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『ここ?』
『日本料理だ。食ったことあるか?』
『ええ。リリーにご馳走になったことあるわ。箸が難しかったわ。』

本当に何もかも忘れてしまってるんだな。


司はつくしが生きてここにいることが奇跡に思えて仕方がなかった。





部屋は日本の料亭を模した個室だったが、欧米人向けに座りやすさを重視し、掘りごたつ方式になっていた。

『ワーオ、ここって凄いキレイ。本物の日本って感じ。』

エマはキョロキョロしながら、見るもの全てに驚いて感動している。

『座れよ』

司とエマは向かい合わせに座った。

『お前も日系だろ?だったら自分のルーツなんじゃねぇの?』
『うーん、そうなのかな?ツカサから見て私って日本人ぽいの?アジアンだってことはわかるけど、チャイニーズかもしれないでしょ?』
『自分でわからねぇの?』
『そうねぇ、それがわかればねぇ。』
『どうして?』
『うーん、私ね昔の記憶がないの。気づいたらジェフ、ってこれ養父ね。の家にいて、手当てを受けてた。なんでも、雪の山に捨てられてたって。』
『捨てられてた?』
『うん。ジェフもカメラマンなんだけど、撮影で入った雪山で私を見つけたんだって。ジェフのお陰で手足の指は20本、揃ってるんだよね。』

と言ってエマは両手を司の前で広げて見せた。


誰が捨てられてたってぇ?
あの辺一体はうちの私有地だ。
フリーのカメラマンが勝手に入って、許可もなしに撮影してたってことか。
それで牧野を見つけた、と?


『その後はどうした?』
『うん、ジェフに見つけてもらう前の記憶がないから、仕方なくジェフの養女になって、名前も歳もわからなかったから、ジェフが決めてくれて、セカンダリースクールの10年生に編入した。だから今は24歳。』

セカンダリーの10年生!?
おいおい、15歳の扱いじゃねーか。
日本だと中3か。
24歳って、2歳もサバよんでんのかよ。
東洋人は若く見えるからな。


『ツカサは何歳なの?』
『27だ。』
『へー、3つも年上なんだ。』

ちげーよ!本当は1こしか違わねーよ。


『ケベックはフランス語だろ?フランス語も話せんのか?』
『ええ、そうね。学校はフランス語だった。家でジェフとは英語で話してたけど。』

マジか・・・。
これがあの牧野とはまだ信じられない。
俺がドイツ語を話した時に本気で驚いてたヤツなのに。


料理が運ばれてきた。

『うっわー、キレーイ!美味しそう』

エマは顔を輝かせて美しく盛り付けられた前菜を見つめていた。

『でもさ、この箸がね。』

エマは箸と格闘している。

『こう持つんだ。』

司が自分の箸を持って見せてやる。

『えー、難しい。わかんないよ〜』
『ったく』

司は立ち上がり、エマの横で手を取って箸を持たせた。

『まずはペンを持つようにこう、そしてもう一本をここに差し込んで、薬指で支える。』

エマの細い指に自分の指が絡み、司は胸が高鳴るのを感じた。

『ホントだ!できた!よおっし、これを、こうして。パクっ、モグモグ、おいひ〜〜〜!』

エマは牧野つくしがそうだったように、満面の笑みで美味しそうに食べた。

『美味そうに食うな。』
『うん、美味しい!ツカサ、サンクス!』

エマに、いや、つくしに「ツカサ」と呼ばれる度に、司の鼓動は急速に9年前に引き戻された。


すべてを失ったと思った。
9年前の初恋。
幼かった自分。
彼女をもっと大切にすればよかったと、どれだけ後悔しただろう。
それが戻ってきた。
奇跡を起こして。
もう一度やり直せるならば、今度こそ大切に大切にして、もう絶対に傷つけない。
そして、今度こそ牧野を手に入れる。




『記憶、戻って欲しいか?』

食事を楽しんでいるエマに、司は問いかけた。

『うーん、どうだろう。雪山に捨てられる人生ってどんなだろうって思ったら、今が幸せだから別に思い出さなくてもいいかな。』

エマの言葉に司は何も言えなかった。


もとはと言えば、俺が元凶だ。
俺が牧野に赤札を貼らなければいじめられることはなかった。
よって騙されて遭難することもなかった。

その時、瞬間的に司の背筋がゾっと粟立った。

「あれ」を思い出したら、また元の関係に戻るのか?
俺を嫌っていた牧野に?
そして遭難した真実を知ればきっとさらに俺を憎むだろう。
だとしたら、記憶なんて戻らなくていいじゃないか。
これから新しい関係を築いていけばいい。
真っさらなキャンバスに今度は最初から美しい絵を描いていけば。

司は決めた。
記憶に触れるものからつくしを遠ざけよう。
「エマ・ホワイト」として自分の側に置こう、と。


*****


食事が終わり、2人は再びリムジンに乗り込んだ。

『ツカサ、ご馳走さま。ご馳走になってよかった?』
『ああ、俺が選んだ店だ。気にするな。』
『ふふ、じゃあ次は私が選んだ店で飲みましょう。ご馳走するわよ。』

エマは上機嫌でリムジンの車窓を眺めた。

『家はどこだ?』
『ブルックリンよ。送ってくれるの?』
『ああ。でも稼いでんだろ?マンハッタンに住めよ。』
『私なんてまだまだ。やっとリリーから仕事をもらえるようになったのよ。でも今回のあなたとの仕事はビッグチャンスだわ。これが認められれば、いよいよマンハッタン上陸かもね。』
『俺がモデルをやったんだ。認められるに決まってんだろ。』
『そうかも。ほんと、ビジネスマンなんかにしとくのもったいないわ。』

あはは〜とエマは笑った。

『なぁ、・・・男いんのか?』
『何よ?惚れたの?男いるわよ。一緒に暮らしてる。』

呆気なく言ってのけられて、司は目の前が揺れた気がした。

『へ、へー。エマならいると思ったよ。』
『でしょ?ふふ。ま、ステディって言っても、束縛し合う仲じゃないけどね。お互いに夢があるから恋愛に関しては気楽にしようって。ツカサこそ、いるんでしょ?』

エマがチラッと司を見た。

『今はいない。俺の場合、気楽に付き合いたくても相手がすぐに結婚とか言い出すから、面倒になって遠のいてる。』
『あー、ツカサの立場じゃそういうのあるだろうね。うまくいかないよね。そんだけ美しいのに、自由な恋愛ができないなんて、なんていうか、宝の持ち腐れ?』
『おいっ!別に持ち腐れてないぞ。』

エマはまたあはは〜と笑った。


楽しい。
こんなに楽しいのはいつぶりだ?
やはり9年ぶりか。
牧野といる時が、生きてると感じられる時だ。
この身に血が流れ、この心に人への愛情があると感じられる唯一の相手だ。



楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、リムジンはエマのアパートメントの前に着いた。
司がエスコートしてエマを降ろす。

『ツカサ、ここでいいから。今日はありがとう。新しい友達ができてうれしかった。これ、私の連絡先。次はトライベッカの場末のバーにご招待するわ。じゃ、おやすみ。』

エマはそう言うと、司の首を引き寄せ、その頬に頬を寄せチークキスをした。
フランスの文化圏で過ごしたエマにとっては親しくなった友人同士の当たり前のスキンシップだった。
が、されたほうの司は膝から力が抜け、もう少しで崩折れそうになるところを寸ででリムジンに寄りかかって耐えた。
エマはそんな司には気付かず、さっさと踵を返してアパートメントの中に消えていった。

「っはぁぁぁ〜〜〜」

司は手で顔を撫でると、濃かった1日を思って深く長い息を吐き出した。


とりあえず、姉ちゃんに連絡だ。








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2018.11.02




『ただいまぁ〜』

カバンをソファにボンと投げ、上着をバサッとソファの背にかけた。

『ウィリー?ウィリアム?いないの〜?』

エマはキッチンに入り、冷蔵庫から1ガロンはあるミルクを取り出すと、コップになみなみと注いだ。
ミルクを持ち、ウィリアムの部屋をノックする。

コンコン

『ウィリー?』
『ああ、おかえり』

エマはウィリアムに軽いキスをして、ただいまの挨拶に代えた。

『飲んだ?』
『ええ。今日友達になった人に日本料理の店に連れて行ってもらったの。そこでSAKE(酒:日本酒)をご馳走になったわ。』
『へー。SAKEを出す日本料理店なら高級なんじゃないの?』
『その人、日本人なの。だからそういう店を知ってたんだと思う。』
『どこで知り合ったんだい?』
『撮影よ。今日、モデルをしてくれた人。』
『ふふ。またエマの魔力に引き込まれたか。男だろ?』
『なによ!魔力って。人を魔女みたいに。そうよ、男よ。それも最高のハンサム。』
『そうやって、俺にヤキモチを妬かせて燃え上がらせようって?だからエマは魔性の女なんだよ。』
『ちょっと、ミルクがこぼれるわ。あんっ!』

エマとウィリアムはそのままベッドに潜り込んだ。



*****



ウィリアムとの情事の後、エマはバスルームでお湯を溜めながらツカサのことを思い出していた。


リリーの依頼で、これまで何人ものメンズモデルを撮影してきたけど、あんなに美しい男は本当に初めて見た。
あれで本職はビジネスマンだって言うんだから、神様は不公平よね。
最初は無愛想な人だと思ったけど、話してみたら楽しかったわ。
掴んだ手が思いのほか暖かかったし。
それに、最後にチークキスしたときに感じたあの香り。
一瞬、本当に一瞬だったけど、なんだか懐かしかった。
懐かしい・・・・痛み?
胸の奥がズキッと痛んだ気がした。
ウィリアムには言えないわね。


エマはバスタブに浸かりながら目を閉じた。



*****



「姉ちゃん、いつから知ってた?」

司は自室にもどり、即座に椿に連絡を取った。

〈山神に紹介された時よ。あの「VOGA」のリリー・フォールが目をかけている新進のカメラマンで、ぜひ彼女にって紹介されたのよ。驚いたわよ。つくしちゃんの顔してるんだもの。でも確証がなかったから話さなかったの。あんたならわかるんじゃないかって。やっぱりあれはつくしちゃんなのね。それにしても何も覚えてないみたいね。〉
「ああ、自分が誰かってことはもちろんのこと、日本人であることも、日本語も、箸の持ち方も覚えてねぇよ。」
〈そこまで!?深刻だわね。で、あんた、どうするつもり?〉
「あ?もちろん捕まえるに決まってんだろ。今度は逃さねぇ。でも姉ちゃんに頼みがあんだよ。」
〈なによ?〉
「俺は牧野じゃなく、エマ・ホワイトとして落としにいく。牧野の記憶は戻らなくていい。」
〈ちょっとあんた!なに言ってんのよ!!〉
「牧野が記憶を戻したら、何もかも振り出しだ。俺がガキだったってのは認める。この俺がどんだけ後悔したか知れねぇ。だが今度は間違わねぇ。だから姉ちゃんもエマに牧野を思い出させるようなマネはやめてくれ。」
〈・・・・わかったわよ。あんた、今度こそ本当につくしちゃんを幸せにできるんでしょうね!?〉
「つくしじゃねぇよ。エマだ。ああ、任せとけ。」
〈でも、覚悟も必要よ。F3に会わせたら思い出すかも。ずっと秘密にはできないんだから。〉
「・・・わかってる。」


少なくともエマを手に入れるまで、あの親友たち、とりわけ類には絶対に会わせるわけにはいかなかった。








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2018.11.03




5番街 道明寺本社ビル AM9:00


司は道明寺の副社長として新規事業のマネージメントを担っていた。
あの日、つくしを失くした司からは表情が消えた。
その上、常人離れした美貌と正確無比なビジネス手腕、ワーカーホリックな勤務ぶりが加味され「5番街のアンドロイド」や「氷の貴公子」などと影で囁かれていた。


オフィスで司は第一秘書の真島に命じた。

「エマ・ホワイトを調べろ。それとその養父のジェフ・ホワイトもだ。」
「かしこまりました。」

命じられた真島は急ぎ足でオフィスを出て行った。




司は昨夜渡されたエマの連絡先をコールした。


RRRR. RRRR. RR…


《yes?》
『エマ、俺だ。司だ。』
《 Hi!ツカサ。昨日はありがとう!で?何の用?》
『おい、用がなきゃ連絡しちゃいけねぇのか?』
《そうじゃないけど。 ・・・ちょ、ダメ、やめて・・・ウィル!!・・・ゴソゴソ、バタン。はぁ、ごめん。で、なんだっけ?》
『・・・ウィルって昨日言ってた男か?』
《ああ、そうそう。彼もカメラマンなの。報道志望だけどね。》
『ふーん、そうか。』

司の心のうちに、かつて翻弄された嫉妬という名の隣人が再び住み着いた。
この厄介な隣人を、今度は上手くコントロールしなければならない。

『なぁ、ランチでもどうだ?』
《いいわよ。ツカサはどこにいるの?》
『5番街の道明寺ビルだ。』
《オーケイ、じゃまたミッドタウンでどう?メトロで向かうから2時間後にグランドセントラル42丁目で。》
『わかった。』
《じゃ。》

通話は切られた。


「ふうぅ」

司は自身の熱を逃すように息を吐いた。

今度は慎重にと思っても、どうしても嫉妬が渦巻く。
牧野のそばに男がいる。
あの様子だともちろん体の関係もあるだろう。
大切にすると誓ったばかりなのに、すぐにでも強引に奪ってしまいたい衝動が体内を暴れまわる。

9年間、失っていた恋。
なのに、この激情はもうあの頃と寸分違わぬほど高まっていて、結局、彼女のことを忘れたことなど一時もなかったのだと、司は思い知らされた。

司は内線で法務部を呼び出した。

『契約したい人間がいる。カメラマンだ。名前はエマ・ホワイト。早急に契約書を作成してくれ。』



*****



真島にエマ・ホワイトならびにジェフ・ホワイトの調査を指示してから1時間後、調査書が提出された。

【エマ・ホワイトに関する調査報告書】
〜14歳 来歴不明
15歳 セカンダリースクール10年生に編入
17歳 カレッジ課程・大学進学準備コース入学
19歳 ニューヨーク大学 芸術学部写真学科 入学
22歳 ニューヨーク ファッション協会 MGTフォトコンテスト 優秀賞 受賞
現在、ウィリアム・ターナー(25歳)と同棲中

ニューヨーク大学?
行方不明になってから4年後に入学してる。
俺と入れ違いか。

「チッ」

司は渡米後、全米でも屈指のビジネススクールのあるニューヨーク大学経済学部に在籍し、3年で大学卒業、その後の1年は同大学のビジネススクールでMBAを取得していた。
つくしとはちょうど入れ違いで卒業したことになる。

こんなにも早くから、こんなにも近くにいたのか。
もっと早く再会したかった。

5年もの時を、同じNYで過ごしていたことが悔やまれた。



【ジェフリー・ホワイトに関する調査報告書】
職業:カメラマン
ケベック在住
主に自然を対象とした撮影活動。
離婚歴あり。現在、独身
36歳のときにエマ・ホワイトを養女とする。


この男が牧野を救い、同時に俺から奪った。
果たして恩人なのか、それとも敵なのか。


司は再び内線をコールした。

「真島、ケベックへの出張を組んでくれ。滞在時間は3時間でかまわない。ああ、出来るだけ早い日時で。・・・わかった。それでいい。」

次に外線をコールする。

『はじめまして。私は道明寺司と申します。あなたにぜひ、お会いしたい。エマ・ホワイトの件で。
はい、はい・・・ええ。では明後日の15時はいかがですか。はい、よろしくお願いします。』







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2018.11.04




グランド・セントラル42丁目駅の北側、人と車が行き交う路上にリムジンが横付けされた。
窓を5cmほど下げ、待ち人を探す。
男は目だけを車窓から覗かせているが、それでもその全身が美麗であることは容易にわかった。

地下からひとりの女が階段を登ってきた。

ウェーブのかかった髪を1つに束ね、ノーカラーブラウスのボタンは上2つが外され胸元のキャミソールを見せている。
バッグは肩に掛け、手にはジャケットを持ち、細身のデニムに黒のエナメルパンプスでリムジンを見つけて駆けてくる。
9年前の貧しかった少女はもういない。
今は世界的なファッション雑誌で才能を発揮するカメラマンで、男を知って美しく開花した大人の女だ。

どんな人混みに紛れても彼女を見つけられる自信があったのに、このNYで5年もすれ違いながら、その姿に気づくことはなかった。

女はリムジンから目だけを出す男に向かって笑顔を放った。

『ツカサ!待たせてごめんなさい。』
『いや、大丈夫だ。そんなに待ってない。』
『そう?よかった。』

運転手がドアを開け、女はリムジンに乗り込むと司の向かい側に座った。

『何か飲むか?』

少々、息が上がっている女に備え付けの冷蔵庫を示す。

『いいえ、これからランチでしょ。お腹いっぱいになりたくないの。』
『食い意地か。クククッ』
『いいの!日本の言葉にあるんでしょ?” モッタイナイ “ だっけ?』
『ああ、その言葉が好きな奴が昔いたな。』
『へー、彼女?』
『・・・いいや、友人だ。』

一瞬、司は” 牧野つくし “を想った。

『「大切な」友人だったんでしょ?顔に書いてあるわ。』
『古い話だよ。』
『誰でも人生に何人かはいるわよ。ま、私にはまだ1人しかいないけど。』
『誰だ?』

司は少しムッとした。
ああ、これが嫉妬なのだ。

『ジェフよ。私を救ってくれた人。他にはまだいないわ。』
『歴代の男は?』
『プッ、歴代って、私ってそんなに悪女に見える?』
『見えるな。』
『じゃあ、何人なら悪女に入らないのかしら?』
『一人だ。』
『うそ!冗談でしょ!?わかったわ。それなら私は悪女ね。』

ふふふ〜とエマは意味深に答えた。

『本気になったヤツは何人だ?』
『ちょっと〜、過去にこだわる男なの?やめてよ。道明寺司ともあろう人が。あなたこそ、本気になったことあるの?』
『ああ、あるさ。一人だけ、だ。』
『そう、幸運な女がいるのね。』

エマはニヤリと笑って見せた。そして視線を窓の外に向けた。

『私はいないわ。』
『あ?』
『男に本気になったこと、ないわ。』
『一度も、か?』
『そう、一度も。誰にも。そもそも本気かそうじゃないか、どうやってわかるの?ずっと不思議だったわ。』
『それは本気になってみなきゃわからないことだな。』


俺もそうだった。
「女に本気」の意味はこいつに出会うまで知らなかった。
でも出会ってしまったら、止められない。
どんなに抗おうとも、絶対に逃れられない。

牧野、俺が教えてやる。
本気になるのがどんな想いか。
俺がお前に教えてやるよ。







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2018.11.05




リムジンはミッドタウンのエンパイヤ・ステートビルにほど近いステーキハウスに到着した。

『肉、好きだろ?』
『よくわかったわね。そんなに肉食顔してた?』
『ああ、してた。』
『もう!』

バシッとエマの平手が司の腕に落ちる。
こんなやり取りが懐かしくて嬉しい。
いつのまにか司も笑顔になっていた。



貸切だった。
店内にいるのは司とエマ、そしてSPたち。

『なぁーに?あなたとランチするときは店を貸し切らなきゃいけないの?』
『仕方ない。こんなSP連れてたら一般客と同席する方が迷惑になる。』
『それもそうだけど。あなたも大変ね。』
『最近はパパラッチも多い。会話に聞き耳でも立てられちゃ堪らねぇからな。』

エマの体が一瞬、ビクンと揺れた。

『そう言えば、ウィルだっけ?報道写真家志望の。何してるんだ?』
『あー、やっぱそうよね。そうなるわよね。えーと、まあ、その、それよ。』
『食うためにパパラッチか?』
『あはは〜、あ〜。そう、です。はい。』

エマの目がキョロキョロと動いた。

『パパラッチって言葉の意味、知ってるか?「蝿」だぞ。彼氏に蝿をさせとくのか?』
『そう言われちゃうと身も蓋もないんだけど、でも互いに干渉しないってのが暗黙のルールだから。だからあなたのことは言ってないわよ!私はウィルの仕事の手伝いはしてないから。』
『わかってるよ。』

だが、もし気づいたらエマにレコーダーを仕込むことくらいは平気でする連中だ。

司はウィルの存在を早めにどうにかしなければならないと思った。


『おいしーーい!!』

ニコニコしながら次々と肉を口に入れていくエマを見て、食べているときだけは、エマはつくしにもどると思った。

『ツカサは小食なのね。』
『食べることに興味がないんだ。』
『そんなに大きな体、どうやって維持してるの?お菓子が好きとか?』
『まさか。甘いものは大嫌いだ。』
『ふーん。やっぱり宝の持ち腐れじゃない。あなたほどの財力があったら、私なら全財産、食べ物に使っちゃうかも。』
『一生あっても食いきれねーよ。』
『言うわね。』
『事実だ。』

フフンと司がいたずらっ子の顔で笑うと、エマも釣られてフフと笑った。


心地いい。
この時間が永遠に続いて欲しい。



*****



ランチを終え、VOGA本社で打ち合わせだと言うエマをタイムズスクエアの手前まで送っていく。

『目立つからツカサは降りないで。今日もご馳走になっちゃってありがとう。』
『今日はしてくれないのか?』
『え?何を?』
『チークキス』
『…甘えんぼなの?』

そう言うと、エマは司にチークキスをした。
みぞおちから甘い痺れが登ってくる。
が、次のエマの言葉にその痺れは消え去った。

『・・・あなたのその香り、』
『え?』
『あなたの香り。昨日も感じたけど、なんだか懐かしいの。変でしょ?初めて会った人なのに。それに今まで嗅いだことがない香りなのに。』

司の顔から血の気が引く。

『…同じ香りのやつなんて他にもいるさ。エマの大勢の過去の男にいたんじゃないのか?』
『失礼ね!そんなにいないわよ』
『じゃ今度、何人なのか教えてもらうよ。』
『フン、だ!私に惚れるんじゃないわよ!』

そう言うと、エマはリムジンを降りて、笑顔で『バイ!またね。』と言って歩き去った。


「・・もう遅い・・・・」

エマの後ろ姿を見ながら、司は呟いた。



*****



オフィスに戻った司は、先ほどのエマの言葉を思い出していた。

” あなたの香り・・・・懐かしいの。 ”

人間の嗅覚は記憶をつかさどる脳の領域に接続していて、密接に結びついていると何かで読んだ。
とすれば、俺自身が一番危険な記憶の誘導体ということになる。

記憶は戻させない。


司は世界に一つしかない自分だけのパルファンを封印した。
全てはつくしを手に入れるために。







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2018.11.06