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「先輩、たまには道明寺さんに「好き」とか「愛してる」とか「会いたい」とか伝えてるんですか?」

大学のカフェテリア。
F4用のスペースで桜子とランチ中。
唐突な話題にうろたえる。

「なによ?」

と睨んでみたところで、この子の前で取り繕えるわけもなく。

「先輩のその意地っ張りって、なんのメリットがあることなんですか?」
「メリット?」
「何か良いことがあるから意地を張り続けてるんでしょう?」

と、言われてもメリットとか考えたことはなかった。

「道明寺さんに素直に「好き」って伝えないメリットはなんですか?「会いたい」って言わないことが誰のどんなメリットになってるんですか?」

グイグイと迫ってくる桜子に私は答える言葉がなかった。

そう改めて言われたら、別にメリットなんてないわよ。
ただ、言えないだけ。
恥ずかしいし、照れるし、ガラじゃないし。

「ガラで恋愛されたんじゃ、道明寺さんも報われませんね。」
「先輩、一度ちゃんと考えたほうがいいですよ。好きな人に悲しい思いや寂しい思いをさせてまで、その意地ってのは貫かなきゃいけないものなのか。先輩はちょっと傲慢ですよ。」

そう言い捨てるように桜子はカフェテリアを出て行った。


傲慢とまで言われてしまった。
傲慢は道明寺の専売特許だと思ってたけど、私も!?

確かに、私の意地っ張りが往々にして道明寺を振り回してしまっていることは否定できない。
今だって東京ーNYというありえない距離と時差の遠距離恋愛をしてるっていうのに、私からはメール以外の連絡ができない。
でもこれは意地っ張りとは関係ないよ。
いつでも忙しい道明寺への配慮だよ、うん。

メールでも何を打てばいいのかわからなくて、3回に2回は途中で面倒になって下書きを削除してしまう。
本当の気持ちを打つことができないから時間がかかるんだってことは自覚してる。
でもさ、「会いたい」とか「寂しい」とか伝えてどうなるの?
同じ東京に住んでたら、「じゃあ、会うか」ってなるだろうけど相手はNY。
言われても困るでしょ。

そう、だからこれは意地っ張りじゃなくて配慮だって!

でも私の耳には桜子の最後の言葉がリフレインしていた。

『好きな人に悲しい思いや寂しい思いをさせてまで』

うん、そうだね。
それは本意じゃない。
道明寺を悲しませたり、寂しがらせたりしたいわけじゃない。
道明寺が私にくれる言葉たち。

『好きだ、愛してる、めちゃめちゃ惚れてる』
『いつでも会いたい』

私にとっては宝物だよ。
離れてるけど、離れてるから言われて嬉しい。

そうか、これだよね、私に足りないのは。
道明寺への「配慮」だと思ってたのは、私の自分への言い訳。
臆病な自分への慰め。

バカな女だと思われたくなかった。
頭の中に恋愛のことしかないなんて思われたくなかった。
世界を相手に仕事して戦ってる道明寺と対等であるには、私もツンと澄ました「オトナのオンナ」でなきゃいけないって思ってた。

でもそれは道明寺に求められたことじゃない。
あいつが欲しいのは、私があいつから貰ってるのと同じもの。
ただ素直な私の言葉だったんだ。


私は時計を見ないようにして携帯を手に取ると、すぐに着信履歴から道明寺のメモリを表示させて発信をタップした。

RRRRR RRRRR RRR…

『おう、こんな時間に珍しいな。どうした?』

道明寺の声が心なしか硬い。
後ろがざわついている。
そりゃそうか、仕事中に違いないもんね。もしかして会議中だった?
でも今日は心のストッパーを外す。

「あのね、あのさ、今、忙しいのは承知なんだけど、どうしても素直に伝えたいことがあって。。。」
『・・・伝えたいこと?』

道明寺の声が低くなった。悪い話だとでも思ったかな?

ゴクン。
決心してもやっぱりちょっとハードルが高い。
ええい!私らしく決める時は決める!

「あの、、、大好きだから!いつも離れてて寂しいし、会いたいと思ってるから。だから、早く帰って来てね。帰ってくるまでちゃんと待ってるから。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ち、沈黙長いよ・・・

「あ、あの道明寺?聞こえた?」
『あ、ああ。聞こえた。』

電話の向こうで秘書さん?誰かが「専務、専務」と呼びかける声が聞こえる。
やっぱりこれ以上は無理!早く切らなきゃ迷惑がかかる。

「じゃあね。お仕事頑張ってね。また」
『あ!おい!牧野』
「え?」
『サンキューな。元気でた。すぐに帰るから、いい子でいろよ。』

携帯の向こうで笑ってる道明寺がいた。
もちろん、実際に見えたわけじゃない。
でも声のトーンや話し方で本当に喜んで優しい笑顔を浮かべてる道明寺の顔が目の前に確かに見えて、私の心が暖かいものでいっぱいになった。

意地っ張りにメリットなんてなかったね。
こんなに簡単に大切な人を幸せにできる方法があったのに、私は気づかなかった。
道明寺からもらうばかりで、傲慢だったよね。

道明寺、もう寂しい思いはさせないからね!


*********


と、思ったのに、2日後、なぜかアパートの前に立つ道明寺。

「ど、どうしたの!?」
「お前が可愛いこと言うから我慢できなくなった。すぐ帰るっつったろ?あと1時間でまた戻んなきゃなんねえけど。」

と満面の笑みで抱きつかれた。

ギャーーーーーーー

桜子、道明寺には意地っ張りにメリットがあったわよ!!

「早くNYに戻れーーーーー!」







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2018.09.16



結婚を3ヶ月後に控えた私たちは、久しぶりに休みを合わせて一泊旅行に来てる。
場所は道明寺家所有の南の島の別荘。
そう、ここはあの「事件」の舞台となった島だ。

当時、私はまだ道明寺への気持ちを自覚する前で、花沢類が好きで、らしくない行動を繰り返す花沢類から目を離せなかった。

あの時、私は道明寺を酷く傷つけた。
いや、酷いなんて言葉では表せないほどのことをした。
よく許してくれたと、今でも思う。

ううん、きっとまだ終わってない。
あのことが今でも道明寺を不安にさせているんだ。

だって、とにかく道明寺のヤキモチが酷い。
コンビニのレジも女性じゃないとダメとか言う。
私だよ?
道明寺の目にはどう見えてんの?
本気で目の検査を勧めたくなる。
ヤキモチってのは全くされないのも悲しいけど、現状では日常生活に支障が出るくらい過剰にされている。

束縛もすごい。
門限とかあるし。社会人だよ!?
邸に私が同居し始めてからは何時何分に帰宅したかタマさんに報告させたり、少しでも空白の時間があったら私がどこでなにをしてたのかしつこく追求してくる。
自分の仕事の合間に連絡してきて、すぐに応答しなかったら怒るし、仕事でも飲み会なんて以ての外。
大人なのにそこまで管理されたくないよ。

なんでこうなのかな?
なんでこうなった?

そう考えて、行き着いた答えがこの島だった。

だからここへ来たの。
あの時と同じ場所で、もう一度始めるために。


********


「うーーん!気持ちいいーー!」
私はあの時と同じ部屋のバルコニーに立ち、あの時と
同じ景色を前に、思いっきり潮風を吸い込んだ。

「おい、なんでここなんだ?」
道明寺は、ここに来ることをあまり快く思ってなかった。
当たり前だよね。
イヤな思い出の場所に好きで行きたい人はいない。

「泳ぐにはちょうどいい季節じゃない。来たくなかった?」
道明寺がイヤと言えないことを分かってる意地悪な質問。
「別に、お前といっしょならどこでもいいけど。」

本当は違うのもわかってる。
だって朝もなかなか起きなかったし、テンションもかなり低い。
本当にごめんね。
でもやめないよ。

「ねえ、ちょっとビーチを散歩しようよ。」

道明寺と手を繋いで波打ち際を歩く。
あの時、まさか将来こうなるなんて、1ミリも想像してなかった。
この人をこんなにも愛するようになるなんて、時間の流れってわからない。

サンダルを脱いで、砂に足が埋まる感覚を楽しむ。
乾いた砂は熱いけど、波打ち際では足の下の砂がひんやりとした海水にサラサラと流されてくすぐったい。

静かな海、静かな道明寺。
時々、海風になびく私の髪を梳いている温かくて大きな手。
何かを感じてる?
私がしようとしてること、わかっちゃった?
でもいいの。
それでも私はもう一度始めたいの。



夕食はルーフバルコニーで海に沈みゆく太陽を眺めながら。
都会では見られない水平線に、金色の太陽が消えてゆく。
光の帯が真っ直ぐに私たちに届いてる。
この光の中をずっと2人で歩いて行きたいね。

この後の計画があるから、私はアペリティフを一杯だけにした。
「酒はもういいのか?」
「うん、せっかくの夜だから、酔っちゃったらもったいないもん。」
「そうだな」
道明寺の表情がここに来て初めてニヤリと変化した。
いま、ヤラシイこと考えたでしょ?
今日は気づかないふりしてあげる。

食事を終え、部屋に戻る。
テラスは開け放たれていて、シフォンのカーテンがユラユラそよいでる。
こっちの暑さって東京みたいにジメジメしてなくてサイコーだね。
って、これあの時も言ったっけ?
あの時と違うのは、道明寺はソファベッドを使わないこと。
大きなキングサイズのベッドにいっしょに入る。

すぐに手が伸びて来て、引き寄せられる。
額をくっつけて私の瞳を覗き込む。
今日も道明寺だけを映してるか確かめるように。
でもそんなに近いと、道明寺の瞳しか映ってないよ?

キスして、キスされて、イって、イかされる。
今日は1回だけ。
今夜は寝落ちできないの。
「んだよ、今夜のために酔わないって言ってたのに。」
「いーの!こうして眠るだけでもいいでしょ!?」
私は自分から道明寺の腕の中に収まる。
「おやすみ」
胸元におやすみのキスをする。

さあ、こっからだ。
目を閉じるけど、寝ないように、寝ないように。

どのくらい経ったかな?
1時間?それともまだ10分?
私っていつも寝たらどうしてるのかな?
自然な寝てる演技って?
道明寺もきっとまだ眠れてない。
でも道明寺も寝たフリしてるよね?

その時、大きくふわりとカーテンが揺れて、一陣の風が私の頬を撫でた。

それを合図に私は道明寺の腕の中から抜け出し、ベッドも抜け出し、ナイトウエアを着て、ついでに部屋も抜け出した。




月光の反射するホワイトビーチを歩く。

あの夜の場所まで来ると、私は同じように砂浜に腰を下ろした。

あの夜と変わらない満点の星空
あの夜と変わらない波の音
あの夜と変わらない月の光





「何を、考えてる?」

振り向くと道明寺が立ってる。
あの夜のように。

「道明寺・・・」

道明寺は動けない。
だから私が迎えにいく。

「こっちに来て、いっしょに座ろう。」
手を引いて連れてくる。
「座って」

昼間は海と空を違う青で隔ててた太陽は、今は見えない。
夜の海の果ては完全に空とつながっていて、黒と黒は分かち難く混ざり合って、まるで2人で閉じ込められたみたい。

「道明寺のこと、考えてた。」
「俺のこと?」
「そう。道明寺はなんでそんなに不安なのかなって。」
「・・・」
「私のせいだよね。」
「この島で、ここで、あの夜あったこと。」
「!」
「それが今も道明寺を苦しめてるんじゃないかって。」

今こそ、すべてを打ち明けよう。
私は海と空の混じり合った漆黒を見つめながら記憶を手繰り寄せた。


「あの時、この島に来る前から、花沢類が変わってしまったことに戸惑ってて、心臓に小鳥を飼ってるみたいにざわざわしてた。」

今はもう『類』って呼んでるけど、あの頃の私にとって類は『花沢類』だった。

「最初の日、眠れなくて部屋を抜け出して、ビーチをひとりで歩いてたの。そしたら花沢類がここに座ってた。」

「花沢類が寒いって、5分でいいから抱きしめてって言ったから、抱きしめた。
フランスのこと、静さんとの間であったことを話してくれた。
その時にポケベルが鳴って、道明寺が探してくれてるってわかって。」

「次の日に道明寺にポケベルはどこにあるって言われたよね。
花沢類といっしょにいたって知られたくなくて、「部屋にある」って咄嗟に嘘をついた。」

「そのあと和也くんが来て、静さんが結婚するかもしれないって雑誌の記事を見せられて、ああ、だからだったんだって。だから花沢類は傷ついてパリの部屋をひとりで出てきたんだって思ったらすごく切なくなった。」

道明寺は身じろぎひとつせず、海の果てを見つめてる。

「その夜、今度は花沢類に会いたくて部屋を抜け出した。また傷ついてここでひとりで座ってるんじゃないかって思ったから。」

「あの時、フランスから帰って来てから、全然らしくなくて、心配で花沢類から目が離せなかった。花沢類が幸せじゃなかったから、放って置けなかった。」

「だから私は言ったの。「なんで幸せになってくれないの!」って。」

「・・・・・知ってる。」
初めて道明寺が口を開く。

「・・花沢類を幸せにしてくれる誰かが現れてほしいって、本気で願った。静さんだと思ってたけど、違うなら、その人に今すぐここに現れてほしかった。」

寄せて返す波の音が、私の背中を押してくれる。

「でも道明寺は違う。」

道明寺が振り向く。
私も真っ直ぐに道明寺を見る。

「道明寺は私が幸せにしたいの。誰かになんて譲らない。
道明寺を幸せにできるのは私だけ、私を幸せにできるのも道明寺だけだから。」

道明寺の目が見開かれて、その瞳に私が映るのが見えた。
深く美しい黒い瞳。
道明寺の瞳の黒と、私の瞳の黒が混ざり合うのがわかった。

「道明寺を愛してる」

私たちの黒い影も、分かち難く混ざり合った。








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2018.09.20

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《ご注意》 先に「過去を乗り越えて」をお読みください。

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結婚を3ヶ月後に控えて、牧野が旅行に行きたいと言い出した。
あちこちのリゾートを提案するが、旅行先は決めてあるらしい。

前夜、休みを取るためにやっと仕事を片付け、嬉々として邸に帰ると、牧野から聞かされた行き先は南の島の別荘。
・・・マジかよ。
どうしてそこなんだよ。
なんでそんなとこ行きたいんだよ。
俺が道明寺の当主になった暁には、一番に売却しようと思ってる物件だぞ。
苦々しい思い出が埋まってる場所だ。
いまさら掘り起こしたくはない。

しかしそんな女々しいことは言いたくないし、わざわざあの件にも触れたくない。
仕方なく俺は同意した。

牧野がいつものように起こしてきた。
あー、このまま諦めねぇかなぁ。
と、微かな期待を込めて寝たフリを決め込む。
なのに、こんな時ほど牧野は可愛く起こしてくれる。
おい、俺より俺のオスが先に起きたぞ。
これで寝たふりなんてできるわけねぇだろ。
俺たちを起こしてくれた牧野にお礼参りをしてやる。
今夜の前哨戦だ。
お返しに一発殴られた。

しぶしぶプライベートジェットに乗り込むと、あの時と同じ航路で過去へと飛んでいった。


********


「う——ん!気持ちいい——!」
あの時と同じ部屋の、あの時に俺が後ろから抱きしめたバルコニーで牧野が伸びをした。

俺がここに来たらこの部屋と決まってる。
一番眺めのいい部屋だからな。
それにしても変わらねぇな。
この景色も、この部屋も、この風さえも、何もかもが俺を過去に引きずり戻す。

「おい、なんでここなんだ?」
俺は不機嫌になって聞いた。

「泳ぐにはちょうどいい季節じゃない。来たくなかった?」
本当に単純にそれだけの理由か?
問いたいけど問えない。
「別に、お前といっしょならどこでもいいけど。」
これは俺の真実だけど、今日は本音じゃない。

「ねえ、ちょっとビーチを散歩しようよ。」

牧野と手を繋いで波打ち際を歩く。
あの時、こうなることを想像したけど、こんなに時間がかかる予定じゃなかった。
こいつを手に入れるのに、俺様がこんなにも苦労させられるなんて、牧野の考えることは本当にわからない。

裸足になって無邪気に波と戯れる牧野。
白くて小さな足が砂に埋まっては、サラサラと打ち寄せる透明な波にその足跡が消されていく。
時折、波を蹴り上げて子供のようにはしゃいでる。

弾ける水しぶきと弾ける牧野の笑顔。
お前の中ではあの事も波に消されたのか?
俺の中には鋭利なナイフで刻まれたように残るのに。

陽に照らされた黒髪を指で梳く。
この黒髪のように真っ直ぐなお前は、時に凶器になるのを知ってるか?
その凶器でまた俺に刻むつもりか?
今度は立ち上がれないほどに奥深く。


夕食はルーフバルコニーで海に沈みゆく太陽を眺めながら。
グラスに金色の太陽が反射して、牧野の横顔を照らしている。
お前は光の中を歩いていけ。
俺が影になってやるから。
そうして共に歩いていこう。

牧野は食前酒を1杯だけ。
「酒はもういいのか?」
「うん、せっかくの夜だから、酔っちゃったらもったいないもん。」
「そうだな」
俺はやっと思考を過去から取り戻し、今夜の牧野を想像してニヤリと目配せした。
牧野は珍しく何も言わないが、頬が赤く染まったのがキャンドルの灯りでもわかった。

食事を終え、部屋に戻る。
海を臨むジャグジーで埃と汗を洗い流す。
こっちの暑さって東京みたいにジメジメしてなくてサイコーだね。
って、その台詞いつかも聞いたぞ?
いつかとは違い、俺はソファベッドは使わない。
慣れたキングサイズのベッドに牧野といっしょに入る。

牧野の細い体を抱き寄せる。
額を合わせて大きな瞳を覗き込む。
そこにかつての誰かが映っていないことを確かめたくて。
お前に俺しか見えないように。

キスの雨を降らせる。
お前の細胞の全てが俺のものだと印をつける。
啼かせてイかせてイかされる。
なのに狂宴の終わりを告げられる。
「んだよ、今夜のために酔わないって言ってたのに。」
「いーの!こうして眠るだけでもいいでしょ!?」
かつての自分の言葉を取り消したい。
よくねーよ!

「おやすみ」
俺の腕の中に収まって、胸元におやすみのキスをすれば牧野は目を閉じた。

でも牧野は寝ていない。
この部屋では、牧野が寝ないと俺は眠れない。
それとも、この腕の中から飛び立つ気かよ。
どうかこのまま牧野の寝息が聴きたい。

声が漏れるのも構わず開け放たれたテラスから、季節外れのひんやりとした風が入り込んで、俺の背中を撫でた。

それを合図に牧野は俺の腕から抜け出し、ベッドからも抜け出し、ついに部屋から抜け出していった。

風ではない冷たいものが背筋を伝う。




月光に照らされた白い砂浜を牧野が歩いてる。

そしてあの夜の場所に着くと、牧野は腰を下ろした。

あの夜と変わらない満点の星空
あの夜と変わらない波の音
あの夜と変わらない月の光





俺もあの夜と同じ場所に立って牧野を見つめてる。
耐え難い時間が流れる。
お前、いま何を考えてる?
あいつのことを思い出してるのか?
あいつとの思い出の島に来たかったのか?
また俺を捨てるのか?

こらえきれず俺は声をかける。

「何を、考えてる?」

牧野は振り向き、俺の名を呼んだ。

「道明寺・・・」

俺は動けない。
そこには近づけない。

「こっちに来て、いっしょに座ろう。」
牧野が俺の手を引いてその場所に戻る。
「座って」

波打ち際ではしゃいだ昼は、すっかりその表情を変え、今は寒々しいほどの月が浮かんでいる。
月の光では照らせない闇が、海と空の果てから迫ってくる。
今この瞬間に、俺たちを呑み込んでくれ。

ふいに牧野が口を開いた。

「道明寺のこと、考えてた。」
予想外な言葉に、俺は牧野を見た。
「俺のこと?」
「そう。道明寺はなんでそんなに不安なのかなって。」

不安。俺に常につきまとう感情。
また牧野を失う日がくるかもしれない。
永遠を信じられない。

「私のせいだよね。」
「この島で、ここで、あの夜あったこと。」

一瞬、悪寒が走って肩が震えた。

「それが今も道明寺を苦しめてるんじゃないかって。」

あの時、生まれて初めて味わった。
傷つけられるということ。
俺は知らなかったんだ。
心につけられた傷は、決して癒ないってことを。

牧野、お前しか俺を救えないんだよ。

今こそ、真実を聞かせてくれ。
そのためにここに来たんだろ?
全てを聞き終えた時、俺たちはどうなってるんだろうな。

牧野が語り始めた。

「あの時、この島に来る前から、花沢類が変わってしまったことに戸惑ってて、心臓に小鳥を飼ってるみたいにざわざわしてた。」

牧野の口から初めて聞かされる類への想い。
牧野は類を昔の呼び名で呼んでいる。
牧野に聞こえないように、俺は密かにゴクリと喉を鳴らせた。


静が渡仏して類はその後を追っていったが、類の背中を押したのは牧野だった。
今ならわかる。
牧野は相手が好きな男でも、そいつの幸せを思ったら他の女の元に送り出して身を引いちまうヤツだ。

でもあの時の俺はまだ牧野をわかってなかった。
牧野は類を好きじゃなかったんだって、単純に考えちまった。
それが全ての間違いだった。

「最初の日、眠れなくて部屋を抜け出して、ビーチをひとりで歩いてたの。そしたら花沢類がここに座ってた。」

「花沢類が寒いって、5分でいいから抱きしめてって言ったから、抱きしめた。
フランスのこと、静さんとの間であったことを話してくれた。
その時にポケベルが鳴って、道明寺が探してくれてるってわかって。」

静を失って凍りついた心を、牧野に暖めてもらいたかったのか。
俺たちにも話さなかった静との顛末を牧野には打ち明けたことも、2人の関係の深さを表してるようで。
ここに来てからずっと燻っていた嫉妬の炎が、今の俺の体内に燃え上がった。

「次の日に道明寺にポケベルはどこにあるって言われたよね。
花沢類といっしょにいたって知られたくなくて、「部屋にある」って咄嗟に嘘をついた。」

ああ、そうだ。
類から、浜辺で忘れていったって渡されたけど、牧野を信じたくて聞いたんだ。
あの時に本当のことを話してくれてたらどうなっただろう。
俺は許したか?
本当のことを話してくれてよかったって思えたか?

「そのあと和也くんが来て、静さんが結婚するかもしれないって雑誌の記事を見せられて、ああ、だからだったんだって。だから花沢類は傷ついてパリの部屋をひとりで出てきたんだって思ったらすごく切なくなった。」

お前も傷ついたって顔してたもんな。
類を見るお前の目は優しかった。
その眼差しはいつも類にだけ注がれてた。

俺はまた過去に囚われていく。
俺の目にはもう夜の果ての常闇しか見えない。

「その夜、今度は花沢類に会いたくて部屋を抜け出した。また傷ついてここでひとりで座ってるんじゃないかって思った。」

「あの時、フランスから帰って来てから、全然らしくなくて、心配で花沢類から目が離せなかった。花沢類が幸せじゃなかったから、放って置けなかった。」

「だから私は言ったの。「なんで幸せになってくれないの!」って。」

「・・・・・知ってる。」
つぶやくほどの声しか出ない。

そこからは俺が知ってる光景だ。
俺は牧野の叫びを聞いた。
『なんで幸せになってくれないの!』
そして見たのは2人の重なる姿。
類が牧野を抱き寄せ、キスをする。
そのまま2人が強く抱き合う。
まるで一対のように。

俺は思わず瞼を閉じる。
そんなことをしても脳裏に焼きついた記憶からは目を反らせないのに。

「・・花沢類を幸せにしてくれる誰かが現れてほしいって、本気で願った。静さんだと思ってたけど、違うなら、その人に今すぐここに現れてほしかった。」

俺が認識していた以上の、牧野の類に対する愛情に身がすくんだ。

それがお前だよな。
大事な人が幸せになるなら、自分を犠牲にすることができる。
お前の愛はそういう愛なんだよな。
でも類はお前を選んだんじゃねぇのかよ。
お前に幸せにして欲しかったんじゃねぇのかよ。

俺は知ってる。
類は今でもそう思ってる。
だから行くのか?
お前が類を幸せにするために、もう一度、類を選ぶのか?

暗鬱な思考の淵に立った俺を、牧野の次の言葉が引き戻す。

「でも道明寺は違う。」

一瞬、何を言ってるのかわからなかった。
牧野を見る。
牧野も顔をこちらに向け、俺の目を真っ直ぐに見た。

「道明寺は私が幸せにしたいの。誰かになんて譲らない。
道明寺を幸せにできるのは私だけ、私を幸せにできるのも道明寺だけだから。」

不意打ちの大ドンデン返しに、俺は驚きで息ができない。
俺しか映らない、輝く大きな瞳が近づいて来る。

「道明寺を愛してる」

俺の影が、愛しい女のそれに呑み込まれた。








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2018.09.22
☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
司坊ちゃんに、遅ればせながらバースデー記念の思いっきり甘いお話を贈ります。
☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆






ピリリン♪

今日はメールの着信音で目覚めた。
何時だよ。
携帯を手に取る。
俺が寝室に持ち込む携帯はプライベート用だ。
万が一にも牧野から連絡が来るかもしれないから。
でもそんなことはこの3年、起きたことがない。
あいつはいつでも時差をしっかり計算して俺の仕事中にメールしてくる。

朝の6時。
はぁぁぁ〜、ふざけんな・・・
今日は7時まで寝てられる日だったのに。
ったく、誰だよ!!

メールを確認し、俺は飛び起きた。




***




RRRR. RRRR. RRRR. RRRR.………

鳴り止め! とベッドの中で念じたが、そんな念力など通じるはずもなく、俺は緩慢に携帯を手に取った。
着信は日本語が通じるかも怪しい相手。

「はぁぁ…」

仕方なく通話をスライドする。

「はい…」
『あきら! おいっ、起きろ!』

寝てんのわかってんなら時間考えろっ!

「んだよ、寝てんのわかってんだろーが。いま午前…3時だぞ…」

携帯を耳から離して寝起きで焦点の合わない目で時間を見るとデジタルが3:08と表示している。

『お前ら、俺になんか隠してるだろ?』
「あ?」

太平洋を隔てたはるか海の向こうの大陸から、突然俺を叩き起こした親友は相変わらず意味不明なヤローだ。

『牧野に何があった?』
「は? 牧野?」
『なんかあったろ!? あいつは無事か!? それとも、浮気でもしてるのか?』

未明に頭を回転させるにはキツすぎる勘違いに、どこから突っ込んでいいのか糸口さえも掴めない。

「はぁ、あのなぁ、夜中に人を起こして寝言聞かせてんじゃねぇーよ! 切るぞ!」
『・・・あいつ、おかしいんだ。今日はもうメールが8通も届いてる・・』



俺の頭が覚醒した。
それは確かにおかしい。
ただ事じゃない。

「おい、詳しく聞かせろ。」

俺はベッドサイドのライトをつけ、起き上がった。






事の始まりは朝の6時に俺に届いたメールだった。

“ 寝てた? 起きてる? 声が聞きたい”

1週間に一度、短い近況報告のメールが届けばいい方の牧野から朝一で甘い言葉を囁かれ、嬉しさと戸惑いを隠せずに俺はとりあえず日本にいる牧野に電話した。

『道明寺?』
「牧野か?」
『寝てた?』
「いや、大丈夫だ。どうした?」
『んー、なんか、声聞きたいなって思って。今、大丈夫なの?』
「ああ、あと1時間ある。お前こそバイトは?」
『今日は授業が一コマ休講になったから時間ある。』

いつもの牧野ならそんな時間ができても忙しいの一言で俺の相手は全くしてくれないのが常だが、今日は違った。
それから俺たちはおよそ1時間も会話した。
遠距離になってからこんなに話したのは初めてだった。
いや、東京にいた時だってこんなに2人で話したことはなかった。
話す内容も甘くて、東京とNYの距離なんて忘れるくらいの濃密な時間だった。

その日の俺は秘書も眼を見張る上機嫌だった。
大学の勉強も、会社の仕事もすこぶる捗った。
が、しかし、それは事の始まりにすぎなかった。


ピリリン♪


ピリリン♪


ピリリン♪


この日は1時間ごとに牧野からメールが届いた。
内容も牧野らしからぬ甘いものばかり。

“ いま何してる? ”
“ 道明寺のこと考えてたよ ”
“ 会いたいね ”

最初こそ有頂天だったが、だんだんと不安になってきた。
もしや、犯罪にでも巻き込まれて、牧野の成りすましが盗んだ携帯を使っているとか、もしくは浮気でもしているカムフラージュではないか、と。

これは誰かに話を聞かなきゃならねぇ。
類は出ない。
総二郎は女といる夜は電源を切ってる。
まともなのはあきらしかいなかった。



『お前、なんか知ってるか?』

そう司に問い詰められ、俺にはある一つの心当たりがあった。

「あー、もしかして・・・」
『知ってんのか? 浮気か? っくっそー! 相手の男、ぶっ殺す!!』
「いや、待て、牧野が浮気なんかするわけねーだろ。そうじゃなくて・・・」
『なんだ? はっきり言え!』
「あいつ、頭打ったんだよ。」
『・・・・・』



牧野はベビーシッターのバイトをしている。
ベビーシッターと言っても相手は小学生が主だ。
高学歴で家事万般ができる牧野は、夕方から夜にかけて、夕食を作って食べさせ、宿題を見てやるシッターだ。
この日も契約している家庭に出勤していた牧野。
その家には小3と年長の兄弟がいた。

「つくしー! 見て見て!これ、パパのお土産! メジャーリーグのボールだぞ! すげぇだろ!」
「すごいねぇ。よかったね!」
「野球しようぜ!」
「レンくん、宿題が先だよ。」
「野球してくれたら宿題してやる。」
「家の中ではできないよ。お休みの日にパパにお願いしてみたら?」
「・・・パパなんて、休みの日もお仕事だもん。」

項垂れるレンの姿が幼少期に寂しい思いをしてた司に重なったらしい。

「よぉっし、一回だけだからね? そしたら宿題ね?」
「やったー! じゃ、オレ、ピッチャーな! アユムがバッター。つくしがキャッチャーだ。いくぞ!」
「レンくん、家の中なんだから優しく投げてよ。」

そしてレンが思い切り放った硬球は見事に牧野の頭にヒットした。



『それじゃ、まるで俺じゃねぇかよ』
「牧野が気を失って、その子が母親に連絡したらしい。救急車で運び込まれた病院から桜子に連絡があったんだよ。それで俺らも駆けつけたんだ。」

牧野はケロッとしていて、コブができただけだった。
派遣先の夫婦から丁重に謝られ、一晩入院しただけでことなきを得た。

「ったく、いちいち心配させやがって。ガキが放ったボールで失神なんて、そんなヤワなタマじゃねぇだろ! お前らカップル、ほんと似た者同士だよなぁ」
「えへへ、ごめん。でも道明寺と一緒にしないでよね。」

なんて心配のあまり憎まれ口をたたく総二郎のことも軽くいなしてみんなで笑ってた。

『なんで俺に知らせなかった?』
「牧野と桜子を加えた5人で話し合った結果、面倒なことになるから黙っておこうってことになったんだよ。たいしたことなかったし、お前がまた「日本に帰る!」ってゴネると思ったから。」
『いつの話だよ?』
「あー、3日前の夜だな。でも次の日から大学来てたし、昨日も昼はいっしょだったけどあいつ、元気そうだったぞ。」
『でもそれが原因で人格が変わったってのか?』
「う、いや、まぁ、あいつに変わったことっつったらそれくらいかな、と。」
『・・・まさか、誰にでも愛想振りまく女になっちまったんじゃねぇだろうな・・・?』
「うーん、俺たちには今までとなんら変わりはないがな・・・」
『帰る。日本に帰るから、お前ら、責任持って牧野を見張ってろ! 他の男に甘い顔させるんじゃねぇぞ!』




***




牧野に異変が起きた。
俺に甘い言葉を囁く女になっちまった。
・・・いや、俺的には大歓迎な状況なんだが、これが俺だけになのか確かめなきゃ居ても立っても居られない。
もし、もしも誰彼構わずこんな態度なら、邸の地下に閉じ込めてやる!

日本に帰ると決めたが、問題はババアだ。
どうやって休みをもぎ取るか。
幸い、大学はちょうどスプリング・ブレイクと呼ばれる1週間の春休みだ。
あとは仕事だな。
日本でもできるものは持ち込んで、ダメなら仕方ない。
牧野には代えられない。


コンコン

「入りなさい」
「失礼します。」
「司さん、手短にお願い。」

いつ会っても最低限の会話しかしない。

「休暇をいただきたい。」

ババアが顔を上げて俺を見た。
驚いたか?

「休暇、ですか。ご希望日数と理由を。」
「日本に帰る。ついては移動を含めて1週間。理由は俺の人生の命運を握ってる女のためだ。」
「・・・我が子だと思いたくないクサイ台詞だこと。大学は?」
「スプリング・ブレイクだ。」
「完休は2日よ。移動中は仕事をなさい。以上よ。」

日本滞在と完休2日をもぎ取ったんだ、上出来だろ。
ババアの気が変わらないうちに退散しよう。

「ありがとうございます。今すぐ発ちますので。」

俺は秘書とSPを伴い、日本に向けて離陸した。




***




秘書にもオフを言い渡し、日本に着いたその足で牧野に会いに行く。
今ならちょうどランチどきか。
牧野をF4ラウンジに引き止めとけとあきらに連絡を取る。
"牧野は変わりないぞ"と返信が来た。
変わりあるんだよ!
ジェットに乗ってからも、ひっきりなしに着信音がしてる。
おそらく起きてる時間は暇さえあれば俺にメールしてるであろう牧野。
こうして英徳に向かってる車内でもまたメールが来た。

"これからランチです。美作さんが専用ラウンジに誘ってくれたけど、道明寺がいないからつまんない。"

・・・なんだ? この複雑な気持ちは。
素直になってくれて面映ゆい反面、これがあの牧野か!? という戸惑いを隠せない。本当に本人か?


大学の敷地内に入ると、俺の登場に騒めきが伝播していく。
カフェテリアに入ると、騒めきが一気に悲鳴に変わった。

「キ、キャーーー!!!ど、道明寺様よぉ!!」

懐かしいな、この感覚。
日本は平和だ。

足を止めずに俺たち専用ラウンジへと階段を駆け上がる。
その前から俺を見下ろすあいつらが視界に入ってた。
その中には愛しい女もいる。

「よう!」
「司!どうしたんだよ、お前!?」

総二郎が興奮気味に肩を組んできた。

「ちょっと休暇が取れてな。」
「司、久しぶり。休暇なんて初めてだろ?」

類もにこやかに迎えてくれる。

「ああ、この3年間で初めてだ。」
「司、早かったな。」

昨日の今日で日本にいる俺にあきらが驚いた顔を見せた。
そして・・・

「ど、道明寺・・・!?」

牧野は1年ぶりに見る大きな瞳を驚きでさらに見開いた。

髪が伸びたな。
ちょっと痩せたか?
見るたびに大人の女に変化していく。
お前、俺に無断でキレイになってんじゃねぇよ。

そんな、やっと会えた俺の女に触れようと、一歩踏み出した時だった。
まるでスローモーションのように牧野から俺に駆け寄り、そのまま抱きつかれた。

「会いたかった!」

「「「「 !!! 」」」」

・・・俺たちは4人とも固まった。





「おい、牧野はどうしたんだ?」
「うーん、俺にもわかんない・・・」

総二郎と類が声を潜めて耳打ちしあってる。
それもそのはず。
俺の横に座った牧野は、さっきからずっと俺を見上げてうっとりしてる。
こんな顔、見たことないぞ。
堪りかねたあきらが牧野に声をかけた。

「牧野、どうした? 司に会えてそんなに嬉しいか?」

牧野はパッと頬を赤らめ、あきらに振り向いた。

「そっ、そんな、別に! 仕事、大丈夫なの?って思っただけ。」

・・・いつもの意地っ張り牧野だ。

「そうかよ。俺に会えて嬉しくねぇのかよ。」

俺の拗ねたような声に、牧野はまた俺を見上げてニッコリと微笑んだ。

「そんなことない。すっごく嬉しいよ!」

・・・・・

「それでさっきから司に見惚れてたんかよ。」

事情を知らない総二郎が牧野をからかった。

「はぁ?? 見惚れるって、そんなわけないじゃん!! こんな疲れた顔した男のどこに見惚れんのよ!」

はい、これはいつもの牧野。

「俺のこと、カッコいいとか思わねーわけ?」

わざと憤慨したように言った俺を振り向いた牧野。

「思ってるよ。どんどん素敵な大人の男になってくなーって。」

「…牧野、マジでどうした…」

総二郎が唖然としている。

「牧野、久しぶりに会った司に惚れ直しちゃった?」

何かに気づいた類が確かめるように牧野を覗き込んだ。

「べ、べっつに! 惚れ直すもなにも、そもそも惚れてたっけ!?」

牧野節、健在。でも、

「そっか。俺はお前に惚れ抜いてんのに、お前はそうじゃねーんだな。」

慌てた様子で俺を見つめる。

「ご、ごめん! 今の嘘! 道明寺のこと、好きだよ!」

これは、もはや、間違いない・・・

「牧野、司限定で素直スイッチ入っちゃったみたいだね。」

はぁぁ?? と総二郎。

「こいつ、ボールぶつけられて失神したろ? それが原因らしいんだ。」

あきらの言葉に類が「ああ、あの時の」とうなずいた。

「みんな、何言ってんの???」

本人には自覚なし。

呆れ顔のあきら、狐につままれたような顔の総二郎、興味津々な類。
そして、俺限定とわかって安堵の俺。
四者四様の表情を何も知らない牧野が見回した。






「あっ、こんな時間!授業、行かないと。」

牧野が時計を見て立ち上がった。

「今日ぐらい休めよ。俺が戻ったんだから。」

いつもなら即座に却下されるこんな提案なのに、今日の牧野は迷ってる。

「んー、そうしたいけど、でも、授業料払ってもらってるスポンサーの手前、無駄にしたくないし。」
「スポンサーって俺だろ? 俺がいいって言ってんだから。」
「じゃあさ、一緒に行こ?」
「は?」
「道明寺もいっしょに講義室行こ?」
「一緒に・・・?」

これには3人が驚いている。
類って驚いた時はそんな顔になるんだな。
それぐらいレアなことが起きている。

「行こ、行こ!」

牧野が俺の手を引いて歩き出した。

キャンパス内を牧野と手を繋いで歩く。
まるで、普通の大学生カップルみたいだ。
なんだこれ、めちゃめちゃイイじゃん。
俺の記憶の牧野との “ 交際 ” は誰にも知られちゃいけない秘密の関係で、記憶が戻った後、すぐに親父が倒れてまともな交際期間なんてないままにNYに旅立った。
こいつにしても俺と付き合ってるなんて知られたら面倒だとか抜かしやがって、校内では俺を避けてたからな。
こんなに堂々と二人で歩いてるのなんて、初めてじゃねーか?
素直モードのこいつが取る行動だ。
もしかして、本心じゃずっとこうしたかったか?
横の牧野を見ると、照れたような、それでいて嬉しさを隠せないような顔でニコニコしてやがる。
あー、めちゃめちゃ可愛い。
よし、この二日間、お前の言うことはなんでも聞いてやる!



講義室について一番後ろの席に座った。
牧野は前に座りたがったが、それじゃいろいろできねぇじゃん。


「牧野さん?」

横から声がかかった。
男?

「あ、樋口くん」
「これ、この前、貸してくれた参考書。すっごく役に立ったよ、ありがとう。」

と、樋口は参考書を牧野に差し出した。
樋口は俺のことは眼中にないという様子で話を続ける。

「それで、お礼と言っちゃなんだけど、今度、お茶でも奢らせてよ。」

おいコラ、俺が見えねぇのか? 彼氏の前で堂々とナンパかよ。

「テメッ」ガタッ

俺が立ち上がろうとしたのを牧野が制止する。
そしてゆっくりと樋口に向き直った。

「樋口くんは外部生だから知らないか。紹介するね。こちら道明寺さん。私の彼氏。」



今、なんつった??
俺のことを「彼氏」って紹介したか?
やべぇ、顔のニヤケを隠せねぇ。

「いつもはNYにいるんだけど、今日は休暇で帰ってきてくれたの。悪いんだけど、そういうお誘いは今度からやめてくれるかな? 彼が心配するし、参考書程度でそんなに気を使わなくていいから。」

と、牧野は口元だけで笑った。
目が怖いぞ。樋口が固まってんじゃん。
さっき立ち上がりかけたところで止まっていた俺は、改めて立ち上がり、樋口の肩に手を置いた。

「“ つくし ”がいつも世話になってるみたいだな。でも今後は声かけんじゃねぇぞ。」

「は、は、はいぃ」

目を細めて樋口を見下ろしながらその肩を思いっきり掴んでやった。


今日はなんていい日なんだ。
ここは日本で、横には牧野。
そして今日のこいつは最高に素直だ。
真面目に授業を受けている牧野の横顔を眺める。
何時間でも飽きない。
時々、手を握って指を絡める。
それだけで顔を赤くした牧野に睨まれる。
その顔も可愛くて、もっとさせたくて手のひらを愛撫する。
今度は真っ赤になって手を引っ込める。
あー、楽しい!
早く二人になりてぇ。

俺は教授に「さっさと終わらせろ」という合図を目で送る。
英徳学園の教授が俺のことを知らないわけがない。
講義室の後方からの凍りついた視線に気づいた教授は30分も早く講義を終わらせた。

「先生、どうしたんだろ?? まだあと30分はあるはずなんだけど」
「体調でも悪かったんだろ。」
「ふーん」




学校を後にして次はバイトだと言い張る。
休めと言ってんのにダメだと返ってきた。
そこは譲らねぇんだな。

今日のバイトは塾講師。
個別指導だとかで一対一でガキと個室に入るらしい。
男じゃねぇだろうな!?
確かめてやる。

塾の前で車を降りた牧野に続いて俺もバイトに付いていこうとしたら、それはNGだと?

「F3からも男子学生は絶対にダメだって言われて女子限定になってるから大丈夫! ついてこないで!」
「なんでだよ! お前との貴重な時間を無駄にしたくねーんだよ。座ってるだけだからいいだろ!」
「ダメ!! 勉強の邪魔になる!」
「勉強すんのはガキだろ! お前は関係ねぇじゃん!」
「生徒の気が散るから!」
「じゃ、部屋には入らねぇ。ロビーで待ってる。」
「ダーメ!!」
「んでだよっ!」
「道明寺を見られたくないから!」
「あ?」

思わず青筋が立った。

「どういう意味だよ。俺と付き合ってることを知られたくない男でもいんのか?」
「そうじゃなくて・・・道明寺を見た女子がワーとかキャーとか言うじゃん。あれが嫌なの!」
「は?」

牧野は顔を赤くしてうつむいた。

「道明寺がモテてるところを見たくないの。あたしの道明寺なのに、他の人に見て欲しくないの。」

・・・・唖然とした。
“ あたしの道明寺 ” ??
俺を他の女に見せたくない?
つまり、俺を独り占めしていたいってことか?
それはいつもは俺がこいつに思ってることで、それをこいつも俺に思ってくれてたってことか?


もう我慢の限界だった。
俺は牧野を横抱きに抱き上げて、また車に戻った。

「ちょ、ちょっと、降ろしてよ! バイトがある! 生徒が待ってる!」

俺は自分のメモリーから牧野のバイト先を出し、コールした。
牧野に関係する情報は漏らすことなく把握してある。

「牧野つくしだ。今日も明日も体調不良で休む。あ? 俺は牧野の婚約者だ! ああ、代わりを探してくれ。」

膝の上で暴れる牧野

「何勝手に欠勤連絡してんのよ!! 降ろしなさいよ!」
「降ろさないし、もう離さない。このまま邸に向かうぞ。」

それでもまだなんだか言い募る牧野の頬に手を添えて、その唇を俺の唇で封じる。
1年ぶりのキス。
チュッと軽く合わせるキスから、徐々に唇を味わうキスに。
そして深く重ねてキスで愛撫を繰り返すと牧野は静かになった。
唇を堪能したら次に味わいたいのは舌だ。
牧野の唇を舌でなぞりながら、開いたすきに俺の舌で牧野の舌を迎えに行く。
ああ、たまらねぇ。
夢中で牧野の舌を味わってると、牧野は不意に離れようとする。
逃げて、追って、追って、逃げる。
しょうがねぇな、一度離してやるか。

「ッハァ、ハァ、も、もうやめてよ・・・」
「もっとさせろ。」
「だ、ダメ…」

これは素直モードの牧野に聞いてみたかった。
こういうダメは本気のダメなのか。

「本気でダメか? 本当はもっとしてほしいんじゃないのか?」
「ほ、本気のダメだよ。」
「なんで?」
「それは・・・スイッチが入っちゃうから。」
「俺のスイッチはキスする時点で最初から入ってる。」
「そうじゃなくて・・・あたしのスイッチ。」

ドキッ

牧野のスイッチ?
そ、それはなんのスイッチなんだ?

「なんのスイッチだ?」

牧野は顔を真っ赤にしてモジモジと言い淀んだ。

「聞かせてくれ。なんのスイッチが入るんだ?」

すると牧野は顔を隠すようにいきなりガバッと俺の首に抱きついた。
そして俺の耳元でとんでもない殺傷能力の爆弾を放りやがった。

「…もっといろいろしてほしくなっちゃうスイッチ…」


・・・俺の理性はわずかなカケラを残して、そのほとんどを爆破された。






後編につづく

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2019.02.02





頭にボールを受けて、牧野は俺限定で素直スイッチが入った状態だ。
しかしこの半日で俺はすでに思い知らされていた。

牧野の意地っ張りは、戦闘能力の暴走をセーブするための装置だったのだ・・・

なぜなら素直モードの牧野は、とんでもない攻撃力で俺をズキュンズキュンと撃ち抜いてくる。
今のところ、的のど真ん中を一発も外さずに撃ち抜いている。
次の一撃で、俺の理性は確実に死ぬ。
その場でこいつをヤッちまう。
だからその前に一刻も早く戦場=ベッドに辿り着かなければ。



邸に帰るとタマが出迎えた。
俺はまだ牧野を抱きかかえたままだ。

「おやおや、坊ちゃん、いつお戻りで?」
「今日の昼間だ。夕食は部屋に持ってきてくれ。」
「かしこまりました。」

牧野はまだ暴れてる。
タマさん、こんばんは、だとか、食事はダイニングに行きますから、とか。
でも俺の耳には届かない。
俺たちはこれからベッドの中で戦闘態勢に入るんだ。
お前を責めて責めて責めまくってやる。
最後に勝利の咆哮をするのは俺だ!


部屋に入り、牧野をソファに下ろす。
車の中のキスのおかげで欠勤の怒りはかなり治ったようだが、それでもまだブツブツ言っている。

「次にいつ会えるかわかんねぇんだから、こんな時くらいいいだろ? 今夜は泊まってけ。」

いつもの牧野なら、こんなことで勢いは衰えない。しかし、今日は・・・

「そっか・・・そうだよね。次はいつかわかんないもんね。もしかしたら1年後かもね。」

今日の時点で、俺たちの遠恋は4年目に突入している。
前に会ったのは1年前のイタリアだ。
類の計らいでピサの斜塔で婚約指輪を渡した。
俺は仕事が詰まってたが、牧野は春休みに入っていて、怪我の影響でバイトも休み。
俺に付き合わせてイタリア中を連れ回した。
秘書に言って俺の臨時秘書ってことにさせて、会議に伴ったり、パーティにも同伴したり。
24時間、ずっと一緒の1週間。
めちゃくちゃ仕事が楽しい1週間だった。
そしてその時に、婚約したんだからって俺たちは結ばれた。
やっとだ。
やっと、牧野の全部を手に入れた。
だから今日は2回目を目論んでいる。
いや、2回目と言わず、3回目も、4回目も。
いかん、ニヤける。

「そうだろ? また1年も会えねぇかもしれないんだぜ。今、一番大事にすべきは二人の時間だろ?」

牧野が俺をみつめてフッと笑んだ。

「そうだね。あたしも道明寺との時間は大切にしたい。」

素直最高!!




部屋でメシを食い、シャワーを浴びた。
一緒に入りたかったが、全力で拒否された。
素直モードの拒否は本気の拒否だ。
だからバスは諦めた。

先に出た俺はベッドのヘッドボードにもたれてタブレットを見ていた。
そこに牧野がバスルームから出てきて俺の横に座った。

完休とは言え、仕事は溜まっていく。
これからの数時間を心置きなく牧野と過ごすため、俺はNYからのメールに返信していた。
その時、牧野が俺にもたれかかってきた。
まさか寝たのか?
慌てて隣の牧野を覗き込んだ。
すると牧野は目をパッチリと開けて俺を見上げて一言。

「まだ?」

まだ?
まだってなにが?
まだってどういう意味だ?
“ 仕事、まだかかる? ”
“ メール、まだするの? ”
それとも、“ まだシないの? ”・・・か?

俺はもうタブレットなんて放り出した。
ベッドに潜り込み、牧野を引きずり込んで抱き寄せた。

「待たせたな。」
「うん、待ってた。」

くっそ可愛い!! 待っててくれたのかよっ!

「2回目だけど、1年も開いてる。また痛いかもしれないぞ。」
「いいよ。大丈夫。」

その言葉を合図に、俺はわずかに残っていた理性を完全に吹き飛ばした。

1年ぶりの2度目はやはりまだ硬く、牧野は痛がっていたが徐々に熱が上がっていき、呻きだった声は途中から喘ぎに変わった。
最初は大切に大切に牧野の様子を伺っていた俺だったが、その甘い声に脳天が痺れ、最後は本能のままに解き放った。




息を整えてから、反対側を向いて横たわる牧野の横に滑り込んだ。
物足りなさを感じながらもこいつのことを考えればこのまま寝るのが最善かと、後ろから抱きしめようとした時、クルンと牧野が体をこちらに向けた。

「満足した?」
「ああ、したよ。」
「これで十分?」
「どういう意味だよ。」
「1回で、足りた?」

・・・・何が言いたいんだ?

「本音言えば、足りねぇけど、」

俺の言葉に牧野はシーツから手を出して、人差し指で俺の唇をなぞり、そのまま指は俺の顎のラインから首筋、肩を通り、鎖骨から胸元を撫でた。
その間、牧野の目は俺の目を見ていて、俺はゾクゾクしながらその瞳に釘付けになっていた。

その時、俺は確かに見た。
牧野の瞳に青い劣情の焔が立ち昇るのを。

それはこれまでにも見たことがあった。
日本で、NYで、俺を取り囲む女たちの中に。
俺を狩ろうと罠を仕掛けて待ち構える女たち。
それは嘔付く臭気に満ちていて、嫌悪がこの身を包む。

でもいま目の前にいるのは俺が求めてやまない俺の女だ。
その女の、俺が映る瞳の奥に、確かにあの女たちと同じ青い炎が見えた。
もっと俺が欲しいと乞う炎が。
そして今の俺に纏わり付くのはあの嫌悪じゃない。
俺は歓びと興奮に総毛立った。

「・・・いいのか?」
「・・・いいよ。」

俺は目の前の幸福が壊れてしまわないように、もう一度牧野をそっと引き寄せた。





***





「牧野、牧野、」
「ん、うーん…」

昨夜は結局、牧野を満足させ、俺が満足するまで抱いた。
俺の夢がまた一つ叶った。
それは心ゆくまでこいつを抱くこと。
互いに求め合う幸福は言葉では表せない。

「もう、朝?」
「ああ、俺は今日の夜にはまたNYだ。時間がもったいねぇ。起きろ。」

重い身体に無理を言ってるのは百も承知だ。
だが、また1年会えないかもしれないと思うと多少の無理は許されるだろう。

「起こして」

牧野が両手を上げて俺に差し出した。
牧野が素直モードに入ってから、こいつの本当の姿が見えてきた。

ヤキモチ焼きで、甘え下手なのに甘えんぼで、俺のことが大好きで。

約束まであと1年。
絶対に1日も遅れずにこいつを迎えに来る。
待っててくれる牧野を、もう待たせない。





「今日は何したい?」

バスルームから出て俺が用意した服に着替え、ダイニングで朝食を食ている牧野に、あと数時間しかない二人の時間をどう過ごしたいか聞いてみた。

「道明寺としたいことねぇ・・・別にない。」
「ない? ないわけないだろ。俺はあるぞ。ベッドで、」
「あ――っ! もういい! それはもう十分です!! ごめんなさいっ!」
「んだよ。昨日はあんなに素直だったのに。」
「立てなくなるほどすると思わなかったわよ。」
「お前が誘ったんだぜ。」
「・・・否定はしない。」

やっぱりまだ素直モードだな。

「何かあるだろ? したいこと、行きたい場所。遠慮しないで言ってみろ。」
「んー・・・・デート」
「デート?」
「普通の、一般的な、大学生らしい、やつ。」

手元のクロワッサンに顔を向けながら、目だけを上げて俺を伺うように見る牧野。
つまりそれは庶民デートってやつか?
それにいい思い出がない俺は渋い顔をしてたんだろう。

「あ、いいの、いいの。じゃ、えーと、ドライブとか?」

俺は昨日、こいつの望みはなんでも聞くと誓ったじゃねぇか。
せっかく素直になってくれて、本当の望みを教えてくれたんだから叶えてやらなきゃ俺はこいつの男失格になっちまう。

「わかった。デートしようぜ。」
「え、でも、嫌でしょ?」
「お前の望みなら、それが俺の望みだ。」

ニヤリと笑って見せたら、牧野もニコリと応えた。





それから俺たちは根津美術館で車を降り、青山から表参道を通り明治通りに沿って渋谷まで歩いた。
途中、牧野が気に入ったショップで買い物をし、甘ったるいパンケーキを食べ、その上こいつはすげぇ色の綿菓子まで平らげた。
俺は見てるだけで胸焼けがしたが、牧野は終始ご機嫌だった。

夕暮れの渋谷で迎えの車に乗りこむ。
タイムリミットはあと2時間。
車はそのまま空港へと向かった。


車の中ではさっきまでのご機嫌は鳴りを潜め、俺の右側でずっと窓の外を見ている牧野の左手をそっと握る。
牧野の肩がピクリと震えたが、その顔はまだ窓を向いていた。
俺はかねてから次に会う時のために用意してあったリングを取り出し、牧野の左手薬指に通した。
ハッと牧野が振り向く。

「なに? 指輪?」
「ああ。」

それは牧野の細い指に似合う華奢なピンクゴールドのリングに小さな赤い石が乗ったた控えめなリングだった。

「プレ婚約指輪ってとこかな。」
「婚約指輪ってもらったよ?」
「あれは俺が早くお前に俺のものだって証を持たせたくてイタリアで適当に買ったもんだ。それに石が大きすぎてお前、普段つけてくれねーだろ。」
「あ、うん。まあね。」
「だからこれは今日から絶対に外さないための指輪だ。」
「ありがとう。すっごく可愛い。この石、ルビー?」
「いいや。レッドダイヤモンドだ。」
「レッドダイヤモンド? そんなのがあるの?」
「ああ。天然のは世界に30個ほどしかない。」
「世界に30個??? ちょっ、じゃ、これ高いんじゃないの??」
「心配すんな。石が小せぇだろ?お前が気にするから安いのにしといた。」

とは言っても天然のレッドダイヤモンドは1カラット1億以上する。
この石はたった0.3カラットだが、クラリティにはこだわったから・・・

「だからこれからは外すなよ。昨日の樋口みたいなのを寄せ付けるな。」
「ん、わかった。それで道明寺が安心するなら外さないよ。」

牧野は指輪を愛しそうに撫でた。

「でもわざわざ赤いダイヤモンドにしたのはなんで?」

俺は牧野の左手を取って、その目を見つめた。

「宝石にはそれぞれ言葉や力が込められてる。レッドダイヤが持つ力が重要なんだ。」
「力?」
「レッドダイヤの言葉は “ 永遠の命 ” 。そしてそれを持つ者に逆境を跳ね除け、不可能を可能にして目標を実現させる力を与えてくれる。牧野、」
「ん…」
「俺の目標はお前とずっと一緒にいることだ。永遠に。だがその実現にはまだまだ困難を乗り越えていかなきゃならねぇ。」
「…そうだね。わかってる。」
「でも俺はこのレッドダイヤに誓う。全部、乗り越えて、お前を手に入れるって目標を実現させてみせる。」

俺を見上げる牧野の目はもう涙で濡れ始めていて、窓から差し込む高速道路の街路灯が規則正しく牧野の瞳を照らして通り過ぎて行く。
それは何色のダイヤモンドよりも輝いていた。

「あたしもこのダイヤに誓うよ。不可能を可能にして、道明寺とずっと一緒にいるって。」
「ああ。」

本当はキスしたかった。
でもしてしまえば離れられない。
俺はただ牧野を抱きしめることしかできなかった。





羽田からNYに飛ぶ。
今日はVIP用ラウンジの個室で牧野とはお別れだ。

牧野は結局、最後まで素直モードのままだった。
だから今も俺の胸で泣いている。
離れるのがこんなに辛いのは初めてだ。
今までは腹が立つくらい、牧野はサバサバとしたもんだった。
プロムの会場、パリの空港、イタリアのホテル。
いつも牧野は笑顔で「バイバイ!またね」と手を振り、さっさと踵を返して行ってしまう。
ちょっとは悲しそうにしろよって俺は怒り半分、寂しさ半分で牧野の背中を見送ってた。

だから俺は知らなかったんだ。
こいつが本当はこんなにも悲しんでくれてたことを。
こいつが意地を張ることで俺を守ってくれてたことを。

「牧野、もう泣くな。辛くなっちまう。」
「ご、ごめん。うぅ…ヒック」

今日は俺が意地を張る番だな。

「さあ、もう時間だ。行くからな。指輪、外すなよ。じゃ、またな!」

俺は牧野を強引に体から離し、作り笑顔で手を振る。
そして踵を返して、もう一度その姿を見たい欲求を押し殺し、ズンズンと歩を進めラウンジを出た。
運転手に牧野を託してから秘書とSPに取り囲まれる。
後ろで「道明寺!」と叫ぶ声が聞こえた。
でも振り向かない。

牧野、ごめんな。
こんな辛かったんだな。
ありがとな。




牧野の本音を知ることができた休暇で鋭気を養い、俺は飛び立った。
それからも牧野の素直モードは継続したまま、毎日、メールが何通も来る甘い生活に俺はすっかり慣れた。





***





RRRR. RRRR. RRRR. RRRR. RRRR ……


だからっ、諦めて鳴り止めよ!!

春から本格的に始めた仕事の激務から解放された深夜2時。
興奮が冷めてやっと寝入ったところで、俺の携帯はまたしても招かれざる着信を高らかに伝えている。

どうせあいつだろ?
わかってんだよ。
要件もあのことだろ?
わかってんだよ。

ハァァ、仕方ねぇ。
楽しい時間の終わりを宣告するか。

「よお…」
『あきら! 俺だ! 起きろ!』
「起きてる。どうした?」
『牧野はどうしてる? 無事か!?』

深夜の2時に牧野か無事かどうかは俺にはわからないが、とりあえず今日のところは無事だろう。
特段の知らせは届いていない。

「無事なんじゃねーの?」
『あいつ、おかしいんだ。』
「なにが?」
『もう昼も過ぎたのに、今日はまだ1通もメールが来てねぇ。』
「・・・・・・・だろうな。」
『〜〜っ!! んだよ! やっぱ何かあったな! 誘拐でもされてんのか!? くっそー! どこのどいつだ!? ぶっ殺してやる!!』
「司、落ち着け。そんなことにはなってない。」
『じゃあ、なんなんだよっ!』
「あー、あいつな、頭打ったんだよ。」
『・・・・・』


牧野は買い物からの帰宅中、公園の横を通った際に飛んできたボールが頭に当たってまた病院に運ばれた。
今回もタンコブだけですぐに退院した。
が・・・

「素直スイッチが切れたんだろ。元の牧野に戻ったってわけだ。」

この数ヶ月、すっかり素直な牧野に慣れてしまった司の落胆は相当なものだった。
当の牧野は自分の送信履歴を見て恥ずかしさに悶絶してた。

「あ、ありえないっ! こっ、こんなことを道明寺に書き送ってたの!? あたし、何考えてたんだろ??」

そりゃ、司のことだけ考えてたんだろう。
司からはこれからも毎日、何度でも素直なメールを送ってこいと要求されたようだが、もちろん却下。

でも牧野はメールの履歴をたどっていたら、そんなものひとつで司のモチベーションが格段に上がることに気づいて考えを変えた。
1日1回は素直に「好き」だって気持ちをメールで伝えることにしたんだと。
牧野にしちゃものすごい進歩だろ。

司、どうやら早くもレッドダイヤがその威力を発揮してるみたいだぞ。
あの牧野が不可能だと思われた “ 素直になる ” ってことを可能にしてんだから。
お前の最終目標が達成される日も近いな。
来年の6月は忙しくなりそうだ。


そんなレッドダイヤは今日も牧野の指で輝いている。








レッドダイヤ 〜 素直なままで 〜【完】


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ひととき、坊ちゃんに楽しい時間を過ごしていただきました。
今夜0時に新連載の「まえがき」を更新します。


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2019.02.03
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