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日本列島をなぞった桜前線は最後の花びらを散らし、その色を皐月に移した。

仕事を終えて、まだ混み合っていない電車に乗り30分。
東京郊外の文教地区で降りる。
すっかり特色を失った駅舎を出た。
通勤客の帰宅時間にはまだ早いため、駅から吐き出されたまばらな人々は左右に散っていく。
うまく機能しているとは言い難いラウンドアバウトには、タクシーが通るたびに土埃が舞っていた。

時刻は午後4時。
駅から家までは徒歩15分のはずだが、実際は20分以上はかかる。
途中のスーパーに寄って帰ったらちょうど晩御飯の用意を始める時間だ。
今日は何を作ろうかな?
冷蔵庫にあるものを思い出しつつ、いつものように頭の中でメニューを繰る。


歩道が終わり、路側帯を歩いてるときだった。
私の横を国産の黒い高級車が滑り過ぎ、10メートル先で停車した。
自分とは関係のないその光景は目に入るけど、脳には入らない。
でも、その車から降りてきた人物のシルエットは私の脳の奥底から懐かしくも苦い記憶を引きずり出した。
その人がゆっくりと私に向かってくる。
私もその方向へ動く足を止められない。
向き合う距離になった時、やっとお互いの足は止まった。


「よう」

「……」


私の記憶の中でスクリーンに登場する映画俳優のように実体のないその人が、眼前に立っている。

いつもは夜見る夢の中に登場するんだけど、今日はどうやら白昼夢を見てるらしい。
久しぶりだな。
疲れてんだな。
やけにリアルなのは疲労の深刻さを表しているのか。

この手の幻影は相手にしないのが最善の対処法と身に沁みてるあたしは、通り過ぎようと歩を進めた。
と、その幻影は遮るように立ちはだかった。
足許に落としていた視線を顔ごと上げた。
インナーニットに綿混のジャケットを羽織り、スラックスではなくパンツ姿だ。

リアルだと思ったのはそれもそのはず。
その幻影は生身を伴っていた。
なぜそうとわかったのか。
今日の幻影は歳をとってたから。
かつてピカピカした少年だった彼は、社会に出て齢を重ね、その光に鈍色の艶が加わった大人に変化していた。


「記憶、戻った。」


幻影が喋った。
一瞬、彼の発した言語が分類できない。


「牧野、お前の記憶が戻ったんだ。」


ああ、日本語だったんだ。
理解できたからには返事をしないと。


「それは…わざわざ知らせに来てくれてありがとう。うん、それじゃ。」


日本語だということはわかった。
言葉の意味も理解できた。
私の中ではそれで終わり。
晩御飯、何にしようかなぁ。


「ちょっと待て」


話が終わったと思って、もう一度通り過ぎようとした私の腕が掴まれた。


「え? なに?」


私は掴んだ人物を振り返って見上げた。


「だから、お前のことを思い出した。」

「うん、わかった。ありがとう。それじゃ、元気で。」


話は終わった。
帰りたい。
家事が待ってる。


「だから、待て」


また掴まれた。


「ハァ、なに? どした?」


また振り返る。


「俺が悪かった。」


ん?
どうして謝ってるの?
この人、どんな悪いことしたんだっけ?
思い出せない。


「いや、悪くないよ。と思うよ。謝られるようなことされた覚えがない。もうあんまり覚えてないけど、もしかして類の女と勘違いしたことだったら記憶なかったんだから仕方ないよ。あんた悪くないから、なんならまた忘れてくれていいよ。」


あたしは「この人、何言ってんだろう??」ってキョトンとしてたかも。
戸惑った表情が、返ってきた。


「やっと思い出したのにもう忘れないから。」


そんな言い切らなくても。
先のことはわからないのに。


「それは、ちょっとわかんないけど。とにかく、うん、ありがとう。というわけで、もういい?」


掴まれた腕を引っ張った。


「なんで逃げるんだよ。」


逃げる?
そんな発想はなかった。
だって逃げる必要ないから。


「逃げるんではなくて、家に帰りたいだけだから。」


だって仕事終わったし、晩御飯作らなきゃいけないんだから。


「じゃ、俺も行く。」


この人物の驚く発想にまた見上げた。


「あ、そう。うん。招いてないけど、来たいならどうぞ。」


断る理由もない。





まずはスーパーに寄る。


「買い物するのか?」


それ以外にここに何の用が? というツッコミは飲み込んで、カゴを取り、カートに乗せる。
どれだけ買い物するかわからないけど、とりあえずカートを押すのが私のデフォ。


「うん。晩御飯、何にしようかな。」


家にある野菜は定番ばかりだから、なんにしても大丈夫よね。
うん、あれにしよう。
あれが食べたい気分だし。
いつもの流れで歩き回り、必要なものを入れていく。
私の斜め後ろをピタリと付いてくる人がいる。


「なんか飲む?」


後ろの人に聞く。
初めてする質問だな。
ってか、こんな小さいスーパーで売ってるもので飲めるものあるの?


「ああ、じゃ、ビール。」

「ふーん。6本あればいいか。」


さすがに発泡酒は飲まないだろうな。





スーパーを出て今度は家まで歩く。
10分もないくらい。
なのに横を歩く人が買い物袋を持ってくれた。


「ありがとう。」


チラリと上目遣いで見上げると、心なしか顔が赤くなったように思ったけど、夕映えだったのかな?


「このくらい。」


と、照れたように答えた。
その様子が変わってなくて、なんだか笑いがこみ上げて、私は思わずニッコリとしてた。
横の人はますます顔を赤くした。





家は7年前に購入したオートロックの分譲マンションだ。
ベージュの外壁が周囲に馴染んでいるそのマンションは、入り口に管理人さんが常駐してて夕方5時までの勤務。
とっても温和な人だから、みんなに好かれて頼りにされてる初老の男性。
いつもは微笑んで「おかえりなさい」と言ってくれるおじさんも、今日はあたしの後ろの人に気付いて「おや?」って顔してる。

そんなおじさんの変化にあたしは気付かないフリして「どうも〜」って顔して通り過ぎ、エントランスで鍵をかざして中に入る。
建築規制がある地域だから最上階でも5階までしかない。
エレベーターで最上階に到着すると、2戸の内のひとつのドアの前に立つ。
ドアにまた鍵をかざすとガチャリと解錠する。
重いドアを開けて中に入る。
パッと明かりが点く。
靴を脱いでいると奥から駆けてくる足音が聞こえる。


「ママ〜〜、おかえりぃ」


女の子と男の子の2人の子供が駆け寄ってきた。


「サヤカ、ソウスケ、ただいまぁ〜、遅くなってごめんねぇ。」


私は靴を脱いで上がるとスリッパを履いた。
ずっと着いてきてる後ろの人を振り返ると、さっきまで赤かったのに、今度は白くなった顔色で私たちを見つめてる。


「どうぞ、上がって。それとも帰る?」


ハッとして首を振る。


「いや、上がらせてもらう。」


靴を脱いでいるその人物の足許に来客用のスリッパを差し出して振り返ると、子供たちが怪訝な表情で見つめていた。


「ママ、この人は?」


サヤカが遠慮がちに聞いてきた。


「この方は道明寺さん。ママが高校生の時にお付き合いしてた人。わざわざ会いにきてくれたの。ほら、ご挨拶。」


名を呼ばれた本人も、紹介された子供達も、驚きで目を見開いた。


「こんにちは、清佳です。」

「こんにちは、壮介です。」

「…道明寺です。」


3人はぎこちなく挨拶を交わした。


「こっち、どうぞ。」


みんなでリビングに向かった。





「適当に座ってて。私はちょっと着替えてくるから。」


道明寺を子供達の輪に残して手洗いうがいをしてから自室に引き上げた。
ジャケットを脱いで、楽な服装に着替えて髪を束ね、エプロンをする。
リビングに戻ると、道明寺はソファに座ってゲームをする姉弟を見ている。


「おじさんも、する?」

「おじさんかよ。」


と言いながらコントローラーを握って画面の中のカートを動かして行く。


「すっげー!! うまぁっ」


壮介が感嘆の声を上げた。
清佳がバナナの皮を放った。
道明寺のカートがスリップしてる。


「うげっ! なんだよ、その技!」


和気藹々と楽しんでる。
でも道明寺がチラチラとこちらを見てる。
立ち上がってキッチンに入ってきた。
私はそんな彼を見上げた。


「晩御飯、食べていくよね?」

「あ、ああ、迷惑でなければ。」


この人はそんな気遣いもできるようになったんだ。


「フフ、いいよ、大丈夫。カツカレー、食べられる?」

「日本滞在中は社食の定番だ。」

「道明寺が社食! 時代は変わるね〜」


久しぶりに呼んだ「道明寺」
また呼べる日がくるなんてね。


「なんか手伝うか?」


私は驚きで手が止まった。


「あんた本当に道明寺? 記憶、戻りすぎて別人になっちゃったんじゃない?」

「お前ん家で鍋やった時も手伝ったじゃねぇか。」

「懐かしい話! そうだったっけ? 忘れちゃった。」


記憶喪失じゃなくても、古い記憶は歳とともにどんどん失われていく。


「記憶はいつ戻ったの?」

「1ヶ月前。日本に帰る算段が付いたのが1週間前で、帰ってきたのは昨日。」

「わぁ、そっか。急いで会いにきてくれたんだ。ありがとね。」


私は本心から嬉しかった。








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2019.04.01




キッチンでちょこまかと動き回る牧野は俺の記憶より格段に女っぷりが上がってた。
もうボンビー牧野じゃねぇからか?
男に愛されたからか?
子供を産んだからか?
とにかく、俺にとって更にどストライクな女になってることは確かだ。

トリガラだった身体は華奢なまま、女らしく丸みを帯びて、抱きしめたら柔らかそうだ。
背中まである黒髪は毛先が巻かれてて、美容院に行く金がなくて類にカットしてもらってた同じ女と思えない。
昔のままの大きな瞳は、それでも年齢を重ねて剣が取れ、牧野のくせに色気まで感じさせる。
いま34のはずだが、年より若く見えるのは肌のせいか。
白い肌には年月の痕跡が見えない。
筋の通った小ぶりな鼻、唇は厚みが増したか?
そして子供たちに向ける顔は俺の知らない優しい母親の顔で、時々、深い黒の大きな瞳が俺にも向けられて弧を描く。
それが、まるであの頃に戻ったような気分にさせて鼓動が早くなる。

そうして牧野を観察してる間に晩飯の用意ができた。


「みんな、ご飯よー」


牧野の声かけで子供たちは手を洗いに出て行った。


「ほら、あなたも」


言われて俺はジャケットを脱いで洗面へ。



「「「いただきます!」」」

「・・・いただきます・・」


4人で6人がけのダイニングテーブルを囲んだ。
一瞬、錯覚を起こす。
牧野と自分の家庭だったかもしれない、と。


ピヨピヨピヨン♪

LINEの着信音がして確認した牧野の一言に、今日、2度目に固まった。


「パパが駅を出たって。もうすぐ帰ってくるよ。」

「わー! 今日は早いね!」


パパ…
そりゃそうだよな。
俺、こんなとこにいてもいいのか?
だが、牧野の夫になった男を一目見たかった。


ガチャリ……バタン

10分くらいして廊下の先で音がした。


「だだいまぁ」


男の声。


「あっ、パパだ!」


弟がモグモグと食べながら叫んだ。
牧野が立ち上がり、玄関に向かう。
話し声が聞こえる。


「おかえりぃ〜」

「この靴…」

「ああ、道明寺さん来てんの。」

「道明寺さん!? って、あの?」

「そう、あの。」

「…え、なんで? …まさか、お前を迎えに来たのか?」

「んー、まあ、そういうことかもね。記憶戻ったらしいから。」

「マジか!!?」


俺を知ってる?
足音が近づいてくる。
開け放たれたリビングの入り口からひとりの男が入ってきた。
身長は180くらいか。
スッキリとした体型で、濃紺にストライプのスーツがよく似合ってる。
ウェーブのかかった髪はショートだ。
柔和な顔は整ってる方か。
牧野の好みか?
・・・類っぽくはねぇな。
もっと甘い顔だ。


「パパー! おかえりぃ」

「おかえりなさぁい」


姉弟が口々に父親を出迎えた。


「おー、ただいまぁ」


父親は幸福そうな笑みでまとわりつく子供たちを抱える。
このなんとも言えないアウェー感。
ここは紛れもなくこの男の城で、テリトリーで。
敵陣に乗り込んで四面楚歌な状況にさしもの俺も怯みそうになる。
俺は立ち上がった。


「どうも、あの、道明寺さんですね? はじめまして、高山悠介です。」


高山は右手を差し出した。
俺も右手を出し、握手する。


「道明寺です。」

「お噂はつくし…さんから聞き及んでいます。いろいろと大変でしたね。」

「え、ええ。」

「それにしても、お噂以上の男前だ。お会いできて光栄ですよ!」


高山は屈託無い笑顔で言い放った。


なんだこれ?
妻の昔の恋人が現れて、自分の留守中に晩飯食ってるんだぞ。
さっき俺が牧野を迎えにきたのか聞いてたよな?
そうだよ、俺はこいつを迎えにきたんだ。
お前から奪いにきたんだぞ。
なのにその落ち着きはなんだ?
その余裕ぶった態度はなんなんだよ。
子供もいる、牧野と立派な家庭を築いてるのは自分だって自負か?


「ねー、パパぁ」


弟が高山の腕にしがみついた。


「お父さんは?」


お父さん?
パパのお父さん?
おじいちゃんか?
一緒に暮らしてんのか。


「あー、今日は出張だ。遅くなるって。」

「んだよっつまんないのぉ。どーみょーじさんとカートで対決して欲しかったのにぃ。」

「道明寺さんにまた来てもらえばいいよ。道明寺さん、よかったらちょくちょく遊びにいらしてください。」

「は? あ、はぁ…」


こいつ、頭大丈夫か?
俺は牧野を連れて行くぞ?
いいのかよ・・・


「プッ! あっはははは! もうダメ! おかしいぃぃ〜」


牧野が突然、噴き出して笑い始めた。


「つくし! 失礼だぞ!」


高山がたしなめた。


「ごめん、ごめん。でも道明寺の顔が…み、見たことないくらい困惑してんだもん! ウックックックッ」

「おいっ、つくし! そりゃ困惑もするだろっ」

「道明寺、御飯、食べちゃって。悠介はお風呂でしょ?」

「オレも入る〜〜!」

「あんたも御飯、食べちゃいなさいっ!」

「ええ〜、パパ〜待っててよぉ〜。」

「ああ、わかったから、早く食え!」


弟は高山の言葉を聞いてガツガツと食べはじめた。
俺の頭にはクエスチョンマークが飛び交ったままだった。







風呂から出た高山に牧野が夕食を出し、姉弟を寝かしつける間、俺はなぜか高山の晩酌相手だ。


「道明寺さん、いま役職は?」

「来週から日本支社長です。」


そうだ。
俺はNY本社のNo.3だったが、記憶が戻って無理矢理に日本支社長をもぎ取った。


「そうですか。お忙しいんでしょうね。これまではずっとNYに?」

「ええ。」

「じゃ、今回の帰国はつくしさんを迎えに?」

「・・・・・」


さっきから感じている違和感がどこからきているのか掴めない。
この男が、どこか他人事のように感じさせるからなのか。

牧野が戻ってきた。
高山も食事を終え、俺たち3人はリビングに移った。
牧野が3人分のコーヒーを運んできた。


「壮介ったら興奮しちゃって、なかなか落ち着いて布団に入ってくれなかったわ。」

「そりゃいきなりこんなカッコいいお兄さんが現れて遊んでくれたんだ。楽しかったんだろう。」

「プッ、お兄さんなんて歳じゃないわよね? 道明寺は私たちより一つ上なのよ。」

「それが驚きだよ。」


なんで俺は夫婦の会話を聞かされてんだ?


「道明寺さん、」


高山に呼びかけられハッとして目を上げた。
先ほどの柔和さが消え、真剣な表情と出会う。


「記憶が戻ったそうですね。先ほどもお伺いしましたが、あなたは何のためにつくしさんの前に現れたんですか?」


そうか、さっきは子供達の前だったから取り繕っていたんだな。
では、俺ももう遠慮はしない。


「俺は牧野を取り戻しにきた。あんたと夫婦であろうとも牧野は返してもらう。」

「やはり、そうですか。あなたのことはつくしさんから聞いています。私たちは大学で出会ったんです。」


な? と高山が隣に座る牧野に同意を求めた。
牧野も、そうそうと頷いた。
二人の息の合った様子に、強い疎外感を覚えずにはいられない。


「何から話していいのか、」

「あの子たちは牧野が産んだ子なんだよな?」


俺は高山の言葉を遮った。
牧野と高山の恋物語なんぞ聞きたくもなかった。


「うん、そう。二人とも間違いなくあたしが産んだ子。」


だが、二人とも牧野には全く似ていなかった。
父親の遺伝子が色濃く現れたのだろう。
特に弟の壮介は高山にそっくりだ。
だからもしや高山の連れ子で、ステップファミリーなんじゃないかと勘ぐった。
でもそうか、実子か。


なんか笑えてきた。

そりゃそうだろ。何年経ったと思ってんだよ。
17年だぞ。
17だった牧野が、また17歳年取ったんだぞ。
結婚もするし、子供も産むだろ。
いつ戻るかもしれない記憶を、永遠に待っててくれるとでも思ってたのかよ。
しかもあんな仕打ちをした男を。

こんなところまでノコノコ付いてきた自分があまりにも滑稽で、情けなかった。
好きな女の幸せを、またブチ壊すようなことはしたくなかった。

俺は無意識にうな垂れた。


「でも、私の子じゃないけどね。」


・・・・・


「は?」


俺は思わず顔を上げた。


「私が産んだし、法的には私があの子たちの母親なんだけど、生物学的にはあたしの子じゃない。あの子たちはあたしの遺伝子は受け継いでない。」


・・・・・


「何言ってんだ??」

「つまりですね、」


堪り兼ねた高山が割って入った。


「つくしさんには代理母になってもらったんです。」

「代理母?」


…代理母…
NYではよく聞く単語だった。
でも日本語では聞いたことがない。
それを牧野が?


「僕にはパートナーがいまして、上の子の清佳(さやか)はパートナーの精子と僕の妹の卵子を受精させてつくしさんに産んでもらったんです。そして下の子の壮介は、僕の精子とパートナーの姉の卵子を受精させてつくしさんに産んでもらいました。」

「そういうこと。だから、処女受胎? 懐胎? なんだっけ?」


牧野はケラケラと笑った。


「ショジョジュタイ??」


俺の理解を超えた話に、まだ脳がついていかない。
ショジョ? しょじょ…処女…処女!??


「処女!!?」


ガタッと勢いよく立ち上がって思わず叫んだ。


「ちょっと!! なに、夜中にとんでもない単語を叫んでんのよっ! 座りなさい!」


ついついボーッと牧野を見つめちまった。
だって処女? こいつが? この歳で?
ジワジワと嬉しさがこみ上げた。


「なに想像してんのよ! このエロくるくるパーマ!」

「う、うるせぇ!」

「道明寺さんという方がいるのに、つくしさんに甘えてしまって申し訳なかった。」

「いや、それは、」

「悠介が謝ることないでしょ! こいつに忘れられたあたしを救ってくれたのは悠介と順でしょ。あんたたちと子供達がいなきゃ、あたし今笑ってないよ。」


そう言った牧野は、17年前のオレの記憶と同じ顔で笑った。








*代理母出産が認可されている国では、経産婦しか代理母にはなれません。この物語はフィクションです。ご容赦ください。


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2019.04.02




牧野は結局、牧野のままだった。
清佳は順ってもう一人に認知され、壮介は高山に認知されていて、牧野は同居してるだけ。
寝室も牧野は別室で高山と順が同室だ。
奇妙なファミリー。


「なあ、」

「ん?」


高山は自室に入った。
キッチンの入り口から洗い物をしている牧野の背中に声をかけた。


「俺んとこ、戻ってこいよ。」

「え? あはは。戻るってまた付き合うってこと?」

「ん…まあ、もうそんなのもすっ飛ばしたいけど。」

「は? いきなり結婚とか言うの?」

「それもいいよな。」


牧野は洗い物を終え、手を拭き、「はぁ」とため息をついた。


「座ろっか。」


牧野はエプロンを外し、俺たちはダイニングテーブルに斜め向かいあって座った。


「記憶戻って、すぐに会いに来てくれて嬉しかった。また会えて嬉しかった。でもね、ごめんね。先に謝るね。あたしにはそれは17年前のことなの。道明寺にはつい先月のことかもしれないけどね。」


記憶を失くした時、俺たちの気持ちは最高潮だったと思う。
俺は道明寺を捨てる覚悟をして、こいつはそんな俺と生きていく覚悟をした。
その気持ちのまま、俺の時は止まった。
だから蘇った記憶は、あの最高潮の気持ちも俺に蘇らせた。
でもこいつにとってあの時の気持ちは17年前のものだ。
わかってるけど、わからない。


「あの時には戻れないって言うんだろ。だったらまた始めればいいんじゃないか? またもう一度、あの時みたいに俺を好きになれよ。」

「…あたしたち、もうあの時の子供じゃない。お互いの立場の違いもよく分かってる。生きる世界が違うってことも。気持ちだけでどうにかできると思えた無鉄砲な時代は17年前に終わってるんだよ。受け入れなきゃ。」


今日、ずっと朗らかだった牧野はここへきて初めて困惑の表情を見せた。


「受け入れたとして、それでどうなる? 誰が幸せになる? お前は俺があの時の気持ちを思い出して高揚してるだけだとでも思ってんだろ。おまえにわかるか? 一瞬のうちに17年経ってた俺の気持ちが。一瞬でお前を失った俺の気持ちが。俺はもう一刻も無駄にしたくない。二度と離れずにお前と生きていく。決めたんだ。」


「道明寺…」


俺は牧野から視線を外さずに立ち上がって、ダイニングテーブルを周り、座る牧野に近づいた。
その手を取り、エスコートするように立たせた。
牧野は俺から視線を外せない。
腰を引き寄せ、俺は牧野にキスをした。
17年ぶりに牧野の唇に触れた。
ビリッと電流が流れ、みぞおちに甘い痺れが走る。
昔、こいつが好きだった俺のキスを思い出してもらえるように何度も優しく重ねる。

ガキみたいなキスなのに反応してきた。
ブレーキをかけてても気持ち良くて、もっと深い快感を求めてしまう。
もっともっと、深く深く。
逃げようとする体をさらに強く引き寄せた。


「…ん……んん!」


しばらくは身をよじる牧野の抵抗にも気づかないほど深いキスに夢中になった。
ハッと気づいて、やっと離して抱きしめた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」


牧野は俺の腕の中で荒い息をついている。
その吐く息が俺の胸に当たって、それさえも興奮を煽った。


「うっ、バカァ。」


泣いてるらしい牧野の腕が俺の胸を押し退けようとしているが、力が抜けててくすぐったい。


「キス、嫌だったか?」

「バカァ、あんた、この17年、なにしてたのよぉ。あたし以外の女、何人抱いたの? キスがプロになってて引いてんのよ!! このバカッ!!」


ドンっ!!


力を取り戻した牧野に思いっきり突き飛ばされた。
よろめいて見えた牧野の顔は涙で目が潤んで、酸欠で顔が赤くなってて、唇が少し腫れてさっきよりふっくらしている。
怒らせたってのに、俺は牧野に見惚れてた。

その時、俺の背後で声がした。


「あのぉ、お取り込み中悪いけど、、ただいま。」

「順!!」


牧野が順と呼んだ男に駆け寄り、抱きついた。


「つくし? おい、キスくらいで動揺しすぎだろ?」

「みっ、見てたの?」

「あー、ん、まぁな。ビックリしすぎて眺めちまった。」

「バカっ!! 止めなさいよ!!」

「よしよし、お前にプロのキスは刺激が強すぎたな。俺が素人のキスしてやろうか?」

「ん。して。」


目の前の男女の会話が俺を素通りしていく。
待て待て待て!!


「おいっ! 俺を無視すんな! キスなんてするな!」

「しーー!! 静かにしてよ! 子供たちが起きちゃうでしょ!」

「でさ、これは今、どういう状況?」


順と呼ばれた男は身長は俺と同じくらいか。
鍛えてるのは捲られたシャツの袖から出ている腕でわかった。
黒髪は短髪でスポーツマンといった風情だ。
涼やかな目元にシャープな顎は女にモテそうなのにな。


「俺は道明寺司だ。こいつの男だ。」


えーい、もう面倒は取っ払いだ。
俺はこいつの男で、こいつは俺の女だ。決定。


「自分の目が信じられなかったから聞いたけど、やっぱり道明寺さん? あの??」

「うん…そう…」


牧野がしぶしぶといった様子で認めた。
順は俺をマジマジと見つめている。
おい、惚れるなよ。


「……ここにいるってことは、」

「あー、記憶が戻ったんだって。」

「…マジか…やっと…」


それだけ呟いて順は牧野を放し、大股で近づくといきなり俺に抱きついた。


「道明寺さん、お会いできて光栄です。あなたにずっとお会いしたかった。お会いできたら言おうと思ってました。ありがとう、ありがとうございました!」

「はっ??」


ガタイのいい奴に抱きつかれ、何度も礼を言われる。
なんだ、なにが起こってる?


「あなたの記憶喪失のおかげでつくしに出会えて、子供達を授かった。あなたには感謝しかない! それにしてもすごい美形だ。うちに居るのが合成みたいだ。」


おいコラ、舐めてんのか?
お前のために記憶を失くしたわけじゃねぇ。
人を珍獣扱いしてんじゃねぇぞ。


「順! もういいから放してあげて。」


牧野が間に入った。


「つくし、ってことは道明寺さんはお前を迎えにきたのか?」

「え、と、あの…」

「ああ、そうだ。牧野ともう一度あの時に戻りたくて来たんだ。でも戻れないって言うから、もう一度始めることになった。」


これも決定事項だ。


「なってない! 順、なってないから。あたしはどこにもいかないから。」

「うーん、そうだよなぁ。今、つくしに出ていかれるのは困るなぁ。子供達にはお前は母親だからなぁ。でもさ、恋愛は自由だぞ。お前は未婚なんだから、別に遠慮はいらない。もう一度、盛り上がればいいじゃん。」

「順!」

「何が問題なんだ? キスしてみて感じてたろ? 俺とした時よりいい顔してるぞ。」


順は牧野の顎を持って顔を上げさせた。
ちょっと待て、お前ら、一体どういう関係なんだ?


「おい、お前らって、」

「ああ、すみません。俺たち大学時代に付き合ってたんですよ。」

「はぁ??」


だってこいつは高山のパートナーだろ??


「順、今その話すると長くなるから、遅くなったけどおかえり。明日も仕事でしょ? 早くお風呂入っておいでよ。」

「おお、そうだな。あ、道明寺さん、なんか前後しちゃいましたがはじめまして。鳥飼順です。つくしさんにお世話になってます。ゆっくりしてってください。っても、もうすぐ日付変わりますけど。」


順は時計を見上げた。


「俺、風呂入ったら今日はもう寝るわ。つくし、ごゆっくり♡」


そう言うと、順は牧野の頬にチュッとキスをして、ダイニングを出て行った。


「もう、順は!」

「・・・おい、」


牧野は肩をギクっと揺らしたが、そんなもん知ったこっちゃねぇ。


「鳥飼が元カレ? お前、ゲイに惚れてたのか?」

「はぁぁぁ〜、あのさ道明寺、今日はもう帰ってくれないかな? こんな時間だし、いろいろあってあたしも疲れちゃった。」

「はぁ…ま、だな。俺も疲れた。お前の17年の濃さに脳の処理が追い付かねぇわ。」

「じゃ、今日はこれで。」


と、牧野はリビングのドアを開けて俺に出ていくように促した。
俺は素直にリビングを出た。
が、玄関とは逆方向に向かう。


「ちょ、ちょっとちょっと、そっちはみんなの部屋がある方だから、玄関はこっち!」


牧野が声を潜めて俺の腕をを引っ張った。


「ゲストルームとかねぇの? 疲れて帰る元気もねぇわ。今日は泊まる。」

「はぁぁ??? 泊まるぅ???」

「お前、声、デケェよ。子供たちが起きるぞ。」

「ゲストルームなんてないわよ。4部屋に5人が分かれて寝てんのよ! 帰れ!」

「じゃ、お前の部屋でいいや。バスルーム貸して。」

「バカッ! あんたのお邸じゃないのよ。お風呂場は家の中にひとつ。今は順が使ってる。」

「ふーん。じゃ、空くまでお前の部屋で休む。」


スタスタと廊下を歩き、適当にドアを開けようとノブに手をかけた。
その手を牧野が掴む。


「そこは清佳の部屋!」

「じゃ、こっちか?」

「そこは悠介たちの!」

「じゃ、ここだな。」


俺は高山たちの部屋の向かい側のドアを開けた。








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2019.04.03
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2019.04.04
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