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再会から1週間足らず。
午前中に婚姻届を提出し、俺とつくしは入籍した。
結婚は勢いとタイミングだって聞くけど、それを地で行ったわけだ。

役所からつくしが所属していた榊原家政婦紹介所に向かい、退職の挨拶をする。


「あー、あの道明寺さんね! 退職? プッ、話に聞いてた通りね。いいわよ〜」


とあっさりつくしは無職になった。
・・・話に聞いてた? 誰にだよ。


つくしは「学費はどうすりゃいいのよ」なんて嘆いているが、そんなもん俺が出すに決まってんだろ。
夫なんだから。
こいつはイマイチ夫婦ってものがわかってねぇな。

夫婦になったら次にくるのはひとつ。
初夜だ。

やっとこの時が来た。
グランド・メープル・東京のインペリアルを押さえた。
本意じゃないが仕方ない。
背に腹は代えられない。
とにかく、こいつと今日中に初夜を過ごすことが最優先事項だ。


「道明寺?」


後部座席に並んで座ってる新妻が大きな瞳で覗き込んできた。
可愛いヤツ。


「呼び方、変えろよ、つくし」

「あー、そっか。えーと、んー、」

「そんなに難しくないだろ。3文字だぞ。」

「…つ、つ、つか……いやいやいや、無理無理!!」

「テメェ…」

「だってさ、会って何日? 5日? 6日? そんなすぐに切り替えられないよ。実感湧いたら変えるから。」

「お前は最初から俺だって気づいてたんだろうが。お前の中では再会して長いだろ。十分じゃねぇか。」

「逆にさ、道明寺って橘があたしだって知らなかったんでしょ? なのにわかった途端に会いに来て「結婚」っておかしくない?」

「どこがおかしいんだよ。俺は8年前からお前に惚れてんだよ。橘にも惹かれてた。お前だったからだろ。だったら俺の運命の女はお前しかいねぇじゃん。」

「橘を好きになってたんでしょ? 牧野は関係なくない?」

「…お前、また話をややこしくしようとしてんな。」

「そうなのかな? うーん…」

「それより、これから買い物に行くぞ。」

「買い物って?」

「任せとけ!」



*****



再会してからたった数日。
あたしは道明寺つくしになった。
………これ、完全にこいつのペースだよね。
ああ、8年前の悪夢再び?
いやいや、結婚なんて重大事を人のペースに流されて、なんて決断、言い訳にもなんない。
あたしがしたかったんだよ。
そう、道明寺と結婚した、した……かったかなぁ??
確かに、あんなに避けてたのに会えたら嬉しかったし、まだ好きだって言ってもらえて嬉しかった。
でも、結婚……はぁぁ〜
しちゃったものは仕方ない。
あたしも女だ。
ドンと向き合わなきゃ。


婚姻届を提出して、榊原さんとこに退職の挨拶に行った。
ものすごくあっさりと無職になった。
所長、ポーズだけでも引き止めてくださいよ。
あまりにも呆気なくてなんだか凹んだ。

次に道明寺が言い出したのが ” 買い物 ”
でもこれが単なる買い物じゃなかった。

あちこちの有名ブティック、靴屋、美容院やエステ店をハシゴし、着せ替え人形よろしく回転させられ、いつのまにか私は磨き上げられてライラックカラーのオフショルダーパーティードレスに身を包んでいた。
上半身はレースがあしらわれてて上品なんだけど、ウエストから下のスカート部分は3重になってるシフォンで、しかもこれは何?
フィッシュテールとか言ってた?
前は短くて後ろが長い。
座ってるから膝が出てる。
恥ずかしいんですけど。

考えてる内にも車はまたどこかへ向かってる。
隣にはスーツでキメた道明寺。
胸にはあたしのドレスのライラックよりちょっと暗めのカラーのポケットチーフが差してある。
その眼差しが甘々なのは見なかったことにしたい。


「やっぱお前は磨けば光るよな。」

「はっ!? あんただけよ、そんな殊勝なこと思うのは。」

「お前はホントに自分を知らねぇんだな。ま、そこがいいとこなんだけど。」


あたしの、アレンジハーフアップにして巻かれた毛先をクルクルと弄んでる長い指が、不意に首筋にツツーッと触れた。
あたしの肩がビクッと揺れたのを見逃すわけない道明寺の唇が、触れるか触れないかの位置であたしの剥き出しになった肩から耳までをなぞった。
そして耳元で囁く。


「今夜、やっとお前とひとつになれるな…」


息がかかって声が出そうになるのを耳を押さえて瞬間的に耐えた。
でもあたしの顔はきっと火照って真っ赤だ。


「そういうこと言わない! 緊張させんなっ」

「照れてるお前も可愛いな〜」


あー、ダメだ、こいつ完全に新婚バカになってる。
「アバタもエクボ」ってこういう状態を言うんだな。
と思ってるうちに車は大きなホテルの正面に横付けされた。





「ちょっと…なに? まさか入籍初日にパーティーがあるとか言わないわよね? パートナーとかまだ当分無理だよ?」


エスコートして降ろされたそのホテルは泣く子も黙るグランド・メープル・東京
もちろん、あたしでも知ってる世界的な超一流有名ホテルだ。
その聳える威容を目の当たりにして、さっきまでの火照りはすっかり冷めた。


「パーティーなんてねぇよ。記念のディナーだ。」

「ディナー!? ここで?」


あたしの腕を自分の腕に絡ませた道明寺がエントランスに向かって歩き始めた。


「ちょっと、待って! こんなとこ、あたしにはまだ敷居が高いよ!」


道明寺には確実に聞こえるように、でも周囲には聞こえないように訴えた。
はずだったのに、周りの人がみんなこっちを見てる。

あー、もうやっちゃった?
もうド庶民のマナー違反?
ヤバイ…今すぐ帰りたい。

あたしはホテルの煌びやかさと周囲の視線に圧倒されて、顔を上げてなんていられない。
俯きながら歩いていると、さっきの長い指が伸びてきてあたしの顎にかかり、クイと顔が上向いた。
そこには優しい笑みの道明寺がいた。


「大丈夫だ。俺の妻だろ? 堂々としてろ。」


妻・・・
そっか、あたしが笑われるってことはこの人が笑われるってことで、あたしが顰蹙を買えばこの人が恥をかくわけで・・・
そんなことはさせられない。


「ん、わかった。」


とにかく今夜を乗り切って、あとはこれから勉強していけばいい。
自分から飛び込んだんだから、尻込みしてても始まらないよね。

あたしは顔を上げて必死に道明寺について歩いた。








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2019.03.24




エントランスを抜け、ロビーに入ると一瞬、周囲がシンとした。

今日は土曜日。
夕方にもなれば、チェックインのお客さんやあたしたちみたいに食事のためにホテルを訪れた人で広いロビーでも人がいっぱいだった。
なのに一瞬の静寂の次には、ザワザワとしたさざめきが伝播していく。


???


なんか、みんなこっち見てる?
さっきはあたしが白い目で見られてんのかと思ったけど、違う。
見られてんのは道明寺だ。
あんた、こんなとこでも有名人なの?


広ーいロビーを抜け、上層階用エレベーターの前に来た。
そしたらエレベーター専門のスタッフさん? がボタンを押してくれて、開いた扉を押さえてくれて、一緒に中に乗り込み、目的のフロアのボタンを押してくれた。

やっぱ超一流ホテルはサービスも違うんだ。
エレベーター一機ずつに担当者がいるんだ。
・・・ん? なんであたしたちが行くフロアがわかったの?

衝撃もなく目的フロアに到着すると、スタッフさんがまた扉を押さえてくれてあたしたちは降り立った。

そこはレストランフロアなんだけど、デパートのレストランフロアと違うのは店の前に列があったりしないこと。
そして各レストランはそれぞれ威厳のある戸だったりドアだったりで隔絶されてる。
だからエレベーターロビーには静寂が漂っていた。

その時、あたしたちのもとに周囲のスタッフとは明らかに違うクオリティのスーツを着て、金のネームプレートを胸に付けた中年のダンディな男性が近寄ってきた。
ネームプレートの肩書きには “ General managers “ と刻印されている。

ジェネラルマネージャー?
・・・総支配人!!
な、なんで総支配人が?
道明寺だから??


「常務、奥様、お待ちしておりました。」

「ああ、急に悪かったな。」

「いえ、急遽、ご希望の個室にキャンセルが出ましたので。ご案内します。」


“ 奥様 ” と呼ばれて照れたのは一瞬で、ある違和感に気づく。

なんか、おかしくない?
総支配人さんは道明寺を『常務』って呼んだよね?
お客を役職名で呼ぶ?
ここは天下のメープルホテル。
社外の人間なら名前で呼ぶはずなのに。

・・・ちょっと待て。
社外じゃなかったら?
ってことは、メープルホテルって・・・まさか・・・

レストランに入ると今度はレストランの支配人が出てきて挨拶してくれる。


「常務、お待ちしておりました。」


また道明寺を『常務』って役職名で呼んでる。
これはきっともう間違いない・・・

総支配人と支配人に案内される道明寺を見て、一般のお客さんたちは会話を止める。
その視界を遮るように設えられた通路を抜けて通されたのは、夜景の見える個室だった。

ラウンドテーブルには景色がよく見えるようにガラスを正面にして並んで座る。
総支配人と支配人があたしたちの椅子を引いてくれた。

目を上げると、窓ガラスには特殊な加工がされているのか店内の様子は映らず、まるでガラスなどないかのように夜景が見渡せた。
今夜は晴れていて、澄んだ空気で25階下の大小様々な灯りの瞬きがよく見えた。
それはまるで色とりどりのスワロフスキーのクリスタルを散りばめたような美しさだった。

こんなに美しい夜なのに、好きな人と結婚した記念の日なのに、あたしにその喜びはなく、エントランスで感じた緊張とはまた違う緊張で体が強張っていた。


「それでは私どもは失礼いたします。ご用の際はお呼びください。」


総支配人と支配人は出て行った。
入れ替わりでソムリエが来て道明寺にワインリストを渡す。
フランス語を交えながら、二人でワインを選ぶ。
あたしはその光景を目の端に捉えながら、窓の向こうの自分とは隔絶された世界の人々の営みに見入っていた。


「どうした?」


左側に座る道明寺があたしの手をそっと包んで問いかけた。

どうしたんだろうね。
もう帰りたい。
邸じゃなく、ママと進のいるあの小さなマンションに。


「あのさ、ちょっと聞くんだけど。」

「なんだ」

「このメープルホテルって社長はお義母さん?」

「ああ、そうだ。メープルってのは社長の名前から取ったんだ。」


そっか。


「メープル・・・楓さんか。怖いのに可愛い名前だね。」


あたしは初日にして、結婚したことを完全に後悔していた。








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2019.03.25




美しく盛り付けられた料理が一皿ずつ給仕され、道明寺にテーブルマナーを教わりながら食事する。
とっても美味しいのに、心はちっとも浮き立たない。


「そう言えば、お前はなんで俺に庶民メシを出そうと思ったんだ?」


赤ワインのグラスを時折傾けながら道明寺は上機嫌だった。


「クビになりたかったから。」

「やっぱりな。だと思って絶対にクビにしてやらねぇと思った。」


クククッって笑ったけど、あたしの頭の中はどうやって離婚届を書いてもらうかってことでいっぱいだった。


「なぁ、なんか大人しいな。やっぱりどうかしたか?」


食事も終盤。
宝石みたいなデザートを前にしてもあたしのテンションが上昇することはなく、意気消沈って四字熟語がぴったりだった。


「ううん。景色や料理に圧倒されちゃって。大丈夫。」


道明寺がまたあたしの左手を取って、その薬指を撫でた。


「急なことだったから婚約指輪も結婚指輪もまだないが、せっかくだから一緒にオーダーしよう。世界に1点しかない俺たちだけの指輪だ。」


あたしは道明寺の優しい顔をじっとみつめながら、同じように優しく微笑んだ。
その刹那、とても切なくなった。

この人は悪くない。
この人が道明寺司なのはこの人のせいじゃない。

でも、やっぱり早まったんだと思う。
勢いと雰囲気に流されて、8年ぶりに会う道明寺に浮かれて。
もっと本気で抵抗したらこんなことにはならなかった。
まさか天下のメープルホテルまでグループ会社だったなんて、道明寺って組織の大きさをあたしは何にもわかってない。
8年前と何も変わってない、何にも知らないただの庶民。

お義母さんの言葉が今更ながらに深く染みる。


“ あなたはそのままで満足? ”


きっとすごく嫌だったろうな。
すごく心配なんだろうな。
あたしみたいのが嫁で。
あたしはあの時、お義母さんにわかってもらえたって思ったけど、あたしの認識とお義母さんの認識にはマリアナ海溝ぐらいの食い違いがあって、お義母さんは落胆したろうな。





どうにか食事を終え、レストランを出る。
やっと帰れると思って、ボーッとしたまま、またエレベーターを待ってる時だった。


「あら、道明寺さん?」


ミディアムロングの黒髪をウェーブさせたスタイルのいい美人が道明寺に声をかけてきた。


「ご無沙汰しております。その節は楽しい夜をありがとうございました。」

「あ? 誰だ?」

「ふふっ、昨年の夏にKグループの船上パーティーでご一緒いたしましたわ。」


喜色満面にあふれた女性とは対照的に、道明寺の顔色がさっと変わるのがわかった。


「今日は毛色の違う方をお連れですのね。今夜はこの方ですの? 」

「妻だ。」

「えっ! 奥様? それは失礼しました。奥様がいらっしゃったなんて存じ上げませんでしたわ。指輪もしていらっしゃらなかったし。普段は本宅にお住まいで? クスッ」


もしかして、この女性もあのペントハウスに入ったことがあるんだろうか。
きっとそうだ。
あたしとは別居してると思ったんだ。
彼の住まいに連れ込まれた自分は、女として妻より優位に立ってると思ったんだろう。
あたしは半歩、道明寺の背に隠れた。

女性はクラッチバッグから名刺を取り出し、道明寺に差し出した。


「あの時は連絡先をお渡しすることもできませんでしたので、本日は御受け取りいただければと思います。ビューティーサロンを経営しております。奥様にご利用いただけたら幸いですわ。」


道明寺は差し出された名刺に視線を落としてからフッと口角を上げた。


「生憎、プライベートですので、失礼します。」


ちょうど到着したエレベーターにあたしたちは吸い込まれた。

下るのかと思ったエレベーターが目指すのは3フロア上の最上階。
道明寺がカードキーを差し込んでようやく押せたそのフロアボタンが光ってる。

箱の中では互いに無言だった。








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2019.03.26




このタイミングで現れるあの女も運のない奴だな。
しかも名刺まで差し出して。
お望み通り、葬ってやる。

エレベーターからつくしはずっと無言だ。
ヤバイ・・・バレてるか?
でも、まだ再会前のことだし、一晩だけのことだし、あんな名前も顔も覚えてねぇような女、妻になったつくしが気にする必要はない。

エレベーターが最上階に到着し、ホールに降り立つ。
このフロアにはインペリアル一室しかない。

部屋の入り口ドアを解錠し、つくしの背を押した。
が、つくしは動かない。


「つくし、疲れただろ。中で休もう。今夜はここに泊まるから。」


もう一度つくしを促すが、動かない。


「さっきの女なら気にするな。仕事上のパーティーで会っただけの女だ。何もない。」

「何もない? フフッ、“ 別宅 ” に入ったことがある女性でしょ?」

「いや、」

「・・・あの人を抱いたんでしょ?」

「いや、だからそれは・・・」

「あたしが片付けたあの時みたいに・・・」


嫌な汗が背を伝う。


「あの人も、まさかあたしが家政婦だなんて思わないよね。」

「つくし、そのことは気にするなって言ったろ? お前は俺が選んだ最高の女なんだから、他のことなんて考えなくていいんだ。」


そう言って俺がつくしの素肌の肩を掴んだ時だった。


パシッ!!

「触らないでっ!!」


手を振り払われた。
その瞳には久しぶりに見る怒りの炎が立ち昇っていたが、怒りだけではないその色に俺はたじろいだ。


「つくしっ!」

「帰る。」


つくしはクルリと向きを変えて、エレベーターに向いて歩き出した。
距離はそうない。俺は腕を伸ばし、エレベーターの降下ボタンを押した瞬間のつくしのウエストを捕まえた。


「離してよ!」


ジタバタと暴れるつくしを俺の正面に向かせ、その歪んでしまった大きな瞳をしっかりと見つめた。


「わかった。そうだ、あの女は俺が寝た女だ。でもそれはお前をまた好きになる前だし、再会する前だ。だからなんの感情もないし、記憶にも残ってない。俺はお前だけを愛してるし、俺が欲しいのもお前だけだ。な?」


俺は誤魔化すことが事態を悪化させると感じて正直に伝えたが、つくしの怒りは全く衰えなかった。


「わかりきった告白をありがとう。だからって今夜あたしが実家に帰るのを止めることはできないわよ。さよなら!」

「実家!?って、おいっ!」


俺の手を振りほどき、ちょうど到着したエレベーターに飛び乗ったつくしは、ドアの閉じるボタンを押したがそんなにすぐに閉まるわけない。
俺は行かせまいと腕を伸ばして体をねじ込んだ。
その瞬間、センサーが反応し、ドアはまた開いた。
俺も乗せたエレベーターは動き出した。


「来ないでよ!」

「今夜は初夜なんだぞっ! 結婚初日に実家に帰るって、お前、まさかもう別れたいのか!?」

「そうよっ! もう後悔してんのよっ!!」


つくしの言葉に俺は咄嗟に声も出ない。
互いの鋭い視線がぶつかり合い、久しぶりにバチバチと火花が散るようだった。


「後悔だと!?」

「・・・早まった。浮かれて流された。あたしにはこんなところは場違いだし、あんたの妻なんていう立場も分不相応よ。さっきの人も言ってたじゃない。「毛色が違う」って。あたしみたいなのも相手にするんだって意味でしょ!? あんたが抱いた女に遭遇するたびにそういう目で見られるんだから今すぐ離婚する!!」

「別れない! 俺は絶対に別れない!!」

「じゃ、あたしがあんたが抱いた女と同じ数の男を経験してイイ女になるのを待つことね!!」

「つくしっ!! ふざけんなっ」

「馴れ馴れしく呼ばないで! とにかく今夜はもう一緒にいたくない! 顔も見たくないし、声も聞きたくない! あたしのことは放っておいて!!」


ポーンと到着音が鳴り、ドアが開いた。
開ききる前につくしは飛び出して、ロビーを早足で横切っていく。

一瞬、呆然と見送ってしまった俺は我に返り、つくしの姿を追った。

タクシーに乗る前に追いつくと思われたつくしは、慣れないハイヒールで躓いた。
その瞬間、腕を伸ばす俺。
だが、前のめりに倒れこみそうになったつくしを抱きとめたのは俺じゃなかった。




“ おっと、大丈夫ですか? ”


若い白人男性は飛び込んできた華奢な日本人女性に呼びかけた。
その時、女性が顔を上げて男性を見上げた。
漆黒の大きな瞳に見つめられる。
ルージュが引かれ、熟れた唇が何かを発した。


「は、はい、すみません。」


吸い寄せられる。
彼女に吸い寄せられる。
ウエストを引き寄せ、その白い頬に触れようと腕を上げた。


「え、ちょ…」

ガシッ


“ 失礼、私の妻を助けていただいたようで ”


背の高い日本人男性に手首を掴まれて白人男性も自分を取り戻した。


“ ああ、いえ、どうぞ気をつけてください。 ”


腕の中の女性は消えていった。









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2019.03.27




「あんた、しつこいのよっ! 離しなさいよっ!」

「お前は自覚がない分、手に負えねぇな。」


ほぼ脇に抱えるようにして暴れるつくしをホテルから連れ出した。

さっきの男は完全にこいつに見入ってた。
もう少しでその頬に触れようとしてたんだぞ!
こいつは真っ新な俺だけの女だ。
他の男に指一本触れさせねぇ。

呼び出した車の後部座席につくしを押し込める。


「やだっ! 降りる!」


ドアをガタガタ揺らしているが、動き出したんだから開くわけない。


「邸に帰る。」

「あたしはそんなところには行かない!! 家に帰る!」

「お前の家はもう道明寺邸だ。」

「あんたと同じ屋根の下なんてご免よっ! 同じ空気なんて吸いたくないっ! んう!」


うるせぇ口は塞いでやる。
空気が吸いたくないなら俺の舌でも吸ってろ!


「ん――!!」


ドンドンッ


「んん――!!」


ドンドンッ パシッ


騒ぐつくしの手を掴み、肩を抱き寄せ、深く浅く優しいキスを繰り返す。
静かにさせようと始めたキスなのに、溺れていくのはいつも俺だ。
こいつが欲しい。
もう待てない。
愛してる。愛してるんだ。
どうしてわかってくれないんだ。


「……ん…」


力が抜けたつくしが身を預けてくれる。

8年前に出会った時から、こいつだけが欲しかった。
どうしても手に入れたいのに、どうしても手に入らなかった女。
こいつに考える間を与えないで婚姻届を出したのはやっぱり正解だった。
まさか初日に逃げようとするとは思わなかったけど。

諦めろ。
俺は絶対に二度とお前を離さない。
お前がどんなに懇願しようとも絶対に別れてやらない。


「ハァ、ハァ、も…やめて…」


俺の胸にもたれかかるつくしをかき抱いた。
こいつがまた俺から離れていく不安を打ち消したかった。


「く、苦し…」


力を緩め、さっき振り払われた肩を掴んでしっかりとその目を見つめた。


「あの女がお前を毛色が違うと思ったのは、俺が今までつまんねぇ女しか相手にしてこなかったからだ。お前みたいな外も内もキレイな女がいなかったからだ。」

「あんたは今、新婚バカになってんのよ。「アバタもエクボ」ってヤツ。8年ぶりに会った興奮で目に靄がかかって、現実が見えてないだけ! あの発言は「そんな女」って意味よ。あの人にそんなこと言われる筋合いないけど、しかもこんな日に…でもそれが客観的評価ってことよ!」


そうだ。
こんな日に出くわすなんて。
こいつを動揺させた罪は償ってもらうからな。
でも今はこいつの自覚のなさをどうにかしねぇと!


「だったら、さっきの男はどうなんだ!?」

「さっきの…男?」

「ロビーでお前を抱き留めた男だ! お前に見入ってもう少しでお前の頬に触れようとしてたんだぞ! それが客観的評価ってヤツだろ!? 自覚しろ! お前はイイ女なんだよっ!」

「なに言ってんのよ! そんなのゴミでもついてたんでしょ!? あたしがなんで25まで処女だったと思うのよ。魅力がないからよ!」

「違う! ただ単にお前が鈍感だからだ。お前が今日まで男を知らなかったのは奇跡だ。俺はその奇跡に感謝してる。お前が超鈍感女でよかったって今は心の底から思ってる。お前を狙ってた男はこの8年で五万といたはずだからな。その証拠にあの指輪が何度も役に立ったはずだ! そうだろ!?」

「ぐっ、そ、それは、でも、そんなのみんな気まぐれにからかわれただけだし、ただ単にタダで使える家政婦が欲しかっただけよ!!」

「ほら見ろ! 狙われてんじゃねぇーか! 当たり前だろっ、なんせこの俺がここまで惚れた女なんだから!」

「なっ! なに言ってんのよっ! それが新婚バカだって言うのよ!」

「これが新婚バカなら俺は一生バカなままだぞ。つくし、俺はどんな俺でも、俺がどんな時でも変わらず愛してくれる存在を求めてた。そしてそれはお前だ。お前のいない人生はもう嫌だ。愛してる。お前が必要なんだ。俺と一緒に生きてくれ!」


つくしの心に伝われと、祈りを込めて訴えた。
俺を見上げたまま、困惑に見開かれたつくしの瞳がじわりと潤み始めた。


「あんた本当にバカじゃない? ……あ、あたしと一緒じゃ幸せになれないよ…あたしにはあんたを幸せにする自信なんてない…」

「幸せってなんだ? お前の考える俺の幸せって? お前がいなかったこの8年、俺は幸せなんて感じたことなかったぞ。 お前が橘になって来てくれるようになって、また幸せってものを感じた。 いい加減にわかれ! 俺を幸せにするのは橘だろうが牧野だろうが、お前って存在そのものだってことを!」


つくしの瞳を満たした潤みはいつしか溢れ、ポロリ、ポロリと光の粒になってこぼれ落ちた。
白い桃のような頬に弾かれてそれは彼女の胸元に落ちた。


「………つかさ…」


ドクンッと心臓が揺れた。
初めて呼ばれたその名は、つくしが俺を夫と認めた証だ。


「そうだ。俺はお前にとってただの司だ。そう在りたいんだ。お前だけが本当の俺を愛してくれるから。」


俺を見上げる瞳は濡れていて、それがとても扇情的だ。
顔を傾ける。
つくしが目を閉じる。
夫として妻に口付ける瞬間、感じた喜びは一生モノだった。









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2019.03.28