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第三部、連載開始です。







クリスマスが終われば冬季休暇だ。
また椿に招待されて二人はフォスター家のプライベートジェットでLAに向かっている。
しかしつくしはどうせ招待してくれるなら夏と同じ民間機がよかったとつくづく思っていた。


「あっ…ちょっもう、やだっ…ん」


あの夜からまだ5日。
身体を繋げた興奮が収まらない司が、事あるごとに触れてくる。
朝は目覚めればキスをして、隙あらば弄られ昂められ繋がった。
夜はベッドに降ろされて絶頂へ押し上げられた。

今も夜中に出発したのをいいことに、プライベートジェットのベッドルームで翻弄されている。


「ハァ、ハァ、も、もう勘弁して。あたしついこの前まで処女だったんだよ。」

「俺も5日前まで童貞だった。でも一度お前を知ったらもう我慢できねぇ。24時間、繋がっていたい。」

「24時間!? イき死ぬ…」

「ああ、まだまだイかせてやる。」

「や…もう…ああっ!」


司はつくしを抱くことに夢中になった。
抱けば抱くほどに新たな快感を得て、もう片時も離せない。
逡巡も吹き飛び、つくしを妊娠させることだけが司の懸案事項となった。






ジェットはおよそ10時間のフライトでLAに到着した。
つくしの希望で冬休み初日、28日の昼間は家の片付けに費やし、その日の夜中に東京を離陸した。
時差の関係でLAに到着したのは28日夕方。
時間を遡ってのフライトだった。

空港では飛行機を降りて案内されたV.I.Pルームに椿が待っていた。
扉が開いて入ってきた二人を見た椿は我が目を疑った。
つい3週間ほど前に会った時とは二人の雰囲気が全く違っていたからだ。

つくしの腰を抱いて現れた弟に、もう少年のカケラは見当たらない。
そのオーラには色気が加わり、以前は優しさだけだったつくしに向けられる瞳には艶が滲んでいた。
そしてつくしも、もう以前のつくしではない。
快活な少女の名残は消え去り、代わりに現れたのは好きな男に抗いきれない女の性。
腰を抱く司に抵抗を示しながらも、頰を赤らめ、甘い視線で受け止めている。

これは…と椿の勘が告げた。
これは、第二の奇跡が起きたに違いない。
二人はそういう関係になったのだ。

空港を出てLAのフォスター邸に向かう車内でも、つくしを離さない司と、離れたいつくしの攻防という名のじゃれ合いは続いていて、椿はますます確信を深めた。




「ようこそ。また来てくれて嬉しいわ。」


椿は邸で改めて二人を迎えた。


「今回も部屋はいっしょでいいわよね。」


椿の言葉に司は満足気にうなずき、つくしは顔を赤くした。


「夕食は機内で済ませたの?」

「ああ。」

「じゃ、今夜はアンドリューはいないから、私たちだけで呑みましょうよ。」

「姉ちゃん、こいつ疲れてるから、今夜は無理だぞ。」

「でも今日はせっかくのつくしちゃんの誕生日だし。ちょっとだけ。プレゼントもあるの!」

「あ、お姉さん、そんなお気を使わないでください。」

「いいのよ。つくしちゃんにはお世話になりっぱなしなんだから、これくらいしたいのよ。ケイトもつくしちゃんに渡したいものがあるって。見てやって。」


二人の会話を聞いていた司は血の気が引いた。


「誕生日…?」


司のつぶやきに、椿もつくしも振り向いた。


「司、あんたもつくしちゃんの誕生日になにかしたんでしょ? 日本では昨日だったんだから。」


冷や汗が流れる。


「…昨日……?」

「!   ちょっと、まさか、知らなかったの!? 何もしてないの??」


椿の剣幕につくしは急いで仲裁に入った。


「お姉さん、あたしも忘れてたんでわざわざ伝えてないですし、家族ではクリスマスといっしょになっちゃってるんで、別にどうでもよくなってる行事なんです。」

「どうでもいいわけないでしょ!?  司!!」


司はクラリと眩暈がした。
初めて過ごすつくしの誕生日を知らなかった上に、過ぎてから知らされるとは。
いや、待て。
まだ終わってない。
今日はあと数時間ある!

司はつくしの両肩を掴んだ。


「つくし! 何か欲しいものはないか? したいことは? 行きたい場所は!?」

「この、アホーーーー!!」


ガッツーーン!!


椿の鉄拳が決まった。


「ッテーー!! 姉ちゃん、歳考えろよ! 痛てぇんだよ!」

「このバカッ!! 本人に聞いてどうする! そういうのは黙って準備するものなの! つくしちゃんが欲しいものなんて言うわけないでしょ!?」

「いえ、お姉さん、欲しいもの、あります。」

「「えっ?」」


姉弟は振り向いた。


「なんだ、つくし、お前の言うことは何でも聞いてやる。言ってみろ。」

「うーん…あるんだけど、でも…悪いしなぁ…」

「誕生日なんだぞ。お前の望みは俺の望みだ。叶えてやる。」

「そうよ、つくしちゃん。何でも言って!」


つくしはやや躊躇していたが、目を輝かせる姉弟を前に意を決して言い放った。


「今夜は道明寺とは別の部屋で寝たい。ゆっくり安眠したい。です。」


・・・・・


「なっ!?」

「プッ! あははは!! いいわよ、わかったわ。つくしちゃんには別の部屋を用意させるわね。」

「姉ちゃん!」

「なによ? なんでも叶えてあげるんでしょ? つくしちゃんは安眠を希望したのよ。あんたに手を出されないで眠れる環境を。ね?」


椿がつくしを覗き込んだ。
つくしは真っ赤になって俯いていたが、ぺコンと頭を下げた。


「はい、あの、すみません。よろしくおねがいします。」

「マジかよ……今夜だけだからな!」


別室を案内されるつくしの背中を離れがたく見送ったあと、司も部屋を出た。







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2019.07.23




つくし用に用意された部屋はプリンセスコーディネートがされた部屋で、オフホワイトを基調に、猫足の家具たちにはゴールドラインが施され、ベッドは木彫の柱付きで天蓋の布は総レースとゴブラン織りの二重になっていた。


「素敵なお部屋ぁ〜」


見回して感嘆が漏れる。
今夜はここでゆっくりできる。
クリスマスイブに新たな関係になってから、夜毎、司に抱かれていて、つくしは睡眠不足に陥っていた。
それになんだかそろそろ生理が近い気がする。
ここらで休息が欲しかった。


コンコン


ノックが響き、返事をするとメイドが入ってきて、椿が呼んでいることを告げた。

ロサンゼルスは年間を通して温暖な気候が特徴だ。
年末を控えたこの時期でも日中の気温が18度を下回ることはない。
しかし夜は冷え込む。
日本で言えば4月下旬から5月頭くらいの気候だった。
つくしがクローゼットを開けると、既に日本から持ってきた荷物が整然と収納されている。
それに加えて椿が用意してくれたらしいドレスや装飾品など、広いクローゼットはいっぱいだった。


「また、こんなに…」


つくしは戸惑いながら、何を着るか迷った。
ただ、つくしの性格としてまだ正式に贈られたわけでもないものを使うことには抵抗があった。
だからつくしは持ってきたワンピースにカーディガンを羽織って部屋を出た。

案内された先はケイトの部屋だった。


「Hi、つくし! また会えて嬉しい!」


5歳になったケイトが笑顔で抱きついてきた。
力強さは母親譲りだ。


「ケイト、あたしも会えて嬉しい!」


つくしもまた抱きしめ返す。


「ね、つくし、今日がお誕生日なんでしょう? 私ね、プレゼントを用意したのよ。ここに座って。」


ケイトの部屋には円卓とそれを囲む子供用の椅子が並んでおり、奥にベッドが見えなければどこかの教室のようだった。
その小さな椅子の一つにつくしは腰掛けた。
ケイトはキャビネットから一枚の画用紙を取り出した。


「はい、これね、つくしを描いたんだよ。」


それはつくしの似顔絵だ。
クレヨンで描かれたそれは5歳の女の子らしくピンクのドレスを着た黒髪のお姫様だった。


「これがあたし? あたしよりも可愛いみたい。ありがとう!」

「うん! それとね、これも!」


ケイトはつくしの首に金色の画用紙とリボンでできたメダルをかけた。
メダルの中心には、

"Happy Birthday Tsukushi"

と書かれていた。


「わぁ〜、キレイ! 金メダルなんて初めてだよ。ケイト、ありがとう!」


つくしは愛しさを込めてケイトを抱きしめた。


「つくしがツカサと結婚してくれたら毎年、金メダルあげられるのに。」


ケイトの唐突な言葉に抱きしめたままのつくしは固まった。


「ケイトったら。つくしちゃんが困ってるわよ。」

「マムだってそう言ってたじゃない。つくしちゃんがツカサと結婚すればいいのにって。」

「それは本心。」

「お、お姉さん!」

「ウフフ、さ、今度は私からよ。つくしちゃん、23歳のお誕生日おめでとう!」


椿から手渡されたのは赤いリボンのかかった黒い長方形の箱。
手帳ほどのそれを開けると薄葉紙が見えた。
それを開くと出てきたのはスマホカバーだ。
しかしただのカバーではない。
カバーの全面はキラキラと光を反射するクリアなラインストーンで装飾され、中心にはグリーンのストーンで四葉のクローバーのモチーフがかたどられていた。


「これ…綺麗…」

「日本でもそうだけど、アメリカでも四つ葉のクローバーはラッキーチャームなの。つくしちゃんに幸運が訪れるように。スマホカバーにしたのは普段使いにいいと思って。」

「ありがとうございます! とっても可愛いです!」

「でしょ!? 私も気に入って色違いを作らせたのよ。」


ん?
待てよ…と、つくしは思った。
お姉さんが使うものと色違い?
まさか、まさかとは思うけど、この石、一粒一粒宝石じゃないよね?
ガラスだよね?

タラーっと脂汗が落ちるのを感じた。

念のためだから聞いてみるか。


「こういうのって、宝石だったら何カラットになるんですかね。へへっ」

「ああ、確かダイヤの部分が40カラットよ。エメラルドが5カラット。粒が小さい方が隙間なく埋められるって言われたわ。」


クラッ


待て
本当にこれダイヤなの?
そして真ん中のクローバーはエメラルドって?


「つくしちゃんのクローバーはエメラルドだけど、私のはブルーにしたからサファイヤなの。今度、見せるわね。フフ」
「は、はは、ありがとうございます…」


普段使いなんてできませーーん!!


「それと、あなたのお部屋のクローゼットの中のものもつくしちゃんのものだからね。つくしちゃんが来てくれるからお買い物が楽しくて!今度は一緒に行きましょう。」

「あの、でもあんなに……」

「そう言うと思って必要最低限にしたのよ。厳選するのが大変だったんだから。つくしちゃんが受け取ってくれないなら無駄になっちゃうの。もったいないでしょ?」

「…わかりました。ありがたく使わせていただきます。」

「よかった! さ、ケイトはもう寝る時間よ。」

「えー、つくしともっとお話ししたい〜」

「ケイト、あたしは明日もいるから。ね?」

「じゃ、つくし、明日ね!」

「うん、明日ね!」




***




メイドにケイトを任せた後、つくしと椿は3階のサンルームに移動し、ライトアップされた広大な庭園を眺めながらワインを傾けていた。
手にしているのは椿お勧めの白ワインだ。


「飲みやすいワインですね。」

「でしょ? これはカリフォルニアが当たり年だった6年前のキングスガードよ。」

「言われてもわからないところが悲しいんですが、でもとにかく美味しいです。」


つくしは酔ってしまわないように、少しずつ口に運んだ。


「ねぇ、つくしちゃん、」

「はい?」

「6年前のこと、私からも姉として謝るわ。」

「え?」

「司から聞いたの。学校であいつに襲われたんでしょ?」


つくしは口に含んだ白ワインをゴクンと嚥下した。
辛口のワインがスーッと染み込んだ。


「あ、えっと、もう昔の話なんで、そんな謝ったりとか、」

「でもそのせいで、男性がダメになって別れたんでしょ?」

「あの、道明寺がそう言ったんですか?」

「司は、そうなんじゃないかって。」

「お姉さん、それ、違います。」

「ちがう…?」

「道明寺に襲われたトラウマとかそんなんじゃないんです。あたし、最近、わかったんです。本当に好きな人じゃなかったからだって。」

「本当の?」

「あたし、よく言われるんですけど鈍感で、相手の気持ちにも鈍感だけど、自分の気持ちにも鈍感で、本気の好きと友達の好きが区別ついてなかったみたいで。つまり今までの人とできなかったのは本気の好きじゃなかったからだったんだって、わかりました。」

「つくしちゃん…それって、司のことは本気で好きってことよね?」

「えっ! えっ?」

「さっき、二人を見てすぐにわかったわよ。関係がまた一歩進んだんだってね。」


つくしはカーッと首から上が赤くなるのがわかった。
テーブルにワイングラスを置いて、いたたまれずにうつむいた。


「恥ずかしいことじゃないわ。顔を上げて。愛し合ってるんだもの。自然なことでしょ?」


椿の言葉に、つくしはゆっくりと背筋を伸ばし、顔を上げた。


「その自然なことっていうのが全く理解できなかったんですけど、わかったって言うか…って、あたし、何言ってんだろ。」


またうつむいたつくしの喉元にサンストーンが光っていた。


「つくしちゃん、その石、サンストーンでしょ?」

「え? ああ、これですか? そうです。」

「光を放つオレンジ色の石。ね、その石の持つ力、知ってる?」

「力、ですか? 道明寺が太陽の力があたしを守ってくれるって言ってクリスマスにプレゼントしてくれたんです。」

「そう…司が。あいつ、知らなかったのに最適な石をプレゼントしたのね。」

「どんな意味がある石なんですか?」

「心の偽りを破る真実を見る目を持ち、強靭さや不動の愛と情熱をもたらしてくれる。そんな力があるって話よ。」

「不動の愛…」


椿はワイングラスを置いて、組んだ脚の膝に手を置いた。


「ねぇ、つくしちゃん、このまま……」

「え?」


胸元のサンストーンを指先で弄んでいたつくしが顔を上げた。


「このまま、春になったらどうするの?」


椿の顔には怒りとも、寂しさともとれる表情が浮かんでいた。


「それは、道明寺が家に帰ったあとのことですか?」

「そう。」

「お姉さんは…あたしたちが別れると思ってますか?」

「…………」

「いえ、わかってます。あたしもそのつもりですから。」

「つくしちゃん!」

「6年前、まだ高校生だったあたしは道明寺とあたしの世界に区別も差別もないと信じてましたけど、今はもうそんなこと思ってません。あいつとあたしの世界は違います。あいつがどんなに庶民になろうと頑張ってもやっぱり世界の道明寺だし、あたしもどんなに背伸びしようと庶民の牧野つくしです。長くいっしょにいられるわけないんです。だからあたしは…」

「そんなの、やってみなきゃわかんねぇだろうが!」


二人が振り向いた部屋の入り口には司が立っていた。
歩いてつくしに近寄った。


「姉ちゃん、こいつ借りてくわ。」


つくしの腕を取り、そのまま部屋を出て行った。


「もちろんよ…あんたの幸運を祈ってる…」


椿は二人の後ろ姿に呟いた。








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2019.07.24




「司、もっとゆっくり歩いて!」


無言のままつくしの手を取って司はエントランスを抜けてポーチに出ると待機していたリムジンにつくしを乗せ、自身も乗り込んだ。


「どこに行くのよ。」

「お前のバースデープレゼントのあるところ。」

「プレゼント…?」


車が30分ほど走って到着したのは山の上の天文台だった。




司のエスコートで車を降りると、そこにはドーム型の屋根の建物があった。


「ここどこ?」

「グリフィス天文台だ。」

「天文台!? 星を見せてくれるの?」

「見られるぞ。開けさせたからな。」

「あんた、またそうやって…」

「こっちの人間は話が通じるからな。“ 恋人の誕生日だ ” っつったら許可された。」

「こっ! ちょっと!」

「こっちだ。」


またもや司に手を引かれ中に入ると、静まり返った館内で天体に関する様々な展示が出迎えた。
その横をすり抜け、階段を上がる。
通路をいくつも通った先には重いドアがあり、そこを抜けると天体望遠鏡があった。
つくしが知っている、長い筒状のものではなく、複雑な機器が幾重にも取り付けられたそれは、ドームの内部いっぱいの巨大さで空を捉えていた。

望遠鏡の横には技師が控えていて、その技師に司が呟いた。
すると技師は電子機器に何かを入力していく。
と、天体望遠鏡が唸りを上げ動きはじめた。


「今、調整させてる。」

「何を見せてくれるの?」

「お楽しみだ。」

「見てわかるかな?」

「わかるさ。」


準備が整い、技師がOKサインを出した。
まず司が覗く。


「おお、いいぞ。つくし、見てみろ。」


司と入れ替わり、その巨大さには不釣り合いな小さな覗き穴に目を当てた。




「これ、土星!?」

「ああ、そうだ。」

「すごーい!! 輪が綺麗に見える! 土星って縞模様なんだ。」

「気に入ったか?」

「うん、素敵! こんなに近い感覚で見えるもんなんだね。すごい!綺麗!」

「つくし、」


司はまたつくしの手を取った。


「行こう。」


天体望遠鏡から顔を離したつくしが振り向いた。


「どこへ? まだ見ていたいんだけど…」

「今日が終わっちまうだろ。行くぞ。」


渋々とつくしは司に手を引かれて、技師に会釈をすると天望室を後にした。


「今度はどこ?」


天望室を出て、また通路を進むとバルコニーに出る扉があった。
そこを抜けると展望台だ。


「これも見せたかったんだ。」


そこから見渡せるのはロサンゼルスの夜景だった。


「うっわーーー! なにこれ!? キレーイ!!」

「俺にとっちゃ夜景はラッキーチャームだからな。」


それは東京の、林立するビルに閉じ込められたような夜景ではなく、地球の丸ささえ感じられるような地平線に続く、広々と伸びやかな夜景だ。
地の果てまで続く光の絨毯に、つくしはしばし言葉もなく見入った。


「東京とはまた違う素晴らしさだね。…これがプレゼント?」


つくしは隣に立つ司に視線を上げた。


「フッ、ああそうだ。なんせ俺は缶詰卸会社の平社員だからな。…ガッカリしたか?」

「ううん! すっごく嬉しい。23年生きてきて最高のプレゼントだよ。ありがとう!」


つくしは本当に嬉しそうな顔を見せた。
その顔を見て、司はつくしの背後にまわり、その肩を抱きしめた。


「つくし、誕生日おめでとう。」

「うん…ありがとう…」


つくしは司の温もりを感じながら答えた。
するとまた頭上から司の言葉が続いた。


「今夜はお前の誕生日だけど、俺にもプレゼントをくれないか?」


司は左腕をほどきつくしの左手を自身の左手で掬うように取った。
そのままつくしの手の甲を上にしてつくしの目線まで上げると、まるで指に夜景の光が乗っているように見える。
素晴らしい夜景を100万ドルの夜景と例えるならば、つくしの指に乗っているのは100万ドルの光の指輪だった。


「牧野つくし、俺と結婚して道明寺つくしになってくれ。」


!!


思わずつくしは振り向いた。
そこに見たのは強い決意のこもった漆黒の瞳だった。


「お前はさっき、俺とは別れるつもりだって言ったけど、俺にそのつもりはない。俺たちは別れない。このまま一生を共にするんだ。」


つくしは言葉が出てこなかった。
何を言えばいいのか、何が言いたいのかわからなかった。
想いが通じ合った夜にも言われた。
でも今夜の司は本気だ。
だからこそ、不用意に声を出すことさえ憚られた。
思考を巡らせながら、司の瞳を見つめ続けた。


「Yesと言うんだ。」

「…………」

「つくし、「はい」と言ってくれ。」

「………無理…」

「つくし!」


つくしは司から離れて後ずさった。


「あんたと結婚なんて…無理…できない。」

「なぜだ?」

「だって、あたし庶民だもん。あんたの世界にあたしの居場所はない。」


フゥ、と司は息を吐いて髪をかきあげた。


「……お前は俺とずっといっしょにいたいとは思わないのか?」


LAと言えども12月の夜は冷える。
吹き抜けた夜風につくしは冷静さを取り戻した。
司を見上げていた顔を下げて正面を向いた。


「…思ってない。」


司は思わず絶句して、立ち尽くした。


「…思ってないって? マジで言ってるか?」

「春になったらあたしたちは別れて、あんたは家に帰る。あたしはあの部屋で暮らす。だから、あんたとは今だけ…」

「期間限定の付き合いって割り切ってるわけか…そんな簡単に割り切れるもんか? 結局、俺のことも本気じゃないってことか。」


つくしはまた顔を上げて司を見た。
しかしその目は静かだった。


「司のことは好きだよ。でも結婚とか、将来とか考えられない。あんたは違う世界の住人だよ。その世界に戻すのがあたしの役目。あたしはその世界じゃ生きられないから。」

「なんで決めつける? お前は俺を好きにならないって決めつけたけど、結局は好きになった。俺の世界で生きることもできるようになる。」

「あんたと結婚して? それで? 次期総帥夫人? 挙句は総帥夫人にって? あたしが!? このあたしだよ!? 誰が受け入れるっていうの?…たとえ受け入れるって言われてもなりたくない。」


つくしはまた司に背を向けた。
司は完全な謝絶を感じた。
シャッターを降ろされた。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。

司はつくしの前に回り込んだ。


「俺はしたぞ。お前の世界で、お前の世界のルールを学んだぞ。今では飯も炊けるし、料理もできる。風呂掃除だって洗濯だってできるようになった。電車にだって一人で乗れるじゃねぇかよ! 俺がお前の世界を学べたように、お前も俺の世界を学べばいいだけだ!」

「それは川が逆流するようなものよ。水は高いところから低いところにしか流れない。下流の水はそのさらに下には行けるけど、上流にはもう行けないの。人間も同じだよ。」


諦観が浮かんだつくしの表情に、司は苛立ちを覚えた。


「怖気付いてんじゃねぇよ。お前はそんな女じゃないはずだ。」

「あたしがどんな女かはあたしが決める。」

「何、臆病になってんだよ。俺に向かってきた時、お前にそんな考えあったか? 世界が違うなんて思ってたら、俺に赤札なんて貼らないだろ。同じ世界の人間だと思ったから、俺に宣戦布告したんだろ!? 思い出せ!」

「あんな子供だった時のこと、もう無効よ。ガキだったのよ。世界人類皆平等だと思い込んでた世間知らずよ。」

「つくし、俺は諦めない。お前が本来の自分を取り戻して俺と一緒に生きる決心をするまで諦めない。もし俺と別れてもお前に自由な人生なんでないぞ。いつでもお前を監視してお前に近づく男を排除する。絶対に逃がさない。」

「自分が何言ってるかわかってる? 狂ってるよ。あたしにも幸せになる権利はある。」

「ああ、そうだな。でも同じ権利が俺にもあるんだぞ。俺はお前がいないと幸せになれない。他の女じゃダメだ。」

「…他の女? それは戻ればまた縁談が待ってるってことを言ってるの?」


司はハッとして思わず視線を逸らせた。
つくしは怪訝な顔で司を見ている。


「あたしに何か隠してる? 前から思ってた。お姉さんの様子だって最初と随分変わったし、なんかおかしいなって。運命に勝つって前に言ったよね。なに? 何があるの?」


今度は司が背を向けた。


「隠し事なんて…何もない。」


つくしは俄かにはその言葉を受け入れられなかった。








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2019.07.25




フォスター邸に戻ってきた。
時刻はすでに日付を超えている。


「つくし、こんな夜に一人でいたくない。俺の部屋に来いよ。」


廊下の分かれ道。
左に行けば司の部屋、右に行けばつくしの部屋だ。
先ほどから離れ難い司が、つくしを抱きしめて頭頂から額、頬、耳、と、キスの雨を降らせている。


「…わかった。」


不安にさせたのはあたしだ。

期間限定だと伝えた以上、残りの3ヶ月は司の望みを叶えようとつくしは思った。




***




朝の光を感じ、先に目を覚ましたのはつくしだった。

昨夜はまずバスルームに引き込まれ、散々啼かされたあと、今度はベッドに移され責められた。
翻弄される意識の中、司の声が聞こえた。


” お前を離さない。誰にも触れさせない。俺もお前以外の女には絶対に触れない。 ”


…あたし以外の女…?
あれはどういう意味だったんだろう。
ただ単に春になっても別れないという意味だったんだろうか。

腑に落ちない思いを抱えたまま、つくしはベッドを出て立ち上がった瞬間、流れ出てくる液体を感じ、急いでバスルームに駆け込んだ。

初めての夜の後、避妊をしていなかったことに気づいたつくしからピルの服用を申し出た。
しかし強硬な反対にあって、司が避妊することで決着がついたはずだった。
だが司は隙あらばそのまましようとする。
何度もイッた後は朦朧としてしまう。
あと2、3日後に生理の予兆のある今回は事なきを得ただろうが、その後はわからない。
結婚するために妊娠させようと思っているのではないかと、つくしは司に疑念を抱いた。

シャワーを浴び、バスローブを着てベッドに戻ると司は向こうを向き、枕を抱えるようにしてまだ眠っていた。
キングサイズのベッドは司が長年、親しんだベッドだ。
きっとつくしの部屋で眠るよりもよく眠れているのだろう。
その筋肉質で滑らかな背中を見つめながら、つくしの思考は心の奥を探った。

司が求めるように、この人と生きていくことができるだろうか。
何を捨てなければならないだろうか。
ぬくぬくしたコタツも、干した後のお日様の匂いのする布団も、一人で出歩く自由も、誰にも注目されなくていい平凡さも、きっと今、あたしが持っているもの全てを捨てなければいけなくなる。
その上、司の世界の住人が身につけているものを会得しなければならない。
ゼロから…いや、この歳で始めるんだ、マイナスからのスタートだ。
何年かかるかわからない、もしかしたら一生無理かもしれないものに挑まなければならない。
その間、司に迷惑をかけ通すのか。
重荷になり続けるのか。
あたしがそれに耐えられるだろうか。
そこまでの覚悟があるのか。

つくしの自問に際限はない。
問えば問うほど、新しい不安が生まれてくる。
しかし答えを出すのはまだ早いとつくしは思った。

春までにはまだ3ヶ月以上ある。
時間はまだある。
もっと冷静に、もっと自分を見極めないと。

つくしはその逞しい背中にひとつキスを落とし、シーツを司の肩まで引き上げた。




***




二人がブランチに現れたと報告を受けて椿もダイニングに現れた。
二人を見て、結局、つくしの「別の部屋で安眠したい」という望みは叶わなかったことを椿は察した。


「お姉さん、せっかくお部屋をご用意いただいたのにすみませんでした。」

「いいのよ。あなたたちが仲良くしてくれる方が私は嬉しいわ。」

「ケイトちゃんは?」

「あの子は幼稚園よ。こっちはクリスマス休暇が終われば平常営業なの。」

「そうですか。帰ってきたら教えてください。いっしょに遊ぶ約束をしたので。」

「ごめんなさい。今日はレッスンが立て続けに入ってるの。大晦日と元旦は休ませるから。」

「わかりました。こちらこそすみません。」


そうか、セレブの子供は英才教育を受けなきゃいけないから自由な時間なんてないんだ。
そう言えば司もドイツ語やフランス語ができたよね。
子供の時から大変なんだ。


「ハァ…」


そういう一朝一夕には身につかないものをあたしがこの歳から?
やっぱり無理無理。


「そうだ! いい機会だから、つくしちゃんも体験してみたら?」

「 は?」

「つくしちゃんが私の妹になったらこの世界のことを学ぶんでしょ? 先取りしてもいいじゃない。ケイトも喜ぶわぁ。」


椿は美しい顔をニコニコとさせながらすでに執事を呼びつけていた。


「え、あの、お姉さん、」

「あ、それともLAでしたいことがあった? 欲しいものとか? また買い物に行く?」

「いえいえ! もう十分です!」

「そうよねぇ。アメリカじゃ年末年始に重きを置いてないから大したイベントもないしねぇ。じゃ、決まりね! 午後2時から始まるから、カリキュラムは後で用意させるわね!」


椿は颯爽とダイニングを出て行った。


「お、お姉さん」


椿を呼び止めたいつくしの腕が空を切った。


「いいじゃねぇか。姉ちゃんが言った通り、いい機会だ。案外、簡単かもしれないぞ。」

「んなわけないって。あんたやF3が子供の頃から積み上げてきたものをこの歳で始めて身につくわけないじゃん。庶民の中でもド庶民のあたしに。」

「お前ならできる。俺が見込んだ女だからな。」


この男はつくづく自分大好きな男だとつくしは思った。
自分への評価をあたしへの評価と錯覚してるんだ。
自分の選択が間違っていなかったと思いたいのかもしれない。







午後になり、ケイトが帰ってきた。
つくしに渡されたカリキュラム表には午後2時から6時までの4時間、みっちりと予定が組み込まれていた。

2時からはバレエ。
3時からはマナー。
4時からはピアノ。
そして5時からはフランス語だ。


「ひえぇぇぇ〜、本当にこんなのを毎日?」

「語学とピアノは安息日を除いて毎日ね。他は曜日によって変わるわ。日舞や茶道もあるのよ。」

「アメリカなのに?」

「ええ。私が日本人だから、あっちの文化にも精通していなければいけないってわけ。」

「すごいですね……」





レッスンが始まった。


「今日からつくしも!?」

「そうなの。ケイト、よろしくね?」

「うん!」


まずはバレエだ。
邸の中の、バーのあるレッスン室に案内された。
つくしはバレエタイツにレオタード、チュチュスカートを着せられ、壁一面の鏡の前に立っていた。

マジでやるの?
あ、寝不足でクマが…今夜は絶対に一人で寝る!


“ さて、Ms.マキノ。あなたには基本のポジションをする前に柔軟をしてもらいます。”


???
え、英語なのぉ〜!?
もうこっから無理じゃん!!


「つくし、つくし、」


ケイトがつくしのチュチュスカートを引っ張った。


「基本のポジションの前に柔軟をするって。」

「ケイト〜、ありがと〜」


ケイトに通訳してもらいながら、つくしはカリキュラムをこなしていった。









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2019.07.26




4時間の怒涛のレッスンを終えて、つくしは椿に用意してもらった自分の部屋のソファに横たわり、クッションを抱えて目を閉じていた。

疲れた。
初めてだったこともあったけど、わからないことばかり、知らないことばかりだった。
その上、ずっとケイトが通訳してくれてて。
ケイトはレッスンにならなかったんじゃないかな。
何をするにしても、まずは言語が理解できないと話にならない。

それにしても、これがあたしの知らなかった司の世界なんだ。
こんなことをあんな小さな頃から頑張らなきゃならないなんて、恵まれた面も多いかもしれないけど、課せられた義務も大きいんだろうな。


横になっていると、下腹部に鈍痛を感じ始めた。
あー、もしかして…と、トイレに入ると案の定、生理が始まっていた。

そろそろかも、と昨日から鎮痛剤を服用していたため、生理痛はさして感じない。
ただ下腹部の重さと眠気があった。

もうすぐディナーだけど、ちょっと眠りたい、と再びソファに横たわり目を閉じた。


コンコン


ノックの音が響いた。
が、つくしは眠っていて気づかない。


「つくし、いるか?」


ノックの主は司だった。


「いるじゃん。」


ソファにつくしを認めると、部屋に入り近寄った。
見ると眠っている。
初日から4時間のレッスンは堪えたようだ。

つくしの頭上の肘掛に座り、背もたれに向かって横向きに寝ているつくしの前髪を上げて額を撫で、頬も撫で、顎から首を撫でた。


「ん…」


身じろいだつくしが仰向けになった。
着ているカットソーの衿ぐりから手を差し込んで、胸元を撫でる。
この数日間、飽くことなく愛し続けている肌。
貪っても貪ってもまだ足りない。
触れる前は我慢できていたのに、触れてしまえば片時でも離れていることが耐えられない。


「司…」


つくしが目覚めて、自分の肌に触れている司の手を掴み、見上げていた。


「起きたか。飯だ。」

「ん…準備する。」


ソファに起き上がり、立ち上がろうとするつくしをそばに寄った司が再び横たえた。


「その前に…」


キスをしようと被さってきた司を押しのける。


「ダメだよ。」

「今、欲しい。」


首筋に顔を埋めようとする司を再び押し退けた。


「ダメだって。できないから。」

「どうした?」

「あー…生理になったから。」


こういうことも伝える関係になったことに、つくしは赤面して顔を逸らした。
が、その顔はすぐに歪んだ。
つくしの腕を掴む司の手に力が入ったからだ。


「いっ…なに……!?」


振り向いたつくしが見たのは、じっと自分を凝視する司だった。
眉をひそめている。


「それ、マジか?」

「う…ん…マジだけど…なに?」

「いや…」


司はそっとつくしの腕を放した。
動揺を隠そうと、立ち上がってつくしに背を向け、部屋に備え付けのドリンククーラーに向かった。
ゆっくりとした動作でミネラルウォーターを取り出し、蓋を開け、伏せてあるグラスに注いだ。

振り向いた司は、もういつものつくしに向ける優しい光をその目に宿していた。


「体調は大丈夫か?」


グラスを差し出しながら問いかけた。


「うん。昨日から薬飲んでたから、大丈夫。」


つくしは起き上がってソファに座り直し、グラスを受け取った。


「ありがと。」


司はつくしの向かい側に座り、その様子を伺った。


「ダイニング、行けそうか?」

「大丈夫だって。着替えるから待ってて。」


グラスを空けると、つくしはクローゼットに入っていった。
その姿が消えるのを確認し、司はソファの背もたれに両腕を伸ばし頭を預け目を閉じた。

妊娠してなかった。
運命の女神はまだ振り向かない。
奇跡は使い果たしたのか。

・・・このままチャンスを逃せばつくしを失うのか?
あいつの愛を得ながら、奪われなければならないのか?

いや、まだ3ヶ月ある。
ダメでも何か道はあるはずだ。
考えろ、考えろ。




着替えたつくしが出てきた。
パリスグリーンとも呼ばれる青みがかったグリーンの織り柄の生地のボートネックノースリーブワンピースで、細く締まったウエストから下はフレアになっている。
胸元に光るサンストーンが良く映えている。


「お待たせ。」

「ああ。似合うな。」

「フフ、ありがと。」


あの日から雰囲気が変わったつくしを司は眩しく眺めた。
つくしを女にした自信が、これからもっと変化させたい欲を加速する。
でもその変化を自分はいつまで見ていられるのか。
終わりの見えない不安が押し寄せ思わず漏れるため息を、つくしに気づかれないように感嘆のそれにすり替えた。








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2019.07.27
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