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皆様、こんばんは!


「レッドダイヤ 〜素直なままで 〜」いかがでしたか?
つくしらしくなかったかもしれませんが、司坊ちゃんを思い切り甘やかしてあげたかったんです。
というのも、今日から始める新連載が切ないからです。


タイトルは、


「トワイライト・セレナーデ 
   − Twilight Serenade −」



                です。


トワイライトは黄昏時、セレナーデは恋人や女性を称えるために演奏される楽曲、あるいはそのような情景のことを指しています。
人生の黄昏時に愛しい女性を思い出す様を表現しました。

今回のお話は私が遠い昔、子供のころに読んだ昭和の古い少女漫画の短編へのオマージュです。
タイトルも作者もわからないのですが、子供心に強く印象に残りました。
衝撃を受けたと言っても過言じゃないです。

それを「つかつく」で描きます。
月城(つきしろ)というオリジナルキャラの語りによって展開します。
オマージュですが、そのまま書くと暗澹たる気持ちになって救いがないのでかなりデフォルメしてます。
内容としてはアンハッピーですが、エンドはハッピーを目指しています。


司は55歳の設定で、つかつくの「死」を扱います。
悲しいお話が苦手な方、メンタルが弱っている方はご注意ください。
正直、司命!の方や、つくし大好き!の方にはお勧めしません。
私が読者だったら悲しくて読まないかもしれません。
書き手だから耐えられるだけで。


作中、「Hello」という曲が出てきます。
原曲はライオネル・リッチーが歌っていますが、司が初めて聴いたのはNYのバーで、下のような雰囲気だったと思います。
作品を読む前に一度、聴いてみてください。
今回の世界観がよく現れています。
(クリックで別ウインドウが開きます)


Hello - Lionel Richie (Boyce Avenue piano acoustic cover) on Spotify & Apple


参考にした原作のあらすじは「あとがき」で書きます。

それでは、本日、17:00から始めます。
またよろしくおねがいします!


                 nona








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2019.02.04
★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★
 つかつくの「死」を扱う物語です。
 閲覧にはご注意ください。
 本編をお読みになる前に、必ず「まえがき」を
 お読みください。
★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★








今日は私の患者だったある男性について話そう。


カルテNo,1382
その人の名は道明寺司と言った。

彼とは診察室ではなく、あるバーで出会った。

そこは外観からはバーとわからない佇まいだった。
広くはない店内はカウンター7席、奥がやや開けており、そこにボックス席がひとつ設けてある。
一番の特徴はカウンター内にアップライトピアノが置いてあること。
リクエストすればバーテンダーが披露してくれた。

彼はいつも1時間足らずで席を立つ。
その時間の中でスコッチのストレート2フィンガーを2杯、そして必ずピアノをリクエストした。

曲もいつも同じ。
古い曲だった。

常連の彼とは何度か居合わせたことがあった。
何度目かに居合わせたとき、珍しく彼の方から話しかけてきた。

「よくお会いしますね。」
「ええ、ここは心が落ち着きます。」
「私もです。俗世の澱を洗い流しにきてるようなものです。」

彼は僕よりやや年上に見えた。
巻き毛が特徴的な髪にはところどころ白いものが混ざり、目尻には微かに皺が刻まれている。
しかし、その容貌の秀麗さは損なわれていない。
最早、美貌といってもいい。
さぞかし女を泣かせてきたことだろうと思った。

「いつも同じ曲をリクエストされますね。」
「ああ、はは。昔、NYのバーで聴いてから好きなんですよ。」
「確か、ライオネル・リッチーの『 Hello 』ですか?」
「私の世代にとっても古い曲だ。あなたが知っているとは意外だな。」

カウンターの下で組まれた長い脚。
グラスを持つ綺麗な指先。
一目でモノが違うとわかるほどの上質なスーツ。
そして男の僕でも見惚れてしまうほどの色気で、彼は僕を見てクスリと頬を緩めた。

「お仕事は何をなさっているのですか?」

彼が僕に聞いてきた。

「精神科医をしています。」
「精神科医! それは神経を使うでしょうね。」
「はい。それも終末期専門の精神科医なんです。」
「終末期?」
「目の前に死が迫っている人です。人生の最期に向かう心の整理を手伝っているんです。」
「心の整理か。」

彼はグラスを持った手の甲で頬杖をついた。

「忙しいんですか?」
「そうですね。ホスピスに籍を置きながら、往診もあるのでね。ただ、患者さんとは数ヶ月、長くても1年程度の付き合いです。」
「なるほど…」

僕は名刺を取り出し、一つ席を空けて座る彼にカウンターを滑べらせるように差し出した。

「縁起でもないことですが、もし、身近で必要な方がいらっしゃったら連絡をくだされば、どこでも往診しますよ。」

彼はフッと笑むと名刺を胸ポケットに仕舞った。

「わかりました。もしそういう者がいたら、先生を思い出すようにしますよ。」

それきり会話は終わった。
彼が今夜もあの曲をバーテンダーにリクエストしたからだ。

ピアノの調が静かに漂う。



 ♫Hello〈和訳〉

 僕の頭の中は君と僕だけだった
 夢の中で僕は君の唇に数えきれないくらいキスをしていたんだ
 時々ドアのすぐ向こうで君を見るんだ
 ハロー 君が探しているのはこの僕かい?

 君の瞳をみれば分かる
 君の笑顔をみれば分かる
 君こそ僕が今までずっと求めていた女性なんだ
 僕に飛び込んできてほしい
 なぜなら君は何を言えばいいか分かっているから
 なぜなら君は何をすればいいか分かっているから
 そして僕は君に心から伝えたいんだ「愛している」と

 君の髪に輝く日差しを見ている
 そして君に何度も何度も言うんだ
 「僕がどんなに君を大事に思っているか」を
 時々僕の気持ちは行き過ぎてしまうような気がする
 ハロー この想いを君に伝えないといけないんだ

 君はどこにいるんだろう
 何をしているのだろう
 君はどこかで孤独を感じてるのだろうか
 それとも誰かを愛しているのだろうか

 ハロー 君が探しているのは僕なのかい?
 なぜなら君がどこで何をしているのだろう、と考えるのは僕だから。
 君はどこかで孤独を感じてるのだろうか
 それとも誰かを愛しているのだろうか?
 君への想いに打ち勝つすべを教えて欲しい
 きっかけを掴めてないんだ
 でもまずは言わせて「愛している」と



愛を歌う曲なのに、その調は物悲しい。
このバーの雰囲気とマッチして、いつも彼がリクエストすると時々居合わせる数少ない他の客も耳を傾けていた。

曲が終わると彼は立ち上がり、僕の肩をポンと叩いて店を出た。

僕はいつものバーボンのロックを1時間かけて味わうとバーテンダーに会計を告げた。

「先ほどの方からいただいております。」

どこまでもスマートな紳士に僕は憧れさえ抱いた。








和訳引用サイト:「洋楽の歌詞を和訳します(曲も聴けます)」さん

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2019.02.04




それから2週間後だった。
僕の携帯が鳴った。

知らない番号だ。
通話を押す。

「はい、月城です。」
『先生、いつぞやバーで名刺をいただいた者です。』

この低く甘い声。
彼だ。

「その節はご馳走になって、ありがとうございました。」
『いえ、珍しいお話を伺ったお礼ですよ。』
「今日はどうしました?」
『あの時、必要な者がいたら先生を思い出すと申し上げました。』
「・・・いらっしゃるんですか?」
『はい。つきましては往診をお願いしたいのです。』
「わかりました。曜日と時間を固定させたい。いつがいいですか?」
『先生のご都合に合わせます。いつでも大丈夫です。』
「では、金曜日の15時では?」
『結構です。名刺のホスピスに迎えの者をやります。14時に。』
「お気遣いありがとうございます。よろしくお願いします。」



僕はしばらく通話の切れた携帯を見つめた。

終末期のご家族でもいらっしゃるのか?
お父様かお母様だろうか?
彼の風貌からするとご両親は60代?もしや70代だろうか。
それともご友人?

僕は、美しい彼に憂いは似合わないと思った。




***




金曜日、僕が勤務するホスピスの玄関には14時5分前に黒塗りの高級車が停まった。
運転席から運転手さんが降りてきて、すでに玄関で待っていた僕に恭しく礼をした。

「月城先生でいらっしゃいますね。お迎えにあがりました。」

後部座席のドアを開け、僕が乗り込むと静かに閉じた。

人生で乗ったことのないラグジュアリーな車内に、僕の心は仕事のことを忘れてワクワクと踊っていた。
この車といい、彼の身なりといい、かなりの名士だろう。
これからどこに連れて行かれるのだろう。

車は数十分走ったのち、大きな門扉の前で停車した。
運転手さんがヘッドセットで何事か呟いている。
すると門扉が自動で開き、車はまた走り出した。

僕のワクワクとした気分は急速に萎んでいった。
想像を超えたお屋敷に到着したからだ。

「月城先生、お足許にお気をつけ下さい。」

運転手さんはドアを開けるとにこやかに僕に告げた。

車から降りた僕は立ち尽くして、その邸を見上げた。
視界に入りきらないそのお邸の全貌は計り知れない。
自分が連れてこられたのは、私設の美術館か?
もしくは何かの研究施設か?

その時、エントランスの扉が開き、モーニングを着用した紳士が近づいてきた。

「月城先生、お待ち申し上げておりました。当邸の執事を務めております、遠山です。主人が待っておりますので、ご案内します。」
「は、はあ・・・」

口を開けてポカンと見上げている僕はさぞかし間抜けに見えただろうが、遠山さんはピクリとも表情を変えずに先を歩き始めた。


その邸は内部もすごかった。
ここで暮らせる、という広さのエントランスを抜けると、小学生が徒競走ができるだろうという長い廊下に入った。
廊下の窓から見える庭は東京都の迎賓館か?と見まごう造型美で、むしろどこかに瑕疵はないのかと粗探しをしたくなるくらいだった。

ここで暮らせば運動不足にはならないな、と思いながらやっと目的の部屋に到着した。




その部屋は彼の自室だった。
邸の一番奥、東側の角部屋だ。
後日知ったが、通常はまずは応接室に通されるのに、僕は初日から彼の部屋に通された。
部屋といっても一室ではなく、リビング、書斎、寝室、ウォークインクローゼットと、4部屋から成っている。
邸の広さからいえば、ひとりで4部屋を使っても何ら問題はないだろう。
なんなら10部屋使ったってなんの支障も来さないに違いない。

彼はバーで見る時と違い、寛いだ服装だった。
深い紫色のハイゲージクルーネックニットの下は白のボタンダウンシャツで、第1ボタンは開けている。
チャコールグレーのパンツを履き、足元は裸足にローファーだ。
カッコいい人は何を着てもカッコいいことを証明していた。

ソファに座っていた彼が立ち上がり僕に近づいた。

「月城先生、お忙しいところお越しいただいてありがとうございます。改めまして、私は道明寺司です。」

経済には門外漢の僕でもその名は知っている。
背の高い道明寺氏は見下ろすように右手を差し出した。
僕はそれに応えながら問いかけた。

「こちらこそ、こんな平日の午後に設定してしまってお仕事はよかったんですか?」
「ええ、いいんです。この邸で過ごしておりますから、いつでも構いません。」

道明寺氏は僕に座るように示しながら、自身も元の位置に座った。
すぐにメイドさんがワゴンを押して部屋に来て、とびっきり美味しいコーヒーを出してくれた。

「それで、私が呼ばれたということは最期に向けた心の整理をしたい方がいらっしゃるんですね?」
「そうです。」
「その方はどちらに? 失礼ですが、ご両親のどちらかですか?」
「両親はとうに他界しております。」
「じゃあ、」
「私です。」

道明寺氏はソファに背をもたれ、長い脚を組んでその脚の上で両手を組んで言った。

「先生のお世話になりたいのは私です。」

この流れは今まで何度も経験してきた。
なのに言葉が出ない。
目の前の、年を重ねても美しい様が滅びてしまうなどと信じたくないのかもしれない。

「あなた自身が、ですか?」

さっきから何度もそう言っている彼に、もう一度だけ念を押したくなった。

「そうです。私は8月の終わりに余命半年を宣告されました。残りはあと5ヶ月。予定通りならば、ですが。」

ふと、彼は目を細めた。
そこには死への畏怖も嫌悪も見られない。

「癌、ですか?」
「の、ようですね。」
「治療は? 病院へは?」
「ここで受けています。入院はごめんだ。もっと有意義に生きたい。」
「それで、私に求めることは?」
「私の思い出の整理整頓に付き合っていただきたい。」
「…わかりました。あなたは今日から私の患者です。」
「ありがとうございます。」

道明寺氏は軽く目だけを伏せて礼をした。








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2019.02.05




カルテを作成する。

年齢は55歳。
僕より一回り年上!?
嘘だろ!
せいぜい5歳ほど上なだけかと思ってた。
余命宣告を受けた人間の肌艶じゃない。

緊急連絡先は執事の遠山さん。
ご家族はお姉さんがひとりと甥御さんふたりに姪御さんがひとり。
独身。
・・・まさか生涯独身でもあるまい。
としたら離婚したとか?
いやいや、医師たるもの患者のプライバシーを詮索するもんじゃない。

僕はそれから毎週金曜日には道明寺氏を訪ねることになった。





***





(10月12日)


金曜日、午後3時

10月初旬は小春日和で、日向は温かい。
しかし東向きの彼の部屋に日が射し込むのは午前中だけだった。

彼と向かい合わせてソファに座り、僕は問いかけた。

「思い出の整理整頓とおっしゃいました。あなたの人生で良くも悪くも最大の思い出は何ですか?」

初日と同じポーズをとる道明寺氏は、顎を上げて天井の隅に目をやったが、これまでの人生のページを繰るように沈黙し、目を閉じた。

「恋人の死です。」
「…お幾つの時ですか?」
「私は19でした。」
「女性ですか?」
「はい。」

道明寺氏は目を閉じたままだ。

「その女性との出会いを教えてくれませんか?」




彼は長く沈黙していた。
僕の仕事は待つことだ。
それは決して話をさせることが目的ではないからだ。
患者さんの中には眠ってしまう人もいるけど。

「彼女との出会いは、私が高校3年の時でした。」

彼は語り始めた。
きっと久し振りに思い出しているのだろう。
なぜなら、滔々とではなく、訥々とだったから。

話は彼の幼少期にまで遡った。
寂しい子供時代だったこと。
この広い屋敷でお姉さんとの二人暮らし。
3人の親友の存在。
常に心が空虚だったこと。
そのために若い頃は傍若無人の限りを尽くしていたこと。
学校で「赤札」という遊びを始めたこと。


ここまで話して彼はまた沈黙した。


「道明寺さん、今日はここまでにしましょう。急ぐと取りこぼします。ゆっくりでいいんです。」

「ゆっくり」という言葉は時に死が迫った患者を怯えさせる。
彼らは時間がないと思っているから。
でも道明寺氏はフゥと息を吐くと「わかりました。」とだけ答えた。





***





(10月26日)


3度目の面談だった。
話は彼女との出逢い、諍い、そして恋へ。
若き道明寺氏の苦悩までを聞いたところだった。

その日、いつものとびっきり美味しいコーヒーを運んできてくれたのは新人のメイドさんだった。
染められていない髪を一本の三つ編みにし、色白でくりっとした瞳が印象に残る、まだ少女とでも言うべき女の子で、慣れない手つきが初々しい。

「見ない顔だ。」
「彼女は先週、入ったんです。ご挨拶をしなさい。」

主人に促され、少女は緊張した面持ちで頭を下げた。

「は、はじめまして!先週からこちらでお世話になっています。暮崎もみじです!」
「僕は月城静哉です。よろしく。」
「はい!」

少女は人懐っこくニッコリと微笑んだ。
秋が深まり、午後は陽の入らない室内はどこかひんやりとしていたが、彼女が笑顔を見せると心なしか空気が緩んだ気がした。

「下がっていい。」
「はいっ」

彼女の緊張がヒシヒシと伝わってくる。
無理もない。
これだけの大邸宅の主にしてこの美貌、このオーラ。
若いメイドが平静でいられようはずもない。

彼女が出て行って、またいつもの空気が戻った。



僕はあらためて彼に向き直った。

「あれから体調はどうですか?」
「特に変化はないですね。」

と言いながらも彼はもうコーヒーは嗜んでいなかった。
強いカフェインを受け付けなくなってきたのだろう。

「では、続きを話していただけますか?」


その恋人は彼の初恋の相手で、名前は牧野つくしさんといった。
強く、優しく、真っ直ぐで、勝てたことがなかったと彼は言った。
でも時に見せる脆さがどうしようもなく愛しかった、と。

これだけの男に惚れられていながら、牧野さんはなかなか彼に振り向かなかった。
頑固で鈍感。
道明寺氏は時に笑いをこぼしながら丁寧に記憶をなぞっていった。

どうにか試験的な交際に持ち込めたこと。
親御さんの妨害にあい、一度は完全に終わったこと。
彼女を失った心はさらなる荒廃を極めたこと。
再会し、向き合い、そしてやっと手に入れたこと。
その時の喜びを話す彼は、僕が面談を始めてから一番輝いた。

「あいつは肝の座った女だった。なにせ、私に宣戦布告した女ですから。初めてのあいつからの告白は仲間たちの面前で叫ぶようにされたんですよ。もっと他に言う機会があっただろって思いました。」

言いながらも彼はその告白をまるで今しがた聞いたかのように嬉しそうに微笑んだ。

「あの時の喜びはきっと生涯忘れない。いつ思い出しても鮮明で鮮烈です。」

だが、その幸せも長くは続かなかった。
道明寺氏はまた沈黙した。
そこで今日の面談は終わりになった。








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2019.02.06




(11月2日)


翌週の金曜日。
いつもの廊下を彼の部屋へと歩いていた。
庭に目を転じると珍しく彼が出ている。

そこに先週紹介された新人のメイドさんが上着だろうか?手に持ち彼に駆け寄っていた。



「旦那様、外は寒うございます。お体に障ります。」

もみじは手に持っていたカーディガンを司に差し出した。

「いや、寒くない。そろそろ月城先生が来る頃だ。俺は部屋に戻る。」

そう言って司は開け放たれた部屋のテラスへ戻って行った。
もみじはそんな司の後ろ姿を目で追った。



僕はその様子を見ていた。
道明寺氏の背中を心配げに見つめる彼女のその顔に浮かんでいるのは確かに彼への思慕だった。
まだ初々しさの残る若き女性が、父親より年上の男性に恋するなどということがあるのだろうか。
いや、相手は彼だ。
その辺の中年オヤジではない。
あれだけ艶のある男性は若くてもそうそういるものじゃない。

僕は勝手に自分の初恋を思い出し、甘酸っぱい気持ちになりながら彼の部屋に入った。





道明寺氏と牧野さんの恋は佳境に入っていた。

「私は母の妨害によってNYに連れ去られました。そこに彼女が単身で私を迎えに来てくれたんです。嬉しかった。彼女の手を取って共に日本に帰りたかった。しかし、もちろんそんなことは出来ませんでした。母は私に交換条件を突きつけました。ここで彼女を突き放せば2年で私を解放する、彼女の手を取ればどこまでも彼女を追い詰める、と。母は世界の経済地NYにあって"鉄の女"と異名を持つほどの女でした。母の手にかかれば彼女などは痕跡一つ残さずに地球上から消えます。2年の約束が果たされる保証はありませんでしたが、まだ子供だった私は条件を呑むしかなかった。」

弱冠18歳だった彼の苦悩が伝わってくる。
初めて見つけてやっと手に入れた恋を、自分の意思とは関係なく奪われていく様は、もう何十年経った今聞いても怒りを覚えずにはいられない。

道明寺氏は目を窓に向けた。
広い部屋は窓まで距離がある。
ソファに座っている位置から見えるのは、風に翻弄されている庭の木々の頭と午後の弱い陽射しが広がる空だけだ。

「あの時の彼女の顔。きっと私が「いっしょに帰ろう」と言うと思っていただろうに、拒絶されたときの顔。忘れられない。だから私は今でもNYの邸が好きになれないんです。あそこには悲しみが埋まっている。」

彼は視線を窓から足元に移した。

彼女が日本に帰ると知らされて弾かれるように空港へ向かったこと。
彼女との約束を果たすために一時帰国したこと、別れの儀式の途中で友達のSPに拉致されて船に乗せられたこと、無人島に連れて行かれ、もう一度彼女と心が通じたこと。

「愛しかった。守りたかった。彼女と共に生きていきたかった。」

本当に愛おしそうに話す道明寺氏を見ていて、僕は複雑な気持ちになった。
この思い出の結末は彼女の死だ。
ここまで愛していた女性を、程なくして亡くさなければならない。
胸が締め付けられた。

僕は苦しそうな顔をしていたんだろうか。
目を上げて僕を見た彼はフッと笑んだ。

「私と彼女の関係は波乱万丈でしょう?でも波乱万丈はまだ終わらなかったんですよ。」
「まだ何かあったんですか?」
「ええ。最大の危機がありました。」
「え!これ以上の危機ですか?」
「そうおっしゃるのも無理はない。もう十分というところでしょうね。」
「はい。これが物語ならもういい加減に平和になってもらいたいですね。」
「はははは!面白い。私もそう思いますよ。」
「でも、もう今日は長くなりました。最大の危機は来週にしましょう。」
「わかりました。」

彼は立ち上がり、毎週そうしているように内線で僕が帰ることを告げた。
車の用意ができると、いつも執事の遠山さんが部屋まで迎えにきてくれる。
しかし今日、現れたのは暮崎もみじさんだった。

「失礼します。旦那様、遠山さんが手が離せないので私が先生をお連れします。」
「ああ。」
「では、道明寺さん、また来週。」

僕はそう言ってドアを開けてくれたもみじさんの前を歩いて退室しようとした。
廊下に出る瞬間、僕はチラリともみじさんを見た。
その時、もみじさんもチラリとある方向を見ていた。
それはソファに座る道明寺氏だった。
彼は僕が退室するのを見ている。
視線が交差し、もみじさんはうつむいた。



いっしょに廊下を歩きながら、僕は興味を持ったもみじさんに話しかけた。

「もみじさんは何歳なの?」
「18歳です。」
「じゃ、高校を出てここに就職?」
「はい。まずはメープルホテルで研修を受けて、客室係として働いていました。お邸に欠員が出たとかでこちらに配属になったんです。」
「そう。仕事は楽しい?」
「はい!皆さん、お優しい方ばかりですし、賄いも美味しいですし。」

もみじさんは本当に楽しそうに答えた。
僕はちょっと意地悪をしたくなった。
おじさんの悪い癖かな。

「旦那様も優しい?」

もみじさんは途端に顔を赤くした。

「あ、はい。私がミスをしても何もおっしゃいません。でもそれじゃダメだとその次に頑張った時は何気なく褒めてくださいます。いつも静かな方です。」

ハニカミながら話す可愛いらしいもみじさんを僕はさらに追い込んだ。

「旦那様のこと、好き?」

もみじさんはますます顔を赤くした。
これ以上は可哀想になり、僕は慌てて取り繕った。

「自分の仕える人だもんね。嫌いじゃできないよね。」
「は、はい!」

もみじさんは僕を見上げて微笑んだ。








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2019.02.07
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