた。」
「マジかぁ。牧野が司を、かぁ。」
「10年の時を超えた恋がようやく実を結ぶのか…?」


彼女の明るい笑顔を3人は思い出していた。
短期間だったが、自分たちを変えてくれ、ひとりの親友の人生を賭けた恋の相手。
生きていてくれた。
嬉しかった。
だが、新たな暗雲が立ちこめている気がして、もうこれ以上彼女が傷つかないことを祈った。





*****





俺の腕の中でエマが眠ってる。
生まれたままの白磁の素肌にシーツだけを纏って。

目が合えばキスをして、キスをすれば抱きしめて、抱きしめれば肌に触れる。
好きな女を抱くってことの幸福と快感は想像を超越してた。

エマのすべて、心も体もなにもかもが俺のものだ。
軽いキスに一喜一憂していたころが懐かしくなるくらい、今の俺の喜びは腕の中でこの女を開花させていくこと。
俺のために着飾り、俺のために美しくなり、俺のために身悶える。
俺が欲しいと目が潤み、俺が触れれば歓喜に啼く。

エマはあれから1週間だけパリに行った。
最低限の仕事はこなさなきゃならないと言って。
今までのどの瞬間よりも離れ難かった。
肌を合わせた後だから、俺たちの間に隔てる何かがあることが耐えられない。
距離も時差も空気さえも、もどかしい。

欲望は果てしなく、底がない。
ひとつになりたい。
彼女の中に溶けてしまいたい。
彼女を手に入れた次には、そんな望みを持つようになった。



・・・だが、俺の心にはまだ解放されない思いがある。

牧野がこちらを見ている。
あの大きな黒い瞳に怒りを込めて。


“ あんたそれでも男なの?卑劣なんだよ!”


牧野の言葉が俺を苛む。

俺は卑劣か?卑怯か?
でもお前は、自分が牧野つくしだって知っても俺を愛してくれたか?
俺のせいで記憶を失くし、家族を失くし、牧野つくしとしての9年を失くしたって知っても、俺を愛したか?
医者だって言ったらしいじゃねえか。
お前の記憶は戻らねぇって。
だったら、余計なことを知ったところで、苦しむだけじゃねぇのかよ?

俺が大切にするから。
エマになったお前を一生をかけて愛するから、だから俺のそばにいてくれ。
なあ、牧野。








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2018.11.30




11月上旬 VOGA本社 リリーのオフィス


次号の表紙にする写真を選んでいる。

『ねえ、エマ、今度「VOGA Japan」でセルフポートレートをやらない?』

相変わらず唐突なリリーからの提案にエマはいじっていたカメラを落としそうになった。

『セルフポートレート!?私が?』
『そうよ。そんなに驚く?クスッ』
『だって、あれは知名度のある人がやるか、一般人が完全に自分のためにするものでしょう?どっちも私には当てはまらないわ。』
『あなた、やっぱり鈍感ね。あなたの名前、もう知名度があるわよ。』
『そんな・・・』
『アデライードもあなたの仕事に満足してたわ。ホットな彼氏がいなきゃ、ずっとパリに引き止めてたって。ね、やってみない?』
『でもなんで日本なの?』
『あっちでは若い子の間で流行ってるのよ。それにあなた日系でしょ?より身近に感じるからってオファーが来たのよ。』
『はあ・・・ピンとこないわ。』
『ウフフ、飛び込んでみなさい。より顔を売るチャンスよ。』
『・・・そうね。わかったわ。やるわ。』
『よかった。撮影は来週。エステでも行く?』
『エ、エステ!?ヌードの指定じゃないんでしょ!?』
『違うけど、でもそれでもいいんじゃない?あなた女として魅力が増したから。恋人のお陰かしらね。』

エマは真っ赤になってうつむいた。

『ほら、ここにも愛の証が』

リリーがエマのデコルテを指でなぞる。
そこには司に付けられたキスマークがあった。

『もう!からかわないで!』
『あら、からかってないわ。愛されれば愛されるほどに女として成熟できるものよ。あなたも愛を知ったんだから成熟する刻よ。とにかく、どう自分を演出するか考えて。』
『…わかったわ。』



*****



『おかえり!』

司が帰るとエマが出迎えた。

『ただいま』

ただいまのキスは、もうチークキスではない。

『ちょっと!』

司はすぐにエマを抱き上げた。

『風呂に入るぞ』
『なんで私まで?!』
『俺が入るんだから、お前も入るんだ。』
『私はもう浴びたわ!』

エマは抱き上げられたまま、司の部屋のバスルームに連れていかれた。




『セルフポートレート?』

司とのバスタイムは報告会も兼ねている。
体を洗いっこして睦み合った後は、泡の張ったバスに浸かって今日あったことを報告し合う。
司はすぐに後ろに回って抱きしめようとするが、それをされるとまた始まってしまう。
エマは後ろを取られないように司とは向かい合って浸かった。

『そうなの。「VOGA Japan」の企画でね、私にオファーがあったって。企画はJapanだけど、世界中のVOGAの誌面に載るからもっと知名度を上げるチャンスだって。是非やってみろってリリーが。最初は驚いたけど、面白い試みだし、日本は私のルーツかもしれないでしょ?引き受けたわ。』

司の顔色が変わった。

世界だと?
エマの顔が、いや、牧野の顔が世界中で晒されるというのか?
気づかれないわけがない。

『それでね、撮影は来週なのよ。まだどんな演出にするか決めてないんだけど、でも今夜からキスマークは禁止ね。』
『あ?ヌードでも撮るのか?』
『アートよ、アート。可能性は否定しないわ。』
『そんなもん、俺が許すわけねーだろ!』

そう言って司はザッと泡を掻き分けエマを抱き寄せると、その肩にキスマークをつけた。

『ちょっと!ダメだって。やめて!』
『やめねぇ。服なんて一枚も脱げないようにしてやる。』

司は次々とエマにキスマークをつけていった。




*****




コンコン


『どうぞ』
『リリー、Mr.道明寺がお越しです。』
『お招きして』
『Mr.道明寺、こちらです。』


2日後、司はリリー・フォールのオフィスにいた。
エマのセルフポートレートをやめさせるために。


『はじめまして、道明寺司です。司と呼んでください。』

司は右手を差し出した。

通常なら司から握手を求めることなどない。
だが相手はVOGAのリリー・フォールだ。
彼女の一言でファッション界から消えた人間は枚挙に暇がない。
ファッションに関係しない業界の人間でも、彼女に“ ダサい ”の烙印を押されれば社交界からは消える運命だ。
そのリリーがエマを気に入っているということは、それだけでエマのカメラマンとしての将来は約束されたも同然だった。
司の言動でエマがリリーの不興を買えば、エマはもうファッションカメラマンとしては終わりだった。


オート・クチュールに身を包んだリリーが司の手を取り、握手をする。
まずは第1段階クリアだ。

『あなたがエマのホットな恋人ね。お会いできて光栄だわ。リリーよ。』

白で統一されたオフィスには、ル・ゴルビジェのソファセットが置かれている。
リリーに促され、そのひとつに腰をかけ、長い脚を組んだ。

『エマの恋の扉を開けたのはどんな男だって、話題になってるのよ。』
『光栄ですね。』

リリーは値踏みするように目を眇めて司を見た。

『噂通りね。』
『どんな噂ですか?』
『5番街の氷の貴公子。それともアンドロイドかしら? 』
『私の氷もエマの前では役立たずですがね。』
『言うわね。あの子がそんなにいい? 』
『彼女しかいらない。』
『あの肌に舌を這わせたい男はたくさんいるのよ。後ろから撃たれないようにするのね。』
『ご忠告、ありがとうございます。』

リリーがフと笑みをこぼす。
これは、とりあえず今日は無事に帰れる合図だ。


『それで、その氷の貴公子が私に何の用かしら。』
『エマのセルフポートレートをやめさせたい。』
『・・・なぜ? 』
『彼女はいずれ私と結婚し道明寺グループCEO夫人となる女性です。でもまだ顔を世間に知られるには早い。守りきれません。』
『ふーん、それがオモテの理由ね。ウラの理由も聞かせてもらえるのかしら? 』
『フッ、リリーに建前は通用しませんか。』
『事と次第によるわね。』
『実は、私は嫉妬深い男でして。これ以上、彼女を他人に見せたくないんです。箱に閉じ込めておきたいくらいなのに、全世界に公開するなど、気が狂いそうだ。』

司は、長年、多くの美麗なモデルたちを見てきたリリーでさえ見たこともない最上の美貌を欲望に染め、リリーを睥睨した。

『どうやらアンドロイドではなさそうね。あなたが人間臭くて安心したわ。あなただったら、ファッションの世界でも頂点に立てるのに。惜しいわね。』
『興味ありません。』
『そうね、私は今年のクリスマス休暇にスペインに行こうと思ってるの。どこかいい場所、ご存知?』

今度はリリーが司を睥睨する番だ。
司はフッと口元を緩めて言った。

『…うちのリゾートホテルがマヨルカ島にあります。あなたのためならそこのスイートをいつでもご用意させましょう。』
『…エマには別の企画を用意するわ。それにしても、恋人のキャリアを邪魔する男なんて最低ね。』

リリーはニヤリと笑みを見せた。








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2018.12.01





『っはぁぁ〜〜』
『どうした?』

いつものバスタイム。

今日はなんだか元気が出なくて、ノリ気じゃなかった。
そしたらツカサに『真面目にヤれ!』って言われた。
なによ!真面目にヤるって、ナニをどうすることよ!?

『っはぁぁ〜〜』
『だから、どうしたんだ?』
『セルフポートレートがなくなっちゃった。』
『ふーん。』
『あーあ、いろいろ考えてたんだけどなぁ。』
『いろいろって例えば? 』
『そうだなぁ、オールヌードとか、顔のドアップとか、カナダの雪山に女を捨てた人、求む!とか。』
『…おい』
『やりたかったなぁ』

泡から目だけを出し、ブクブクと拗ねている。

「プッ可愛いヤツ」
『あ!いま“ kawaii ”って言った?それって“ 可愛い ”って意味だよね?』
『知ってるのか?』
『うん、“ kawaii ”は有名な日本語。ねぇねぇ、もっと日本語教えて!』
『何を知りたい?』
『そうね、じゃ、バスは? 』
『「ふろ」だな』
『 “ huro ” ? 』
『ああ』
『じゃ、泡は?』
「あわ」
『じゃあねぇ、』


牧野に日本語を教えてるなんて変な感じだな。
昔は俺の方が牧野に日本語を訂正されてたのに。


『 “ makino ” は英語でなんて意味なの?』
『!』
『ツカサもルイも私に初めて会った時に言ってたよね? “ makino ” って。どういう意味なの? 美人だねーとか? いい女だなーとか? 』


エマは無邪気な顔をしている。
司はどう取り繕おうか、懸命に頭を回転させていた


『んなわけねーだろ。誰のことだよ、いい女って。』
『ツカサが惚れてる女よ!』

と言ってエマは泡を飛ばした。
そのまま2人はじゃれ合って、バスルームを出た。




*****






ビュォォォ―――――

    ビュォォォォォ―――――――――

  ビュォォォォ――――――――




ここは、あの雪山だ。
誰かが呼んでる・・・?


「・・・寒い。寒いよ。道明寺」
「牧野!」


振り向くと、雪の上であの日の牧野がうずくまっている。
近づこうと走る。
でもその距離は縮まらない。
牧野が真っ白な顔を上げた。


「あんたはいいね。エマと幸せになれて。」
「牧野、違う! お前を探したんだ! 」
「嘘。あたしなんて見つかって欲しくないんでしょ? 帰ってきてほしくないんでしょ? 」
「そうじゃない! 牧野! 」
「・・・いいよ、もう。あたしは永遠にここにいるよ。この寒い雪山に。あんたの望み通りに・・・」


つくしが去っていく
真っ暗な雪原へ


「道明寺、さよなら・・・」
「牧野! 牧野―――――!!!」











「牧野!!!」

司はペントハウスの自分のベッドで目覚めた。
腕を天井に向けて伸ばしている。
汗をかいて、髪の癖が緩くなっている。
その額に細い手が伸びた。

『ツカサ? 大丈夫? 』
『・・・エマ』
『すごくうなされてたよ? 酷い夢だったの? 』

隣にいるのは牧野つくしの顔をしたエマ・ホワイトだ。

顔をした?
牧野じゃないのか?
エマって誰だ?


途端に司は泣きたいような感情に襲われて、エマを強く抱き寄せた。

『ちょ、ちょっと、』
「愛してる。ずっとずっと好きだった。お前だけをずっと。」
『???ツカサ?なんて言ったの?』
『…愛してる』
『う、うん。私もだよ。』


エマは子供のように縋り付く司の背中をトントンと撫でた。








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2018.12.02




エマは違和感を覚えていた。


何かがおかしい。

“ makino ”

昨夜もツカサが叫んだ言葉だ。
どんな意味なんだろう。


オフだったエマは図書館に行った。
Japanese–English Dictionary
つまり、和英辞書で “ makino ” を調べた。

ない

図書館で一番大きな和英辞典を取り出した。

ない

辞書にない?
ということは、人名?


“ あなたが私の古い友人にあまりにも似ていたので驚いてしまって。 ”


ルイの言葉。
私が彼の古い友人に似てるって・・・


“「大切な」友人だったんでしょ? ”
“ 古い話だ ”


エマの表情が歪んだ。
エマはある疑念をもって類をコールした。


RRRR. RRRR. RRRR. RRRR. ......


出ない。そっか時差がプラス6時間だから、今パリは夕方の4時だわ。
ガッツリ仕事してるわよね。


ビクッ!


RRRR. RRRR. RRRR. .....


エマの携帯が鳴った。
相手は類だった。


『Hello』
《エマ?ごめん。どうしたの?》
『いえ、私こそごめんなさい。いま仕事中でしょ?また掛け直すわ。』
《いや、大丈夫だ、もうオフィスに戻ったから。いまは誰もいない。話して。》
『うん、あのね、聞きたいことがあって。』
《司のこと?》
『そうだけど、そうじゃないっていうか。』
《プッ、どうしたのさ?》
『あのね、正直に答えてね。私に気を遣わないで。』
《・・・何があったの?》

エマはためらわないで言おうと思った。
探らずにズバッと聞こうと思った。

『ツカサが愛してた人ってMiss マキノ?』

類がハッと息を呑むのがわかった。
疑念が確信に変わった。

《・・・・・司が何か話した?》
『いいえ。でもそうなんでしょ?』
《…そうだよ。》
『私がそのMiss マキノに似てるのね。』
《・・・・・・》

類は、迷った。

なんと答えるのがベストなのだろう?
いや、ベストもなにもない。だって本人なんだから。
“ 似てるんじゃない、君だよ。 ”
それしか言うべきベストはない。
だとしたら、ベターは?

迷っている間にエマがまた話し始めた。

『Miss マキノはどうしたの? いなくなったってツカサは言ってたけど。』
《…ああ、行方不明になったんだ。》
『行方不明……』
《…エマ? エマ! 大丈夫か? 》
『ええ、大丈夫。わかったわ。教えてくれてありがとう。』
《エマ、司を信じるんだ。何があっても司は君を愛してる。》
『わかってる。ありがとう、ルイ』








エマは自分の世界がバラバラと剥がれ落ちていくような感覚を味わった。

自分はツカサがかつて愛した、いや、今でも愛している女性に似ている。
しかもツカサもルイも自分を見て驚きで動きを止めるほどに。


身代わり?


実らなかった恋を私で満たしているの?
私の向こうにMiss マキノを見ながら?
私を抱きながら、心は別の女を抱いている?

瞬間的にエマは強い嫌悪感に襲われた。

いや!そんな!
愛されてない
私を愛してるんじゃない
私の姿を愛してるだけ
似ているから
彼女に

Miss マキノに!!




顔面蒼白になりながら、エマは部屋に戻った。
まだ時刻は昼を過ぎたところで、部屋の窓からは紅葉が見頃になった11月中旬のセントラルパークが見渡せた。

『うっ…うう…ぅ〜』

涙が伝う。

あの温かな手も、あの微笑みも、あの優しさも、全部、最初から私のものじゃなかった
身代わりに授けられただけだった
心は彼女のもの
心がなければ、肉体なんて器に過ぎない
私が欲しいのはツカサの心
心からの愛だけ



あとからあとから、拭っても拭っても涙の雨は止まなかった。








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2018.12.03




司の元にエマのSPから連絡が来たのは15時を過ぎたころだった。
NYはあと1時間ほどで日没だ。


『どうした? 』
《エマ様が大きな荷物を持ってマンションを出られました。》
『荷物? 』
《はい。ご旅行でも行かれるような大きなトランクです。》
『旅行の予定なんてなかったはずだ。それで、どこに向かってる? 』
《空港です。》
『空港だと!? 』
《はい。ラ・ガーディアです。》
『わかった。すぐに向かう。引止めろ。』
《かしこまりました。》


どういうことだ?
旅行なんて聞いてねぇぞ
それとも仕事か?
だとしても俺に黙ってなんておかしい


その時、司の携帯がまた鳴った。
画面表示は類だ。

「チッ」

こんな時になんだよ


「類、後にしてくれ。」
〈エマに何かあったのか? 〉
「…なぜ知ってる? 」
〈司、エマは気づいた。牧野に。〉
「!」
〈昼間、エマから連絡が来て「Miss マキノは司が愛してた人か? 」って。〉
「それで、何て答えた? 」
〈「そうだよ。」って答えた。それ以上のことは言ってない。〉
「わかった。」
〈司、〉
「なんだ? 」
〈時が来た。わかってるだろ? 〉
「…ああ。」
〈牧野をよろしく。〉
「・・・・・」


そのまま通話は切られた。


牧野つくしと対峙する時が来た。
司はついに来たその時に慄いた。




*****




ついひと月前、ここにエマを追いかけた。
自分には決して手に入らないと思っていた愛を手に入れて、燃えるような心でただ一人の女を追いかけた。

そして今、俺は恐怖に打ち震えながら、やっぱりただ一人の女を追っている。

牧野、俺たちはなんて遠くまで来ちまったんだろうな
俺たちがまだ高校生で、2人ともガキで
顔を合わせれば喧嘩して、そして時々は笑い合って、単純にお前のことだけを考えていたあの頃が懐かしい

でも俺は、あの時に戻りたいとは思わない
お前がエマとなって俺を愛してくれている今が、最高に幸せだから

また言われちまうな

“ あんたそれでも男なの? やることが卑劣なんだよ! ”

フッ、ああ、俺は卑劣な男だ
何があってもエマを手放すわけにはいかない
悪いな牧野
エマは俺のもんだ








エマはSPの巧みな作戦によって手荷物カウンターで足止めを食らっていた。

『だから、どうしてダメなのよ! 』
『何度も申し上げておりますが、こちらはお預かりできません。』
『いや、だから理由を聞いているの! 』
『申し訳ありません。業務上の機密で申し上げられません。』
『はぁ!? 機密? 私の手荷物が機密!? 』

エマは自分が何処かの国のスパイとでも勘違いされているんじゃないだろうかと困惑した。


早く、早く出て行きたいのに
ツカサのいるNYにもう一刻もいたくないのに
ケベックに帰るんだ
ジェフのところに
そしてもう2度と恋なんてしない


『エマ!』

エマは弾かれたように振り返った。

『ツカサ、なんで・・・』

司が自分を睨みながら歩いて近づいてくる。

『いや、いや!来ないで!』

手荷物カウンターに背を押しつけるようにジリジリと後ずさりするが、逃げ場がない。

『エマ、帰るぞ。』
『帰らない。あそこへはもう帰らない。』

司はこのままでエマが話せる状態ではないと判断し、エマの腕を掴んで引き寄せると、軽々と肩に担いだ。
そして踵を返して空港を出ようと歩き出した。
エマの荷物は司に従っていたSPが持った。

『ちょっと!下ろしてよ!下ろしなさい!!』

興奮状態の牧野つくしに何を言っても無駄なことは経験済みだ。
司は無言でリムジンに乗り込んだ。



ドサッ

『痛っ』
『大丈夫か? 』
『大丈夫か? あなたこそ頭は大丈夫なの? こんなことしてポリスが黙ってないわよ? 面前で誘拐なんて! 今頃、通報されてるわ。』
『ああ、そっちは問題ない。』

平然と話す司に、NYのアッパーがどんな人種か知っているエマは怒りをこめて司を見た。

『ねえ、なんで追いかけてきたの? 女一人いなくなったってあなたには痛くも痒くもないでしょ? 身代わりなんていくらでもいるじゃない。』

自嘲がこもっていた。


なぜ今まで考えなかったのか
私なんかが道明寺司の恋人だなんて、チャンチャラおかしいってことに
この人はこのNYの貴公子で、社交界の華で、世界一美しい人で
その上、あの道明寺に君臨する一族のプリンス

釣り合うと思ってたの? エマ
本気だと?


『お前の身代わりなんていない。』
『ハッ!そうよね。私自身が身代わりだものね。Missマキノの! 』
『・・・それも違う。』
『違わないわ。なぜ嘘をつくの? もうわかってる。あなたが愛してるのは昔も今もMiss マキノだけ。私は似てるから身代わりにされただけ。単純だわ。下ろして。』
『ああ、俺は今も牧野を愛してる。だからお前を愛してる。』

リムジンの対面に座った司の目は爛々とこちらを見ている。
怒りではない、悲しみでもない、得体の知れない不安をたたえていた

『バカにしないで! 彼女を愛してるから身代わりのお前も愛してるって? 酷いことを平気で言うのね。信じられないわ。』

エマは呆れ返った。


こんな男だったとは
酷すぎてなんだか力が抜けてきた
もうどうでもいい 
なにもかもどうでも
今日はケベックに帰れないかもしれない
ま、いいか、明日もあさってもチャンスはある


エマはリムジンの背にもたれ、脚を組み、腕も組み、視線を車窓に向けた。
冬に入ろうとするマンハッタンに日没が訪れていた。
ビル群で夕陽を見ることはできない。
そこにある燃えるような太陽を感じられるのは、空に浮かぶ雲に映し出される光に目を向けた時だけだった。

『お前は身代わりじゃない。』
『まだ言うの? あー、はいはい、わかりましたっ。バカバカしい。話すだけ無駄だわ。』
『・・・・お前が牧野なんだ。』


・・・・・・


司の言った言葉を聞き取って理解するのに数秒を要した。
エマは緩慢な動きで首を司に向けた。

『…今なんて言ったの? 』

『エマ、お前自身が牧野なんだ。9年前に行方不明になった牧野は、お前だ。』








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2018.12.04
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